09 神様だからって、やっていいことと悪いことがあるだろ!


 ――ワアァッ!!!


 溜め込んだ音が爆発するみたいに、街の活気が、喧騒が、一気に華やいだ。


 日差しが眩しく降り注ぐ青空の下、街には人々の声や行き交う足音が入り混じって、あちこちから聞こえてくる陽気な騒々しさに自然と笑みが溢れてきた。


 くうぅう! これだよ、これ!


 石造りと木造りのごちゃ混ぜで、ヨーロッパ調っぽいのに所々の装飾が明らかに地球のそれとは違う!


 ファンタジー!

 わきまえてんな、おい!


 そして何よりも多種多様すぎる人種の坩堝(るつぼ)よッ!

 遠目から見た時でも感動したけど、こうやって改めて見ると驚きも一入(ひとしお)だ。


 毛皮や鱗をまとった人がいたかと思えば、赤や青、暗緑色の肌をした人もいる。

 篝火みたいに鮮やかな赤い鳥の羽、磨き上げたサファイアみたいに煌びやかな青い蝶の翅。

 馬の下半身を持つ人が鳴らすカポカポという足音に、蜘蛛の下半身持つ人のカチャカチャという足音。


 どこを見ても地球にない景色に満たされていて、テンション爆上がりですよ!


「んふふ~」

「……ハッ! な、なんですか?」


 目に映るものを一つも逃さないように右に左に忙しなく首を振って追っていたら、瞳を三日月にいやらしく歪ませたリィルさんと目が合った。


「ん~ん、なんでもないよ~。……ただぁ、可愛いなぁって」

「を、をぅ」


 ……やらかした。あんまりにも魅力的だったから完全に自制できてなかった。

 あっちこっちをキョロキョロ見回すとか、完全にお上りさんじゃねぇか。


 ちくしょう、リィルさんのいやらしいと微笑ましいを等分に含んだニマニマ笑いを直視できない。それどころか恥ずかしすぎて顔が上げらんねぇよぉ!


 これじゃあ完全に初めて親に夢の国(ハハッ)に連れてきてもらったお子様だ。

 手まで繋がれてるから、もう見るからに……ちくしょうぅ。


 熱くなった頬に手を当てて揉んでみるけど、もにもにと柔らかな感触が返ってくるばかりで顔に集まった熱は一向に引いてくれない。


 このままじゃ駄目だ。執拗に顔へ集まってくる熱を振り払うように、ぶるぶると頭を振って手を握りしめる。


 そうだ、こういう時こそ発想の転換だ。


 ――逆に考えるんだ、『恥かしくたっていいさ』と考えるんだ。


 ……いや良くないわッ! 田舎どころか異世界から遠路はるばるやって来たとはいっても限度ってものがあるだろ。


 犬っ娘だからって甘えんな、わきまえろよワタシ。


 ただ、そうは言ってもこの流れは良くない。

 なんとか別の話に切り替えないと。


「そ、そう言えばッ! つかぬことをお聞きするんですけど、リィルさんの身長はいったいどのぐらいなんですか? 女性にしては高い方ですよね? カッコイイな~」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。イディちゃんくらいの年なら普通だよ?」

「カッコイイなぁー!!」


 話の流れ! 反らしたの分かってるでしょ!


 なんで事故らないように曲がったのに、中央分離帯飛び越えて追ってきたんですか?

 これじゃあ逆走ど真ん中ぶっちぎって正面衝突ですよ。


 楽しいですか? 楽しいだろうね!

 そんなクスクス笑わなくたって分かるよ!


「慌ててる姿も可愛い~。その可愛さに免じてお話しに乗ってあげる。

 えっと、身長の話だっけ? 私はだいたい一七〇センチくらいだったかな……うん、確かに徒人族(ヒューム)にしてはそこそこ高い方かも。

 まぁ森人族(エルフ)の血も混じってるからね。でもね、純粋なエルフはもっと背の高い人が多いし、耳も凄く長いんだよ!」


「……へっ?」

「ん?」


 リィルさんが話しながら耳元の髪を掻き上げて見せると、やや上向きに尖った特徴的な耳が覗いた。長さは普通の人の二倍強ぐらいはありそうだ。


 でも、耳が尖っていて長いとか、リィルさんがエルフとの混血だとか、そんなことよりも衝撃的な事実を聞いた気がして、ワタシは間の抜けた声を上げていた。


 どういうこと……リィルさんの身長が一七〇センチしかないとかあり得なくない?

 仮に、彼女が嘘偽りなく真実を親告しているとして、だったら彼女のことを仰ぐように見上げているワタシはなんなのか……!


「リ、リィルさん。重ねてお聞きするんですが……ワタシはどのぐらいに見えますかね?」

「イディちゃんは、頭までの身長で一一〇センチだね。耳まで入れると一三五、五センチ。獣人族にしても、結構小さい方だね。

 私ね、この街で仕立て屋をやってるの。これでも結構有名なんだよ。だからって訳じゃないけど、身長、体重、スリーサイズから手足の長さ首回りとか、服を作るのに必要な情報は見ただけで分かるんだ。って、どこ行くのー!?」


 話の途中で遮るようで悪いとは思ったけど、それどころじゃなかった。

 リィルさんの手を放りだして、一番近くの店のショーウィンドウガラスに駆け寄って張りついた。


 ……ホントはさ、薄々感づいてたよ。


 ……それでも懸命にリィルさんが大きいだけだって自分に言い聞かせてたんだ。

 周りの人たちも、ファンタジーだから人間じゃない部分とか色々あって大きいだけなんだって……そう言い聞かせていたのに!


 どうしてこうなった。


 ……幼女じゃん! 安全無欠に幼女じゃん!!


 全体的に色素が薄くて幸も薄そうな幼女がガラスに映っていた。


 白のキャミソールっぽい上着と濃い青色のショートパンツ。ふわふわで柔らかそうなショートボブの白髪と、元気なく垂れさがった同じ色の大きな尻尾。

 ちょっとツリ目ぎみの瞳は大きくて、鮮やかなシャンパンゴールドの色をしている。


 澄ましていればどっちかっていうとカッコイイ系の容姿なのに、迷子の子供みたいに情けなく下がった眉と、目尻に浮かんだ涙のせいで凛々しさの欠片もない。


 なんていうか……全体的に犯罪臭が凄かった。


 神は死んだ。いや、どうやっても死にそうになかったけど。


 いや、そんなことより女の子だとは聞いてたけど幼女だとは聞いていないよッ!?

 ワタシがいったい何をしたって言うんだ。いくら自称神様だからって、この仕打ちはあんまりだ。


 女体化だけでも社会的に相当なダメージだっていうのに幼女とか……。


 ――これじゃあヒモじゃなくてパパ活だよッ!


 飼われるのと買われるのじゃあ、今川焼きと大判焼きくらい中身が違うから。


 どっちにしてもフェミなニストの人たちに怒られるんだけどさッ!


 ――それでもワタシはヒモがいい!


 崩れ落ちそうになる体はガラスについた手で支えられるけど、沈んでいく心までは支えられんのですよ……。


「イディちゃ~ん。もぉ、急に走りださないで。見失うかと思って焦っちゃったよ……って、なんだ。イディちゃん、糸玉が食べたかったの?」

「……大丈夫、大丈夫……」


「イディちゃん?」

「はっ、はいッ!? い、いとだまですか?」


 慌てて顔を上げると、ショーウィンドウガラスの向こうに『蕩ける食感! あま~い蜜糸玉』という謳い文句が見えた。

 その下にはデフォルメされた鮮やかな色の蜘蛛の人形があって、両手に持った針で白い球体状の糸を掲げているのがディスプレイされている。


 なんだこれ、『蜜糸玉』……? お菓子、かな?


 自分を確かめるのに夢中で気づかなかった。

 そういえば、ほのかに甘い匂いが漂ってる。


 誘われるみたいに鼻をピスピス鳴らしてたら、後ろからリィルさんが覗き込んできた。


「あれ、違った? でもま、いいや。せっかくだし食べよ。これは『蜜糸玉』、通称『糸玉』って言ってね、完熟した巨樹の実だけを食べる蜜壺蜘蛛の糸で作られる、この街の名物屋台菓子なんだ。ガロンさ~ん、糸玉二つくださいな」


 落ち込んでる暇もなかった。


 リィルさんは再びワタシの手を握りなおして、店先に止めてある屋台に大きく手を振りながら近寄っていった。




      ☆      ☆      ☆




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