08 はじまりの街


 おそらく関所の類だろうな。

 リィルさんはそこの開いている小窓に二、三語呼びかけると、中から出てきた革鎧を着た男性を伴って戻ってきた。


「はいはい。じゃあ荷を確認させてもらいますよーっと。まっ、リィルが何かやらかすとは思えないから、印だけ貰えればそれでいいんだけどな~」

「駄目だよ、アミッジ。君のお仕事なんだから、しっかりやってくれないと」

「あいあい、分かってますよーっと。じゃあ点検の後で馬車と荷物をお預かり、ん?」


 馬車の後ろ側から用紙を片手にほろの中を覗いていた青年がふと視線を持ち上げ、御者台からそちらを見ていたワタシとバッチリ目が合った。


 目を大きく見開いたまま固まる青年。

 視線を微動だにさせず、こちらを凝視してくる。


「えっと……へへっ」


 どういう顔をすればいいか分からないから、とりあえず愛想笑いで小さく会釈をしておく。そんですぐに視線を外して、背もたれの影に隠れるようにずるずると滑りながら丸まった。


 社会人としての経験が活きたな!


 こうすれば彼の視線から逃れられるうえに、無言で人見知りだって印象を与えられる。つまり、これ以上話しかけられるのを防ぐという完璧な対応。


 我ながらクレーバーすぎるな。


「おいおいマジかよ。頭まで隠して耳だけ隠さないとか……完璧だわ。キュートすぎんだろ」


「……うがぁ」

「あ、耳がへたった」


 おい止めろ。

 見た目だけとはいえ、こんな可愛いらしい女の子をイジメて楽しいかよッ!?


 正直、自分のことじゃなかったら楽しそうだなって思うけど、恥かしさで死にそうなんで本当に勘弁してください。


 顔がめっちゃ熱い。鏡を見たら頬どころか耳まで赤くなってそう。

 少しでも見られないように、へたって下がってきた耳を引っ張って顔を覆った。


「……リィル」

「んふふ~。いいでしょう! 帰りの道すがら知り合ったんだ。なんだか困ってるみたいだから、しばらく私がお世話を」

「まだ間に合う。自首しよう」


「……へっ?」

「いくら可愛かったからって人攫いは駄目だ。どこまで減刑してもらえるか分からないけど、少しでも罪が軽くなるように俺も証言するよ。

 お前は普段はしっかりしてて、街のみんなから慕われてて、こんなことする奴じゃあないんですって。誠心誠意、話せば分かってくれるさ。

 そうだ、ガロンのおっさんにも証言を頼んでみだばぁッ!!!」


 ――華麗なる五回転半クイントアクセル


 凄まじい速度で振り抜かれたリィルさんの平手が青年の頬を撃ち抜いた。


「パヂガァン!!!」という破裂音と打撃音が混ざって、地球世界最小の国名みたいになった衝撃音が辺りに響き渡った。


 人間性が個性的だと効果音まで個性的になるんだな……。


 それから少し遅れて、重たい砂袋を勢いよく引きずったような音が聞こえてくる。

 今頃あの青年は地面と熱い抱擁を交わしてるんだろう……それを見下ろすリィルさんの冷え切った視線。


 うん、対比が実に美しいですね。

 これは芸術点に加点が期待できるでしょう。


 リィルさんは「ふんっ」と鼻を鳴らすと、ツカツカと尖った足取りで馬車の前に回り込んできてワタシの前で止まった。


 無言で腰に手を当てて空を仰いでいるリィルさんを前に、ワタシは尻尾や耳まで含めて一切の身動きを止めた。


 逃げようのない肉食獣を前にした小動物が、恐怖から固まってしまうのって本当なんだな……。


「ふー……さって、じゃあイディちゃん。行こっか」


 まるでさっきまでのことがなかったような爽やかな笑み。

 これにはワタシまで笑えてきますよ、主に膝がね。


 で、でもさ。さすがに放置するのは良くないと思うんだよ、うん。


 ヨ、ヨシ! ……絶対に刺激しないように、目線を合わせたまま慎重に、ゆっくりと声をかけるんだ。


「あ、あの。大丈夫、なんでしょうか……」

「うん? どっちみち荷馬車はいったん関所に預けないといけないから、ここからは徒歩だよ」


「えっと、ではなくて。あの、彼は……」

「い・い・の! まったく、久しぶりに会った幼馴染を急に犯罪者呼ばわりとか……言っていいことと悪いことあるよ! ねーイディちゃん!

 ……せっかくお洒落したのに……」

「ははは、そうですね。はい、まったくもって」


 問いかけてきてるのに答えを聞いてない。リィルさんの有無言わせない笑みに、ワタシは壊れた玩具おもちゃみたいに繰り返しコクコク頷いた。


 ……この人は怒らせんとこ。


 リィルさんは去り際に振り返ると、倒れ伏している彼に一瞥をくれて、ベーっと舌を出してからワタシの手を握って歩きだした。


 青年、アミッジさんって言ったっけ? 彼の安否が気になるけど、後ろを向いてはいけない気がするのでここは切り替えていこう。

 まぁ心の中でだけど、せめて手ぐらい合わせてあげよう……でも悪いのは君やで?


 憐れみで心を満たしながら、リィルさんに手を引かれて街に続く門のトンネルを潜った。


 その瞬間、倒れ伏している彼を気にかける思考は綺麗に消え去った。


 薄暗くて、雨上がりの空気みたいに少しだけ甘く感じる、埃っぽい匂い。

 石材で作られた壁にぽつぽつと等間隔に並ぶ灯り。


 いかにもな雰囲気にワクワクがどんどん膨らんでいく。


 外から見た時も大きいとは思ったけど、やっぱりスケールが違う。天井が高くて幅も広い。長さにいたっては二十メートルくらいあるんじゃなかろうか。


 くぅ、尻尾と耳が落ち着きなく動くのを止められない!


 石畳の固い感触が足の裏から返ってくる度に、ワタシの中で好奇心だったり期待感だったりがムクムクと膨れ上がってごちゃ混ぜになっていく。


 視界の先、トンネルの終わり。

 そこだけ白く切り抜いたみたいに光が溢れている。


 コツコツと固い足音が周りの石壁に反響して、薄暗いトンネルの中を駆けて行くように感じるのは、ワタシの気分が昂っているからなのか。


 今にも走りだそうとする足を抑えつけ、一歩一歩を踏みしめるように歩いていく。



 ――あと五メートル……三メートル……一メートル!



「それじゃあ、改めて……」



 リィルさんが誇らしげな、それでいて愛おしげな、喜びいっぱいの笑顔で覗き込んできた。



「ようこそ!」



 トンネルが途切れ、視界いっぱいに眩い陽光が溢れた。



「巨樹の根元の街『オールグ』へ!」




      ☆      ☆      ☆




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