07 異世界との出逢い


 良かった、どうやら奇行に走るって点において我々は同族だったみたいですね。


 どうやってんのか知らないけど、目を物理的に輝かせる姿とか不審者でしかあり得ないから。とりあえず見ず知らずの一般人にトラウマを植えつけることは回避できたみたいだ。


 うん、良かった……ワタシは全然良くないけどなッ!


「んふー! なにこれ、なにこれ、なぁにこれぇ! ちょっと可愛すぎるよ!?

 おっきくてくりくりしたお目々に、柔らかもっちりぷっくり頬っぺ。桜色のちっちゃなお口、真っ白でさらさらふわふわの毛並! あ゛あぁ~完璧すぎるッ!

 この感情を表現するなら、まさしく〝母性〟! んっふーーー!

 あっヤバ、興奮しすぎて母乳垂れてきそう」


「それは病気ですね!」


 予想以上にヤベー奴だった。

 興奮しすぎて鼻血出すなら聞いたことあるけど、母乳はねぇよ。

 どういうことだよ。


「まぁ、それは冗談だよ……色々溢れだしそうなのはホントだけど」

(しそうじゃなくてすでに駄々漏れですよ。幼女の前だぞ、わきまえて)


 興奮に鼻息を荒くして幼女を抱きしめるとか、男女関係なく犯罪だからそれ。


 何より目がヤバい、血走るだけじゃなくて瞳孔まで開き切ってるよ。

 深海を覗き込んでるみたいで恐いわ。


 跳びかかられたときに、背後にすげぇリアルな熊のビジョンが浮かんだのは錯覚じゃなかったんだ。彼女は捕食者だよ、間違いない。


 今も両手でワタシをガッチリホールドして、抵抗できないのをいいことに胸のお山様を存分に押しつけてきやがる。


 でもね……それ、全く効果ないんだよ。


 確かに柔らかい。超ぷるぽよで気持ちいいし、凄くいい匂いだってする。

『俺』の時だったら絶対に経験できないラッキードスケベイベントですよ。


 でも、そのいい匂いとか気持ちいいとかって感情が、男性的でないことが分かっちまうんだ。興奮もしなければ動悸もない、リビドーが一切湧いてこないんだ……。


(女性化への違和感がなくすからって、息子の存在までなくすことなくない?)


 遠い空の向こう、息子を連れてっちまった神様には恨み辛みが増すばかりだよ。

 こんなに大きなお山の頂上にいても、あの空の向こうにいるショタには届かないんだな。


「ねぇ、名前はなんていうの? どこから来たの? こんな綺麗な白毛の獣人、この辺じゃ見たことないし別の街の子でしょ?

 オールグには何しに? 旅人にしては荷物が見えないし、お買いものとか観光なら徒歩は大分無理があるように思うけど……ハッ! もしかして、何か言うに言えない事情でこの街に逃れてきたとか!?

 ああ、いいの。何も言わないで。この街のことならなんでも聞いて、私が何とかしてあげるから!」


 ――そんなに激しく(質問攻め)さられたらワタシ壊れちゃうよぉ!


 あと、顔が近い。

 ますます鼻息を荒げてグイグイきながら話を聞いてる風だけど、答える前に答えをだすのは止めてください。ワタシ何も言ってないんで。


 これがこの世界の第一村人なのか……不安しかないな。


「えっと、初めまして。ワタシはトイディと言います。イディって呼んでください」

「…………ふっ」


 初対面だし、とりあえず挨拶からって思ったんだけど、なぜか凄い生暖かい目で見られた。

 とりあえず、ムカつくんでその背伸びをする子供を見守ってますとでも言いたげな感じの雰囲気をしまってください。訴えますよ?


「んふ~。固いし、見た目に合わない喋り方してるなぁ。もっと砕けていいんだよ?」

「それは、その、今初めて会った訳ですし……もう少しお時間いただけません?」


「んー残念。まぁ、しょうがないか。私はリィル。マグリィル・バーテス・オールグ。みんなからはリィルって呼ばれてるから、おんなじく呼んで。

 それにしても……族名ぞくめい郷名さとなもないってことは、やっぱり何か訳あり? あっ、ゴメン。無遠慮だったかな? 答えづらいようだったら聞かなかったことにして」

「いえ、あの、お気遣いなく。訳ありというか、なんというか」


 さて、どうしようか。

 このまま一人で行動しても、ワタシはこっちの世界のことなんて一般常識すら危ういから早々に詰むのが目に見えてる。


 だったらここは、ワタシとしても本当に、ほ・ん・と・うに心苦しいんだけど……利用させてもらうぜ!


 それに、なんといってもワタシの目的は悠々自適なヒモ生活!

 いくら見た目的にリードの方が似つかわしくなっても、そこが揺らぐことはない!


 それにこう言ってはなんだけど、この人、リィルさんなら何もしなくても勝手に養ってくれそうだし……。

 向こうもなぜだか知らないけどワタシのことを気に入ってくれてるみたいだから、これはwin–winの関係ですよねッ!


 でも、「実は異世界から移住してきたんですけど、業者が途中でブッチしましてぇ」とか初対面の人に言ったら、ワタシがアタオカ認定されてしまう。


 話すにしても時期も見た方がいいな。

 だったらここは、


「実はワタシ――記憶喪失みたいなんです」

 謎の訳アリ美少女でいくとしよう。



      §      §      §



 自分でもだいぶ無理あるな~って思ったけど、案外イケた。


 記憶喪失って言った瞬間、リィルさんの目が怪しく輝いたように見えたけど、あれはワタシの境遇に同情して涙を禁じえなかったんだよ……きっと。


 そう自分を納得させて、リィルさんの足の間に大人しく収まっていた。

 街は目の前だけど、とりあえずリィルさんの荷馬車に同乗した……というか離してくれないからやむを得なかった。


 リィルさんはどうやら商いをしている人らしく、荷車の中には見ただけじゃよく分からない物から色鮮やかな生地なんかが敷き詰められている。


 車を引いてる馬も見るからに地球産のそれとは違っていて、脚が異様に太くて体高も普通の馬の倍くらいはありそうだ。何よりたてがみを掻き分けて額から覗いている大小二本の角が凄い存在感を放ってる。


 いいね、まさにファンタジーですよ。


 いたるところに垣間見える異世界っぽさに感動しながら、御者台でワタシを抱えるように手綱を握るリィルの話に何度も相槌を打った。


「んー、それにしても災難だったね。魔法事故で見知らぬ土地に跳ばされた上に記憶まであやふやになって、しかも急に空に投げだされちゃうなんて……なんか不運のオンパレードって感じだね。

 私もビックリしちゃったよ。何か爆発でもしたみたいな音がしたと思ったら叫び声が聞こえてきて、そこに行ったら女の子が泣きながら遠吠えしてるんだもん。何事かと思っちゃった」

「はは、ですよね」


「でも、気まぐれで有名な風の精霊が率先して助けてくれるなんて滅多にないよ。

 運が良かったね。まぁ、こんなに可愛いんだから精霊たちが助けたくなっちゃうのも納得だけど!」

「ははは。ありがとうございます。それと、すみません。街の案内まで頼んでしまって」

「いいよ、気にしないで。困った時はお互い様、でしょ?」


 そう言ってリィルさんはウィンクをして上機嫌に笑ってみせた。

 そんな彼女に苦笑を返しながら、気づかれないように小さく胸をなで下ろす。


 彼女にはしばらく寄生、いやお世話にならないといけないんだけど、正直少し後ろめたさがない訳じゃない。


 でもこれもワタシが立派なヒモになるために必要な一歩。

 彼女には悪いが、少しだけ甘えさせてもらおう。


「あの、お聞きしたいんですが」

「んー何かな?」


「先ほど言っていた『ぞくめい』と『さとな』ってなんですか?」

「んっとねー、族名っていうのは種族としての名前かな。家族の名前って感じ。私の場合は人族の中の『バーテス』家に連なる者って意味になるよ。で、郷名っていうのは、出生地と現住所を表してるんだよ。

 私は生まれも育ちも現住所もこの街だから『オールグ』。これがオールグ生まれで現住所がミズキだと、『オールグ=ミズキ』ってなるの。

 だからさっきイディちゃんが名乗ったときにどっちも言わなかったから、何か訳ありなのかなぁって」


「うぐッ!? ……すみません、やっぱり思い出せないようでして」

「気にしないで、無理してもしょうがないからね。自分が気にならないんだったら思い出せたらラッキーぐらいに考えてた方が気楽でしょ。

 分からないことがあれば私が知ってるものなら教えてあげられるしね。

 はい、街門にと~ちゃくッ! ちょっと待っててね」


 そう言い残して、リィルさんは軽い身のこなしでひょいと馬車から飛び降り、門の脇に設置されている木造りの建物に小走りで駆けて行った。




      ☆      ☆      ☆




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