第1節 ワタシがヒモになるんだよぉ!

01 特殊詐欺にご注意ください


「当選おめでとうございます! あなたはランダムな抽選の結果、本日のラッキーな訪問者に特別に選ばれました!」


 ――俺、知ってる。これ、フィッシング詐欺だ。


「おいおいおい。詐欺とか、何を根拠にそんなこと考えてんの? 改めて言っておく必要もないだろうけど……僕、神様だよ?」

「誠に申し訳ございませんでしたッ!」


 見た目完全なショタっ子に完璧な土下座を披露するあたり、俺という人間も末期かも知れない。


 しかし、社会人六年目を甘く見ないでもらいたい。


 腰の低さには自信がある、なんなら保証書をつけてもいいくらいに。

 断じてヘタレじゃないけどなッ!


「ああ、いいんだ。僕も別に君のストレスをかさ増ししに来たわけでも、休日を叩き潰しに来たわけでもないんだ。さっきも言ったように君が抽選の結果、選ばれたってだけの話さ」


 俺のベッドに我が物顔で腰かけ、アニメ消化のお供に買っておいた古池屋のポテチのり塩味をバリバリ咀嚼しているランドセルが似合いそうな黒髪少年。


 この自称神様が何の前触れもなく、文字通り俺の目の前に『現れた』のがちょうど十分前の出来事だった。


 特に何かがあった訳じゃない。


 ただ、この存在を目にした瞬間、根拠とか理由とかそんなものは全部吹っ飛ばして理解させられた。


 ――なんかもう……あかんわ。


 理由もなく関西弁に侵食されるぐらいヤバかった。


 恐怖に震えるとか畏敬のあまり平伏すなんてことはなく、ただ自我が溶かされていた。

 意志とか精神とか、そういった類いのものがまるっと漂白されて、目の前の存在の全てを受け入れようとしていた。


 あのまま神様が神の威光というやつを抑えてくれなければ、俺という存在は綺麗さっぱり消えていただろう。


 それがなんの根拠もなく確信できた。


 最近流行りの異世界転生もののラノベでよく神様に物申す輩がいるが、あいつら絶対にサイコパスの類だ。

 お祈りされるまでもなく、相手の胸三寸で今後の益々のご活躍が決まるっていうのに注文をつけるとか正気じゃない。


(しかし! しかし、だ。これだけは言わねばなるまいッ!

 そう、そのポテチは――!)


「それ俺の……」

「なんか言った?」

「いぃいえぇ! 恐縮ですが可能であればもう一度ご説明いただけたら、感動のあまり感涙するなと考えていた次第であります、はい」


 ああ、俺には無理だったよ。


 分かってたけどね。会社の後輩にすらやり込められる俺じゃあ、どうやったって神様に具申申し上げるなんて不可能だった。うん、知ってたわ。


「まあ、いいけどね。ようするにこっちの世界に移住してって話だよ」

「はぁ。移住ですか……」


 要約すると、互いに大きくなりすぎた世界同士が混ざり合って、今後十年ぐらいの内に相互を繋ぐゲートのようなものができあがってしまうらしい。


 前触れもなく繋がってしまっては混乱することが目に見えているので、その前にこっちと向こうで互いに十人ずつ見繕ってテスターを兼ねて各々の別の世界に移住しもらう。

 そして、いよいよ世界が繋がったってときには、互いの世界の良さを知っているそのテスターに緩衝役になってもらいたい、という話だった。


「つかぬことをお聞きしますが……その人選はどうやってお決めに?」

「あみだ」

「あみだですか!?」


「うん。こっちの世界からうちの世界にくる人を決めるだけでも約七億五〇〇〇万分の一を決める、あみだくじ。なかなかに壮観だったよ、僕も約七十五億人分の名前が横並びになってるのを見るなんて初めてだったからね。

 名前一枠三センチ×七十五億で二百二十五億センチ、キロになおして二十二万五〇〇〇キロ。地球約五週分の画用紙にあみだとか、よく一日で作ってくれたもんだよ。

 そして目を抉りたくなるような、くじの遅々とした進み具合ときたら!

 僕は後どれだけ時間を無駄にしなければならないのかって、ドキドキワクワクしながら待つのは中々刺激的な体験だったさ」


 ――これが神ジョークってやつか……。


 いやしかし、俺にとってはまさしく棚から牡丹餅ならぬ天から牡丹餅。絵面的に笑えない大惨事の予感しかしないが、それでもなお僥倖であることには違いない。


 なぜなら俺は今、全世界の社会人の夢を背負ったんだ!


 社会に出た以上、まっとうな生活をするには働かなくちゃならないのは分かってる。誰だってそうだ、言われるまでもない。


 みんな分かってる。


 ――でも、そうは言っても働きたくない……働きたくないでござるッ!


 そう叫ばずにはいられない社会人の嘆きが、俺の中に流れ込んでくるのがはっきりと夢想できる。その煮え滾るマグマのように熱い思いが血管を駆け巡り、俺の逃走心に火を点ける。


 そう、これは現代社会の楔から解き放たれるための聖戦なのだ!


 分かる、分かるぞぉ。俺には、NAZAの発射台基地からスペースシャトルに乗り込もうとする宇宙飛行士の気持ちがッ!


 仕事という地球から解き放たれ、異世界という名の自由の宇宙そらに飛び立つのだ。


 期待と不安が入り交じって、飛び立つ前から無重力になったみたいに地に足がつかずボーッとしていると急に肩を叩かれる。

 振り向くと、頼もしい笑みを浮かべた自由むしょくさんがサムズアップをしている……マーベラスッ!


 抱かれたい、自由むしょくさんに抱かれて飛んでイキたい!


 ……とりあえず、落ち着け俺。


 どんなことでも準備が何よりも重要なのだ。このまま昂揚感に任せて乗り込んだら、確実に深刻なエラーが起きる。


 そうならないためには何よりも情報が鍵になる。

 聞いただけの知識でも知っているのと知らないのじゃあ大違いだからな。


「それで、その移住の内容というか、俺はどういった状態でそちらの世界に?」

「そうだね、まぁこっちの事情で移住するんだし生活費用はあげるよ。具体的には向こう五年は贅沢の限りを尽くしても困らない程度のお金を上げる。もちろん普通の生活すれば、こっちと向こうが繋がるまでの十年間は問題ないくらいの額でもあるよ」


「おおおっ! 凄い好待遇! それで、家、住む場所なんかは?」

「家? ……ああ。そうだね……それに関しては君の好みなんかもあるだろう? だから実際にこっちに来てから自分で決めた方がいいんじゃない?

 その方がこっちの世界を見て回るきっかけにもなるだろうし。あっ、もちろんその分のお金は別にあげるよ」


 素晴らしい、世の中こんなに旨い話があるものだろうか……旨すぎて吐きそうだ。


「それは有難いです。それで、俺はそっちの世界で何をすればいいんですかね?」

「基本的には何をしてくれてもいいよ。観光に明け暮れてもいいし、知識を使って自分の国を興してもいいし、世界の危機を救ってもいい。あげたお金を元手にして農業とか、もちろんどこかに勤めるっていう無難な生活を送ったっていいよ。

 僕は君がこっちの世界に来てくれるだけで目的は果たせてるようなもんだしね」


 つまり何もしなくてもいいと……。

 これは仕事からの逃避を望む俺にとっては願ったり叶ったりってことだ!


 しかし、旨い話には裏があるのが世の常。相手の目的やメリットを聞いていてもなお、あまりに俺に旨みがありすぎる。


 懐疑的な視線を送りそうになる俺を気にも留めず、自称神様は上機嫌によく回る舌を動かし続けた。


「あと、こっちの世界はファンタジックなのが売りでね。人種も様々、森人族エルフ岩人族ドワーフ小人族リンクル水人族マーレンなんかもいるし。野生の生き物も精霊からドラゴンまで、いろんなのがいるから危険がない訳じゃない。

 でもこっちじゃ、そんな世界が人気なんだろ? それに危険には自分から近づかなければ問題ないから、そこら辺も楽しんでよ。

 まあ、そうは言っても死なれたりしたら僕としても興醒めだからね。だから君には特典をあげよう! 転生特典ってやつさ。いや君の場合は移住特典かな?

 まぁいいや。さぁ、望みを言ってごらん。俺tueeeでも俺無双でも俺さすおにでも、なんでも好きなチートをあげようじゃないかッ!」


 両手を広げて満面の笑みを浮かべる見た目小学生の自称神様。

 っていうかこの神様、俺tueeeとかさすおにを知ってるとは……きさまラノベを読み込んでいるなッ!?


 いよいよもって詐欺臭、いやいやいや、俺は何も考えていない。

 そうとも、こんな有難いお話にオマエそんな不敬な。


 腹の底から湧き上がる喜びを持って甘受、ではなく謹んでお受けしよう。


 それに、お願いする特典は考えるまでもない。

 普段からラノベを読み、異世界に転生する主人公たちの行動を目にする度にいつも思っていた。


 ――なんでこいつらは『戦うこと』が当たり前になってるんだろうか?


 それが実際の戦闘にしても、経済的なものだとしてもだ。


 与えてもらった特殊な力を駆使して自分にとって不利な状況に挑む。

 確かにドラマチックで盛り上がるだろう。


 でも、異世界にまで行って、転生特典なんていうチートをもらってまで、本当にそんなことをする必要があるか? いや、そんなはずない!


 ――そんな状況にならないようにすればいい。


 そういう考えに至るのは至極当然だろう。


 戦いもせず、難しいことに頭を悩ませもせず、何より働きもしない。


 そのためにはどうすればいいか?




 それは――!




「――俺をヒモにしてください!」




      ☆      ☆      ☆




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