二〇二一年七月二十七日の独白
蝉の鳴き声が耳をノックする今日この頃、ひどく実感する。
世の中クソだな、と。
本当に世の中はクソで、人生はゴミなのだ。だけど死ぬ度胸もないので苦しみながらも今日を生きないといけない。縛りプレイはあまり好きではないのだが。
閑話休題。去年の夏に書いた独白を読んでみた。
まあ、なんというか……消したくなった。けれど去年の自分の感情を否定したくはないし、なんとなく自分にとって忘れてはいけないものである気がした。
去年の自分は感情のままに溢れんばかりの花火大会に対する想いを書きなぐっていた。
久しぶりに読んでみて驚いた。自分はこんなにも花火大会が好きだったのかと。
そして自身が驚いたことに対して絶望した。花火大会に対する想いも、去年の悲しみと絶望も、結局は時とともに風化してしまうのかと。
怒りに支配された。あれだけ花火大会のことを想い続けてきたくせに、このザマなのかと。
去年の文章にはこう書かれていた。
******
僕が早朝の四時にこのエッセイを書いているのは、その感情が消えないうちに、なんらかの形で残しておこうと思ったからだ。
来年の夏がどうなっているかは分からない。
来年も花火大会が行われない可能性は否定できない。
それでも、僕には信じること以外になにもできない。
いつまでも落ち込んでいたところで状況が好転するわけでもない。
きっと、来年の夏こそは花火大会を楽しむことができるだろう。
きっと、来年の僕はこのくだらない感情の吐き溜めのエッセイを読んで、今年の僕を笑うのだろう。
そう信じて、今、自分が為すべきことをする以外にはなにもできない。
こんな夏はもう過ごしたくない。
来年の僕よ、どうか今年の僕を、今の僕を笑ってくれ。
さあ、まもなく夜が明ける。
******
なんて哀れなのだろう。
そうなることを望んではいなかったが、君が危惧していた通り、僕は君の感情を忘れてしまっていた。
君の言う『来年の夏』は『今年の夏』と何ら変わりなかったよ。強いて言うならTOKYOという名の近くて遠い世界で世界規模のスポーツの祭典とやらが行われていることぐらいだ。
君が恐れていた通り、『来年』も花火大会は開催されなかったよ。
僕はいつの間にか信じることすら忘れていた。
大学に入学して早々オンライン授業になって、友達もできないまま同じ状況が今も続いているけど、なんとかメンタルは維持してきたよ。でも、自分では維持しているつもりで客観的に見たらもう壊れているのかもしれない。
残念なことに、『来年』も花火大会を楽しむことはできなかったよ。
申し訳ないけれど、『来年』の僕は君の書いた感情の吐き溜めのエッセイを読んで笑うことが出来なかった。
またしても『こんな夏』がやって来てしまった。
本当にごめん。『来年の僕』は君を笑うことができそうにない。
未だに夜は明けない。
僕はまだ二〇二〇年八月一日の午前四時に取り残されている。
別に『ただの綺麗な花火』が見たいのではない。
夏にしか味わえない熱と人々の笑顔や喧騒、蝉の声、そして夜空を彩る花火。これらが一堂に会する花火大会が見たい。そして僕もその一部となりたい。
ただそれだけなのだ。
今年の春に僕は二十歳になった。法的にはもう子どもではいられなくなってしまった。
僕は大人になれただろうか。
大好きだった生クリームもたくさんは食べれなくなり、特盛で頼んでいたラーメンの量が並になり、カラオケでボカロを歌いまくっていたのが今では人間の歌ばかり歌うようになり、読む本のジャンルがラノベから語学や法律書に変わり、以前に比べて新しいことに挑戦することが億劫に感じるようになった。
きっとそうやって、大好きだったものを捨てて、それを大好きだと感じていた自分を削って、居心地のいい合理性に身を委ねて、正当化する。誰しもそうやって大人になっていくのだと思う。きっとそのほうが快適で、楽だから。
別にそれが間違っていることだとは思わない。むしろ自然なことだと思う。
たぶん、花火大会のことなんて諦めて忘れたほうが楽になれることは僕だって重々分かっている。今の時代、他にも楽しめそうな娯楽なんていくらでもあるのだから。
しかし、どうしてもこの想いは捨てられそうにない。
「ガキだな」と自分でも思う。非効率的であることも分かっている。けれど、どうせいずれは大人になってしまうのならば、せめて今だけは子どもでいよう。
夏の舞踏会にもう一度足を踏み入れることができたなら。
そのときをもって子どもの僕は終わりを告げるのだろう。
だから、あと一年。あと一年だけモラトリアムに浸かろう。
そして来年の夏。舞踏会の帰りに子どもの僕をぐちゃぐちゃの八つ裂きにして殺す。同時に、大人としての僕が生を受ける。
さて、いつになったら朝が来るのだろう。
花火大会に恋をした Natsu @daigyo
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