第7話 二つの未来
その日の発表は、テーマパークタイムドームのあの巨大な3Dホールで行われた。昨日池波から送られてきたシャトルカメラの映像が非常に素晴らしく、それを簡易編集したものを解説とともに上映するという趣旨だった。
ホプキンスが人類学者として、ネアンデルタール人の貴重な記録を送ってきたときも話題になったが、今度は生物学者の池波が巨大哺乳類の貴重な映像をたくさん送ってきたと言うので、違う盛り上がりがある。
舞台の脇にはブルコス会長、アイリーン広報官、ニューマン博士、大村チーフなどの席がパネラーのように並び、始まる時刻を待っていた。
会場の前の方には貴賓席扱いで、大物スポンサーたちが座っていた、その後ろに時間企画委員会や時間倫理委員会のお偉方、その後ろに関係者席、マスコミ席と続く。今日のマスコミ席はものすごい人数だ。
その時、たくさんのマスコミを押し分け、一人の女が、最前列に向かって歩き出した。
「すみません、御用の無い方はこれより前の席には入場禁止です」
さっそく会場の係員がその女を止める。
「クロフォードCEOにこのファイルを渡さなくては」
「わかりました、お急ぎください」
すると女は小走りに大物スポンサー、あの有名なセレクトキャスター、エイドリアン・クロフォードの方へと急いでいく。秘書が席を外しているのをいいことに、クロフォードの隣に平気で座り込む。
「おやおや、カルメン・サラザール君、何の用かな」
クロフォードはこんな時にも嫌な顔一つせず女性に優しい。カルメンは何故か深刻そう
な顔をして、クロフォードに相談事を始める。
「初めまして、クロフォードさん。実は、この会が終わったら、頼みごとがあって…」
今日のカルメンは何故かおとなしい。つい、相談にのってやりたくなるのが男心だ。でも、クロフォードは難なくそれを見破って、鋭く声をかける。
「はは、僕には、そんなわざとらしい真似をしても無駄さ。でも、あの天下のカルメン君が何のつもりだい? 逆に、面白い、用件を聞こうじゃないか」
すると、一瞬でカルメンはいつものふてぶてしいカルメンに戻った。
「あなたが心理学の権威だってことは本当みたいね。ばれちゃしょうがない。実はね…あなたが今日、珍しく秘書なしで一人で来ているのを見て思いついたんだけれど…」
ふたりは何か密談を始めた。そしてそのままカルメンが席に座り込んだのを会場係が確認していた。
「クロフォードさま、ええっとそのお席はよろしいんでしょうか」
「はは、秘書が大事なファイルを忘れて取りに行かせていたんだ。これでいいんだ。ありがとう」
安心して帰って行く会場係、それを見て、ほくそえむカルメンだった。
やがて時刻が訪れ、ブルコス会長たちが入場して、アイリーンが、概要を説明した。
「…というわけで、あのさまよえるネアンデルタール人の事故により、池波はホプキンスとほぼ同じ地点には行けたのですが、約一年八か月ほど後に到着した模様です。もちろんホプキンスは発見に至らず、まだ捜索中です。しかし池波は、新型のカメラを持ち込み、貴重な古代の生物の記録を転送してくれました。巨大な古代の哺乳類だけでも二十数種類、小さな生物まで含めると、50種類以上の生物映像がありました。また人類学者のホプキンスの研究を受け継いで、ネアンデルタール人の長老の話や、貴重な葬儀の様子なども撮影に成功しました。彼はこの記録の転送とともにネアンデルタールの村を出て、ホプキンスや、リアルイブの探索に向かい、約一週間後に帰還の予定です」
さらに次に大村チーフから、自動撮影カメラシステムや、フライトカメラなどの最新の技術説明があり、その後で過去の生物映像の簡易編集が流れた。
もちろん一番見どころを入れない映画の宣伝のような編集だったが、マスコミを騒然とさせるには十分だった。特にバードボールの空中映像が始まると、会場から大きなため息が漏れた。少しずつ低空飛行になり、古代の広大な森や草原を行くと、流れる雄大な風景の中にちらっと見える巨大生物たち。歓声が湧き起こる。
生物学者のニューマン博士から、化石として発見されていない動物の方が多いなどと解説が付けられた。
ブルコス会長は最後に立ち上がると、流れるようなコメントで締めくくる。
「長編映像は、来月からここタイムドームシアターで上映されます。しばらくは世界中でここだけですよ。その他貴重な映像が、メタトロン社、インフォギャラクター、クロフォードチーム、などのスポンサー会社を通して配信されます。そして、一週間後には、池波の帰還です、ホプキンスは、リアルイブは、発見できるのか、わくわくしてお待ちください。そして最後にサプライズの発表がございます」
プログラムにはなかったので、客席がざわめいた。広報官のアイリーンが進み出ると、画面にタイムドームの周囲のテーマパークが映った。
「実はリアルイブ計画が決定した時から、同時に建設が始まりました人類タワーですが、ホプキンスの件もあり、内部はほぼ完成していたのですが、開館が未定になっておりました。しかし、池波隊員の成功を受け、最新の画像を取り入れ、急きょ開館にむけて動き出すことになりました」
大画面に全七層の巨大な塔の中が映し出された。観客席からオオーという歓声が起きた。
「観客自身が猿から猿人、原人、現代人へとバーチャルに進化して見えるという新しい展示方法を採用しています。一か月後の開館をめざし、数日後に、マスコミ向けのプレオープンを開催します。こちらもよろしくお願いします」
マスコミ各社には池波の短編映像や人類タワーの映像と数枚のスチール写真が保存されたディスクが配られ、大成功のうちに発表会は終わりを告げた。
まだ皆がシアターを退室し始めてざわざわしている間に、世紀の凸凹コンビ、セレブなインフォキャスター、クロフォードと野生のインフォハンター、カルメンが、さっそく動き始めた。
「ニューマン博士、少しだけ時間を拝借できませんか」
「おお、クロフォードさん、何か御用ですか」
さすがのエリオット・ニューマン博士も大物スポンサーには気を使うらしい。ニューマン博士は、隣におとなしく立っているカルメンをじろじろ見ながら、シアターの控室にクロフォードたちを招き入れた。まずはクロフォードが口火を切った。
「…もうすぐホプキンスが帰ってくるので、話題にはなるのでしょうが、例のエデン文書のことでお伺いします。カルメンの話では、転送直後に数人が目を通していたらしいですね。そしてそのメンバーの中にニューマン博士がいたというのは確かですか?」
「ああ、リアルイブプロジェクトのスーパーバイザーであり、実質的な生物部門のリーダーだから、もちろん私も失われる前のエデン文書に目を通させてもらった。だが、具体的な内容については、ブルコス会長が、事件が解決するまでは内容は伏せておいてほしいと言い出して、それっきりだ」
「なるほどね。では、そのブルコス会長の言葉の範囲内で結構です、無理にとは言いません。このインフォセレクトハンターのカルメンの質問に答えてください」
「…ううむ、何も話せないとは思うが、質問を聞くだけ聞こう」
さすが、クロフォードだ。ニューマン博士にここまで踏み込める人物はなかなかいない。カルメンもしおらしく、丁寧に質問を始める。
「ありがとうございます。実は以前から疑問があったんです。ホプキンスは、荷物の重さの関係でDNA分析装置は持って行っていないと聞きました。そして、過去からも倫理委員会の許可がないのでイブの遺伝子がわかるようなものは届いていないはずです。それは間違いありませんか?」
「ああ、その通りだ。毛髪などのごく一部の遺伝子情報が入手できたときだけ、ホプキンスがそれを許可を得て持ち帰る計画だった」
「ところが、毛髪などはもちろん持ち帰ってはいないし、分析装置も無いはずなのに、なぜ遺伝子も調べないで、ホプキンスは、リアルイブを発見したって言ってきたんですか。それとも、単なるホプキンスの大雑把な推測ですか??」
すると、ニューマン博士は大きく息をつき、しばらく置いてから話しはじめた。
「…ううむ、いつそれを聞かれるかとドキドキしていたんだ。私が気に入らないのは、実にその部分だ。ホプキンスは、遺伝子も調べないで、偶然見つけたホモ・サピエンスの女性をそう名付けたのだ」
「いったい何を根拠に」
「ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの、ふたつの種の未来に関わるような、行動や習性の違いだ。彼女の行動を人類学的に分析し、そう名付けただけなのだ。行動学的には画期的な発見だったのかもしれないが、遺伝子学的には全くのあてずっぽうでしかない。だから、私は厳しい姿勢を取らざるを得ないわけだ」
「そのホプキンスの発見についてのコメントはいただけませんか」
「そうだねえ、内容についての話は全くできないが、大衆向けのセレクトニュースには、そのままではとても流せないような、そんな内容だ」
「大衆向けのセレクトニュースにはながせないというと…」
カルメンがさらに突っ込んで行こうとするのをクロフォードが止めながら話した。
「わかりました、よくぞそこまで。感謝いたします、ニューマン博士。それではこれで」
カルメンもしおらしく頭を下げ、その場を離れた。ふたりはそのままスポンサー専用のカフェに入り話し合った。
「クロフォードありがとう、あそこでやめておかなかったら、博士を怒らせて台無しにするところだったわ。私いつもあの辺で失敗しがちなのよ」
「こっちはあんたみたいに自分で取材みたいなことはしたことないから、ドキドキだったけど、収穫は大きかった。さすがだね。ニューマン博士の視線や口の動き、姿勢や手足の微妙な動き、さらに声の調子まで総合しても、あのニューマン博士が、嘘をついている可能性はほぼゼロだ」
「事件の原因が、あの犯人不明のコンピュータプログラム、さまよえるネアンデルタール人だと解明されたから、もうよほどのことでもない限り、一週間後に池波は帰ってくる。そこで話題になるのが、ホプキンスの行方とリアルイブの存在、そのどちらにも関係しているのがエデン文書ってわけ。だからすべてが明らかになる前に、どんな些細な事でもいい、エデン文書に何が書いてあったかが少しでもわかれば、がっぽり儲かるわ。」
カルメンは、本当はマスコミ席だけの入場許可のはずであったが、そのふてぶてしい演技力で、最前列まで入り込み、うまく大物を使って一番インタビューがとれそうもないニューマンから貴重なコメントを引き出したのだ。
「収穫はいくつもあったわね。カルメンセレクトとクロフォードチームだけのスクープね」
するとクロフォードは苦笑いをした。
「うちは大々的にスクープにすると、スポンサー規定に抵触するから、まあ、あたりさわりのない程度にちょこちょこ使わせてもらうよ。君と一緒に仕事するのも楽しいけれど、心臓に悪いな」
すると、カルメンはニヤッと笑った。
「ふふふ、あなたがあのスーパーモデルとか使って、以前からいろいろ調べているのは確認済み。お互いに得るところがあったってこと。まず、遺伝子も調べないでホプキンスが、なぜ、見つけたホモ・サピエンスをリアルイブと名付けたか? それからその理由は人類学的発見だけれど、一般大衆にはそのままでは流せない…ってどういうことなのかしら。しかもそれは、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスのふたつの種の未来に関わることなんでしょ? ふたつの種の未来って、どういうことかしら?」
すると、クロフォードは首を傾げながら答えた。
「わからないことばかりだな。ネアンデルタール人は、一時ヨーロッパや地中海周辺から中東の方まで広範囲に広がって行ったのだが、今から二万五千年前になると、すっかり滅んでしまう。一説にはホモ・サピエンスによって滅ぼされたのだという。でも、体もがっしりして、頭もよかったネアンデルタール人が、なぜホモ・サピエンスにやられてしまったのかは、今も大きな謎となっている」
「それって、ホモ・サピエンスによる、本当のネアンデルタール人殺人事件じゃない? しかも、その原因はリアルイブから始まった…。いけそうね、今日のは全部借りにしておくから。なんかあったら相談に乗らせてね。じゃあ」
カルメンは、鼻歌交じりでタイムドームを去って行った。エイドリアン・クロフォードは、何か別に思い当たることがあったらしくその場で携帯で連絡を取り始めた。
「あ、ペネロペかい? 実は以前から謎だった、エデン文書を誰が非公開にしたのかがやっとわかった、そう、まさかのブルコス会長だ。ニューマン博士から聞いたから間違いない。うん、うん、またなにかわかったら連絡する」
事態はまた違う展開を見せ始めた。
私は、ホプキンスのデータにあった地図をパーソナルナビに読み込ませ、その指示に従って草原や森の中をびくびくしながら進んでいった。地図は真南の大地のさらに先を示していた。計算では、2、3時間は覚悟して歩かなければならない。湿地や亜熱帯林が広がる大河のそばの低地をだんだんと下に見ながら歩いていく。まわりは草原やブッシュ、小さな森などの風景へと徐々に変わって行く。
どうもこの道筋はホプキンスを連れて歩いたホモ・サピエンスが使っている道らしく、見通しがよく、しかも猛獣や大型草食動物の集まりやすい場所を避けて歩くようになっている。真っ昼間なのも幸いして、思ったほど危険はないようだった。見通しの良い草原に出たところで、ホプキンスの記録を少しだけ読んでみた。
『ネアンデルタール人が森の民であったなら、ホモ・サピエンスは大地の民だ。彼らはそのすらりとした足で、森はもちろん、草原や岩場、荒地のような場所でも驚くほど広範囲を走り回る。』
記録によると、トランクのそばまで行ったとき、野牛の群れを追跡してきたホモ・サピエンスの集団に会ったのだという。危険なので槍で追い払おうとしたヘクトールに、横取りされるかと勘違いしたホモ・サピエンスたちが攻撃を仕掛けたらしい。驚いたホプキンスは近くの茂みに隠れていたところをホモ・サピエンスに発見され、連れて行かれ、ヘクトールと別々になったという。彼も最初はどうなるかとドキドキしながらこの道を歩いて行ったようだ。
彼らの狩りの範囲は、ネアンデルタール人のそれとはけた違いで、ホプキンスが彼らを見つけたというよりは、遠くまで狩りに出たホモ・サピエンスに、偶然発見されたという感じらしい。
草原を再び歩き出す。
ふと思い出して、例のアルトマンのウェザーボールを出してみる。
「あら、観測位置が移動しましたね。少々お待ちください。…。はい、オーケーです」
優しい女性の声で説明が始まる。今は4、5日周期で弱い雨があるとのことだった。ここ何日かは晴れが続くようだ。だが、亜熱帯の真っ昼間に、日陰の少ない草原を歩くのは結構きつい。だが、次はいつ水が手に入るのかわからないので、一口だけ飲んでまた歩き始める。広大な草原、あちこちに広がる森や藪、巨大な草食動物が、高い枝の葉を食べている。首が長く、背の高さはキリンに似ているが、よく見ると顔はラクダにそっくりだ。その横をそっとすり抜け、進んで行けば、そろそろ見えてくるはずだ。彼らの村が。
出会いは突然だった。人間の叫び声が遠くでしたかと思うと、3人の褐色の肌をした狩人が、私をめがけ、走ってきた。彼らは現代人から見ればひと回り、ふた回り身長こそ低いが、そのすらりと伸びた足は、ネアンデルタール人とは全く違う種であることが一目瞭然だった。近付いてきてだんだんわかってきた。彼らは全員男性で、鋭い槍を持ち、特にパンツは履いていなかったが、腰のまわりに石のナイフや皮袋をなどをぶら下げていて、目のやり場に困ることが、いくらか緩和されている。全員髭がよく剃られていた。髭を剃ることによって何か有利なことがあるのだろうか。私はとりあえず、作り笑いで友好的な雰囲気を演出してみる。
彼らは私が敵か味方か、緊張しながら何かをしゃべり始めた。困った、忘れていた。ホモ・サピエンスの言葉はまったくわからない。ネアンデルタールの言葉とはまるで違っていた。とりあえず、ネアンデルタールの言葉で言ってみる。
「…私は、ホプキンスをさがしにきたんだ」
すると3人のうちひとりが、驚いたような顔ををしてうなずいた。そして、こっちにこいと合図して歩き出した。この男はなぜかネアンデルタールの言葉がいくらかわかるらしい。
イケナミという私の名前もすぐ憶え、気軽に声をかけてくる。
リーダー格のこの男はソルと言い、しかも、どうもホプキンスを知っているらしく、ホプキンスの名前を出すたびに、にこにこして機嫌がいい。
ホプキンスは、こっちの村でも村のためによいことをしたのだろうか。おかげで後を追っている私はいつもかなり得をしているように思える。
お、見えてきた。後ろに森が控える草原の中に小さな三角屋根がいくつも並んでいる。あのツリーハウスのような森の家とは違い、大地に根が生えたような家だった。
私たちが近付くと、他にも4、5人の男がこちらへ歩いてきた。やはりみんな髭はきちんと剃っている。ソルたち3人と一緒になり、私のことで何か相談を始めた。家の造りや持っている武器の技術も思ったほど、ネアンデルタール人と大差はなかったが、オープンな村の雰囲気といい、走り回る男たちの様子といい、やはりとても大きな違いを感じる。ちょっと待てよ、女性はどうなっているんだ? 今のところ、小屋の中には、たくさん人のいそうな気配はあるが、日差しのきつい時間帯のせいか、だれも出てこようとしない。
「イケナミ!」
さっきのソルが私の方へとことこと来て、たどたどしいネアンデルタールの言葉でしゃべりだした。こっちも日常会話ぐらいしかわからないのでおおよそしかわからない。要点は3つあった。
ひとつは、ホプキンスは今、いない。ふたつ目はホプキンスをよく知っている男が遠いところに行っている。3つ目は、しばらく、この村で待てということらしかった。
私が、オーケーと言ってうなずくと村の外れに案内された。そこは一回り大きな小屋と大木があり、涼しい木陰が広がっていた。そこには彼らとは明らかにちがう、別のホモ・サピエンスが4人ほどにこやかに座っていた。四人とも、少し背が高く、顔に同じように刺青をしている。遠い村からやってきたという。他の部族と言うことか? 私も日陰に腰かけてさすがに失礼してペットボトルの水を少し飲む。すると、入れ墨の部族の一人の若者が、飲みたそうな顔をしてこちらを見た。私はついどうぞとペットボトルを差し出した。その若者は、瓶の口に自分の口が触れないように気を遣いながら少しだけ流しこんだ。すると、リーダーらしき男が私に礼を言って、小さな石のようなものをくれた。いったいなんだろう。やがて、刺青の4人は、自分の村に還るのだろうか? すっと立ち上がると、この村の者たちに挨拶をして、皮の袋を担いで旅立って行った。私はもらった石のようなものをしげしげと見ていた。白っぽく、半透明な感じだ。おや、この形は? もしかして?私は少しだけなめてみた。
「やはりそうだ。これは塩の結晶…岩塩の粒だ」
強烈な塩辛さが口の中に広がった。彼らは遠くの村から岩塩を持ってここまで来たのだ。交易、そう、行動範囲の遥かに広いホモ・サピエンスは、他の村との交流も盛んらしい。
とりあえず、私は日陰に荷物を置くと、タブレットを取り出し、書きかけのエデン文書を呼び出した。まずは人類学者のホプキンスがやったであろう最初の仕事を探した。それは、今一番必要なもの…言葉の翻訳だ。
「ほう、さすがだ。言語分析コンピュータを持ち込んでいるんだ」
私が古代の動物図鑑や特殊なカメラを持ち込んだように、ホプキンスは言語分析コンピュータを持ち込んで滞在した数日の間に、いろいろ調べまわったらしい。
簡単なあいさつ、よく使うものの名前、よく使う日常会話などが、いくつも載っていた。しばらくの間、私は夢中になってそのうちの一つでも多く覚えようと頑張った。そのうち、村にまた3、4人の男たちが帰って来て、私の方を指差して何か言っているようだ。だんだん日も傾いてきた。なにか、そわそわして落ち着かない。私は何か参考になるかと思って、今度は書きかけのエデン文書を読み進めた。
「…彼らホモ・サピエンスの男は、例外なく髭がない。あの金色がかった赤ひげのネアンデルタール人のゴールドネックとはまったく異なる。しかもさらにネアンデルタール人のような際立った第二次性徴もない。外見がこれだけ違うということは、それなりの意味があるはずだ。私なりに推測を立ててみた。まず一つ考えられるのは、広大な大地を駆け回る場合、熱がこもらないようにしているのではないかということだった。だが、それ以上に大きい理由があったのだ」
だが、髭がない理由を読み進もうとしたとき、声がかかった。
「イケナミ!」
男たちがまた村に帰ってきたのだが、何か大騒ぎをしている。私の座っている位置からは見えないが、中央広場に大勢の人が集まり何かを騒いでいる。
「イケナミ!」
一体なんだろう、私は呼ばれて、中央広場の方に歩いて行った。突然の騒ぎに、女、子どもたちも周りに集まりだした。村の女たち、リアルイブとホプキンスが名付けた女性にも会えるのだろうか。私は、村の中央広場っへと進み出た。
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