第4話 さまよえるネアンデルタール人
もともと注目されているタイムシークプロジェクトの隊員が不可思議な殺人事件に遭ったことから、翌日の世界中のマスコミは大騒ぎだった。
私、池波の部屋に届いた隊員専用のセレクトニュースには、今までは見たことのない外国のマスコミやネットニュース、あやしいタブロイド紙の電子版まで入っていた。
「血塗られた古城の宴」、「石斧殺人事件」、「時を越えた殺人」など色々な見出しで取り上げられていた。
「なんだ、こりゃ、カルメン・サラザール、あの突撃屋の女か。凄いな、こりゃ」
私が呆れたのは、カルメンと契約しているイギリスのタブロイド紙だった。「ネアンデルタール人殺人事件」と大見出しを付け、ホプキンスの代わりに時を越えてきたのは実はネアンデルタール人だったと推理して、その転送された可能性(!)を詳しく解説していた。シャトルカメラの事前実験の当日の警報や実際の目撃例、また、殺人事件の前日に湖上に運び込まれた大きな箱などが、ぞの証拠だというのだ。しかも、元連邦調査官だったシェパードがそれを突き止めようとして逆に原始の怒りに触れたというストーリーまでついていた。
ホプキンスが帰還するはずだった場面を私は見ていたし、もちろん代わりに別の者など転送されてこなかったし、ありえない話だと思っていた。ただ、タイムドーム以外の場所で起きた事件なので、タイムリープは、予定通り行われることと規定により決められているというのだ。あと数日で、私とアルトマンのどちらかが、時を超えることとなった…。どうも、モヤモヤが残り、前に進めぬ気持ちのまま、私たちはその日を待つしかなかった。
その男は、事前連絡もなしに、ノックだけして、私の部屋にずかずかと入ってきた。細身で長身の物静かな男だったが、時折見せる眼光が鋭かった。
「国際警察機構から派遣されました捜査官のプラドです。失礼します」
プラド捜査官は私の胸に付けた基地内専用の認識票にセンサーを押し当てた。
「照合完了。池波鉄也本人と確認」
「ええっと、いったいなにを…」
うろたえる私の許可もなく、プラド捜査官は部屋に入り、机の周辺からベッド回り、バスルームまで、あたりをひと通り調べてから、勝手に椅子に座った。
「いい加減にしてください。用件を言ってください」
さすがの私もちょっといらついて、声を荒立てた。これが、長い付き合いになる「ザ・クール」と呼ばれるプラド捜査官との出会いであった。
私がプラド捜査官の向かいに座ると、彼は話し始めた。
「あなたの同僚のブライアン・シェパードの殺人事件の捜査をしています。ご協力をお願いします」
「はあ、当日、私とアルトマンとシェパードは…」
「その話は結構です」
自分から振っておいて、なんだこの態度は。
「はあ? どういうことですか?」
「アルフォンス社長の別荘であるあの古城は、最新の監視カメラがすべての部屋と通路に取り付けられてあり、あなた方3人の動きは秒単位で確認ができております」
「じゃあ、殺人現場も映っていたんですか?」
「では、お見せしましょう、あなたの部屋のマルチモニターを借りますよ」
見事な手際で、あっという間に古城の階段や廊下、そして大広間の映像が映った。
「ところが、犯行時刻が、近付くと大広間のカメラ映像からシェパードは消えます。おそらく、監視カメラの範囲外のあの広いベランダに出ていたようです」
「ベランダに? なぜだ」
「わかりません。ベランダに通じるドアには通行禁止の看板がかかっていたので、特別なことがなければ出るはずはないのですが…。ただシェパードは、この後のバーチャルイベントの少し後で遺体として発見されたのですが、それまでの時間が空白なのです、誰にもどこにいて、何をしていたのかわからないのです。彼は古城のすぐ下の岸辺で発見された。監視カメラに映らずにそこまで行こうとしたら、監視カメラの範囲外のベランダから続いている短い石の階段を降りるか、主にシェフたちが使っていた1階に通じるエレベーターを使うしかありません。彼は呼び出されたか、何らかの理由で通行禁止のドアを開けてこっそりベランダに出たようです。そして階段を下りて石畳づたいに下の岸辺に降りて行ったと考えるのが自然でしょう」
「そこで殺人が…! なにか手掛かりは見つからなかったんですか」
「シェパードの遺体が発見されたのは、ベランダから十数m離れた岸辺です。その周囲に足跡や血痕が無いことから、シェパードも犯人も古城の周囲に或る石畳を歩いて岸辺近くに移動したと思われます。理由はわかりません。しかし、シェパードのかたわらに、血だらけの石斧が落ちていたのは間違いありません。後頭部の骨折と出血が死因です」
「そこまでわかっているなら、もう私に聞くことなんかないじゃありませんか」
私が投げやりにそう言うと、プラド捜査官は、そのポーカーフェイスのまま話しを続けた。
「いやあ、この事件、不可解なことがいろいろありましてね。一階の外の石畳では、事件の直後、怪物のような大きな足跡が…、しかも片足だけついていたのを見たという人もいる。私が行った時には何も確認できませんでしたけれどね。確かにはっきりと犯人が残した物的証拠は、この石斧だけです。この石斧がどこでどうつくられたものなのか。最先端の分析方法を駆使して調べてみました。この石器は、旧石器時代の打製石器で、地中海沿岸にみられるごくありふれた木と黒曜石から作られています。作られてからまだそれほど経っていない新しいものだと分析されました。可能性としては、1、犯人が現代の石と木を使って作った。2、18万年前から送られてきた。3、どこかの博物館などから盗まれた。どれだと思いますか?」
「過去からはデジタルデータ以外は転送できない規定があるから、2番目はありえないですね」
「そうですね。次に博物館から盗んだものだとすると、時間測定機で何万年前の物と測定が出ます。少なくとも凶器の石斧は最近加工されたものだそうです」
「そうだとすると、1しかないじゃありませんか。犯人が捜査を混乱させるため、勝手に石斧を作ってでっち上げたんですよ」
私がそう言うと、プラド調査官はため息をつきながら次の映像を見せた。それはホプキンスが最初に送ってきた、ネアンデルタール村でのシャトル映像だった。ホプキンスが18万年前のネアンデルタール人のリーダーから、石器の作り方を習っている映像だった。
「へえ、こんな映像見たことないですね」
「当然です。これは、捜査用に特別に見せてもらったもので、まったくの未公開映像です。誰も見ていないはずのこの映像にだけ、出て来る石斧があるんです。もともと不格好だったこの石が、鋭い石器に変わって行きます。ためしにこの映像を調べて凶器の石斧と比べたら、とんでもない結果が分かったんです。映像からこの画面に出て来る石斧の形状や大きさを精密なデータにしたんです。そうすると、このネアンデルタール人のリーダーが作っていた石斧と、犯行に使われた凶器が、石の形状やくぼみ、大きさから何から99パーセントの確率で同じものだという結果が出たんです」
「なんですって? じゃあ、18万年前に作られた石斧が、時を超えてシェパードの命を奪ったというのですか?」
「その可能性も出てきたというわけです」
「まさか、18万年前からネアンデルタール人が持ってきたとか、そんなはずはありえないですよね。仮にそうだとしたら、18万年前に死んだはずの人類が殺人を起こしたとして、殺人事件が成立するんですかね」
「わかりません。私はただ、犯人を逮捕するだけです」
「…それでいったい私に何を聞きたいのですか? 部屋にネアンデルタール人でも隠していないかと疑っているんですか?」
するとプラド調査官は物静かなポーカーフェイスでずけずけと言いにくいことを言い出した。
「3つあります。ひとつ目は、あなたとアルトマンに、他の人にはない殺人の動機があるということです」
「な、何を言い出すんですか。シェパードは、いつも一緒だった同僚ですよ」
「シェパードが死ねば、あなたかアルトマンが次のヒーローだ。しかも、あなたたちは第一発見者ではないが、遺体のすぐそばまでいち早く駆けつけている。何らかの方法で、シェパードをベランダから突き落とし、後で近付いて、石斧を置いておくことは可能だ」
こちらが怒鳴りつけたくなるようなことをスイスイと無表情で言ってのける。
「そりゃあ、そうかもしれないけれど…。だいいち私たちにだって、石斧は用意できませんよ」
私が声を荒立てても、プラドは全く表情一つ変えない。
「池波さん、あなたは隊員だからもちろんシャトルボックスをご存知ですよね」
「過去のものを運べる許可が倫理委員会から特別に出た場合、持ち帰るためのボックスです。もちろんホプキンスも持って行きましたが、まだ許可が出ていないので空のはずです」
「ところが、そのシャトルボックスが、エデン文書盗難の時に、鍵が壊され、こじ開けられていたらどうでしょう?」
「え、そんな馬鹿な?」
それは、私たちも聞いていない新事実だった。すべての事件はどこかでつながっていたのか…。驚く私の顔をプラド捜査官は静かに観察しているようだった。
「…とにかく、私もアルトマンも動機もないし、殺人もしていませんよ」
「まあいいでしょう。では2つ目です。そのエデン文書などの盗難事件に関係したことですが、犯人はあの日、ホプキンスが帰ってくるはずだった日、職員たちが中央管制室に集合していた裏をついてデータ保管室に侵入した模様です。堂々とゲートから基地内に侵入し、コンピュータの中の貴重なエデン文書のファイルまで破壊していったのです。しかも計画は周到で、その前後の時間、外部から内部に入る通路の監視カメラがすべて原因不明の停止状態になっていたんです。ゲートに入るにも、コンピュータにアクセスしてカメラを停止させるにも、マスターキーが必要です。このマスターキーを使えるのは、ブルコス会長や大村チーフなどの、上層部の5人、隊員の3人、大物スポンサーの4名だけです。つまりは、そこまで絞り込まれているということなのですよ。池波さん」
「…そ、そんな…」
そう言われれば、私も緊急時の解除などに使うために、マスターキーは持っている。さらにここの基地内のメインコンピュータは、ネットにつながれていない閉鎖システムになっている。セキュリティが高いのだ。そのため、ニュースの優先権を持っているスポンサーたちは、直接データを取り出すためにやはりマスターキーを持っている…。
そのメンバーの中で、誰一人として、犯人だと思われる人はいなかった…。私だってアルトマンだって、みんな成功を祈っている。スポンサーたちは失敗すればすぐに損害を被る。みんなこのプロジェクトが中止にでもなろうものなら、困る者たちばかりなのだ。
うろたえる私を、プラドはただ、静かに落ち着いてみつめている。二つの事実を突き付け、私の反応を冷静に観察している。
「そこまで言ってもダメなようですね。では、聞きたいことの3つ目に行きましょう。それは、このあなた方3人に付きまとっていたこの女性のことです。このペネロペという女性に関して、何か知っていることはありませんか」
「その女がどうかしたんですか?」
「実は私もこの正体不明の女にてこずっていましてね。調べるたびに本名や経歴が違う。連絡しても捕まらない、追いかければ逃げていく…。でも、あちこちに出没しているのは間違いない」
国際警察機構のこんな切れ者が手に負えないのだから、私などには到底扱える代物ではなかったようだ。私は、ふと思い出した彼女に関する話を二つした。一つはパーティーの始まる前に怪しいサングラスの男と話し合っていた件、そしてオーギュストの目撃談だ。
「なるほど、事件の前にペネロペが、怪しい男とねえ…。それに手紙をシェパードに渡していたんですね、 すぐ裏を取りましょう。貴重な事実をありがとうございます。それでは、また手掛かりになるようなことがあれば、気軽に私に連絡ください。じゃあ」
プラド捜査官は、最後に私に連絡方法を書いた紙を渡すと、さっと姿を消した。どうにも虫のすかない奴だが、腕はよさそうだ。早く、事件にけりをつけてもらいたいもんだ。私は気持ちが悪いので、ホプキンスが送ってきたシャトルボックスのデータをもう一度確認した。やはり、当初から、空っぽだったようだ。だがそれを確認すると、さらに謎が深まった。シェパードに刺さっていた石斧は、どこから来たのか…。
その日の昼下がり、カルメンは、タブロイド紙の編集長ハロルドと行きつけの店オックス・ベーカーに姿を現した。いつものランチを食べながら打ち合わせだ。
ここのシェフは禿げ頭に長いひげ、つり目の、それはそれはこわい親父なのだが、手作りのソーセージと焼き立てのパンがたまらなくおいしいのだ。
コーヒーを流し込みながら、業界の有名人、ハロルド編集長も、手放しで喜んでいる。
「ははは、さすがカルメン、ストーリーの意外性と、確かな事実の積み重ねで大当たりだよ。しかもネアンデルタール人殺人事件は、まだまだこれからが本番だっていうからすごいねえ。いつもはウチを扱わないセレブ向けや専門向けのインフォセレクトからもどんどん引き合いが来ていてね。その情報量や契約量だけでもすごい金額だよ」
カルメンの勢いは全く止まりそうもない。
「これからのストーリーは、三本柱よ」
「一本は古城の殺人事件だとして、あと二本は?」
「しょうがないわね、ハロルドにだけ予告するわ。ホプキンスが最初に行方不明になったでしょ。彼の衝撃の過去、それが今回の殺人と絡んでくるわけよ。みんな明日の朝刊を見て、度胆を抜くわよ。それから、次の隊員が近いうちに過去に飛ぶんだけれど、これが大変」
「大変って、ま、まさか」
「ふふ、かわいそうだけれど事故が起こるわね。私の情報に間違いはない輪。じつはね、ネット上のある有名会社のサイトに、時々謎の書き込みが入るのよ。もちろん逆探知できないタイプの方法でね。詳しくは言えないんだけど、さまよえるネアンデルタール人っていう謎の言葉と、今回の一連の事件が相関関係にあるのよ」
「殺人予告か? さすが、インフォコーディネーターは、当たり前だが情報網が広いね。アンタんとこのスタッフは優秀ってことかね。」
「うちの会社、カルメンセレクトはね、腕のいい技術屋スタッフと最新最強の情報編集コンピュータはあるけど、最終セレクトを決定してるのは私一人だけよ。だからかえって仕事が早いわけ。私は一日に数回、数百時間分の情報を1時間にまとめたものを集中して見てるの。そして、私一人の直感で、ストーリーを決めているのよ」
そう、カルメン・サラザールは、突撃して現場で情報の契約をするだけでなく、その膨大な量の情報の中から天性のカンで他では取り扱わない情報をうまくまとめて、ストーリーを仕立てていくインフォストーリーテラーでもあるのだ。
「さまよえるネアンデルタールか? そりゃあ、またたくさんの儲けを呼んでくれそうだ」
ハロルドは無精ひげをこすりながらニヤリと笑った。カルメンは、その度肝を抜くという明日の分のデータカードをハロルドにさっそく渡した。ハロルドはそのデータをモバイルでざっと読んで目を丸くする。そんなハロルドを見て、してやったりとほくそ笑むカルメン。
「へー、こんなマイナーなニュースだけど、事件と絡めると俄然説得力が出て来るねぇ…。ははは、こりゃいい。また頼みますよ」
カルメンは、オックスベーカーの店を出ると早足で歩きだした。
「さあ、また忙しくなるわね。まずは、あの社長の所に行かなきゃね。あのことを確かめないと…」
その日の午後、大村チーフのもとに私とアルトマンが呼ばれた。
そこはプロジェクトルームと言って、学者やエンジニアが集まって機械のことやシステムのことを話し合う大きな部屋だ。圧巻なのは3メートルほどのタイムドームの模型だ。ドーム部分が透明になっていて、内部の巨大な発電機や加速器、そして弛緩粒子をとらえる精密な機械類など、巨大なシステムが事細かにわかるように工夫されているのだ。
ほかにも重要な精密機械の部品や貴重なデータも並べられていて、いつも活気にあふれている大村チーフの活動場所だ。
「え、アルトマンが補充員を降りるんですか。なぜ!」
穏やかだが、内に秘めた情熱は人一倍、過去に飛ぶことをあんなに楽しみにしていたアルトマンが…。
「シェパードの件で、どうもすっきりしないんだ。こんな中途半端な気持ちで過去に飛ぶのは、スタッフのみんなに申し訳なくてね。それに池波の方が行動的だから、シェパードの代役には向いていると思うんだ」
大村チーフがもう一度考え直してもらうように頼んだが、なかなか首を縦に振らない。
「本当なら、飛ぶ前日の身体検査と最終チェックで決めることになっていたんだ。どうかな、アルトマン、もう一度考え直しちゃもらえないかな」
「……」
私は、ふと思い当たってアルトマンに言った。
「もしかして、君の所にも、プラド捜査官が行って、いろいろ言われたのか?」
「……」
アルトマンは肯定も否定もしなかったが、どうやら間違いなさそうだ。
「犯行の動機があるとかいろいろ言われたんじゃ…」
するとアルトマンは、少し悲しそうな顔をして言い切った。
「これは私のやり方だから、池波は気にするな。犯人だと疑われながら、ここから先に進めるだろうか。」
「そんなこと言われたら、俺だって辞退しなきゃならなくなる。そうだろ!」
「いいや、池波と私は微妙に立場が違う。最後までシェパードと一緒だったのも私、シェパードから最後の暗号のような電話を受けたのも私だ。シェパードにベランダに移動するようにも言えただろうし、電話で最後に言った言葉もでっちあげられるって言われたよ。」
「それはそうだけれど」
するとアルトマンはさっと立ち上がり、私の肩に手をそっとおいた。
「君まで下りたら、大村チーフや現場スタッフの苦労も水の泡だ。私が池波を正規隊員として推薦する。それならいいだろう。私やシェパードの分まで頑張ってほしい。頼みます、大村チーフ…」
アルトマンはそれだけ言うと、黙って自室に帰って行った。自分も新聞報道や、プラド捜査官の言葉に動揺している。アルトマンの気持ちが痛いほどわかるが、同じ決断もできなかった。目の前に置いてあるタイムドームの大きな模型を見るたびに胸が熱くなる。
ここで私まで下りたら、タイムシークプロジェクトは、暗礁に乗り上げてしまうに違いなかった。大村チーフも、私たちの気持ちをおもんばかって、強いことは何も言わなかったが、メガネの奥から、何とかしなければと言う熱い思いが伝わってくる。
私はどうするとははっきり言わないまま、自室に戻るしかなかった。
その頃本物のタイムドームのまわりをさっきからグルグル歩き回っている人物がいた。どう見てもテーマパークで楽しむ幸せそうな家族連れとは違う人種だ。恐竜の卵ビックリ箱を持った子供が、何だろうと眺めている。
ザ・クール、プラド捜査官は、そんな周囲の目を気にせず、ゲート以外からどこか侵入できる場所がないかと地道に調べまわっていた。
「やはり、マスターキーを使って、正規のゲートを抜けるしか方法はなさそうだ。侵入できそうなセキュリティポケットやほかに犯人が使えそうなアクセスポイントはどう見ても見つからない。だが…」
プラド捜査官は今、ホプキンスが帰ってこなかった日の盗難事件を調べていた。みんながホプキンスの帰りを待ってセンタードームに集中していたあの時、盗難事件が起こったのだ。手薄になった資料室から、エデン文書が消え、データも壊された。一体誰が盗んだのか。内部の犯行か、外部からの侵入者か? 今現在は、侵入者説が有力だ。実は犯行があったと考えられる時間の前後に、わざわざ外部から内部に至るいくつかの通路が全部真っ暗にされ、監視映像も残っていないのだ。犯人は気付かれないように何らかの方法を使って通路の監視カメラの映像を消し、侵入した証拠を残さないようにしていたと考えられている。
「だが、この考え方は…、もしかしたら、間違っているのではないか」
歩けば歩くほど、プラドの自信は薄らいで行く。
周知のとおり、犯行時刻の前後に限り、外部から内部に通じるすべての通路の映像が全く撮れていないのだ。真っ暗なのだ。監視カメラが働かないように、犯人がゲートのコンピュータにマスターキーでアクセスし、停止させたに違いない。だが、それならば、その時刻にゲート付近の外部監視カメラに、怪しい人影が映っているはずだろう。ところが、テーマパーク側のゲートや、裏口のゲート、果てはホテルのシークレットエレベーターまで範囲を広げて調べても、犯行時刻の前後に不審者や怪しい人影は確認できない。じゃあゲート以外から入ったのかと思って、タイムドームのまわりをグルグル回って調べてみても、そんな出入り口は全く確認できない。
つまり、犯人はゲート付近にも見当たらず、通路でもカメラを停止させられて確認できず、ただ内部で盗難とファイルの破壊が行われたのだ…。
見えない犯人…、捜査は行き詰ってなかなか進展しない。
「犯人は、マスターキーを使って、ゲートから侵入し、コンピュータにアクセスしてカメラを停止させてから通路を通って内部に入ったと思っていたが、ゲートやその周辺にそれらしき人影はない、別の侵入口も無いとすればどういうことなのか。私の推理は間違っていたのか」
プラド捜査官は、今度はグルグル歩くのをやめ、巨大なドームの前でたたずみ考え始めた。
ネアンデルタール人だけでも面倒なのに、今度は見えない侵入者だ。
「…いや、ちょっと待てよ。そうだ、逆に考えてみよう。この状況は明らかにおかしい。まるで外部からの侵入者は、初めから存在しなかったようだ。…ということは…。内部の者が、外部の犯行に見せかけるためにわざわざ監視カメラの映像を切ったということは考えられないか…? つまり、犯人は最初から内部の者だったとすれば…」
今度は内部のデータ室に向かって走り出す。何事かとまわりの家族連れが目を丸くする。
プラド捜査官は、今度は室内カメラの当日の保存映像を調べた。それはまさに、ホプキンスが帰って来るはずのあの日とこの間の転送実験の日だ。あの日の映像はあるのか? 転送の行われる中央ステージの映像が残っていた。拡大すると、画面の奥に、中央監視室の人々とその隣のスポンサーたちの来賓席が何とか確認できる。映像そして、犯行の直前の人々の動きを克明に分析していった。
「おや…。この人物だけは、二回ともおかしな動きをしている」
でも、それはマスターキーを持っている上層部の人間でも、大物スポンサーでもなかった。その人物は、大物スポンサーの連れの者として内部にいたのだが、カメラが消える直前になると、なぜか大物スポンサーのそばを離れ、画面の隅へと歩き出すのだ。
「やれやれ、これは骨が折れそうだ」
プラド捜査官はその部分の映像を拡大して確認していた。美しい女性がその時間が近付くとこそこそと動き出す…。
自分を連れてきたスポンサーのクロフォードから、何かを受け取っているようにも見える。
「ペネロペ・ミューズ、また君かい? デートの約束を取り付けるのは、なかなか苦労しそうだな…」
高層ビルの最上階で、アルフォンス社長はしばしの休息を取っていた。このところ分刻みのスケジュールが続き、やっとつかの間の時間が取れたのだ。
「やれやれ、どうしたものか…」
例のイギリスのタブロイド紙を広げるとまたとんでもない見出しだ。
…ホプキンスは、あのテロリストと同じバスで国境を越えた。だから彼は消された…。
それだけ読んだら、まるでホプキンスがテロリストでもあるかのようだった。ホプキンスは、若い頃から優秀な科学者として注目されていた。だが、彼の祖国は政情が不安定で内乱が絶えず、しかもホプキンスは思想的危険分子として当局から目を付けられ、自由に旅行もできない状態だった。彼はけなげな妻とかわいい娘とともに国外脱出を試みていた。そして、ある国外脱出ブローカーに身を任せ、2台のバスに分乗し、深夜、ひそかに脱出を決行したのだった。
だが、そのバスには国際指名手配されている、大物のテログループも同乗していたのだ。それを突き止めた当局の追跡は執拗で、途中から深夜の大カーチェイスとなった。結果、女性や子供の乗っていたバスは途中でカーブを曲がりきれず大破炎上、全員が死亡した。テロリストと同乗していたホプキンスのバスは、その間に国外に逃亡成功。彼はテロリストたちと国境線を越え、最後には合衆国の大使館に亡命し、現在に至るのである。テロリストのグループは、その後も捕まっていない。何らかのつながりを持つホプキンスは、陰謀により消された。彼の失踪は計画された殺人ではないか? というのが内容だった。ストーリーはこじつけだが、国外脱出の際の事件はすべて事実であった。そんな昔の、しかも小さな国の小さなニュースを、カルメンは細かにほじくり返し、さらに広げて行こうとしている。彼が誰によって、何のために消されたのかを、一連のネアンデルタール人殺人事件に結び付けていくつもりらしい。
「これだけ派手にやってくれると、そろそろ黙っているわけにも行かんかのう」
「失礼します」
そんな時だった。身長2mのモンスター、ガルシアが入室して社長に何かを告げた。
「…しかしまあ、よくこの滞在先を嗅ぎつけたもんだ。ちょうどいい。10分間だけ時間をやろう。ただし、マイクもカメラも禁止でいいならね。連れてきなさい」
「…お戯れを…」
入ってきたのは誰でもない、あのカルメン・サラザールだった。
「10分間も時間を下さってありがとうございます。質問は2つあります」
「まあ、ちょっと待ってくれ。君はこの業界では悪名高きインフォコーディネーター、私は保守系のセレクトニュースを配信する世界のビッグファイブの社長だ。つまり、立場は違え同業者だ。取引しよう」
「取引? いいわ、話をきかせて」
「私の別荘で起こった事件だ。私としても非常に複雑な立場にいるわけだ。君の過激なストーリーにはほとほと手を焼いている。そこで君に…」
「まさか、手を牽けと言うんじゃ! いいですか、表現の自由が…」
「まあまあ、落ち着いて。逆だよ」
「君の取材に応じるとともに、我がメタトロン社にも君のニュースを流してほしい。とりあえずセレクト配信契約料は、ひと月このくらいでどうかな。」
アルフォンス社長は、さっと小切手に金額を書いた。
「え、こんなに…」
「別に君を取り込もうというわけじゃない。こちらもオープンにして、君の行動力で真実を突き止めてほしいんだ」
「真実を突き止める? いいんですかそんなことおっしゃって」
カルメンは少し考えて、その小切手を受け取った。すかさずアルフォンス社長が畳み掛ける。
「さて、これで、この瞬間から、マイクもカメラもオーケーだ」
「…うそじゃないみたいね」
カルメンは手品のようにあっと言う間にマイク付きカメラを取り出した。得意のポーズでマイク付きカメラを社長に突き付ける。そして、いつもの勢いで話しはじめた。
「じゃあ、オープンな回答をお願いします。ひとつ目は事件の前日に運び込まれた大きな箱について説明してください。ふたつ目は、シェパードが最後に残した謎の言葉、ヘクトールに心当たりはないかです」
すると、アルフォンス社長はガルシアに何かファイルを持ってこさせた。そこにはその箱の写真があった。
「これのことだね。うむ、でも私自身も何が入っていたのかわからない。これはバーチャルプロデューサーのルチアーノ・パブロッティが持ち込んだバーチャル機材だそうだ。精密な機械なので慎重に運び込まれたそうだ。中身はヤツに聞いてくれ」
よく見ると、その箱の隅には、「n3」という見慣れぬ不思議なロゴが付いていた。
「ありがとうございます。この写真、明日の朝刊に載るかもしれませんよ。いいですか?」
「ああ、構わんよ。それから、ふたつ目だが、これは内部情報を知っているタイムドームのスタッフたちにはみんなわかっていることだから、教えてもいいだろう。まだ一般には一部しか公開されていないホプキンスの映像や、森の人文書にくわしく記録されていることだ。ヘクトールとは、ホプキンスが知り合いになったネアンデルタール人の若いリーダーの名前だ」
「まさか…嘘でしょ。ネアンデルタール人の名前がデスメッセージだなんて…」
「約束通り、オープンにした。不足かな」
「ありがとうございます。じゃあ、これが正式なカルメンセレクトの契約書です。目を通して署名をお願いします」
聞いてはいたが、出先でセレクトの契約を取るというのは本当だったようだ。両社の間では問題なく契約が成立し、カルメンは帰って行った。ガルシアが社長に聞いた。
「いやあ、インフォセレクトというよりパパラッチですね。あんなにいろいろオープンにして…平気ですかね…あの女…」
だがアルフォンス社長は、落ち着いてニヤッと笑った。
「ははは、イキのいい女だ。あの調子でもうひと活躍してもらうかな…」
ガルシアはそういうことかとほくそ笑むと、、静かに部屋を出て行った。
ついにその日が迫ってきた。昨夜は久しぶりに日本の両親や友達に連絡をとり、じっくり最後のお別れをした。マスコミやニュースセレクトは今日も大変な展開になっていて、いろいろ思い悩んで、その結果、プラド捜査官に連絡した。特に新しい事実があったわけではなかったが、ホプキンスの過去や、自分のタイムリープについて不安がつのったのだった。プラド捜査官は何でもない顔で、夕方いつの間にか私の部屋に来ていた。
「ああ、ホプキンスとテロリストのことね。全く根も葉もない話ですよ。彼の生い立ちやバスの炎上事件は事実ですが。彼は大使館に亡命するまで、一緒に逃れてきた中にテロリストたちがいたことさえ知らなかったし、家族の死も大使館員から聞かされ、その時に地に伏して号泣したらしいです。彼は亡くした家族の悲しみを吹っ切るように研究と仕事に無心で撃ちこみ、結果、このイスタンブールに送られて来たと聞きました」
あの人懐っこい、温和なホプキンスにそんな過去があったなんて、それだけでも十分衝撃だった。
「今朝の新聞、もうメタトロン社あたりのニュースセレクトまでこんな記事を扱うなんて驚いたんですが、あのカルメンの記事のことなんですが…」
私がそういうと、プラド捜査官は、あきれたような顔をした。
「あなたが不安になるのは十分わかります。確か今朝の見出しは、さまよえるネアンデルタール人が殺人を呼んでいた、このままでは今度のタイムパイロットである池波が、殺されるという記事ですよね。実は今日の捜査のほとんどの時間はそれに費やされましてね」
「やはりねえ。それでその記事の信憑性はどうなんですか?」
「毎回事件の前日にある有名サイトに書き込まれるとあったんですが、過去の書き込みはもうとっくに削除されていて、今となってはどうにも確かめようがなかったんです。それで今日、タイムリープの前日、そのサイトに書き込みがあるのかどうか警察やネットポリスも警戒していたんです」
「ええ? まさか!」
「今日の正午ちょっと前に高度なシークレットプログラムを使って、堂々と書き込みがされたのです。もちろん出所はわからないし、メールの内容も意味ありげなものでした。」
「教えていただけますか」
「聞かない方がよろしいかと…」
「かまいません。お願いします」
プラド捜査官は、少し間をおいてから話し出した。
「いいでしょう。メールにはこうありました…さまよえるネアンデルタール、今度は過去への翼を引きちぎるだろう…、とね。まあでもこんな予告殺人みたいなことは成功するはずがありません。地元の警察と協力し、明日は万全の態勢で臨みますから」
聞かなきゃよかったと思ったが、聞かずにはいられなかった。私は実は以前にすでにさまよえるネアンデルタール人の書き込みの事実を聞いていたことを話した。
「じゃあ、ホプキンスの失踪の前日にも確かに書き込みがあったんですね?」
「はい、確か、さまよえるネアンデルタール人が石斧を振り上げる時、事件が起こる。みたいな、なんだかシェパードの事件を思わせるような文章だったと思います。」
「失礼ですが、その情報はどなたから?」
「まあ隠すつもりもありませんが、あの大スポンサーの一人エイドリアン・クロフォードですよ。ほら、よく例の謎の女ペネロペを連れている…」
「まさか…」
ここでまた、クロフォードとペネロペが出て来るとは? プラドは深く考え込んだ。
「ありがとうございます。あの二人はやはり何か知っているようだ」
結局、さらに不安は増し、しかし十分な睡眠もとらなくてはならない。私はプラドが帰ったあと、珍しく睡眠薬のお世話になった。薬は強力に効き、じっくり寝られて、さわやかな朝を迎えた。
早朝の体調検査も問題なくパスして、現代の病原菌を持ち込まないための無菌化室の当日検査も無事終了し、持ち物や向こうでの行動計画書の確認、緊急時の危機管理の最終チェックも終わり、正午に予定されているタイムリープが近付いてきた。
アルトマンが、自分のために作っていた18万年前の北アフリカの天気予報マシーンをわざわざ部屋まで届けてくれた。「ウェザーボイス」という名前の薬瓶ほどの小さな円筒形の機械だ。この中にさまざまな気象センサーや専用マイクロコンピュータが内蔵されていて、呼び掛けるだけで、丁寧に音声で天気予報をしてくれるのだという。
これで過去に行っても3日先までの天気がかなりの精度でわかるようになる。
「ありがとう、アルトマン…」
彼は少しだけ笑って、何も言わず帰って行った。
我々タイムシークの隊員は過去に飛ぶ時、大きめの旅行トランクほどのタイムトランクをひとつ持って行く。高性能抗衝撃積層太陽光発電パネルで覆われた優れものだ。これには、帰りのための時空プレートや各種重要機器の他、さらに持ち歩くためのデイパックが入っている。デイパックの中身は隊員の専門や好みで変わる。私も決められた重量の中でいろいろなアイデアグッズなども取寄せて考えたが、最後の一つのアイテムとして、アルトマンのウェザーボイスを加えることにした。
さらに時間が近付いた。私は最終滅菌室に入り、無菌状態の活動服に着替えた。アースカラーの自然に溶け込むタイプのものだ。そして、例の目の保護のためのゴーグルを装着すると、転送ホールの隣の準備室に移動した。ここは、部屋の真ん中で大きく透明な強化プラスチックで仕切られ、外部から、病原菌が入らないように工夫されている。風のようなちょっとした現代の細菌でさえ、人類の祖先を死滅させる可能性を持っているからだ。もちろん隔壁の内外にはマイクやスピーカもあるから、外部との話は自由にできる。
さっそく、大村チーフを中心に今日の現場スタッフが出発前の最後の打ち合わせに来る。今日はあちこちに地元警察の警備があること、それから万が一に備えて昨夜まで改良作業が行われていたことを教えてくれた。大村チーフは、今日も熱い。
「時間粒子をとらえる制御盤に、ほぼ同じサブ制御盤を仕掛け、ダブル制御システムにしたから、信頼度がさらに高まったんだ。なんか、いやな噂も聞こえて来るけど、私たちの工夫の成果を信じてくれ。心配しないで、ドーンと行ってこい」
「はい」
なんだか、やっと自信が湧いてきた。あのブルコス会長もやって来て、隔壁越しに励ましの言葉をいろいろかけてくれた。
「どうです、原始時代のグルメ日記でもつけましょうか」
私は冗談のつもりで最後にそう言った。ところがグルメモンスターの反応は。
「本当に書いてくれたら、臨時ボーナスを出そう」
こっそり囁いたブルコス会長の目は真剣だった。
みなが出て行って少し経ったとき、ドアがバーンと開いた。い、いったいなんだ? 準備室にあのホプキンスのライバル、分子生物学者のエリオット・ニューマン博士が突然やってきた。なんだろう、この白衣を見るたびにドキドキする。
「向こうでの君の行動予定表を見てがっかりしたよ。ホプキンスの言った先を追いかけるそうじゃないか」
「捜索の手掛かりを得るため、ホプキンスの日記に合わせて同じ経路をたどるんですが、何か問題が?」
「当たり前だろう。いいかい、このプロジェクトの名前はリアルイブプロジェクトだ。ホプキンスは間違えてネアンデルタール人の村に行ってしまったが、彼らは20万年以上前に私たちホモサピエンスと枝分かれした別種だ。人間とチンパンジーが別の種であるように、ホモサピエンスとネアンデルタール人は別の種で、遺伝子的に違うのだ。リアルイブを見つけることは、我々のルーツを探るために貴重なケースとなるだろうが、ネアンデルタール人を調べても、遺伝子的には難の価値もないことなのだよ。だいたい彼らはもう、2万5千年前には絶滅してしまっている種族だしね。」
「まあ、でも今回はホプキンス博士を見つけることが大きな目的ですので…。それに、エデン文書は失われましたが、彼は最後にはリアルイブを見つけています。経路をたどればきっと私も」
「ふん、言い訳はたくさんだ。いいかい、ホプキンスも大事だが、リアルイブをちゃんと見つけてほしい。髪の毛などの遺伝子サンプルが取れれば、倫理委員会に申告して現代に持ち帰ってもらえるように許可をとるから。頼んだぞ。」
白衣の博士は、そういうと、またドアをバーンと開けて、ツカツカと去って行った。
「あと一時間か…長いような、短いような…」
やがてマスコミやスポンサーたちも姿を現した。みんな例のゴーグルをつけて準備も万端だ。アルフォンス社長とモンスター、ガルシアも入場、懲りずにクロフォードとペネロペもやってきた。他にも、カルメンや例のタブロイド紙の記者たちも乗り込んできた。
プラド捜査官はさっそくペネロペに接触し、このタイムリープの終了後の事情聴取の約束を取り付けた。
「ああ、私はかまいません。ペネロペ、協力してあげなさい」
クロフォードは今日も爽やか。何も隠し立てする様子もない。
「もちろんですわ。犯人逮捕のために、最大限の協力をお約束いたしますわ」
今日は意外なほど素直でしおらしいペネロペだ。逆にますますあやしい。
これは簡単にはいきそうもないなとプラド捜査官は作戦を練り直した。そして。忙しそうに警備室へと向かって行った。
結局いろいろな謎やモヤモヤが残ったまま時間となった。私は自分のタイムトランクを持って中央ステージに歩き出した。
正面には中央管制室、右側を取り囲むようにマスコミやスポンサーたちの外部席、そして左側の機械ルームが試運転を始め、唸りを上げ始める。徐々に緊張が高まる。中央モニターがぱっと明るく光る。おなじみの報道官のアイリーンとブルコス会長の凸凹コンビだ。アイリーンが最終決定した今回の計画を詳細に説明した。
正式名称は「リアルイブプロジェクトセカンド」、行程は二週間を予定。
池波と現代は同じ時間粒子を有するため、彼の帰還も二週間後になる。
彼の到着時間はホプキンスと最終連絡をとったその日を予定。うまくタイムリープが成功すれば、二人は出会える。その場合は、ホプキンスの失踪を未然に防ぎ、交代して池波は過去の調査を続行する。
うまく出会えない場合は、ホプキンスの捜索のため、前半は主にホプキンスと同じポイントを回り、後半で独自に「リアルイブ」を探索する。
通常とはかけはなれた行動予定にマスコミ席がどよめく。最後にあらかじめ録画しておいた池波のコメントが流れる。自分としてはかなりこっぱずかしい。
「…そういうわけで、私は生物学者ですから、とにかく人類だけでなく太古の化石の、文献にもないような珍しい生物の映像をばっちりお届けしたいですね…」
なんか同じようなことを言っているなあ。もっと別のことを言えばよかったかなあ…、などと反省する。最後にお決まりのブルコス会長のコメントだ。
「今回は18万年の時を越えたレスキュー作戦でもあります。成功すれば、今日、この場にホプキンスが戻ってくる可能性さえあるのです。どうぞ、お見逃しのないように!」
やがて巨大な空間加速器が低い波動音をたてはじめる。本番だ。
タイムトランクの横に立つと、今まで座っていた椅子が自動的に格納されていった。ダブル制御システムとなった大きな機械室のあちこちでライトが点滅を始める。
今日は今まで事件に関係していたデータ保存室や管制室の周囲、そして、外部のゲートや通路にまで警備がついている。今のところ全く異常はない。
と、思っていたら早くも管制室の裏にいたプラド捜査官のもとに不吉な連絡が入った。
「こちらポイントa、ただいま監視カメラが停止しました。侵入者はいません。他の通路ポイントでも同じような状況が発生した模様です」
数十秒のうちに全部の通路のカメラが停止していった。しかもやはり侵入者は確認できない。プラド捜査官はすぐに外部エリアに連絡を取った。
「こちら遊園地側のゲートです。異常ありません」
マルチチャンネルにすべての異常なしが一斉に確認される。
「いよいよ奴が動きだしたか」
だが、他の警備ポイントでの異常は全くない。いったい今度はどの場所で何をしようとしているんだ…。
「今回の謎の書き込みは確か、翼をもぎ取ろうとしている…? まさか?」
プラド捜査官は、関係者以外今まで誰も行ったことのないエリアに駆け込んでいった。そこは、時間粒子の制御盤や巨大なエネルギーを管理する機械室だった。
「う、誰だ!」
プラド捜査官が駆けつけた時、誰かがそれこそマスターキーでなければ開けられないドアを開けて、中に飛び込んでいくところだったのだ。プラド捜査官は警備用のマスターキーを使って、すぐに中に飛び込んだ。波動音が大きく響く機械室の中、その人影は飛び込んできたプラド捜査官を警戒して立ち尽くしていた。
「やはり、君だったのか? ペネロペ」
一瞬向き合った二人、だがその時、全館アナウンスが響き渡った。
「予定時間になりました。皆様ゴーグルの装着はよろしいでしょうか。カウントダウン開始します」
ペネロペはその大きな瞳を潤ませながらささやいた。
「信じて! 私は犯人じゃないの。そうだわ、ちょっとだけ時間を、時間をください。」
やがて波動音の感覚が短くなり、カウントダウンが始まる。
「時間粒子を制御盤に確認、エネルギー充填120パーセント、あと20秒です」
プラド捜査官は何も言わずに静かにペネロペに近付き、追い詰めて行く。
「仕方ないわ。これを…。」
確保される直前、ペネロペは、小さな手紙のようなものをプラドに渡した。
「シェパードに渡したものと一緒よ。信じて。」
シェパードだと? 冗談じゃない、奴は同じ手紙を受け取った後に殺されている…。
「…なんだと!」
手紙の意外な内容に衝撃を受け、ちょっと目を離した隙にペネロペが走り出した。
「待て、もう逃げても無駄だろう!」
「違うのよ。見つけたのよ、あそこよ」
ペネロペが機械室の奥を指差して、デジカメで写真を撮りだした。何かが動いている。
「間違いないわ、あれが、さまよえるネアンデルタール人よ!」
「ありえない! そうだ、池波が危ない!」
「…3、2、1、0!」
「オオ!」
中央ステージの空間がゆらりと震動し、タイムトランクと池波は青い光に包まれながら空間に溶けるように消えて行くはずだった。どよめきが起きた。光が、青から赤、赤から紫と変調し、空間のゆがみが増大するものの池波は消えて行かないのだ。大村チーフや現場スタッフが管制室で大騒ぎを始めた。まさかのダブル制御システムが早くも始動された。このまま転送は失敗かと思われ出した時、最後に大きく空間が揺れて、まるではじけ飛ぶように池波とタイムトランクは消えて行った。成功なのか、失敗なのか? 辺りは騒然としたまま、それを見送った。
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