第2話 タイムドーム

イスタンブールの海辺に作られた広大な転送センターは大人気のテーマパークになっている。もちろん時間を越えるための莫大な予算を賄うための事業の一環だ。

「タイムドーム」、それが転送センターのもう一つの名前で、そう呼ぶ時はテーマパークを意味している。空間加速器の入っている巨大なドームを中心にさまざまな施設が建ち並ぶ。

 最新のシャトル映像を上演するタイムシアターは、360度の3Dシアターで客席も動くし風も吹く。本物の過去映像がたっぷり観られるのは世界中でここだけだと大人気だ。そのほかにも、実物大の恐竜ロボットが高速で動き回る大迫力の「恐竜サファリ」、恐竜と触れ合いのできる「恐竜タウン」も大人気だ。地球の創生からの46億年の歴史を巡る冒険ライド「アース46」も好評で、今はほとんどがCGだが、将来はすべて本物の立体映像に置き換わるという。他にも豪華な宿泊施設やショッピングモール、タイムサーチ資料館や、転送の予定がない時はバックヤードツァーも行われている。

「リアルイブプロジェクト」の次は、古代の海の探検やいよいよピラミッドなどの歴史的探検との声も高まっている。そのせいか、将来的には古代の海を再現した水族館や、ピラミッドなどの巨大建造物を完成した時のまま見学できる世界の七不思議ツァーなどが計画されている。

 今入場できないのは人類の起源に迫る「人類タワー」だ。バベルの塔のような螺旋形の巨大な塔で、タイムドーム一番の展望を誇る。残念なことにホプキンスの事件の後は開館予定が無期延期になっているようだ。入り口には、森の人文書をもとに急きょ作成されたネアンデルタール人の精巧なロボットが、石斧を振り上げたまま佇んでいた。

 朝、村を出た私は、わざと職員専用ゲートを通らず、にぎやかなテーマパーク側を通り、転送センターに向かった。

 今、どのアミューズメントが人気かとか、パーク内のスナック菓子やお土産なんかの売り上げや動向が気になるのだ。子供に人気の着ぐるみ、トリケラトプスのケラトップ君が、愛嬌をふりまきながら、子供に風船を配っている。無料のブラキオタクシーが子供を乗せて走っている。

 今日も家族連れが楽しそうにあちこちで笑顔を振りまいている。新製品の恐竜の卵ビックリ箱もよく売れているようだ。中に入っている色々な恐竜の赤ちゃんのデザインに関わっている私としてはうれしい限りだ。

 一番ゴージャスなタイムゲートホテルの奥に入り、支配人に見送られて、シークレットエレベーターに乗り込む。地下2階でドアが開くとセキュリティゲートが目の前だ。さらにここであらゆる身体チェックを受け、やっと転送センターに入ることができる。

 広いロビーでは、広報官のアイリーンが出迎えてくれた。美人だが仕事が出来過ぎるキャリアウーマンだ。

「あら池波、時間通りね。他のメンバーはそろっているわ。ごめんなさい、二週間後に次の隊員が過去に飛ぶことが決定したんだけど、その一名を選ぶ合同会議が長引いて、まだここで待ってもらうようになるわ」

 ロビーにいた他のメンバーは、自分を入れても三人。順位の高かった優秀な同僚たちはどうなったんだ。

きりっとした筋肉男のシェパードと温和な気象学者のアルトマンが私を迎えてくれた。シェパードが聞いてもいないのにしゃべりだした。

「いつも通りのもめごとさ。時間企画会議のお偉方と時間倫理委員会の先生方がホプキンスのことで互いに責任を擦り付け合い、なかなか決定できない。順位が上の連中は、対外企画会議か倫理委員会かどちらかの派閥に入っているので、話がまとまらないことこの上ない。そこで大村チーフの提案で、どの派閥にも属さない我々3人が急きょ呼ばれたらしい」

 そういうことか、シェパードは連邦捜査官の経歴を持つ一匹狼だし、アルトマンと私は最初は専門分野のアドバイザーとして参加していて隊員の推薦を受けた変わり種だ。

 この転送センターは、おおざっぱにいうと3つの団体から成り立っている。ひとつ目は、実際にタイムマシンの制作にあたっている各国の物理学者やエンジニアたちの共同体である時間粒子機構、ふたつ目は、どの時代に行き、何を調べるのかを企画立案する時間企画会議、三つ目は、時間旅行の悪用や事故を未然に防ぎ、歴史をきちんと管理するための時間倫理委員会だ。

 時間粒子機構は学者やエンジニアたち現場スタッフの集団で和気あいあいだ。でも、時間企画会議は、すぐに収益を上げたい大手スポンサーもメンバーに入っていて、ついセンセーショナルな計画を取り上げたがる傾向がある。それに比べて時間倫理委員会の方は、各国から代表が出るシステムになっていて、学者だけでなく、政治家や宗教関係の大物まで関わっている。国同士の思惑もあり、革新的な事にはなかなか首を縦に振らないのだ。

 私たち3人を推薦した大村チーフは時間粒子機構の責任者でたたき上げの技術屋だ。メガネの小男だが、どんな困難にも負けない不屈の精神と穏やかな性格で人望があり、いがみあう二つの団体のまとめ役となっている。

「あら、ようやく会議が終わったようよ」

 アイリーンの声がしてしばらくすると、ざわざわと音がして、お偉方がロビーに出てきた。転送センターのトップ、ブルコス会長が汗を拭き拭きお偉方の見送りだ。小柄でよく太ったこのユーモラスな男は、環境大臣や教育大臣を歴任した実力者なのだが、今は名物会長として人気も高い。

 お偉方に交じって、例のクロフォードもスポンサーの一人として出て来る。こちらには気が付いているようだが素知らぬ顔をしている。あれ、クロフォードの奴またもや美人秘書を連れてるぞ? この間も連れていたが、美人過ぎる。あやしい…。

 私と目が合うと、エイドリアン・クロフォードは、さりげなくこちらに歩いてきて挨拶を交わした。

「予定通りこの3人のうちから決定したよ。すぐ正式発表があるだろう。ふう、ヘビーな会議だった。あの、メガネの大村チーフのおかげだ。なんと彼が途中でいなくなったと思ったら、奥さんと朝早くから手作りしたというシフォンケーキとおいしい紅茶を一人一人に配りだして和やかな雰囲気になってね、それでやっと決定さ。あとでねぎらってやってくれ。ははは」

「クロフォード代表の秘書で、ペネロペ・ミューズと申します。次期隊員の皆様、よろしくお願いします」

 金髪で、モデルのようなプロポーションだが、どこか知的なひらめきがあり、身のこなしに隙がない…。クロフォードはこんなわけのありそうな美人をいったいどこから連れてきたのだろうか。クロフォードはニヤッと笑うと、ペネロペとともにさっと帰って行った。

「大村チーフ、お疲れ様でした」

 小柄なメガネの日本人がやってきた。でも、後ろにいる白衣の男は、うわあ、面倒くさい、エリオット・ニューマン博士だ。野外でフィールド調査を信条としていたホプキンスとは真逆の顕微鏡や実験を信条とするライバル、世界的に有名な分子生物学者で、遺伝子研究の権威だ。前回、ホプキンスが選ばれたのに腹を立て、何かと文句をつけてくる。今日は、どうも選ばれたメンバーの中に日本人がいるのをおかしい、ひいきだとクレームを付けているようだった。ニューマン博士は私たち三人を見ると、仕方なく不機嫌そうな顔をして帰って行った。

「はは、池波君、気にするな。君は力があるから選ばれたんだ。自信をもってやることをやりたまえ」

「はい」

 なんだか逆に励まされてしまった。さすが大村チーフだ。入れ替わるように二人の人影が近付いてきた。

「メタトロン社のガブリエル・アルフォンスです」

 それはいかにもセレブ風の目つきの鋭い老人だった。スポンサーの中でもビッグ3に入るインフォセレクト業界の重鎮、アルフォンス社長だ。その風貌からモンスターと呼ばれているおつきのバカでかい無口な男、ガルシアも一緒だ。

「3Dプリンター経由でお知らせしたとおり、数日後に関係者を集めてレセプションを開催いたします。私の別荘の方からお迎えに参りますのでシェパード、アルトマン、池波の三名様ともよろしくご出席のほどお願いいたします」

 みんな慣れない手つきで社長と握手を交わし出席を確約した。

 あの招待状はこの人からだったのか…。なんだかあっという間に周囲の状況が変わってきた。私たちはほどなくして、アイリーンに呼ばれ、小ホールへと入って行った。時間粒子機構の学者や知り合いのエンジニアたちが集まっている。現場スタッフを集めての内部発表会だ。アイリーンがブルコス会長とともに壇上に上がった。ハイヒールのせいか、アイリーンの方が10㎝は背が高く見える。しかし、話の巧みさなら、ブルコス会長もひけはとらない。二つの委員会の仲の悪さなど少しも匂わせず、話をまとめた。

「…と、言うわけで次回の転送は、過去の調査の他にホプキンスの探索という別のミッションが加えられたわけであります。これは難しいことになりました。そこでいろいろな立場から検証した結果、連邦捜査官の経験を持つ、一番タフな隊員、ブライアン・シェパードが次の隊員に決定いたしました」

 拍手が起こった。なるほど、専門知識ならもっと適任な隊員もいただろうが、行方不明の人物を追いかけるとなると、シェパードがやはりダントツだ。

 これなら、現場も納得できる。次に、アイリーン広報官から、補充隊員として、私とアルトマンが紹介された。

 私たちはもともと現場スタッフからの初めての隊員候補なので、知り合いも多く、現場スタッフたちは私たちを大歓迎だ。

 補充隊員というのは、シェパードが当日急病で倒れた時などの代役である。私もアルトマンもこれから当日までの間、すべてシェパードと同じプログラムを行うことになる。

 とりあえず、簡単な打ち合わせをした後、私たちはゆっくりくつろげる居住エリアへと向かった。


 それから数日、午前中はトレーニングと最終プログラム学習、午後は自由時間というメニューが続いた。

 たとえば未知の土地で一番心配なのは病気やけがである。しかし過去に持って行ける荷物は限られている。水は原則現地調達だが、汚れていても細菌が繁殖していても安全に飲める積層型逆浸透膜ペットボトルとタンクで対応する。これだって水を入れる口と飲むストローを誤って使うと効果が無くなるので、正しい使い方が必須だ。実際の川の水などで何回も訓練をする。宇宙飛行士の宇宙食のような携帯食も結構いける。ただ、食料が現地調達できたときは、それを食べるかどうか判断が難しい場合がある。そこで今回採用されたのが、アウトドア用光分析装置だ。これは、3か月前に、実際にアフリカの熱帯林でキャンプを行った時にすごく重宝した物だった。食べ物の表面に数種類の光を当て、人工知能で読み取るだけで表面についた細菌の繁殖具合やその種類がわかるのである。全部ピタリと安全性が判定できるわけではないが、およそ93パーセントの確率で危険かどうかわかるので心強い。さらに今回は、毒蜂、毒虫、毒蛇などの毒も光分析できて、応急手当の特効薬も教えてくれる。これはマスターしようと我々3人は必死で使い方を覚えた。

 他にもフライトカメラや、防護用の杖など、最後になって新しい製品や改良品がどんどん届き、午前中は大忙しだった。

 面白いのは、3人とも午後の過ごし方が全く違ったことだった。体力に自信のあるシェパードは、近くの山の中に専門のインストラクターを呼んで、原始時代で事故がおきた場合のサバイバル訓練を毎日のようにやっていた。気象学者のアルトマンはスーパーコンピュータ室に通い、18万年前の北アフリカ周辺の気象シミュレーションを毎日のように研究していた。生物学者の私は、とにかく人類も含めてあらゆる生物のデジタルデータをたくさん持ち帰ろうと、ロボットカメラの活用法やターゲットとするべき生物の情報をまとめていた。実はホプキンスの森の人文書には、化石の記録には見られない巨大哺乳類などの目撃例が記載されているのだ。調べているだけでわくわくしてくる。

 そしていよいよタイムサーチのリハーサルともいえる、シャトルカメラの転送の日となった。隊員を送る過去のその日のその場所に事前にシャトルカメラを送り、基本データを観測したのち、現代に戻すのである。

 その日は朝から厳重なセキュリティに守られたタイムドームの中に、マスコミやインフォコーディネーターやスポンサーたちも集まり始めた。

 転送の瞬間に視力低下につながる波長の光が出るということで、全員に特殊なゴーグルが渡された。時間が近付くと、エンジニアスタッフの手によって、シャトルカメラが中央ステージに運び込まれる。小柄な大村チーフも付きっきりで指示を出している。シャトルカメラは15㎝ほどの球体で、360度の立体映像カメラと、温度や湿度、気圧や地磁気などいくつものセンサーを内蔵している。それが時空プレートと呼ばれる時空を超える台の上にセッティングされる。

 いよいよ時間が近付くと、しばらくゴーグルを外さないようにという注意事項が始まり、ブルコス会長の挨拶がモニターに流れた。

「…という手順で行われます。終了後は小ホールで、シャトル画像の上映とささやかなイベントを用意してございます。お楽しみに」

 私たち3人は時間管制室の最前列に座り、中央ステージを見下ろしていた。

 やがてあたりが静まり返り、空間加速器の波動音だけが重く響きだす。ドーム全体が同じリズムで揺れ出して、胸がドキドキしてくる。

 やがて波動音の間隔が短くなり、カウントダウンが始まる。

「時間粒子を制御盤に確認、エネルギー充填120パーセントあと20秒です」

マスコミや現場スタッフも何も音を立てない。いつものメンバーも思わず身を乗り出す。

「3、2、1、0!」

「オオ!」

 中央ステージの空間がゆらりと震動し、監視カメラは青い光に包まれながら空間に溶けるように消えて行った…。続けざまに放送が流れる。

「1分間のタイムラグをおいて、シャトルが現代に戻ってきます」

 一瞬ざわめきが起こったが、すぐに静まり返った。

「リターン信号確認、すぐに制御盤始動します」

 前回、この現代に帰ってくるときに、ホプキンスの姿がなかったのだ。

「リターン時間粒子制御盤に確保…戻ってきます」

 中央ステージが光に包まれ、大きな波動音とともにシャトルカメラが帰還した。大村チーフが確認して叫んだ。

「成功です」

 ドームが拍手と歓声に包まれた。今度は事故は起こらなかった。これでシェパードの出発は決定だ。ところが、喜びに包まれたのもつかの間、なぜか緊急事態を告げるサイレンが鳴り始めた。すぐに放送が流れる。

「特に事故は確認できませんが、緊急マニュアル第11条により、速やかに隣の小ホールに移動し、待機してください。繰り返します…」

 いったい何が起こったのだろうか。みんな不審な顔をしながら緊急時のシェルター機能のある隣の小ホールへと歩き出した。

「只今、警報の原因が判明しました。正体不明の侵入者が館内を歩き回ったようです。機械やシャトルカメラには、何の異常もありません。今しばらくお待ちください」

「…正体不明の侵入者だと?」

「こんなセキュリティの高い場所でか?」

 みな小ホールの座席に座って、ざわめいていた。その時だった。誰かが妙な声を出した。小ホールの舞台の上を突然何かが横切って行ったのだ。

「なんだ今のは?」

「手に石斧を持っていたぞ」

 みな驚いて舞台を注目した。すると幕の間から髪と髭を伸ばした裸の人影が顔をのぞかせて、すぐ消えた。

「ネアンデルタール人?」

 誰かが叫んだ。ちょうどそのころ小ホールに入った私もそれを目撃した。

 しかも、今までの図鑑に載っているような姿ではなく、ホプキンスが過去で撮影してきた賢く聡明な本物のネアンデルタール人に間違いなかった。小ホールは騒然となった。そこにマイクを持ったブルコス会長が転げるように舞台に駆け込んできた。

「すみません。実は侵入者騒ぎがありまして、機械の段取りが悪くて、後でサプライズでお見せするはずだった原始人の立体映像が先に流れてしまいました」

「嘘だろう? 立体映像?」

「時間倫理委員会の厳しい規定により、今の時点では過去の世界から持ち帰れるのは、デジタルデータのみであります。実は皆様に今日お配りしたゴーグルに仕掛けがありまして、まるで原子人類を現代に転送したような画像をお見せしたのです。ほら、ご覧ください。」

 チビデブのブルコス会長がさっとそのふくよかな右手を伸ばすと、そこにさっとネアンデルタール人の立体映像が現れた。

「なあんだ」

 大村チーフがメガネを押さえながら壇上に姿を現し、説明を始めた。

 みな落ち着いて、シャトルカメラの映像の説明を聞き始めた。

「さっきの原始人は歩き回っていたぞ。本物じゃないのか?」

 まだ納得できない人もいたが、それもやがて静かになった。

 シャトルカメラの撮影した360度の映像の中に、大変なものが映っていたのだ。森林が広がる自然豊かな18万年前の北アフリカの大地、その中にホプキンスが持ち込んだ前回の観測機器がきっちり映っているではないか。

 シェパードはもうやる気マンマンで、ホプキンスの捜索計画を立て始めた。でも、何か腑に落ちない感じが残ったのは私だけではないようだった。

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