おまけ ヴェルークで祝勝会!

 ※おまけエピソードです。ゆるいです。



「よし、みな揃ったな?我らが後輩パーティ『風の導』の初仕事の祝勝会だ!今夜は好きなだけ飲んで食べてくれ!ほら、カップを持て。乾杯だ!」

「乾杯!」


 ブリジットの音頭で、みなが口々に乾杯、とカップを軽くぶつけ合う。

 無事にヴェルークへ帰還し、ベロニカに依頼の達成報告と緑煌石と大蛇の鱗を渡して手続きを終えたところで、ブリジットたちに声を掛けられたアーシェたちは、いったん定宿に荷物などを置いてから約束の祝勝会へとやってきたのだ。


「アーシェ、きみは私が見込んだ通りだ!エドガーたちから聞いたが、大変な目にあいかけたそうだな。……無事でよかった。……女は男と違った意味で危険なことは多いんだ。山賊だけじゃない、魔物の中にも女を狙う者はいる。……特に若い乙女をな」


 アーシェの隣で綺麗に肩で切り揃えられた灰銀色の髪を揺らして、リキュールの入ったカップを傾けながらブリジットは灰色の瞳を向ける。

 今でこそ熟練の域に達しているブリジットだが、彼女も新米の頃は多くの苦労や危険なこともあったのだろう。

 まるで姉のように案じてくれる彼女に、果実水を飲むアーシェは微笑みながら頭を下げた。


「ありがとうございます、ブリジットさん」

「ブリジットは若い乙女、の域は超えたもんな」

「うるさいぞ、サイアス!……まったく、うちの癒し手殿は一言多い。ああ、アーシェ。礼などいいよ。今度私が護身術を教えようか」


 首から聖印を下げているものの、どう見ても聖職者に見えない葡萄酒を傾けている30歳前後とみられる仲間の言葉に、ブリジットは笑み混じりに返すとアーシェに訓練を持ち掛けた。


「おい、飲んでるか?食ってるか?お前らの祝勝会だ!ここは俺ら先輩にしっかり甘えておけよ!」


 ブリジットの片腕でもある大柄で筋肉質な体躯を持つ厳つい戦士のカーティスは、一見怖そうに見えて笑うと前面に人の好さが出る。その笑顔のまま、ジークとセイシェスの背後から肩をとん、と両手で叩く。


「ああ、しっかり食わせてもらうぜ。あ、セイシェス葡萄酒とってくれ」

「ええ。いただいています。……はい、これですね」


 骨付きの鳥のモモ肉のローストを皿に乗せてカーティスに笑みを向けるジークに、セイシェスもカーティスに返事を返しながら葡萄酒の瓶をジークに手渡した。


「若いうちはガンガン食え!ガンガン飲め!……セイシェス、お前もしっかり食えよ!死にかけたんだろ?血を増やすためだ、レバー食うか?」

「あ、いえ!そんなに盛らないでください!焼きレバーばかりそんなに乗せられても……っ」


 見る間にセイシェスの皿が焼きレバーまみれになるのを見て、アーシェもブリジットも思わず吹き出してしまう。


「カーティス、きみのペースでセイシェスの皿に盛るな。体格を見ろ、体格を!きみの半分もないんだぞ」

「セイシェスも無理しないでね。カーティスさん、心配して下さってありがとうございます」


 2人に言われ、カーティスは「ううむ」と悩むようにセイシェスを見下ろして、今度はサラダの大皿を手に、とりわけ用のフォークを手にした。


「野菜なら食えるか?」

「いや、まて!食材じゃねえよ、量の問題だろ?!」

「ジークフリート、お前も大活躍したらしいな」


 エドガーと葡萄酒を酌み交わしていたブリジットのパーティの魔術師が、銀縁の眼鏡を指先で押し上げて、カーティスにツッコミを入れるジークに声を掛けた。


「ジークフリートなんて立派な名じゃねぇよ。ジークだ」

「愛称がジークじゃないのか?まぁいい。あの噂の化け物級の蛇を倒したんだ、お前たちもすぐ『剣』の刻印がもらえるんじゃないか?ベロニカ嬢から鱗を見せてもらったんだが、あれは相当な大きさだったはずだ」

「胴の太さは大人の男が両腕を広げて輪を作るくらいはあったな…」


 チーズと干し肉、ナッツの入った皿を前に、葡萄酒を飲むエドガーが答える。

 見ればエドガーとブリジットのパーティの魔術師・アルフェンの傍らには、すでに空になった葡萄酒の瓶が6本転がっていた。


「……てめぇらこそ化け物かよ……」

「ああ、アルフェンくんはザルだからねぇ。そっちのパーティのエドガーくんもなかなかいいペースで飲んでるよね」


 にこにこと人当たりのいい笑顔のエルフの青年が、ジークに顔を向けた。


「僕は弓手のグレンだよ。ブリジットちゃんのパーティで弓を乱射させてもらっているんだ」

「お…おう…」

「ははは、グレン、引かれているぞ。……ジーク、グレンの弓の腕は見事だぞ。狙いはめったに外さないし、3本まとめて射ることもあるんだ」


 ブリジットに「ちゃん」付けなのには驚いたが、彼女は気にする様子もなくアーシェたちに自分の仲間の紹介をしていく。


「エルフだから、彼は僕と同い年くらいに見えてきっと年齢は3桁はいっていますね…」


 アーシェの傍でハーブティを飲んでいるクレールがそう補足する。

 確かにエルフは長命種で、人間の成長サイクルに比べてそのサイクルはかなり長い。つまりはグレンの尺度で見ればブリジットへの「ちゃん」付けも頷けるのだ。


「私のパーティの仲間たちも、アーシェたちと飲むのを楽しみにしていたんだ。こういう稼業だと、新人パーティの初めての冒険が下手をすれば最後の冒険になることもある。また会おう、と言った友人が旅の途中で戻ってこなかったこともある。…だから、私は人と人のつながりを、仲間たちとのつながりを大事にしたいんだ。……それに、アーシェは私と同じで男所帯の中の唯一の女でリーダーをしているだろう?だから、親近感がわいたし、放っておけなかったんだ。……ふふ、まるで妹をもった姉みたいな感じだ」


 リキュールのカップを白く細い指で弄ぶようになぞり、ブリジットは常の凛としたものではなく、女性らしい優しい微笑みを向けた。

 彼女の言う通り、今回はみな揃って帰って来ることができた。

 だけど、一歩間違えれば仲間の命が失われたかもしれないし、自分だってどうなっていたかわからない。

 また、今日こうして自分たちの初仕事を祝ってくれるブリジットたちに何かあれば―――。


 考えるだけでぞっとする。


「ブリジットさん……」


 アーシェが口を開いた時だった。

 ごん!という音とともに、セイシェスがテーブルに突っ伏していた。


「おい……?セイシェス、大丈夫か?!」


 傍ではカーティスががくがくとセイシェスの背中をゆすっている。

 あの音では、思い切り頭をテーブルにぶつけたのだろう。


「……私は…なんでそんなに女性に間違えられるんでしょうか……」

「大丈夫?すごい音がしたわよ…?」


 心配げにアーシェはテーブルに倒れ込んで、ぼそぼそと訴え始めるセイシェスに目を向けた。

 セイシェスの目は完全に座っており、その顔はアルコールのせいか真っ赤だ。

 酒場のマスターに許可をもらい、他の客たちにはやし立てられながら空の酒樽を的に弓と黒刃でグレンと命中率を競う投擲勝負をしていたジークも慌ててやってくる。


「どうした?!レバーに当たったか?食いすぎたか?」

「いや…な、それが……」


 カーティスが葡萄酒の瓶を取り出した。


「紅茶ばかり飲んでいたから、ちょっと試しに飲んでみろ、と葡萄酒をカップの半分ほど飲ませたら……」

「ギルドに登録した時もそうですよ!性別、男にチェック入れているのに何度も念押しや確認されたり……街で買い物してるだけで変なのに声を掛けられたり…っ」


 どうやらよほどたまっていたのだろう。ぐちぐちとセイシェスは唸るように続けている。


「ああ……、セイシェスくんは酔っちゃったんだねぇ。…彼、お酒にすごく弱かったんだね……」


 ジークに続いてやってきたグレンは目を丸くしていたが、納得したように手を打つとクレールに声を掛けた。


「クレールくん、患者さんだよ!カーティスくんのせいでついに哀れな犠牲者がでちゃったよ。サイアスくんもほら、肉食べてないで神聖魔法かなんかでぱーっとアルコールを飛ばしちゃってよ」

「気分が悪いのを収める薬ってありましたっけ…」

「魔法でアルコールって飛ぶんか?料理じゃねぇし、加熱でもねぇんだから。まぁ、後輩の面倒を見るのも先輩の役目ってやつか。ちょっと盛大に回復魔法使っとくか」


 薬を探して荷物を探り出すクレールに、豚のスペアリブに齧りついていたサイアスが首から下げた聖印を手に、聖句を唱え始めた。


「セイシェス、顔立ちもそうだが髪のせいもあるかもしれないぞ?髪をバッサリ…ほら、エドガーやジークたちみたいに短くしたら間違えられることも減るんじゃないか…?」

「きみはそのままでも十分心は漢気おとこぎがあるじゃないか。アーシェを守るために大怪我をしたと聞いたぞ?」


 飲ませてしまった責任を感じてか、おろおろとカーティスがなだめにかかりブリジットもフォローするようにそう声を掛ける。


「髪はいざという時に魔術の触媒にもなるんです!そもそも…」

「はい、酔っぱらいは寝ておけー」


 サイアスが神聖魔法と共に淡い金色の光をまとう聖印をセイシェスの後頭部に当てると、そのままがくりとテーブルに顔をうずめて程なく寝息が聞こえてきた。


「『癒しの光』を全力で流し込んだから、目が覚めたら疲労もストレスも全部ふっ飛んでるとおもうぜ」

「あ、ありがとうございます。サイアスさん」


 あまりの出来事に目を瞬かせながら礼を言うアーシェに、サイアスはサムズアップしてクレールと神聖魔法と精霊魔法の利点と欠点について語りながら再び肉を齧りはじめる。

 回復魔法で轟沈したセイシェスを確認するとジークとグレンは酒場のマスターからも「中心を多く撃ち抜いた方には葡萄酒を3本プレゼントしてやろう!」という商品も出て周りの客たちと騒ぎながら勝負を再開している。


「……酒が飲めないのも人生損しているよなぁ。こんなにうまいのに。……エドガー、ほらもっと飲め」

「まぁ、体質はしょうがない面もあるが…。……ああ、アルフェン、もう8本目が空になったか?」


 そしてここではチーズとナッツをつまみに鋼鉄の肝臓を持つ二人が、ハイペースで葡萄酒の瓶を次々開けていっている。


「山賊にも散々女だとか言われたみたいだし、セイシェスもストレスがたまっていたんだろう。サイアスの回復魔法はすごいから、明日になったらすっかりセイシェスも元気になっているよ」


 ギルドでエドガーたちに聞いた冒険の顛末から、苦笑交じりにブリジットはアーシェに言うと、「桃の果実水でも飲むか?」とアーシェにメニューを手渡した。

 カーシェスはせめてもの詫びのつもりか、持ち帰り用の器にせっせと焼きレバーを詰めてセイシェスの前に『お土産』状態にしておいているも、どう見てもお供え物にしか見えない。


「……セイシェスはそのままのセイシェスでいいよ」


 そっと、アーシェは眠っているセイシェスに小さく告げると「果実水、おかわりします!」とブリジットに挙手をした。

 この初めての冒険の祝勝会は日付が変わるころまで続いたのだった。



 葡萄酒3本を掛けた弓と黒刃での射的対決で、グレンに負けたジークがリベンジを叩き付けたのと、翌朝自分の失態を知らされたセイシェスが頭を抱え込んでいたのは、また別のお話。

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