10.一難去って…

「…お約束な台詞ですね」


手を払うような仕草で取り巻く青白い魔力を霧散させて、濃紺のゆったりとしたローブコートの袖で目から下を覆っていたセイシェスが、ランタンを拾い上げて、逃げる頭目のすでに小さくなった背中を見やった。


「昨日、毒薬も作っていたの?!」


同じように外套で鼻と口を覆っていたアーシェも、びっくりしたようにクレールを見上げた。

エドガーとジークもそれぞれ袖で口元を覆ってアーシェたちのもとへ歩いてくる。


「これですか?」


ローブの袖で口元を覆うのをやめて、クレールは割れたガラス瓶とそこに飛び散った茶色い粉末を手に取って見せる。


「それ、致死量が…」

「これは昨夜調合した胃薬ですよ。毒どころか体にいいものです」


そう言ってクレールはにっこりと笑った。


「はったりかよ!」

「お前もまた…随分思い切ったことをしたな…」


つっこむジークの横でエドガーも剣を収めながら、クレールの咄嗟の行動に苦笑を浮かべている。

胃薬と聞いてアーシェやセイシェスも腕を下ろして、クレールの脅しとわかりやっと肩の力を抜いた。


「ジーク、傷は大丈夫か?」

「ああ、大したことねぇよ。そう深くねぇし、血もほとんど止まってる」

「アーシェもそのオーバースカートのおかげで助かったって感じですよね…」

「ええ。でもさすがにこれはもう着れないわね…」


エドガーの問いに腕をまくって浅く斬られた傷を見せるジーク。

アーシェもセイシェスに返事をしながら脇から大きくまるで見様によってはスリットのように切り裂かれたオーバースカートをつまんで見せた。


「それにしても、クレールの『毒です』のおかげで切り抜けられたわ。…ありがとう」


クレールを見上げて、改めて礼を言うアーシェにクレールはいつものほんわかした笑顔で首を横に振る。


「うまくいってよかったですよ。一か八かでしたし」

「確かにクレールのような人が言うからこその信憑性はありますよね。例えばジークが言ったって、怪しまれそうですし」

「おいコラ、セイシェス。てめぇどういう意味だ」


半眼になりながら親友を見つめるジークに、セイシェスは「薬品を扱う人のイメージですよ」と苦笑する。


「でも、胃薬はまた調合しなきゃいけなくなりました。材料はまだ少し残っているから、村に戻ったら調合しておきたいですね…。…それにしても、」


割れたガラス瓶を回収して、ヴェルークのガラス職人に渡すべく皮袋にしまいながら、クレールは感心したようにジークとセイシェスに目を向けた。


「2人とも、すごかったですね。あれだけの技量があれば、すぐに『剣』ランク、もしかしたら『斧』ランクにも行けるんじゃないですか?」

「わたしもびっくりしたわ。ジークもセイシェスも子供の頃から盗賊ギルドに身を置いていたり、魔術の修練をしていたと聞いていたけど、実際に見て本当にびっくりしちゃった」


剣を鞘に納めたアーシェがクレールに同調するように2人を見上げた。

ギルドでの貢献度や冒険者としての技能でランクの認定が行われるが、登録した日が自分とそう違わないというジークたちは、身分証にあるように『刻印なし』だ。


「オレたちはそんなに刻印にこだわってねぇよ。信じられる奴らとつるんでるのがいいってだけだぜ」

「『刻印なし』の冒険者とでも組んで下さった方々がいますし、足を引っ張らなくてよかった、というところですよ」


そう言ってジークとセイシェスは笑う。


「アーシェもすげえ頑張ってたじゃねぇか。あのおっさんの剣を引かずに受け止めてただろ?」


アーシェの赤い髪をゆらして、ジークが頭をぽんぽんと叩く。


「ああ。しかもなかなか剣筋も悪くはなかったな」

「ありがとう、エドガー。でも、まだまだだからもっと頑張らなきゃね」


ジークの手を両手でつかんで頭から下ろしながら、アーシェは自分の剣筋をほめてくれたエドガーを見上げてはにかんだように笑った。


「今度ヴェルークに戻ったら、手合わせしてみるか?俺でよければ稽古に付き合おう」

「…セイシェス、どうしました?」


エドガーがアーシェにそう稽古を持ち掛けるのを聞きながら、クレールは周囲を見回していたセイシェスに目を向けた。

ランタンを手に、そこへ無造作に置かれた木箱や、古びた採掘道具などを確認していたせいシェスは掛けられた声に振り返った。


「…さっき、あの山賊たちは私がここはアジトか何かですか、と聞いたら『しらばっくれるな』と言っていましたよね。つまり、ここは本当にあの山賊たちのアジトということなのかもしれません」


セイシェスはそう言うと、「厄介ですね」と呟いた。


「この鉱山には大蛇も出るという話だし、そこにきて山賊もですか。ジークではないですが山賊の討伐報酬も加えてほしいくらいですね」

「ま、アジトだとしたらこの坑道を探索していたら、あいつらの大事なものが見つかったりするんじゃねぇの?例えば山賊稼業で稼いだお宝とか」


ジークもセイシェスとクレールのほうへやってくる。


「ここの坑道とかに隠しているってこと?」

「かもしれねぇってこった」


続くアーシェとエドガーに、ジークは答えながら周囲に視線を巡らせて、ふとそこに置かれた木箱に目を留めた。

ぼろぼろに風化したり、壊れている木箱が殆どだったが、その木箱だけは汚れも少なく、やけにきれいに見えた。


「セイシェス、ランタンをくれ」

「わかりました」


その木箱に向かうジークに言われて、セイシェスはジークへ歩み寄りながら、彼が目指しているであろう木箱を照らした。


「…新しいですね。他の物と比べて」

「だろ、違和感ありまくりで気になるなってのが無理だろ」


中に何が入っているか、興味がわいているのだろう。腰のあたりまで高さがある木箱をジークは指先でとんとんと叩いている。


「やっぱり、あの山賊たちが置いているのかしら…」

「その可能性は高いぜ。…ちょっとあけてみるか」


アーシェも興味を引かれてその木箱に触れてみる。

指先には埃もつかない、ということは頻繁にこの箱を開け閉めしているのだろう。

そして木箱に付けられた錠前も山賊たちが取り付けたようで、厳重に保管している何かがある、というだけは明らかだ。


「開けられるんですか?」


クレールもジークの手元を覗き込む。


「ああ。解錠も、逆に密室を作るのもガキの頃から仕込まれたからな」


ジークはベルトに取り付けたレザーバッグから解錠に使うロックピックや、それぞれ太さの違う針金を取り出して木箱の前にしゃがみ込み、錠前を確認し始めた。


「…、別にこれといってそこまで複雑じゃねぇな…」

「…ジーク、もしかしてその道具があれば普通の民家の鍵とかも開けられるの?」

「まぁな。宿の部屋の鍵ややろうと思えばヴェルークのギルドのギルド員以外立ち入り禁止の保管庫とかもいけるぜ?ま、ギルドのほうは鍵だけで開くとは思わねぇけど」


話をしながらもジークの手は手際よく、細い針金と先が鋭角の波状になっているロックピックを鍵穴に差し込み、その指先の感覚を頼りに解錠を進めている。


「ギルドは解錠ができる冒険者もいることを見越して、魔術回路を使って2重の鍵をかけていると思いますよ。あとは入室を許されたギルド員の持つ魔力などに反応するとか…」

「そうでもしないと、心無い奴らにギルドの重要書類や刻印に関する物が悪用されかねないからな」


「僕には難しい話ですね。そもそも、ギルドに対してそういうことしたら冒険者資格も剥奪されかねませんし」

「だから、こっそりてめぇの情報を書き換えたりするんじゃねぇの?自分のランクの所にちょっと盛った実績を書いて、また戻しておけば次依頼を受けるときに個人情報みりゃ『実績がたまってきているからランク更新の査定にあげておこう』とかになりそうだろ」


今度は先が短く曲がった物に取り換えてジークが手を動かす。

かちり。

小さく聞こえた音共に、ジークが満足げに笑みを浮かべた。


「よっしゃ、解錠成功」

「すごい!本当に開けちゃったわね」


歓声を上げたアーシェに、ジークは「ガキの頃から仕込まれたって言ったろ?」と笑って立ち上がると、木箱のふたに手を掛けて押し上げた。

何が入っているのか、とアーシェたちは箱の中を覗き込む。


「…はっ、マジでお宝じゃねぇか」


ひゅう、とジークは口笛を吹いて木箱の中に入っていた、シリル銀貨が一掴みほど入ったいくつかの布袋の内の一つをつまみあげた。


「貴金属も入っているな」


エドガーが箱の中に入っているシルクの生地や、女性用に作られたであろう繊細な宝石をあしらった装飾品などに目を向ける。


「…ハロウズの村で、鉱山以外の事も聞いておけばよかったですね…。もし盗難騒ぎや山賊に関する話が聞けたのなら、この品が盗品だとわかりそうなのですが…。まさかとは思いますが、あの山賊の私物…じゃないですよね?」

「あのむさい髭がこんな女用のアクセサリーをつけるのか?見たくもねぇ」

「ジーク、あの頭目がつけるわけないでしょう。彼の奥方とか…」

「盗品じゃなかった場合、わたしたちが逆に盗難の罪に問われるわね…」


セイシェスの言葉に、確かにそういう考え方もできる。

アーシェが考え込んでいれば、エドガーが顔を顰めた。


「…ジーク、それ血がついているぞ」


指摘を受けて布袋の底を見れば、乾いている物の血の染みのようなものがついており、箱の中の布袋も点々と血の飛び散った跡が残っていた。


「……これ、強奪品確定じゃねぇ?」

「……うん」

「…ですね…」


物証があった以上、アーシェたちも頷かざるを得なかった。

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