11.つかの間の休息
とりあえず血の染みが残るシリル銀貨の袋を1つだけ近隣の村や町の自警団やギルドで確認してもらうために失敬し、木箱の蓋を元に戻す。
山賊たちも、自警団から派遣された冒険者と勘違いしていることから、近隣でこの山賊たちが暴れまわっていたのは確実なようだ。
「セイシェス、時間わかるかしら?」
「…11時になりますね。…朝からずっと移動し通しですから、この辺で休憩を挟みたいところですが…。またあの山賊が戻ってこないとも限りません。もう少し頑張って進みましょうか」
懐中時計を確認してセイシェスがみなを見回した。
朝の7時に村を出てから鉱山まで2時間。坑道内を1時間以上歩き回り、挙句山賊とのちょっとした交戦もあり疲労の色が見え始めている。
できればここで小休止を入れて、僅かでも疲労回復に努めたいがそうも言っていられない。
もし山賊がまた戻ってきたら、休息中を急襲されたら。
そう考えればここで気を抜くのは得策ではない。
「さすがに足が重くなってきましたね」
「まぁ、もう少し進もう。そうしたら一息入れられるな?」
クレールが杖をついて、片足ずつほぐすようにふくらはぎを軽く叩きながら困ったような笑みを浮かべれば、エドガーが確認するようにアーシェとセイシェスを見下ろした。
「そうね。じゃあひとまずここを抜けて20分ほど頑張って歩きましょう。そうしたら、ちょっと一息入れる、そんな感じでいいわよね」
「ええ。それでいいと思います」
懐中時計をローブコートにしまい、セイシェスはアーシェの言葉に頷いた。
・・・・・・・・・
再びジークを先頭にランタンを手に道幅が広くなった洞窟を歩いていけば、次第に空気が湿気を帯びてくるのを感じる。
「…この先、水場があるのかもしれねぇな」
ジークが呟き、ランタンを左右の壁に向ければ、所々上から染みだしてきているのか岩の壁には水が伝っている
坑道とは違い、天井も高くなっており音がよく反響するため、周囲の物音を聞き逃さないためにも自然と話声は小声になってしまう。
随分と洞窟と言って差し支えない中を進んできた気がする。
「…そろそろ一息つかない?」
再び山賊が来るとも、噂の大蛇にいつ出くわすとも限らない。
それにそろそろ20分は経っただろう。今のうちに休憩を挟んだ方がいいといいだろうと判断し、アーシェがみなに声を掛けた。
「そうですね、本格的に疲弊する前に休憩しておいた方が回復の度合いも違いますからね」
「じゃあ、この辺で休むか」
「一応音とかで異変があればすぐに知らせるぜ」
その言葉に異論が上がることはなく、それぞれが洞内の岩を椅子代わりに腰を下ろしたり、寄りかかったりと思い思いに足を休めることにした。
「何かお腹に入れておく?」
「あー…オレ、パンだけでいい。食った直後で動きが鈍るのは勘弁してぇし」
「支度中に襲撃を受けるわけにはいかないしな。だからすぐ食べられるものでいい」
「わかったわ。じゃあ、これね。エドガーとジークの分」
外套を脱いだアーシェが荷物袋を下ろして、女将から売ってもらったパンの包みを取り出して皆に配り始める。
「はい、クレールとセイシェスの分ね。…せっかく保存がきく食材も買ったから、スープも作りたかったけど、そういう状況じゃないしね」
自分の分の堅パンをちぎって口に運び、その小麦の素朴な味を噛みしめながらアーシェは干し肉と玉ねぎなどの包みを荷物袋の奥へと押し込んだ。
「スープも捨てがたいですけど、ここは水で我慢ですね」
「パンだけでのどに詰まらせたら洒落にならないからな」
クレールが水袋を取り出して、一口口に含んでは「はぁ、」と満足げに息を吐く。
「…それにしても、随分奥まで来たと思いますよ。そろそろ依頼の緑煌石が見つかってもいいような気がするのですが…」
岩に腰を下ろして、受け取ったパンをちぎりながらセイシェスはまだ先が続いている暗い道を眺めた。
2時間はこの鉱山内を探索しているが、山賊の襲撃はあれど件の大蛇はまだ見かけておらず、依頼の鉱石らしいものも見当たらない状態だ。
「あの山賊…また来るでしょうか…?」
パンをかじりながらカバンの中の薬の残量を確認しているクレールが呟けば、岩に背中を預けて水を飲んでいたジークが小さく唸った。
「…手下どもはそれこそパニック起こして逃げ出してたけど、あの髭面だけは分からねぇ。…もしかしたらあの場所にまた戻ってきて、騙されたことに気づいたかもしれねぇな」
「でも、わたしたちがさっきのあの場所を離れたから誤解は解けるんじゃない?自警団じゃないって。戦うことになったのも、向こうから先に仕掛けてきたからだし」
争う理由はないんじゃないかな?とアーシェがちぎったパンを口に運べば、セイシェスは首を横に振った。
「自分たちを敗走させた人間を、あの髭面…失礼、頭目のような人間が放っておくと思いますか?アジトと思しき場所を見られたのもありますし、それに木箱を開ければ追ってくる理由を見つけてしまいますよ」
その言葉に、盗品確認のために失敬したシリル銀貨の1袋を思い出し、アーシェがはっとした顔になる。
「また追手がかかるということだな」
パンを食べ終えたエドガーが、ぐるりと首を回して大きく伸びをすると、腰かけていた岩から立ち上がった。
ジークも反動をつけるようにして凭れていた岩から体を起こして立ち上がる。
「さて、ぼちぼち行くとすっか」
ズボンの砂を払い、荷物袋とランタンを掴む。
アーシェたちもパンを食べ終えると、それぞれの荷物を背負ったり、肩から下げたりと探索再開の支度をする。
僅かな休息時間だったが、それでも休息しないのとは全然違う。
軽くお腹に食べ物を入れて、しっかり水分をとったところで再びアーシェたちは洞内の探索を再開したのだった。
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