9.山賊襲来! -2-

「仕留め損ねたか」

男が舌打ちと共に、再び剣をアーシェに向ける。


「アーシェ!」

「大丈夫!怪我はないわ!」


 アーシェはセイシェスにそう返すや翠眼を男に向け、たっと一気に踏み込んで間合いを詰めて斬りかかった。


「ほらどうした、お嬢ちゃん。力負けしてるぞ」

 再び刃のぶつかる音とともにアーシェの一撃を剣で受け止めた男は、押し戻すように力を込めてくる。


「どいてください…っ!」

 援護に向かおうとするクレールも、手下に阻まれて杖で防戦するので手いっぱいだ。


「…っ、まだ…っ」


 力勝負では分が悪い。余裕の笑みを口元に浮かべた男に、ぎりぎりと剣を押し戻されてアーシェは踏ん張るようにして耐える。

 剣術は父に仕込まれたが、実戦と稽古では全く違う。

 父はきっと手加減していたのだろう。筋力も、男女でここまで違うとは思わなかった。

 歯を食いしばるアーシェを援護すべく、セイシェスはランタンを地面に置くと、クリスタルのはめ込まれた杖でその場に簡易な魔方陣を描きながら詠唱を始める。


「…我が名のもとに命ず。凍てつく刃よ、冬の息吹、氷の柱、冷気を纏いてここに集え!そして我が命に従いて仇為あだなす者を貫く矢となれ。矢となり我らが敵を討ち果たさん」


 静かに詠唱の声に応じるように、セイシェスの足元から青白い光が包むように巻き起こる。

 その光はとても強く、綺麗で、踊るように揺らぎながらセイシェスの言葉に応えるように4つの光の玉がゆらりと舞い上がり、その形を青白い光の矢に姿を変えた。


「凍てつく冷気をもってその足を止めよ!氷結の矢フリージング・アロー!」


 セイシェスの杖がアーシェを追い詰めている手下に向けられるや、その青白い光の矢が一気に手下に襲い掛かった。

 4本の矢は斬りかかる男の腕を、足を掠めるように浅く裂き、周りの手下を足止めするかのようにその足元ぎりぎりに突き立てられた。


「な、なんだっ?!」


 冷気を纏う凍れる矢が掠った場所から、冷感がじわじわと広がり、その皮膚の表面には氷が薄い膜のように張られてくる。


「今のはご挨拶です。さて、それでは……次はしっかり狙うとしましょうか」

「くそ!お前、魔術師か…っ!」

「ひ、ひぃい!」


 第2撃をいつでも放てるように、自分の周りに再び青白い4つの光の玉を揺らめかせながら、クリスタルの杖を手に紫水晶のような目を細めて嫣然えんぜんと笑むセイシェスは、顔立ちが端麗な分その表情は凄みがある。

 アーシェの刃を受け流すと、薄く表面を覆い始める氷に男は忌々し気にセイシェスを睨みつける。

 肩の傍まで広がった薄い氷を剣の柄で打ち砕きながらも、下手に動けば再び先ほどの魔法が飛んでくることを警戒してか、男はじりじりと後退を始める。

 その横で手下も尻もちをついたまま、這うようにその場から離れていく。

 まるでセイシェスのほうが悪の魔術師っぽく見えてしまうのは、この際アーシェは見なかったことにした。



「ジーク、よけろ!」


 エドガーの声に、一瞬夕日色のその瞳をそちらに向けたジークは咄嗟に体勢を低くする。

 ジークの金の髪を掠めて、エドガーの剣が薙ぐのと同時に「うわぁあつ!」と背後で悲鳴が上がり、手下が1人腕を押さえて地面を転げまわっていた。

 背後からジークを襲おうとしたが、エドガーに反撃されたようで押さえた腕からは赤い血が袖を濡らしていた。


「悪ぃな、助かったぜ」

「さすがに素早いな。…ジーク、その腕」


 ダガーに手を掛けるジークに、エドガーは剣を構えながら短い返答をするも、その左の袖が裂けて血がにじんでいることに気づき、声音に心配げな色が混ざる。


「ああ、かすり傷だ。たいしたことねぇ」

「この…っ!」


 左手を軽く上げて見せたジークは、転げまわるの仲間の姿に別の手下が斬りかかってくるのをダガーで受け留め、押し返しざまにさらに蹴りを叩き込む。


「何なんだ、こいつらは!『剣』…いや、『斧』ランクの奴らを連れてきやがったのか?!」


 12人の手下がたった5人に苦戦を強いられている。

 圧倒的有利と見ていた頭目も、この現状にはさすがに余裕をなくし松明をもって控えている2人の手下を押しのけて自ら剣を抜き放った。


「お前がこいつらのリーダーだったな!」


 頭目はアーシェに向かって抜き身の剣を振りかざして突進する。


「アーシェ!」


 エドガーとジークが身をひるがえして彼女のもとへ走るよりも、セイシェスが詠唱を終えるよりも先に、クレールがカバンからガラス瓶をかかげて飛び出した。


「これは毒薬ですよ!貴族の方々に頼まれる即効性のある物です。粉末状にしていますから吸い込んだら…わかりますよね?」


 クレールの手にした瓶には、ランタンや松明の明かりでも茶色い粉末が大量に入っているのが見て取れる。


「暗殺や自害に使うものですから、指先に付着しただけの分量でも致死量です。これだけの量ですし、吸い込むだけでゆうに致死量は超えると思いますよ」


 その言葉に手下たちは明らかに狼狽え、負傷した者もしていない者は肩を貸したりしながらも、怯えたようにクレールたちを中心に遠巻きに距離を置いている。


「何を馬鹿な!どうせはったりだろうが!」

「…ならばやってみましょうか?こんな洞窟の中です、ほぼ密室のようなものですからどうなるか…。…みんな、鼻を口を塞いでください!こっちにも舞い上がってくるかもしれません!」


 クレールはローブの袖で鼻と口を覆いながらアーシェたちに叫ぶや、その瓶を頭目の足元近くをめがけて地面に叩き付けた。

 ガラスの割れる音とともに、ふわ、と茶色い粉末が舞い上がる。


「ど、毒だぁあ!!!」

「ひいい!死にたくねぇええ!」


 1人が悲鳴を上げて逃げ出せば、あとはそれを皮切りに手下たちは我先にと明かりのない坑道へ逃げるように引き返していく。

 足を引きずる者、負傷した者、脇腹を押さえて肩を貸してもらう者など、蜘蛛の子を散らすように逃げていく手下に、咄嗟に鼻を口を覆っていた頭目は「お前ら!待て、逃げるな!!」と怒鳴るも、手下たちは逃げることで精いっぱいの様で戻って来るものはない。


「…っ、くそ!おぼえていろよ!」


 手下が逃げてしまってはどうしようもないとばかりに、頭目は粉を吸い込まないように掌で口元を覆いながらあからさまな捨て台詞を残して手下に続いたのだった。

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