第217話 聖女と司祭と立派な貴族

【封絶の腕輪】

 神話によれば神々の力すら封じると言われた神話級アイテム。

 驕り高ぶった神を懲らしめるために、創世神が自ら作ったとされており、封絶の力は絶大であったと神話では語られている。


 この腕輪で両手を封じられし者は、あらゆるスキル・技能・魔法を封じられ、力が発揮できなくなる。どれだけレベルが高かろうと、HP以外のステータスは強制的に1へと変更されてしまう。


 強固なアダマンタイトで作られているため、物理的な力で破壊するのは難しく、専用のキーで解錠しない限り決して外すことはできない。


 腕輪を取り外すことで、封じられた力は再び元の状態に戻る。


 長く神話の中で語られるだけの物であり、空想上のアイテムと言われていた。しかし数百年前、初代勇者に腕輪がハメられ、反省する姿を目撃されたことで、腕輪の存在は証明された。


 現在、腕輪は勇者の末裔であり、マルセーヌ王国の食料庫として名高いアルムの町を統べる貴族、アルム・ストレイムの手によって厳重に保管されている。


 神すらも封じる腕輪の力……悪用されれば間違いなく騒動を引き起こす危険な神話級アイテムは、今もなおアルムにある領主の保管庫に封印され続けている。


 商人ギルド著 アイテム図鑑 神話級アイテムより抜粋




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ジャジャーン! これこそが、かつて初代勇者が使っていた伝説のアイテムのひとつ、封絶の腕輪よ!」



 ギルドマスターナターシャの手に握られた物……それは不思議な光沢を放つ黒い板だった。



「これは腕輪というか……手枷ですよね? これで何をしろと?」



 両手を入れる穴の空いた黒い金属板を見せられたリーシアは、不思議そうな顔をしていた。



「ふふっ、リーシアちゃんには、コレをハメてもらって、ある人たちに会ってもらいたいの」


「ある人たちですか?」


「そう。これからリーシアちゃんに会わせたい二人……ひとりはドワルド指揮官の独断をたしなめられる人物、もうひとりは王族ですら、意見されたら無視できない立場の人よ」


「王国騎士団の指揮官を諌められ、王族でも無視できない人?」


「ひとりはこの町の領主、アルム・ストレイム……私のパパよ」


「ナターシャさんのパパ?」


「あ〜、パパと言っても実の父親よ。パトロンじゃないから、勘違いしちゃイヤよ。今回の騒動は、町を治める領主の耳にも入っているの。いくら王国に任命されたオーク討伐隊の指揮官だとしても、自分の治める町で好き勝手されれば、いい顔なんかできないわ。それにオークヒーローを倒したのは実質ヒロとリーシアちゃんだから、遺体の所有権利は二人にあると宣言してもらう」


「いいんですか? オークヒーローや憤怒を倒せたのは、皆さんの力もあってのことですけど」


「逆に、あなた達がいなければあの窮地はだっっせられなかった。それに倒した魔物は、トドメを差した者や、戦いの貢献度が大きかった者に所有権が発生する。少なくとも戦場から離脱したドワルド指揮官にその権利はないわ」


「ですよね。誰でも知っているルールだと思っていました」



 ガイヤの世界に存在する暗黙のルール、それは魔物が闊歩する危険な世界に置いて、子どもでも知っている当たり前のことだった。



「誰の目から見ても明白なことだけど、あのドワルド指揮官の剣幕は少しおかしかった。命には汚いけど、あそこまでお金や地位に固執する人じゃなかったと記憶していたけど、……しばらく会わないうちに変わってしまったのかしらね」



 腐っても王国騎士団の一員であるドワルドの無茶な話に、腕を組んだナターシャは疑問の顔を浮かべていた。



「まあなんにしても、ドワルド指揮官の主張には無理がありすぎる。これがまかり通ったら、冒険者ギルドの戦利品分配に支障をきたす恐れがあるわ。でも冒険者ギルドのマスターである私では、王国軍に意見しても無視されてしまう」


「だからお父さんなんですね」


「そう。私のパパであり、町を治める貴族の声をいくら王国に任命された討伐隊といえど無視はできないわ。有事ならいざ知らず、貴族が治める地で、ムチャはできない。でもドワルド隊長のあの剣幕だと、それ以上のムチャをしてきそうだから、もう一人……切り札を用意したの」



 ナターシャの自信満々の顔を見て、リーシアはゴクっと喉を鳴らし、次の言葉を待つ。



「もう一人の切り札……それはこの大陸において最大の宗派、創世教の司祭様よ」


「創世教の司祭⁈」



 かつて、母親を死の淵に追いやった創世教の名を聞いて、少女の顔はけわしくなる。



「そう。丁度いま、オークヒーロー出現の報を聞いた司祭様が、世界の危機に自分にも何かできることはないかと思い、このアルムの町にいらっしゃったの。リーシアちゃんの属する女神教とは、敵対関係にあるんだけど、世界を救った勇者と聖女がお困りなら、ぜひ力になってあげたいと言われてね」


「その気持ちは嬉しいですが、創世教ですか……」



 創世教と女神教、ガイヤの世界において広く教えの門を開く二大宗派である。表面上は互いに干渉せずを貫いているが、裏では信者獲得のために、熾烈な争いを行なっていた。


 水と脂の関係にあるふたつの宗派と死んだ母を思い、リーシアの心に怒りが湧き上がる。


「まあ、そう警戒しないで。たしかにこのガイヤにおいて、創世教と女神教は敵対関係にあるけど、いまから会う人は絶対に大丈夫よ。私が保証する。なんてったって、私の彼氏なんだからね」


「はい? ……彼氏ですか⁈」



 リーシアはナターシャの不意な言葉に、素っ頓狂な声を上げ思わず疑問系で聞き返していた。



「そうなのよ。アルムの町に近い森で、オークヒーローが出現したと聞いた彼は、私を心配して飛んできてくれたの。心配性なんだから♪」


「いえ……あのそうではなく……その方、だ、男性の司祭様なんですか?」


「もう、リーシアちゃんイヤね〜、聞き間違えちゃったのね。私がお付き合いしている人なのよ? 当然……」



 リーシアはその言葉に、やはり聞き間違いだったのだと思うと――



「男の人に決まっているじゃない」



――やっぱり聞き間違いではなかった!



「遠距離恋愛で、たまにしか会えないのよね。だから昨日は、熱い夜を二人で過ごしたわ♪」


「あ、熱い夜……も、もうすぐ夏ですからね。昨日は寝苦しかったですし……」


「そお? まだ夏前だけど、昨日は涼しかったわよ。地下にある留置場だから暑かったのかしら?」


「……先輩シスターズから、いろいろ教えてもらい話には聞いていましたけど、本当に愛の形はさまざまなんですね。女神様の教えは勉強になります」



 人の恋愛を応援する女神教……いろいろな愛の形を受け入れる教えは、聖女に新たなる愛を伝える。おもむろに手を胸の前で組み、なぜか女神に祈りはじめたリーシアを見て、ナターシャは不思議そうな顔を浮かべていた。



「リーシアちゃん、お祈り中、申し訳ないんだけど、話を続けるわよ?」


「あ、はい。すみません。えと……それで私がその二人に会うために、私がまず封絶の腕輪をする必要があると?」


「そうなのよ。彼氏はもちろん、パパもこんな手枷はいらないって言ってくれたんだけど、彼氏のお付きがうるさくてね。はあ〜」



 ナターシャは腕を組みながら、面倒そうな溜息を吐いていた。



「『留置場へ入れられた者に会いに行くなんてとんでもない。聖女と呼ばれていても、留置場に入れられるほどの危険人物と司祭様を会わせるわけにはいかない』と、お付きの人が猛反対してね。苦肉の策で、この封絶の腕輪で力を封印した状態でなら、留置場の鉄格子越しで会うことに納得してくれたのよ」


「それで、その腕輪なんですね」



 チラリとリーシアは、ナターシャの手にする黒い板を見た。



「そう、リーシアちゃんには嫌な思いをさせてしまうけど、我慢してね。腕輪をするのは彼氏とパパを交えて話す時だけだから……」


「いえ、ナターシャさん、気にしないでください。むしろ私のために、いろいろと気にしていただいてありがとうございます」



 罪人のように腕輪をハメることに、申し訳なさそうな表情を浮かべるナターシャ、それを見てリーシアは感謝の言葉を口にしていた。



「コレをしている間、なにかあれば私が必ず守るから安心してちょうだい♪」


「はい。安心してお任せしますね」



 するとリーシアは両手をナターシャに差し出した。



「お任せされたわ。じゃあ付けるわよ」



 ナターシャは、少女の透き通るような肌の腕に手にした腕輪をハメる。板に空いた穴に両手の手首を通すと、『ガチャ』という音と共に手首は固定され、動きを封じられた。



「クッ、……体が重いです⁈」



 腕輪がハメられた瞬間、軽かった体が鉛のように重くなり、リーシアの体から自由を奪う。



「ちょっと不自由になるけど我慢してちょうだい。話が終わったら、すぐに外すから。じゃあ二人を連れてくるから待っていてね」


「わかりました」



 父親と司祭を呼びにナターシャは留置場から離れ、手持ち無沙汰になったリーシアは、体の調子を確かめようと軽く拳を打ち出す。

 しかしいつものような電光石火の動きではなく、ナヨナヨとした頼りないスローパンチを打ち出すのが精一杯だった。



「これは……本当に力が封じられてしまっていますね」



 軽くジャンプして見るが、まるで体に誰かがしがみつかれたかのように動きが鈍く、二十センチも跳び上がれない。



「拘束魔法ですかね? 体が異常なほど重くて動き辛いです」



 すると留置場の中央に移動し、リーシアはラジオ体操をはじめる。いつものキレはなく、体を引きつずるように……だが、長年培った重心コントロールのおかげか、足取りはしっかりしていた。



「体幹は問題ないですが……この状態で戦うのはムリそうですね。まあ、留置場の中ですし、ナターシャさんもいるので少しの間なら問題ありません」



 ナターシャが来るまでの間、ラジオ体操を続けるリーシア、そしてラジオ第二の終わりに差し掛かったとき……。



「じゃあ、パパンと司祭様は、少しここで待っていてね」


「うむ」


「わかりました」



 通路の奥から、ナターシャと聞いたことがない男性の声が聞こえてきた。一人は渋く低音で威厳タップリ目なナイスミドルな中年の声、もうひとりは礼儀正しそうで若く、ハスキーな若者の声であった。



「お待たせリーシアちゃん。二人を連れて来たわよ。あら? その腕輪、体の自由を奪うからキツいでしょう? 二人に会うためとはいえ、ごめんなさいね」



 少し動きづらそうにしていたリーシアを見て、ナターシャは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。



「ナターシャさん、これくらい大丈夫ですよ。ヒロと一緒にいたら、この程度のこと日常茶飯事です」


「そ、そう……リーシアちゃんも大変ね」


「慣れていく自分が怖いです」



 ヒロとの日常が当たり前になりつつあるリーシアは、呆気あっけらかんと答え、ナターシャが苦笑していると――



「ナータ、早くしないか。時間がないのだろう? 急いでココまで来いと、領主であるワシを呼びつけたのはお前なんだぞ」



――渋く落ち着いた声が、ナターシャをたしなめる。



「もうパパは相変わらず、せっかちねえ」


「お前、いくら息子と言えど領主であるワシをこのような場所に呼びつけておいて、待たせるなど!」


「まあまあ、お義父さん、ナターシャさんにも、事情がおありなのでしょう」


「お、お義父だと⁈ 司祭殿、あなたが創世教の司祭という立場だから冷静に話しているが、あなたと息子の仲を認めたわけではないのですぞ!」


「分かっています。お義父さんの気持ちは……ですが、私のナターシャさんを愛する気持ちはそれ以上なのです。だから僕たちの仲を認めて」


「ふざけてもらっては困る! ナータはひとり息子なのだ。勇者の末裔としての責務を、私の跡を立派に継いでもらわねばならないのです。大事なひとり息子だと思い、甘やかして育ててきてしまった代償か……いつかワシの跡を立派に継いでくれると思っていたのに」


「お義父さん、それはおかしいです。ナターシャさんは、僕と一緒になっても貴族としてアルム家を継ぐことはできます。ナターシャさんと一緒になれるなら、僕は創世教の司祭を辞めて、このアルムで女神教に改宗しても構いません」


「ふざけないでもらいたい! ワシはナータに貴族としてはもちろんのこと、ワシのような立派な領主になってもらいたいのだ! これは死んだ妻と交わした約束でな、なのに……ワシはあの世に行ったとき、妻になんと話せばいいのだ」


「パパ、アラン、いまその話は無しよ。約束したでしょう?」


「むう……わかっておる。しかし忘れるなよ。この留置場で聖女に会い、話を聞いてやるのは。お前がワシの跡を立派に継いでくれることを考えてくれるというからであって、司祭殿と一緒になる話は、別の話だからな」


「ナターシャさん、申し訳ありません。あなたのお力になれればと、聖女に会いに来たというのに無駄話を……」


「二人とも仕方ないわね」



 ヤレヤレと肩をすくめ、呆れた口調で話すナターシャの姿と、場に流れる空気が変わったことで、リーシアは険悪なムードから解放され、ホッと胸を撫でおろしていた。


 するとナターシャは、クルリと踵を返しリーシアいる鉄格子の前へ立つ。



「リーシアちゃん、お待たせ。ごめんなさいね。変な話を聞かせちゃって」


「いえ、むしろ私のために、こんなとこまで来ていただいて感謝です」


「そう言ってもらえると助かるわ。じゃあ紹介するわね。アランこっちへ」



 手招きしてアランを呼ぶナターシャ、やがて留置場の壁で見えなかった通路からひとりの若い男が歩き、リーシアの前に姿を現した。


「はじめまして、聖女リーシア、私は創世教で司祭を努めるアランと申します。ナターシャさんから、世界を救ったあなたの話を聞き力になれないかと思い、お話をお伺いに来ました」


「……」



 リーシアの前に、青と白の質のよい生地であつらえた司祭服を着た小柄な青年が立っていた。


(年はヒロと同じ二十代くらいですかね。ヒロより二枚目ですけど、体型は頼りないです。戦いにおいてならヒロの方が頼りになりそうです。優しそうではありますがヒロと比べたらって、なんでヒロとアランさんを比較して、勝てる要素を私は探しているんですか!)



 落ち着いたハスキーな声で話す少年を見て、リーシアは気持ちをあらためて警戒する。創世教の司祭……はじめて見る顔であり、十年前の母を処刑するように命令を下した者ではない。


 だが頭で分かっていても、リーシアの心は警戒してしまう。

 創世教……その名を聞いただけで、ヒロと出会い鎮火しつつあった復讐の炎に火をともす。



「どうかしましたか?」


「いえ……はじめまして、私はリーシアと申します。私のために、わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」


「いえ、お気になさらずに。話を聞いて、私もなにかお力になれないかと思いまして、ナターシャさんにムリを言って来てしまいました」


「ふふ、アランったら、昨日リーシアちゃんたちに私が命を助けてもらったこと話したら、ぜひお礼に何かできることはって言ってくれてね。ふたつ返事でここに来てくれたのよ。ありがとうアラン♪」


「僕の大事なナターシャさんの命を救ってくれたのですから、このくらいなんでもありませんよ」



 見つめ合うナターシャとアラン……熱い視線が混じり合う中――



「ゴホン! ナータ、私がいることを忘れないでほしいものだな」



――ナイスミドルな声が、二人の熱い視線を断ち切った。



「パパったら、雰囲気ぶち壊しじゃない」


「お前、この状況で雰囲気もクソもあるまい。サッサッとワシを紹介せんか。早く要件を終わらせて、ワシの跡を立派に継いでもらう話をせねばならんというのに!」


「もう、せっかちね。じゃあこっちへ来て」


「うむ!」


 威厳に満ちた中年男性が返事をすると、自分のいる留置場に向かって歩いてくる気配をリーシアは感じた。



「リーシアちゃん、紹介するわね。こちらが私のパパ、アルムの町を治める領主、アルム・ストレイム伯爵よ」


「娘よ、ワシがアルムの町を統べるアルム・ストレイムである。息子ナータの命をお前と勇者が救ってくれたそうだな。感謝する」



 リーシアは鉄格子越しに現れ挨拶する人物を見て――



「え……ええぇぇぇっ! この人が⁈」



――聖女は驚きの声を上げ、両手で顔を覆い隠してしまう。顔を耳まで赤く染めあげながら、指の間からプランプランした物を少女は恐る恐る覗き見ていた。



「そう、残念ながら、この人が領主なのよ。貴族は継いでもよいけど、その格好を継ぐ気はないのよね」



〈少女の前に、立派な貴族……もとい立派な裸族らぞくが現れた!〉

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