第216話 聖女 in 留置場

「ナターシャさん⁈」


「おはよう、リーシアちゃん。昨日はよく眠れたかしら? まあ留置場でなんかで、よく眠れるわけないわね」


「いえ、意外にぐっすり寝て、夢まで見てしまいました」


「そ、そう。相変わらずリーシアちゃんは大物ね」



 リーシアの答えに、アルムの町にある冒険者ギルドのマスターは苦笑していた。


「予想以上に元気そうで安心したわ」


「はい。これくらいでめげていたら、ヒロとパーティーなんて組んでいられませんよ」


「ふふっ、その通りね。それじゃあ起き抜けに悪いけど、これからどうするのか話をさせてちょうだい」



 するとナターシャは、黒いズボンのポケットをモゾモゾして鍵を取り出すと、閉ざされた鉄格子の鍵穴へ差し込んだ。



「え……な、ナターシャさんそれ?」


「ん? ああこれ? 留置場で鉄格子越しに話すのもなんだし、鍵を借りてきたのよ」



 ナターシャが鍵を回すと、『ガチャ』という音と共に閉ざされた鉄格子の入り口は開き、ナターシャが中に入ってきた。



「いえ、そうでなくて、いま出した鍵、明らかにズボンのポケットより長くなかったですか?」


「なんだそっちの話? これはね……リーシアちゃん手を出してみて」


「手? こうですか?」



 リーシアは少し躊躇ちゅうちょしながら手を出す。それは嫉妬エンビーから忠告された『傲慢ごうまん』の能力を警戒してのことだった。ズボンのポケットに手を入れ、モゾマゾするナターシャの動きを聖女は緊張しながら見守った。


 するとナターシャが勢いよくポケットから手を出し、リーシアに向かって突き付ける。攻撃かと思い聖女は仰け反り回避しようとしたが、目の前に現れたものを見て動きを止めてしまう。



「はい♪ ランナーバードの胸肉を挟んだ特製サンドイッチに、プロテインジュースよ♪」



 ナターシャはいつの間にか手にした包みと蓋つきのカップを、ウィンクしながらリーシアの手の上に置いた。



「サンドイッチとプロテインジュース? 聞いたことのない食べ物と飲み物ですね。それにしてもこれ、ポケットの中から出したんですか? 明らかに大きさが……あっ⁈」



 明らかにありえない現象を目の当たりにしたとき、リーシアはヒロの持つアイテム袋を思い出す。



「ふふっ、リーシアちゃんの思った通りよ。このズボンのポケットはアイテム袋なの。オーガベアーが丸々入るほどではないけど、かつて勇者が持っていたもので、我が家の家宝として厳重に保管されていたものよ」


「いいんですか? 家宝を履いちゃって?」


「いいの、いいの。オークの村でヒロとリーシアちゃんに渡した装備もだけど、これも後で渡さないといけないものだからね」


「ヒロに?」


「そう。我が家に家宝として伝わる数々のアイテムは、私のご先祖様である初代勇者の遺言で、新たなる勇者の力となるようにと代々受け継がれてきたものなのよ。このズボンもそのひとつ」



 筋肉隆々で、はち切れんばかりにピッチピチになった黒いレザーのボトムを見て、ヒロがく姿をリーシアは想像すると――



「プッ!」



――顔を背けて、口元を隠しながら吹き出す少女……あまりにも似合わなすぎて笑いが込み上げていた。



「リーシアちゃん、ヒドイわ。人のファッションを見て笑うなんて」


「い、いえ、ナターシャさんを笑ったわけじゃないです。ヒロが履いた姿を想像したら、つい……」


「ヒロが……ブフッ! たしかに想像したら予想以上に似合わないわね。これを履きこなすには筋肉が足りないわ。ああ! だからこのレシピも代々受け継がれてきたのかしらね。そう考えると納得だわ」


「レシピ?」


「ええ、かつて異世界の勇者ユウゴが、門外不出として一族に伝えた、夢のレベルアップ料理のレシピがあるの。それがこのサンドイッチとプロテインジュースなのよ。これを食べて戦えば、モリモリレベルがあがっちゃうわよ」



 リーシアは、ガサガサと包を開けて中身を見る。するとそこには、肉汁が染み出すほどジュ〜シィ〜に焼けた肉と新鮮なレタースを、こんがりきつね色に焼けた柔らかなパンで挟んだ食べ物が入っていた。


「これがサンドイッチですか? 美味しそうですね。こっちは?」



 サンドイッチが入った包みを腕に抱え、同じく渡されたカップの蓋を取ると中には……表面がポコポコと泡立ち、ドス黒い色をした怪しい液体が入っていた。



「な、なんですかこれ⁈ これが勇者の伝えた……料理? サンドイッチはともかく、このぷろていんなるジュース……ドス黒い色していますよ。いったい何をどうすれば、こんな色になるんですか⁈」



 勇者のフレーズに、リーシアはなぜかヒロの顔を思い浮かび、イヤな予感を覚えた。それは少女にとって、勇者とは世界を救う希望であると同時に常軌を逸した変態行為に身をついやす、変人のイメージが色濃かったゆえであった。



「それはラーコという異世界の飲み物よ。それにプロテインを混ぜたものがそのジュースなの。見た目は悪いけど美味しいわよ」


「プロテイン? 聞いたことない言葉です。なんですかそれ?」


「プロテインがなにかって? リーシアちゃん……世の中には知らずに済むなら、そのままの方がいいことだってあるのよ?」


「いや、待ってください! 答えになっていないですよ! プロテインって、一体なんですか⁈」


「大丈夫よ。見た目は悪いけど効果はバツグンだから。見て、この筋肉を! ムン!」



 するとナターシャは両手を水平に上げ見事な筋肉を披露する。

朝っぱらから、おっさんの筋肉を見せつけられリーシアは困惑していた。



「騙されたと思って、さあ、飲んでごらんなさい」



「ナターシャさん待ってください。怪しいです。限りなく怪しいですから! コレ、なんでポコポコしているんですか⁈」



 決して飲むまいするリーシアは、足を引いて遠ざかるとするも、ナターシャは逃さないとばかりに足を踏み出し追いかける。なおも迫る謎の飲み物から逃げる聖女だったが、狭い檻の中である。すぐに壁へ追い立てられ、聖女は逃げ場を失っていた。



「ナターシャさん、正気に戻ってください」



「リーシアちゃん……仕方ないわね」



 リーシアの声がナターシャに届いたと思ったときだった。ホッして油断した聖女の手から、ナターシャは一瞬でコップを奪い取ると、少女に飲ませるべく口元へグイッと近づけた。



「このポコポコがたまらないのよ。大丈夫よ。みんな最初はそういうの。でも一度体験したら、もう病みつき。コレなしでは生きられない体になる人もいるけど安心して」


「それまったく安心できませんよ! ナターシャさん止めムグッ」



 問答無用とばかりに、リーシアの口へグイッとプロテインジュースは流し込まれた。


 目をつぶり口に含んだジュースに吐き出そうとする聖女……だが口の中に広がる体感したことがない甘さと、口の中でシュワシュワとはじける不思議な感覚に驚き動きが止まる。そして次の瞬間――『バン!』とナターシャに背中を叩かれると、『ゴクリ』と喉を鳴らしてプロテインジュースを飲み込まされていた。


 口に残る甘さと爽やかな喉ごし……そのなんとも言えぬ感覚に、リーシアは思わず――



「お、美味しいです」



――感動していた。はじめての味わいに思わず声をあげてしまう。



「でしょう? 初代勇者に門外不出と言われ、今やコレを飲めるのは勇者の末裔でレシピを知るアルム家の者か、我が一族に便宜を図る王族や貴族だけなのよ」


「王族や貴族だけ?」


「初代勇者が残したアイテムを、未来の勇者に確実に渡すためよ。勇者が使っていたアイテムなんて、強力なのはもちろん歴史的価値が高いアイテムもあるから……ムリやりにでも手に入れようとする人がいるの」



 ほほに手を当て、『困ったものね』とナターシャはため息を吐く。



「それを見越した初代勇者は、王族と貴族たちが馬鹿なマネしないよう、布石を打ったの。一度口にすればまた飲みたくなり、三度口にすればもうとりこ。飲めば幸福感に包まれ、美しい筋肉を作りながらもレベルアップをうながす夢の飲み物、それかプロテインジュースなのよ」


「それ、どんな魔薬ですか⁈ 怪しいを通り越して、危ない飲みものと化していますよ」


「常用性は少しあるけど、一、二杯ぐらいなら大丈夫よ。三杯目からは保障できないけど……」


「それって飲まない方がよいのでは?」


「でも、美味しいのよ。飲み続けて体が悪くなる訳じゃない。むしろ健康になる夢の飲みものなの。二杯目までは……」


「はい?」



 ナターシャの言葉にリーシアは首を傾げる。



「プロテインジュースは三杯目からが問題なのよ。……その美味しさに病みつきになり、定期的に飲まなければ見境なしにジュースを求める魔物と化してしまうのよね」


「なんてもの、飲ませるんですか!」



 リーシアはジト目でナターシャを見た。



「そう怒らないで、二杯目まで本当に大丈夫だから。このプロテインジュースの製法を知るものは、アルム家当主しかおらず誰も再現ができない。これを飲みたかったらアルム家に便宜を図り、代々受け継がれる家宝について、詮索無用の取り決めを初代勇者とマルセーヌ王国の王は交わしたの」


「つまり、これが飲みたければいうことを聞けと? ヒロといい初代勇者といい、勇者ってロクでもないことをほんとによく思いつきますね」


「まあ、凡人には思いもよらない考えで、人とは違う答えを出し世界を救う者……だからこそ、勇者と呼ばれるのかもしれないわね。あっ、いけない。時間がないんだったわ。とりあえず食べながら、この後のことを説明するわね」


 するとナターシャはズボンのポケットをゴソゴソし、新たなる蓋つきのコップを取り出すと、その場に座りこみゴクリとコップの中身を飲みだした。


 リーシアもまた、ペタンと留置場の冷たい石畳に腰を下ろすと、手にしたサンドイッチに口をつける。甘辛いタレに漬け込んで焼いた鳥肉……本来ならば淡白な味わいなはずなのに、この肉からは溢れんばかりの濃厚な肉汁が溢れ出し、それを挟むパンは一滴でも垂らしてなるものかと、白いフワフワな体で肉汁を受け止めていた。噛み締めると、口の中いっぱいに濃厚な旨味が広がっていく。



「ん〜⁈ お肉がジュ〜シ〜で、とっても美味しいです♪」


「お気に召していただけたようで何よりだわ。じゃあ、食べながらでいいから聞いてちょうだい」


「はい」


「まずは現状の報告からよ。案の定、この詰所の周りはドワルド指揮官の部下が張り込んでいるわ。リーシアちゃんが建物から出た瞬間に捕まえるためにね」


「すると、ずっとここにいるワケにはいきませんね」


「そうね。リーシアちゃんの勾留こうりゅう期限は明日まで、それを過ぎればドワルド指揮官は、なんの気兼ねなくあなたを捕まえに、ここにやって来るはずだから」


「はあ〜、これはもう、見張りの目を盗んでコッソリとここを逃げ出すか……強硬突破して町を出るかしかなさそうです」



 リーシアは、ため息を吐きながらサンドイッチを頬張る。



「あまりその方法はオススメできないわね。町から逃げ出せたとしても、どこまでも追いかけてきそう。ドワルド指揮官のオークヒーローに対する執着は少し異常だわ。自分の命は大事にする人ではあったけど、あれほど必死になって地位や名誉を欲しがる人じゃなかったのに」


「それにあてもなく広いガイヤの世界でヒロを探すのは、骨が折れそうです」


「肝心のヒロの居場所は以前不明ね。なんの情報も入ってきていないわ。ギルドのパーティーシステムも機能していないから、隣町との通信もできない。居場所を探そうにも、情報がとぼしすぎて特定すらできない状況ね」



 ナターシャは、コップに残ったプロテインジュースを一気に飲み干し一息つく。



「せめて、ヒロの向かった方角だけでもわかれば……」


「ギルドのパーティーシステムさえ復帰すれば、ヒロの足取りはわかるはずよ。人が一人で生きていくのにも限度があるからね。必ずどこかの町に立ち寄るはずだから」


「ですが、ヒロの情報を悠長に待っている時間はありませんね」


「そうなのよ。リーシアちゃんの勾留期限はあと一日、町を出るにしても、まずはドワルド指揮官をどうにかするしかないわ」


「地の果てまで追いかけて来られても困りますし……でも、どうにかするにも、どうやって?」



 リーシアは、手にした最後のサンドイッチを口に放り込むと、コップに残ったプロテインジュースで、一気にお腹へ流し込む。



「それについては私に案があるわ」


「本当ですか⁈ さすがナターシャさんです」



 頼れる女(?)の言葉に、リーシアの顔にパッと光が差す。



「フフッ、褒めたって何もでないわよ。あっ、プロテインジュースのお代わりなら出すわよ」


「そちらは遠慮します」


「もう、二杯目までなら大丈夫なのに……心配性ね。まあ時間もないし手短にしましょう。リーシアちゃん、とりあえず今から渡すアイテムを着けてちょうだい」


「アイテムをですか? それはいったい?」


「ええ、少し待って、いま出すから♪」



 ナターシャは『スッ』と立ち上がり、再びズボンのポケットをモゾモゾしだした。すると突然勢いよくポケットから手を引っこ抜く。するとそこには――


「ジャジャーン! これこそが、かつて初代勇者が使っていた伝説のアイテムのひとつ、封絶の腕輪よ!」


―― できる女(?)の手に……怪しい皮の手枷が握られていた!



〈聖女の手に怪しいアイテムが渡ったとき……新たなる世界への扉は開かれた!〉

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