第218話 聖女と変態領主……
【
その身ひとつ生活する者たちの総称である。
ほとんど裸に近い姿で暮らしている民族は少なくないが,全裸で生活するのは、まれである。裸族と呼ばれている人々も、なんらかの衣装や装身具あるいは身体装飾を身につけている。したがってほとんどの社会において、裸族とは装身した日常生活での姿と対立するゆえに,非日常性という象徴的意味を帯びやすい。
危険な魔物が溢れるガイアにおいて、裸に近い格好で暮らす人はほとんどいない。裸族と呼ばれていても、なんらかの衣装や装飾品を身につけて生活するのが普通なのである。
もっぱら家でひとりくつろぐ際、下着姿でいる者、もしくは肌を多めに露出して生活する者を裸族と呼ぶ傾向にある。
つまり裸族とは本来、衣服を一切身に着けず、全裸で生活する人を指す言葉ではないのである。しかしガイヤの貴族社会において、裸族の意味は少し違ってくる。
これは数百年前、初代勇者の教えにより、新たなる意味を付け加えられ、広まってしまったことに起因する。それは裸になることで身も心もさらけ出し、相手に敵意がないことを示すと同時に、敬意を
異業なる魔王を退けた勇者の言葉に、貴族はもとより王族も賛同することで、空前の裸族ブームの風が巻き起こったと歴史には記録されている。
身に着ける衣服が少なければ少ないほど、高貴なる魂を持つ者とされ、肌の露出具合で貴族としての格を試される時代が到来したのである。
とくに上級貴族は下級貴族より、衣服や装飾品を多く身に付ける訳にはいかず、より裸族に近づかなければならない。つまり貴族の位が上がれば上がるほど露出は多くなるのだ。
必然的に、衣服をなにも着けていない者は最高位とされ、当時の貴族社会において完全なる裸でいられるのは、時の王ただひとりだった。のちに、【マルセーヌ王国の暴れん坊】【裸の王様】として呼ばれた迷王が誕生したのも、この時代の話である。
また当時の有名画家の絵を見ると、平民は靴下を履かない者や
長い時を経た今、裸族という言葉はすでに形骸化してしまい、本来の意味は忘れ去られ、一部の貴族を除いて実践する者はもういない。
だが我々は忘れてはならない。
裸族とは、相手を敬う崇高なる行いだということを……。
裸族とは、高貴なる魂を持つ者の覚悟の表れだということを……。
裸族とは、裸になりたがる変態ではないということを……。
我々は裸族の真の意味を、決して忘れてはならない。
著 裸族普及員会 裸族のすすめ 創刊号 裸になる快感! より抜粋。
「そう、残念ながら、この人が領主なのよ。家督は継いでもよいけど、その格好を継ぐ気はないのよね」
「何をいう! これは偉大なる我らが祖先、初代勇者が推奨した格好なんだぞ! 代々教え伝えねばならぬ由緒ある伝統をおまえは!」
ナターシャの言葉に激昂する人物……ナターシャパパこと、アルムの町を治める領主アルム・ストレイムは、アソコをプラプラさせて息子を叱りつけていた。
「へ……変態ですか?」
「誰が変態だ! 娘、息子の命の恩人だとしても口を慎め」
「パパ、他人にいう前に、まずはそのプラプラしているものを慎んでちょうだい。年頃の女の子に見せていいものじゃないから」
「お義父さん、いくら由緒ある格好だとしても、初対面の人にその格好は私もどうかと……」
目のやり場に困り、できるだけ下を見ないように、リーシアは手で目を覆い隠していた。
「ええ〜い! これははじめて会う者に、自分は武器を持っていない。身も心も相手にさらけ出し、相手に敬意を示す由緒ある格好なのだぞ!」
「あの、お気持ちはわかりましたけど、このままだと私が話せないので、せめて下は何か履いていただけると助かります」
「パパ……年頃の女の子の前で全裸はやりすぎよ。昔と今は違うの。高貴なる裸族を今の若い子たちが知る訳ないんだし……せめてパンツは履いてちょうだい」
「クッ! 嘆かわしい。初代勇者の教えが、いまや忘れさられてしまうとは……子孫として不甲斐ないばかりだ」
目に浮かべた涙を腕で拭い、悔しさで領主は全裸で打ち震えていた……アソコも!
「え〜と、ナターシャさん……かなり話し辛いので、後ろを向いて話してもいいでしょうか?」
「馬鹿をいうな! 領主に背中を向けて話すなど不敬であるぞ! それ以前に、人として相手に顔も向けずに話をするなぞ、どのような育ち方をすればそのような無作法ができるのだ!」
「パパ! いい加減わかって、裸族の教えはもう廃れて久しいのよ。いまやその格好の意味を知るのはアルム家の者と一部の王族のみ。パパだって領主の肩書きなしに、その格好で町を出歩けば、普通に捕まって留置場に入れられちゃうのよ?」
「だかな、この格好は……」
「知っているわ。お母様との出会い、初代勇者が生涯を遂げる人との運命の出会いも丸裸だったって。でも、だからといってそれを誰かまわずやっていい訳ではないわ」
怒れる父とそれを嗜める娘(?)、やがて――
「むう……仕方ない。不作法だが、下だけは履くとしよう。おい!」
――娘(?)の言葉に父は折れた。
留置場の入り口に歩き出し、リーシアの視界からフェードアウトする。どうやら入り口に待機する従者に下を用意させ、履いてくれる様子にリーシアはホッと胸を撫でおろす。
「リーシアちゃん、変なものを見せちゃってごめんなさいね。うちのパパって、頭が固くてしきたりにうるさいのよ。昔は、裸になるのが貴族にとって最上の敬意を表す行為だったって伝え聞いているけど、今の時代じゃ、さすがにね」
「そうなんですか……」
リーシアは、なんと答えたらいいか言葉に詰まる。
「ママと出会う前までは普通だったらしいけど、パパとママの
「は、裸の出会い……勇者……」
その言葉にリーシアは、なにか
「ふむ。これでよかろう? 待たせたな!」
留置場の入り口方向から、ナターシャパパの威厳ある声が響き、再び姿を表した。
「あらためて名乗ろう。ワシがアルムの町を治める領主、アルム・ストレイムである!」
「あらパパ、そのパンツと靴下、いいわね」
「そうだろう。ふふ、貴族として恥ずかしくない物を用意させたからな」
「本当ですね。ナターシャさんにも似合いそうです」
「あら、アランったら♪ 私も同じものを買おうかしら」
「……」
ナターシャパパの格好を見て、称賛するナターシャと恋人アランに対し、リーシアは絶句する。その訳は、黒いブーメランパンツと白いニーソックスを履き、堂々と立つ中年の男、裸族を超えた変態が現れたからであった!
「へ……」
「む?」
「へぇぇ……と、とってもいい履きこなしですね……」
一拍おいて、思わず『変態』と口にしようとしてしまうリーシアは、怪訝な表情を浮かべたナターシャパパに気付き、とっさに誤魔化した。ヒロと、短くない時を共にした少女は、否応なしに処世術を身につけていた。
「そうであろう。これは特注品でな、ワシのお気に入りなのだ。この良さがわかるとは……娘、なかなか見所があるな。名はなんと言ったか?」
「はい。アルムの町にある女神教の孤児院で、見習いシスターをしているリーシアと申します」
「うむ。聖女としての話は聞いていたが、名前までは覚えていなかった。許せ。聖女リーシア、そなたと勇者ヒロの活躍はナータから聞いている。まずはアルムの町を救ってくれたこと、礼をいう」
すると意外にも、アルム・ストレイムはリーシアに頭を下げ感謝の言葉を口にした。
「頭をお上げください。オークと憤怒を討伐し、町を救ったのは私の力だけではありません。討伐隊の皆さんの力があったからであって、私とヒロの二人だけでは決して成し得ない戦いでした。だから……」
「僕からもお礼を言わせてください。聖女リーシア、アナタと勇者ヒロが成したことは、このガイヤにおいて偉業です。それは例えアナタが、私たち創世教と敵対する女神教の見習いシスターであったとしてもです。これは愛するナターシャさんを救ってくれた僕個人の礼であると同時に、創世教司祭としての礼でもあります。世界の危機を救っていただいたこと、皆を代表して感謝いたします」
創世教の司祭として異例の礼を述べるアラン……これが正式の場であれば、敵対宗教同士による歴史的瞬間だったが、それを知るものは四人以外にいなかった。
「あ、あの、お二人とも頭を上げてください。私はただアルムの町を……町に住む家族を救いたかっただけで、なにも……」
美少年と変態のおっさんに頭を下げられ、どうすればいいのかわからないリーシアは、困惑の表情を浮かべていた。
「はい、はい。パパもアランもリーシアちゃんが困っているから、頭を上げてちょうだい。いまは頭を下げるより、リーシアちゃんをここから出すのが先決よ。そのために、ここに来てもらったんだからね。感謝しているのなら、早くリーシアちゃんを自由にするために動いてほしいわ」
「うむ。任せておけ。たかが王国から派遣された指揮官など、有事でなければ問題ない。それに話に聞いたが、そのオーク討伐隊の指揮官はそもそもオークヒーロー討伐時にその場に居なかったし、トドメを刺したのは勇者と聖女の二人なのだろう?」
「ええ、リーシアちゃんとヒロが居なければ、アレは絶対に倒せなかったわ」
ナターシャは、娘(?)としてではなく、冒険者ギルドのマスターとしての顔で真剣に答える。
「なら、普通に考えてオークヒーローの所有権は、お二人にありますね。これがまかり通ったら大変なことになります」
「うむ。ガイヤにおける報酬の分配方法に問題が生じる。こんな子どもでもわかること、いまさら話すことでもないのだがな」
アランの言葉に、ナターシャパパも呆れた顔で答える。
「そうなのよ。ドワルド指揮官の言い分はどこにも正当性がない。にもかかわらず、遺体を持つヒロの行方を吐き出させようとリーシアちゃんの身柄を要求しているのよ」
「それでこの留置場に身を潜めている訳か」
「ええ、いくらドワルド指揮官でも、王国の法を破ってまで無理はできないわ。軍に籍を置く以上、法と命令には従順なのよ」
「そう考えると、ますますおかしいですね。軍規に厳しい王国軍の指揮官が、当たり前のルールを無視するなんて……」
アランはドワルドのチグハグな言動に疑問を持つ。
「まあ何にせよ、二人に来てもらったのはリーシアちゃんの勾留期限が切れる前に、ドワルド指揮官にオークヒーローの遺体の所有権を諦めるよう説得してほしかったのよ」
「うむ。任せておけ。アルム・ストレイムの名にかけて、この聖女リーシアから手を引かせるように軍に抗議を入れてやる」
「私も創世教を通して今回の件、王国に遺憾の意を表します。世界を救った人たちに、こんな不当な扱いをするなんて、あってはならないですから」
「お二人とも、ありがとうございます」
領主と司祭の言葉に、リーシアは自然に礼を述べ感謝する。
「ではさっそく、ギルドのパーティーチャットを通して、創世教本部からマルセーヌ王国に、今回の件について打診させましょう。ラドッグさん」
アランは横に顔を向け誰かの名を告げると留置場の入り口付近から、誰かが歩いてくる気配をリーシアは感じた。
「アラン神父様、申し訳ありません。現在、ギルドのパーティーチャットは原因不明の障害により、使用不可という話を聞いております」
アランに声を掛けながら近づく気配……その声を聞いたリーシアの顔は険しくなる。それは絶対に忘れてはいけない男の声だった。
「そのため外部との連絡は、おや? まさか? そんなことが⁈」
アランの横にラドッグと呼ばれた男が立つと、留置場の中に囚われたリーシアの顔をマジマジと見ながら驚きの声を上げた。
「おまえは!」
リーシアは鉄格子の間から両手を伸ばし、ラドッグの胸倉をつかもうと手を伸ばすが、男は後ろに下がりその手から逃れていた。少女の体が鉄格子に勢いよく当たり、留置場に『ガシャン!』と大きな音が鳴り響いた。
「やはり、あなたはあの時の……聖女カトレアの娘、リーシアさんですか?」
先ほどまでの穏やかな顔とはうって変わり、リーシアは憎しみと怒りの表情を浮かべながら、男を睨みつける。
その様子を、ラドッグと呼ばれた……右頬に奇妙な痣を持つ男は。ニタニタと笑いながら見るのであった。
〈聖女の前に……ぶっ殺すリストNo.1の男が現れた!〉
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