第16章 嵐の旅立ち編

第201話 別れ話は突然に

「リーシア……申し訳ありませんが、僕は町には帰りません。君とはここでお別れです」



 男は真剣な顔で少女を見つめていた。



「はあ〜、また突拍子のないことを……今度は何を企んでいるのですか?」



 ヒロが訳の分からないことを唐突に話し出すのに、もう慣れましたと言わんばかり、リーシアはため息を吐きながら問いただす。



「リーシア、すみません」



 ヒロはリーシアと互いに握っていた手をソッと離す。急に離された少女の手が何かを求めて宙を彷徨うと、無情にも男の手が『パンッ!』とそれを払いのけた。



「え?」



 男の急な拒絶に、少女は何が起こっているのか理解できず、面を喰らう。何かの間違いだとリーシアは思い、ヒリつく手を握りながら後ろに数歩下がったヒロを見る。



「きゅ、急にどうしたんですかヒロ?」


「リーシア……悪いですが、君とはここでお別れです」


「お別れって?」



 リーシアは今まで聞いたことがない、とても冷たいヒロの声を耳にする。



「言ったままの意味です。リーシア、僕はアルムの町には戻らず、このまま他の国に向かおうと思います」

 

「ええ? 他の国に? 今からですか⁈」


「ええ、今からです」



 いつも意味不明な発言を繰り返すヒロだったが、ウソは吐かないことを知っているリーシアは覚悟を決める。



「分かりました。ヒロの事だから、何か考えがあってのことなんですね? 仕方ありません。せめて孤児院のみんなに別れの挨拶だけはしたいのですが……無理そうなら、このまま一緒に行きましょう」


 リーシアは、ヒロについて行く気満々で隣に立とうとするが、男の手がそれを静止する。



「言ったはずです。ここまでだと……君とはここでお別れです。今までありがとう。お元気で」


「お元気でって……ヒロ、何を言っているんですか⁈ まるで私を置いて、どこかに行っちゃうみたいな」



 ヒロの言葉に、リーシアの心にチクリと何かが突き刺さる。



「まるで、ではありません。僕は君を置いて一人で隣国へ向かいます。君とは本当に、ここでお別れなんです」


「なっ⁈ ヒロ……私は何かヒロの気に触ることを無意識にしちゃいましたか? だったら教えてください。ちゃんと話してくれれば直しますし、謝りますから」



 暗い表情のリーシアが不安そうに訪ねると――



「リーシアは何もしてません。いてあげれば……もう君は邪魔なんです」



――信じられないほど冷たい声色でヒロがそう言い放つ。



「邪魔って……私がですか?」


「その通りです。申し訳ないですが……き、君みたいな子供に恋愛感情を持つほど僕はロリコンではありません。君とパーティーを組んだのは、この世界の情報を得るためでした。最近は、事あるごとにヒロ、ヒロと言われて鬱陶しく感じてました」



 その言葉を聞いたリーシアの心に、『ズキリ』と痛みが走った。



「この世界で生きていくための知識と、力は手に入りましたから、君はもう……用済みです。ちょうどいいタイミングなので、ここでパーティーも解消しましょう『パーティーメニュー』」



 すると、ヒロがパーティーメニューを表示すると、指を素早く動かし画面を操作する……その動きに迷いは一切なかった。



「え⁈ 待ってヒロ!」



【パーティーが解散されました】



 リーシアの静止も虚しく、無情にもシステムメッセージの音声が頭の中に流れると、視界に映っていたパーティーステータス画面が瞬時に消え失せてしまう。



「これでメールやチャットを使った君との連絡もできなくなりました。別れた後に、グダグダとメールされるのも面倒ですので……それでは今までお世話になりました。お元気で」



 素っ気ない声で別れを告げるヒロ……リーシアと視線すら合わせずに別れの挨拶を済ませると、東に見えるアルムの町へではなく、北へ向かって歩き出す。



「ちょ、ちょっと待ってください!」



 両手をバッと広げたリーシアが、行く手に立ちはだかる。



「ヒロ、なんで……一人で行くつもりですか⁈」


「訳は言いましたよ。君に利用価値がなくなったから、別れるだけです」


「そ、そんな……嘘です。や、約束は! 約束はどうするつもりですか!」


「約束? ああ……君の幸せを一緒に探すといったやつですか?」


「そうです! あの時、ヒロは私の幸せが見つかるまでずっと一緒にいてくれるって約束したじゃないですか……それに町に戻ったら、私にデバッグスキルを使った責任を取ってくれるって!」



 リーシアは必死に喰らいつく。いつもなら、ここでヒロの芸術的な土下座が入り、謝罪を受け入れて仲直りのパターンなのだが……。



「あんなの……生き残るために吐いた嘘ですよ。オークに囚われた状況で生きて生還するためには、僕の言うことを従順に聞く駒が必要でしたから」



「こ、駒?」



 聞きたくない言葉がヒロの口から漏れた。



「ええ、リーシア……君はいざとなったら僕の盾となり、思い通りに動かせる従順な駒でした。君の心を甘い約束で縛り、上手くコントロールしていただけです。君の幸せを探す気なんてこれっぽっちもありませんでした。君を好きに動かせるようにと、恋人ゴッコにも付き合いましたが……オークの脅威が去った今、ゴッコ遊びに付き合う気はありません」


「恋人ゴッコ⁈ じゃあ、今までのことは……」


「そういう事です。恋愛経験のないリーシアを騙すのは簡単でした。見事なまでに騙されてくれて、拍子抜けもいいとこです。もう少し人を疑うことを覚えないと、これからの人生が大変ですよ? しかし……手駒にするためとはいえ、好きでもない青臭いガキを自分に惚れさせるのなかなか楽しかったな」


「た、たのしかった?」


「ええ、少しばかり優しく甘い言葉を掛ければ、面白いほど初心うぶな反応してくれて面白かったですよ」



 リーシアは、信じられないヒロの言葉に耳を塞ぎたくなる。



「そんな……だってヒロは私に……」



 ヒロの口からそんな言葉を吐きかけられるなんて夢にも思ってもいなかったリーシアは、カチカチと歯を鳴らし、手を震わせていた。その顔は青ざめ、心の中を凍てついた風が吹きふさぶ。



「オーク達との問題も解決しましたからね、恋人ゴッコはおしまいです。ようやくガキのお守りから解放されて清々しました。それじゃあ、急がないとならないのでここでお別れです」


「急ぐって、なんでですか!」 


「ああ、このナターシャさんから借りている剣と防具を返すのが惜しくなりました。これはかなりの逸品ですからね。これからガイヤを旅する僕にとって、強力な力になってくれるはずです。だからナターシャさん達がアルムの町に戻って来る前に、借りパクします」


 ヒロは背中の鞘に収まったミスリルロングソードと青龍の鎧に視線を飛ばし満足気に笑う。



「借りパク?」


「僕の元いた世界で、人から借りた物をそのまま頂く行為のことです。命懸けでアルムの町をまもり、ガキの子守りをしたのだから、これくらいは報酬で貰わないと割に合いません」


「う、嘘です。ヒロがそんなこと……」


「君は僕を聖人君子と何か勘違いしてますよね? 僕だって清廉潔白って訳ではないんですよ? 他の人と同じように、ズル賢く生きる人なんです」


「ち、違います。ヒロは……だってヒロは私を……」


「だから、いい加減に分かれよ。そういうとこがウザいんだよ。まあ、ここで別れるのなら、もういいか……それじゃ、ナターシャさんによろしく言っておいてください。では」


「待ってヒロ、お願いです!」


「……」



 悲痛なリーシアの声がヒロの耳に届いてはいたが、まるで聞こえていないような素振りで少女の横を男が通りすぎると、そのまま歩き去ってしまう。



「……」



 草を踏みつける音が遠ざかり、男の気配は止まることなく遠ざかる……ポタポタと少女の足元の草花に水滴が落ちていく。



「……」



 その水滴は男の気配が感じられなくなっても……しばらくの間、止まることはないのだった。




〈生きるために利用した男と利用された少女……そして別れる二人の姿を隠れ見る者が現れたとき、アルムの町に再び悪意が満ち溢れようとしていた〉

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