第15章 憤怒決着編

第181話 恐怖せし者

 それは重量級の大型武器であるハルバードを軽々とを頭上に掲げ、目の前にいる者にトドメを刺そうとしていた。

 

 二メートルを超える長身と異常とも言えるほど発達した筋肉……いや、それはよく見れば筋肉などではなく、触手が合わさることで形作れる肉体だった。

 ハチ切れんばかりに膨張し膨らんだ体で武器を振り上げる姿は、相対する者に恐怖を与え絶対の死を約束する死神の姿を思わせる。



「……」



 だが……そんな死神が目の前にいるにもかかわらず、それは虚な瞳で虚空を黙って見つめていた。

 体中を触手に拘束された者……ヒロは恐怖で慄くでも、リーシアが死んだことを悲しむでもなく、さりとて怒りで我を忘れている様子でもなかった。ヒロはただ黙って虚空を見つめる。


 死を前にして何の反応も見せないヒロ……憤怒は仲間が死んだだけで戦意を喪失した男を侮蔑しながら武器を構える。


 いかなる防御も打ち破る無骨な斧刃がついた重量級のハルバード……無数の触手から作られたそれは、生き物特有の生々しい質感を保ちながらも、金属を思わせる鈍い光沢を放っていた。


 ヒロを頭から真っ二つにしようと、構えた武器を憤怒は渾身の力を込めて打ち下ろす。



「滅び去れ!」


「……」



 触手に拘束され、身じろぐことすら出来ないヒロに、無情にも憤怒のハルバードが叩きつけられた時だった。



「な、なんだと⁈」



 憤怒の持つハルバードの柄が、目に見えない何かに半ばから断ち切られ、斧刃の部分だけが宙を舞うと後方の地面へと突き刺さる。

 


「なんだ? なにが起こっている⁈」



 ハルバードの柄の部分だけを手にした憤怒が、すぐにヒロの方に顔を向けると……。



「蝨ー荳翫↓謌サ縺」縺ヲ縺薙l縺溘�縺具シ溘繝ェ繝シ繧キ繧「縺ッ竅会ク」

(地上に戻ってこれたのか? リーシアは⁉︎)



 いつの間にか下をうつむいていたヒロが……小さな声で、およそ言語とは思えない言葉をつぶやき顔を上げていた。


 ヒロの意識が触手に拘束された自らの体に戻ると、すぐに目の前で横たわる少女に視線を動かす……するとそこには、仰向けになりながらも、微かに胸を上下させて眠る少女の姿があった。


 

 ヒロは視界の端に映るパーティーステータスの表示に、素早く目を走らせる。




|闍ア髮�翫ヲ繝シ繝ュ繝シ縲

縲�ィ�ー �ィ�ー/�ィ�ー

縲�ュ�ー �ィ�ー/�ィ�ー


 リーシア 

 HP  30/210

 MP 10/75




 リーシアのステータスから、『-死亡-』の文字がなくなり、0だったHPとMPの表記が変わっている。


 気絶しているようだが、青白かった顔色に赤みが差し、体中を傷だらけにしながらもリーシアは生き返っていた。


「繝ェ繝シ繧キ繧「縺檎函縺阪※縺�k窶ヲ窶ッ縺九▲縺」

(リーシアが生きている……良かった)


 ヒロは心の中で、リーシアが生き返ってくれたことに喜びの声を上げていると、ヒロの頭の中に別の存在の声が聞こえた。


(どうやら無事にリーシアって女は生き返ったみたいだな。それにしても地上に戻った途端、攻撃されるなんて思いもしなかったぞ。とっさにオーラを飛ばして攻撃をつぶさなかったら終わりだった。危なかった。せっかく苦労して地上に戻って来たのに、数秒で出戻りなんて笑えない冗談は勘弁してほしいぜ)



「まだ力を隠しグァァァァァッ!」


 憤怒が何かを言おうと声を出している最中、ヒロだったが虚な瞳で憤怒を見た時、憤怒の左腕が切り飛ばされる。



(うるさいな、オレがヒロと話しているんだから、坊やは少し黙っていろよ。しかしなんだ? 心の声で会話はできるけど、なんか声に出すと意味不明な言葉になっているな?)


(原因はわからないが、ずっとこのままだとすると困るな……)


(まあ、その辺はあとで考えるとしようぜ。とりあえず。オレのオーラでヒロの体を回復する)


 エルビスの声がヒロの頭の中で響き渡ると、いままで感じたことがない力の奔流が体から湧き出し、体を包み込んでいた。

 


「キ、キサマ……何を、いま……何をした!」



 左腕に走る痛みから、初めて自分が攻撃されていることに気がついた憤怒が、痛みが走った左腕を見ると……肘から先がなくなっていた。その切断面は恐ろしくなめらかで、いかなる鋭利な刃で切り裂いたとしても再現不可能な切断面であった。



「繧ェ繝シ繝ゥ繧帝」帙�縺励※蛻�妙縺励◆縺縺代□縺橸シ溘逶ク螟峨o繧峨★譬シ荳顔嶌謇九↓繝薙ン繧狗剿縺ッ螟峨o繧峨s繧医≧縺縺ェ縲ゅ◎繧後↓縺励※繧ゅ∬ェー縺ォ蜷代°縺」縺ヲ縲弱く繧オ繝槭上↑繧薙※險闡峨r蜷舌>縺ヲ繧具シ溘蝮翫d窶ヲ窶ヲ縺励�繧峨¥莨壹o縺ェ縺�≧縺。縺ォ髫丞�縺ィ蛛峨◎縺�↑蜿」繧定◇縺上h縺�↓縺ェ縺」縺溘b繧薙□縲ら⊃蜴��荳ュ縺ァ譛謔ェ縺ィ蜻シ縺ー繧後◆繧ェ繝ャ縺ォ縺昴s縺ェ蜿」縺ョ閨槭″譁ケ繧偵☆繧九→縺ッ窶ヲ窶ヲ隕壽ぁ縺ッ縺ァ縺阪※縺�k繧薙□繧阪≧縺ェ�」

(オーラを飛ばして切断しただけだぞ? 相変わらず格上相手にビビる癖は変わらんようだな。それにしても、誰に向かって『キサマ』なんて言葉を吐いてる? 坊や……しばらく会わないうちに随分と偉そうな口を聞くようになったもんだ。災厄の中で最悪と呼ばれたオレにそんな口の聞き方をするとは……覚悟はできているんだろうな?)



「クッ! 頭が狂って、言葉すら喋れなくなったか⁈ だが無駄だ! いくら切り裂かれようが、我の触手があればいくらでも再生は……ば、ばかな! 再生が……触手が再生できん⁉︎ なぜだ!」



(飛ばしたオーラに傷の再生が不可能になる特性を持たせたからに決まってるじゃん。おまえ今までオーラが使えない相手としか戦ってこなかったな? オーラはイメージ力が全て、より強いイメージが相手のオーラを封じるなんて基本中の基本だぜ? これが災厄の末席に座る者とは……情けないにも程があるな)



 憤怒が狼狽、自分に不可解な現象を与える存在に再び顔を向けた時、憤怒の心にある感情が芽生えていた。



「ヒィッ! な、な、なんだお前は……なんなんだこれは……なぜ我の体が震えているのだ! お、お前は、い、い、い、一体……だれだ⁈」



 憤怒とヒロだったの視線が合わさった時、デバッガーとして生み出された存在である憤怒は、体の震えが止まらなくなり、知らず識らずの内に本能が勝手に足を動かし後ずさりを始めていた。

 

 それは憤怒にとって久方ぶりに感じた感情であり、デバッガーである憤怒が人に対して抱くなどありえない感情……すなわち恐怖だった。




(ようやくオレの存在に気づいたか? いや……本能が無意識の内にオレと言う存在を感じ取って恐怖したみたいだな。とりあえず狼狽えてる間に、この拘束を外しとくか)



 するとヒロだったを拘束していた触手が、内側から放たれたオーラでズタズタに引き裂かれ、ボトボトと地面に落ちて消滅していく。


 拘束から解放されたそれは、虚な瞳で憤怒を見ながら幽鬼のようにゆっくりと立ち上がった。

 体中にダメージを受け、まともに立ち上がれないほど傷を負ったヒロの体を、エルビスがオーラで支え無理やりに立たせる。



(結構体がボロボロにされているな。回復に時間が掛かりそうだ……もうちょい坊やをビビらせて、時間を稼いどくか)


(どうするつもりだ?)


(な〜に、坊やは昔からオレに頭が上がらないからな、オレという存在がいきなり目の前に現れたら、さぞパニックになって、狼狽えるだろうよ)


(あの憤怒がか? にわかに信じられないが……)


(ああ、なんせ厄介者と自分たちの手でオレを封印して喜んでいた奴らだからな。オレが復活したことを知れば、絶対にションベンチビってビビりまくるはずだ)


(憤怒がチビるってそんな……それに言葉がまともに喋れないのに、どうやって憤怒にお前の存在を伝えるんだ?)


(ああ、その辺なら大丈夫だ。まあ見てろって、アイツの狼狽えようをさ)



 ボロボロの体で立ち上がったヒロだったを見て、知らずのうちに体を震わせながら後退あとずさる憤怒……だが仮にも災厄と呼ばれた自分が。たかが人に恐怖するなどありえないと自らを責め、踏み止まらせる。



「我が、たかが人如きに恐怖するなどあってたまるか!」



 大声をあげて心の中で感じた恐怖を振り払った憤怒が、右手を頭上に掲げる。すると無数の触手が再び手のひらから出現し、再びハルバードの姿を形作っていた。


 重量級の武器を右手一本で軽々と振り、肩に担ぐ憤怒が前に足を踏み出す。

 

 全身の震えは止まり、さっきまで感じていた不快な感情はすでになくなっていた。


 災厄の中において怒りを司る憤怒は、心から湧き立つ怒りと、憤怒の紋章から滲み出る黒く凶々しいしいオーラを武器に込めながら、ヒロだったに一撃を見舞おうと前へと歩み出る。


 ハルバードの長い攻撃範囲を活かし、柄の部分を片手で掴んだ憤怒は、自分の攻撃の間合いにヒロだったが入るなり、横なぎに武器を振るう。



「滅べ!」



 凶々しいオーラをまとったハルバードの重い一撃がヒロだったに襲い掛かった……だが!



「繧ェ繝ャ縺ォ縺昴s縺ェ謾サ謦�′騾夂畑縺吶k縺ィ諤シ」

(オレにそんな攻撃が通用すると思うなよ?)



 攻撃のタイミングを冷静に計り、横から迫るハルバードの一撃をエルビスは上に飛んで避ける。



「愚か者よ、滅び去るがいい!」



 してやったりと憤怒が口元を吊り上げると……次の瞬間、地面から無数の触手が生え出し、空中に逃げたヒロだったに向かって殺到した。


 すでに空中にその身を置くエルビスには、攻撃を回避する術がなく……憤怒は勝利を確信する。



「繧ェ繝ャ縺ォ縺昴s縺ェ謾サ謦�′騾夂畑縺吶k縺繧茨シ」

(そんな甘い攻撃を、オレが見逃しとでも思ったか?)


「な、なんだと」



 殺到する触手一本一本に、黒いオーラをまとわせた必勝の一撃を、エルビスは腕の一振りから放たれた黒いオーラの一撃で全てを切り払ってしまう。



(坊やの攻撃なんて、全てお見通しなんだよ。おれの【魔眼ラプラス】に見えない未来なんかないんだからな。ほれっ、お返しだ)



 空中で身を翻したエルビスが、再び憤怒に向かって手刀を

打ち下ろすと黒いオーラが憤怒に向かって放たれる。



「その程度の攻撃!」



 息を止めて絶対防御スキルを発動する憤怒……だがエルビスの攻撃は狙いが逸れ、憤怒の顔を掠めながら背後の地面を切り裂くだけで終わると、そのままエルビスが地面に着地した。

 


「フッハッハッハッハッ! どうやら狙いが逸れたようだな? まあ当たったとしても、我が絶対防御スキルには傷ひとつ付けられはしな……」


 言葉途中で、急に感じた頬に熱さに憤怒が無意識に右手で触り、手に付いたものを見ると……。



「ち、血だと⁈ バカな! 我の絶対防御スキルを貫いたというのか⁈」



 指で拭った頬から再び血が滲み出し、やがて頬を伝って大地にポタポタと流れ落ちていく。



「それになぜだ、なぜ攻撃が来ることが分かった⁈ 気づかれぬよう地中に触手を配していたのに……⁈」



 疑問を口にし、目の前にいるに顔を向けた時、憤怒はその瞳に映る奇妙な紋章を見て、目を見開いた。



「……お、お、お、おま……そ、そ、その目は……まさか、まさかお前は……あ、ありえない、絶対にありえない! 奴の魂は二度とバックアップも復活もできないSフィールドに封印されたはず……あそこから自力で脱するなど絶対に不可能だ」



 体中の触手がザワザワと蠢き、目の前のいるを必死に否定しようするが……心の奥底に眠る記憶がそれを許さなかった。


 撃ち放たれたオーラの残滓と瞳に宿る紋章を見た時、憤怒の中に眠っていたある記憶が甦り、心の中で恐怖が膨れ上がる。

 

 それはかつて神に作られし災厄たちの中において、災厄の中の最悪……序列一位、真なる絶望と謳われた者のオーラに相違ないからだった。



(なんだ? ようやく分かったのか? 自分が一体誰を相手にしているのかを……おっそ! オレのオーラを見たときにすぐに気がつけよ。まあ、気づいたとこで残念ながらお前の抹消デリートは確定しているんだけどな。坊や……オレを裏切った代償はデカイぞ?)



 憤怒の狼狽え振りに、虚な瞳のまま口元を吊り上げて笑うヒロだった……その顔を見た憤怒が恐怖で顔を引き吊らせ、後退あとずさり、その場から逃げ出そうとしていた。

 


「う……う、うそ。嘘だ……嘘だ、嘘だ! 嘘だぁぁっ!」



 目の前にいるを認められず、大声を上げた憤怒が、突如後ろを向いて逃げ出そうとする……だが、あまりの狼狽えっぷりに足が絡まり、憤怒は突っ伏して仰向けに倒れ込んでしまった。



(これが憤怒なのか? この怯え方、普通じゃないぞ?)


(ん〜、昔からコイツが舐めた口を聞く度に、オレが半殺しにして泣きが入るまで土下座させたからな……そのせいかな?)


(……憤怒が土下座⁈)


(そそ、コイツヘタレのビビりだからさ、いつも最後は泣いて土下座からの命乞いがパターンだったな)


 シミジミと語るエルビスの話をヒロが半信半疑で聞いていると、倒れた憤怒が少しでもエルビスから逃げ出そうと仰向けのまま後退っていた。

 


「やめろ、来るな、来るなあ! 来ないでくれぇぇっ!」


 

 憤怒の絶叫が戦場に響き渡るのであった。



〈真の絶望を前にして、憤怒の足元の地面が……なぜか湿っていた!〉

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