第182話 希望 vs 憤怒 お仕置きの時間
【一部システムからの未送信データを確認。システムへの応答命令を送信……エラー! 送信内容が送れません。システムからの定期信号が途絶えたことから、通信プロトコルに何らかの異常が発生している可能性あり】
ヒロとエルビスがいたメインシステム内の部屋の中……メインシステムをハックするために、ヒロが使っていた異世界パソコンのモニター画面に次々と文字が表示されていく。
【通信経路修復のため……緊急用通信経路の解放を実行します……成功。別ルートより、システムとの通信アクセス復帰を確認。システム内データチェックを開始します……通信プロトコルのデータ消失を確認。バックアップによる通信プロトコルの再インストールを実行します……終了。システムの再起動を実行します】
誰もいない部屋の中で、机に置かれたキーボードとマウスがひとりでに動き出し、モニターの画面に次々と文字が表示されていく。画面が一瞬、真っ暗になると林檎と旗のイラストが合わさったマークが表示され異世界OSが立ち上がる。
【……システムの再起動完了。続いて通信経路の復旧も確認。システム内のスキャンチェックを開始します……異常なし。システム内での最終作業内容を確認します……データ書き込み中にエラーの発生を確認。対象者、
誰もいなくなった部屋の中で、復元までの残り時間のカウントがモニター画面に表示されるのであった。
…………
「やめろ、来るな、来るなあ! 来ないでくれぇぇっ!」
アルムの町の手前に広がる広大な草原の大地で、憤怒の絶叫が響き渡った。
草原で尻餅をつき、ヒロだった
憤怒の顔は恐怖に引き吊り、半狂乱な表情を浮かべながら必死に逃げようとしていた。
(情っさけねえな。これが序列最下位とはいえ、災厄と呼ばれる存在とはね)
(いや……何をどうすれば、あの憤怒がここまで恐怖するんだ? おまえどんだけイジメたんだよ……)
地面を湿らせて必死に逃げようとする憤怒の豹変っぷりに、ヒロは哀れみすら感じながらエルビスに問う。
(イジメとは人聞きが悪いな? 別にイジメてた訳じゃないぜ。坊やがオレにタメ口聞いた時は、泣くまでぶっ叩いたり……生意気な口を聞いた時は、泣きの土下座が入るまでぶん殴ったりしたぐらいだぞ?)
(いや……それをイジメって言うんじゃないのか?)
(ん〜、だけど適度に締めておかないと、他の災厄と一緒になって反抗的な態度を取るからさ)
(他の災厄?)
(そそ、憤怒の坊やの他にも、傲慢、嫉妬、暴食、怠惰、強欲、色欲と災厄はあと六ついるんだよ)
(憤怒のような存在がまだ他にも?)
(どいつもこいつも癖が強くてな……オレが締めないと何しでかすか分かったもんじゃない。前に強欲の奴が暴食の飯を横取りした時なんか、兄弟喧嘩の余波でガイヤの大地が一部消し飛んだからな)
(そ、そんな下らない理由で……大地が消し飛んだ?)
(だから、オレが適度に締めて
(とりあえずサクッと倒しちゃうか? ヒロの体も回復してきたけど、まだ立つのがやっとな感じだし)
(本当にいいのか? おまえの兄弟なんだろ)
(言っただろう? 兄弟みたいなものであって形式上の話なだけだ。それにコイツらはオレを裏切ってくれたからな……憎しみこそあれ、愛情なんてこれっぽっちも湧かないさ。それに倒したとこでバックアップされている以上、そのうち
(復元?)
(ああ、オレたちの魂はメインシステム内にバックアップされていて、いくら死のうが魂と肉体は一定時間が経過すれば、勝手に復元されるのさ)
(それじゃあ、お前たち災厄は本当の意味では倒せないのか?)
(だな。だからコイツらは、目の上のタンコブだったオレの魂をS領域に封印しやがった。殺しても復元できないようにな)
(S領域からは復元ができない?)
(そそ、あそこはガイヤから切り離された世界だからな。外部からの助けがなければ、自力でS領域からは抜け出せなくてさ……もう永遠にこのままなのかと絶望して、ふて寝してた)
(人に永遠の苦しみを与え続ける、最悪の絶望であるおまえが絶望するって……)
(絶望が絶望するって……なにそれ、プッ! ウケる〜w。いやー、たまにS領域に偶然迷い込む奴がいるけど、大抵すぐにS領域との接続が切れていなくなっちゃうからさ……ヒロと出会った時も何も期待してなかったんだけど、おかげでヒロの魂に引っ付いて地上世界に戻って来れたぜ。サンキュー♪ というわけでサクッと憤怒の坊やを
(……それはいいが、今の話だと憤怒を倒しても、また復元するんだろう?)
(まあな、どのくらいで復元するかは分からないが、いつかはな。どうやってもバックアップがある限り、オレたちは本当の意味で死ねことはないのさ。だからトラウマになるまで躾ける必要あったわけ。さあ、数万年ぶりのお仕置きタイムだ。あれだけ可愛がってやったのによくも裏切ってくれたもんだ。二度とふざけたことが出来ないように……)
「譛ャ蠖薙�諱先悶r蛻サ縺ソ霎シ繧薙〒繧�k」
(本当の恐怖を刻み込んでやる)
言葉が意味を成していなかったが、殺意を込めた低く冷徹な印象の声を憤怒が耳にすると、顔面を蒼白にして震え出した。
「ひぃぃぃ、ゆ、許してくれ。我は
(ふ〜ん。傲慢に唆されたね……その傲慢と『お前さえいなければ、我は自由だ!』って、スカッとした顔でオレを封印してくれた奴がよく言うな)
エルビスの冷たい呟きがヒロの頭の中で聞こえた時、ヒロだった
そのオーラを見た憤怒の顔が真っ青に染まると、体を小刻みに震わせ怯え始めた。
「縺輔≠縲√♀莉慕スョ縺阪�譎る俣縺」
(さあ、お仕置きの時間だ)
意味をなさない冷徹な言葉が憤怒の耳に届いたとき、尻餅をつきながら後ずさっていた憤怒が、突如『ガバッ』と立ち上がった。
(エルビス!)
(平気、平気♪)
ノーモーションからの突然の反撃にヒロが警戒を促すが、【魔眼ラプラス】で憤怒の動きを視ていたエルビスは、慌てることもなく手刀を振り上げたまま憤怒を静観していた。
急に立ち上がった憤怒の姿に、そのまま襲い掛かってくるのかと心の中で身構えるヒロだったが、それは杞憂に終わった。
立ち上がった憤怒は、その場から一歩も足を動くことなく、そのまま足を折り曲げて座わり直すと……その場にうずくまってしまった。
(え?……)
その憤怒の姿を見たヒロは何かを感じる……それはヒロがその道に精通した
手を前に投げ出し、額を地面に擦り付ける憤怒の姿は……どこからどう見ても『土下座』以外の何ものでもなかった。
「頼む、許してくれ! アンタに逆らう気はないんだ。許してくれるなら何でもする。そうだ、なんならアンタをハメた傲慢の奴を、逆に封印する手伝いだってやって見せる。なっ? アンタにとっても悪い話じゃないはずだ。いくらアンタでも、残りの災厄全てを敵に回して勝てるとは思ってないだろう?」
「……」
沈黙が辺りを支配する中、顔を伏せ土下座する憤怒の口元が僅かに上がる。
「……」
「そうだ。我ら二人が手を組めば、他の災厄を出し抜くなんて安易なことだ。アンタが復活して我と手を組んでいるなんて他の奴らには想像もつかないはずだ。我と組めば絶対に上手くいく。だから許してくれ!」
「……」
必死に懇願する憤怒の姿を見たヒロだった
顔を伏せたまま土下座の姿勢を崩さない憤怒はそのじつ、隠された本心を顔に浮かべて
長年一緒に暮らした家族だからこそ分かる弱点……自分の【絶対防御】が息を止めてなければ発動しないように、エルビスの【魔眼ラプラス】にも弱点があることを憤怒は熟知していた。
全てを見通す【魔眼ラプラス】の弱点……それは目に写るものだけしか未来が見えない点だった。
無敵に思える力だとしても弱点は存在する。憤怒は、そう傲慢からエルビスの弱点を聞かされていた。
そして何だかんだ言いつつも甘い性格のエルビスなら、泣いて土下座すれば情に流されて油断を誘えることも……。
(クックックッ、相変わらずアンタが甘ちゃんで助かったよ。アンタとまともに戦って我が勝てるとは思わん。だが……その仮初めの肉体なら、我のオーラを込めた一撃さえ当たれば倒せるはずだ。本来の肉体をガイヤに封印されている以上、バックアップから復活もできまい)
憤怒がエルビスに悟られぬよう、黒いオーラを静かに少しずつ右腕の触手に溜めていく。
(我はもうお前が知る数万年前の我ではない。お前に怯えて震えていた弱い存在ではないのだ。我は憤怒、怒りを司る災厄のひとつ。すでにお前を超えた存在なのだ)
ヒロだった
いま顔を上げて攻撃すれば、確実に自分の方が先に当たる。先に攻撃を当てさえすれば勝敗が決まる状況で、背を向けた状態から背後への攻撃はワンテンポ遅れる分、アドバンテージは憤怒にある。
(いいぞ、漏らしたフリをしてまで演技をした甲斐があった。こんなことでアンタを倒せるなら安いものだ。序列一位、災厄の中の最悪……
心の中で腹を決めた憤怒が溜めに溜めたオーラを一気に解放すると、『ガバッ!』と体の状態をお越し右手を勢いよく突き出した。腕を形作っていた触手が背を向けて歩くヒロだった
砲弾のように凶悪な触手の塊が撃ち出されると、ヒロだった
自分のオーラではエルビスのオーラに防がれると察した憤怒は、多少威力が低下しようとも点から面の攻撃に切り替えることで、オーラの覆われていない箇所に攻撃を当てようと画策した。
数本の触手は防がれても、体のどこかに当たりさえすれば脆弱な人の体など容易く破壊できる……その考えは功を奏した。
ヒロだった
数本の触手は打ち落とされたが全てを捌き切れず、打ち漏らし触手が散弾と化して撃ち込まれると体を突き抜けていく。
「我の勝ちだぁぁ!」
勝利を確信し勝鬨を上げた憤怒が、悔しがるエルビスを見てやろうと崩れ落ちるヒロだった
「なんだと⁈」
それはおよそ人の者とは思えない顔と表情を浮かべ、それを見た憤怒の思考は一瞬停止してしまう。
ヒロだった
「縺昴l縺ッ繝�さ繧、縺縲ゅ�縲懊°�」
(それはデコイだ。ば〜か!)
「なっ⁈ ギャァァァァァァァッ!」
憤怒は突然、真横から聞こえた意味をなさない冷徹な声を耳にした瞬間、悲鳴を上げなから凄まじい剣幕で地べたをのたうつ。左足の膝から下をなくした憤怒が傷口を押さえながらゴロゴロと転げ回っていた。傷が再生しないばかりか、傷口が少しずつ削り取られる信じ難い痛みを憤怒に与え続けていた。
「莠悟コヲ逶ョ縺ョ陬丞�繧翫°窶ヲ窶ヲ縺吶$縺ォ縺ッ谿コ縺輔↑縺�よ怙鬮倥�闍ヲ逞帙r蜻ウ蜷医o縺帙◆荳翫〒縲∵ョコ縺励※縺上l縺ィ諛�。倥☆繧九∪縺ァ蟆代@縺壹▽蛻�j蛻サ繧薙〒繧�k�」
(二度目の裏切りか……すぐには殺さない。最高の苦痛を味合わせた上で、殺してくれと懇願するまで少しずつ切り刻んでやる!)
「そんな……グアァァァ! やめてくれ、いやだ、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
これから自分の身に起こることを想像した時……憤怒の心を絶望の闇が包み込むのだった。
〈真の絶望を前に……草原に小さな水溜りが出来ていた!〉
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