第180話 希望の真意と勇者の帰還

 一瞬の浮遊感……ブラックアウトした視界の中で、ヒロの意識は引っ張られ、上下が逆さまになる感覚を覚えていた。

 狂わされた平衡感覚が元に戻った時、ヒロの目の前に地平線の果てまで何もない、真っ白な空と真っ黒な大地が広がっていた。

 

 そこは災厄の希望、エルビスと初めて出会った場所に相違なかった。そしてヒロがそこに存在するということは、無事にメインシステムから逃げ出せたことを物語っていた。



「ふう〜、上手くメインシステムから見つからずに戻って来れたようだな」


「おう、オレに掛かれば、このくらいお茶の子さいさいだ」



 ヒロの頭の上で、白黒入り混じるマダラ模様のカラスが、『エッヘン』と腰に手を当てながら胸を張っていた。

  


「エルビス……とりあえず、頭から降りてくれ。話しづらい」


「おっと!」



 頭の上に立つ手乗り文鳥サイズのカラスを、ヒロが頭を前後に動かし振り落とそうとしたが、エルビスはそんな動きを事前に察知して、ヒョイっと頭から飛び立っていた。



「ヒロの頭の上は、なかなか居心地が良いんだけとな……仕方ない。話をするならこっちの方が話しやすいかな? あらよっと!」



 すると空を飛ぶエルビスが、空中で縦に円を描きながら宙返りを決め、その体を人間大にまで巨大化すると、ヒロの目の前にドンと音を立てながら着地していた。



「ふ〜、ヒロ、とりあえず書き換えは上手くいったようだな?」


「ああ、お前の協力のおかげでリーシアの死の記述は書き換えられたはずだ。礼を言う。ありがとう」


「フッフッフッフッ、そうだろう。オレに感謝しろよって言いたいとこだが、オレもお前のおかげで得るものがあったからな、こちらこそ礼を言おう。サンキュー!」


 両翼を広げ、無邪気な笑みを浮かべながらエルビスが軽いノリでヒロに礼を述べ返すと、それを見たヒロの顔は逆に曇っていた。


「得るもの? 僕とメインシステム内ではぐれた時、何かしたのか?」


「まあな……メインシステムに入り込むなんて普通できないからな。オレが何をしていたか……気になるか?」



 無邪気に喜んでいたエルビスの表情は一変し、邪悪な笑みを浮かべていた。同じ笑みのはずだが性質の違う表情にヒロは警戒する。やはりコイツは得体が知れないと……。



「……お前が何をしていたかは詮索しない。知りたいとも思わない。リーシアの死を回避できたのだから、それだけで、十分だ」


「好奇心は災いの元か……ヒロ、お前は実に面白い存在だな。災厄であるオレと接して恐怖するどころか、リスクとリターンを見極めてこのオレをすら利用しようとする豪胆さ……いや計算高さか? どちらにしても普通じゃないのは確かだ。このまま憤怒の坊やに殺されるには惜しい存在と思えるほどにはな」


「それはお褒めもらっていると思っていいのか?」



 さっきまでの陽気なカラスとは打って変わって、冷酷な物言いと、冷めた目をするエルビス……それを見たヒロは無意識の内に、目の前にいる得体の知れない者に警戒し、身構えていた。



「そう身構えるなよ。オレが利用するくらいの価値はあると言っているんだ」


「じゃあ、お前の役には立ったと言うことで、ここらでサヨナラさせてもらおう。リーシアが生き返ったのなら、もうここにいる意味はないし、憤怒と決着けりをつけなくちゃならないんでな」


「憤怒の坊やか……だが地上に戻ったとこで、どうやって戦うつもりなんだ?」


「……」


「お前と魂をつなげた時に憤怒の坊やとの戦いの記憶を見たが、お前の体はもうボロボロだろ?」



 憤怒との戦いの最中、ヒロは全身を触手に拘束され囚われている事を思い出すと苦い表情を浮かべていた。



「それは……」


「少なくとも左腕は使い物にならないし、全身にダメージを受けてまともに体を動かせない。オマケに触手で全身を拘束され抜け出せてもいない状況だ。対して憤怒の坊やは、力を削られたとはいえ、まだまだ健在……とてもお前に勝ち目があるとは思えんな」


「……」



 口を閉ざし、沈黙するヒロを見たエルビスの頬が吊り上がる。



「そこで提案だ」


「提案?」


「そう。満足に体が動かせない今のお前では、どうやったって憤怒の坊やには勝てないだろう? だからオレが力を貸してやる」


「……にわかに信じる事はできないな。憤怒はお前の弟みたいな存在じゃなかったのか?」



 ヒロはエルビスと出会った時の会話を思い出していた。

 

 『憤怒を知っているのか?』と言う質問に、エルビスは人で言う兄弟みたいな関係だという答えを聞き、ヒロは疑問を抱いていた。


 家族……それはたとえ何があろうと、切っては切れない絆で結ばれた存在にヒロは警戒する。


「まあ同じ神に作られて、あいつらの面倒を見せられたってだけの関係だから、厳密には本当の弟ってわけじゃないのさ。それに……あいつはオレを裏切りやがったからな、恨みこそあれ、愛情なんてこれっぽっちも持ち合わせていない」


「憤怒が裏切り?」


「そうだ。坊やだけじゃないがな……ヒロ、正直に話そう。おれはかつて、ある女の願いのためにガイヤを共に旅し、他の兄弟の裏切りによって道半ばにして敗れた」


 

 エルビスが一瞬だけ寂しげな表情を浮かべたのをヒロは見逃さなかった。



「その人は……」


「死んだよ。オレが庇ってな。笑っちまうだろ? ただの人が災厄と呼ばれたオレを庇うなんて……バカな女だよ。泣き虫のクセに笑いながら死にやがった」


「……」


「まあそんな訳で、オレは裏切った兄弟にお礼をしなきゃ気が済まないのさ。だがオレの魂は、このS領域に囚われてしまい、何もできないまま数万年もここに封印されてちまった。このまま世界の終わりまで、退屈な時を過ごすしかないのかと諦め掛けていた所へヒロ……お前が現れた!」


「じゃあ、お前の目的は……」


「察しの通り、オレをS領域に封じ込めた兄弟たちへの復讐と、一緒に旅した女のちっぽけな願いを叶えるために、地上へ戻りたいのさ」



 その言葉とエルビスの真剣な目を見て、ヒロは警戒を無意識のうちに緩めていた。



「願いを叶える? それはどんな願いなんだ?」


「今はまだ言えない……約束だからな。だが、その願いは人にとって悪い事でないのだけは確かだ。底抜けのお人好しの願いだからな安心しな!」



 エルビスの嬉しそうな顔を見たヒロは、エルビスの心に嘘がない事を悟る。数多のゲームをクリアーしてきたゲーマーだからこそ、少ない情報と心の機微から、話に偽りがないと判断を下した。

 

 

「いいだろう。エルビス……お前の提案を受け入れよう」


「よし。契約成立だ。そんな訳で……この堅苦しい喋り方はおしまい! ふう〜、数万年ぶりのマジ口調は疲れるわ〜。やっぱり。こっちの砕けた喋りの方が楽チンだ!」



 さっき迄のシリアスな雰囲気はどこ吹く風……凄まじく軽い空気が流れ始める。



「どうしたヒロ?」


「いや……急に切り替わった空気に頭がついていけなくてな……よし! 話を戻そう。お前の力を借りるにしても具体的にはどうするつもりだ? 僕の体は憤怒の触手に囚われて満身創痍、まともに戦える状態でないはずだが……」


「それについては考えがある。いまオレとお前の魂はつながった状態にあるから、このまま地上に戻れば、お前の魂に引っ張られてオレの魂も連れていかれるはずだ」


「僕と一緒に?」


「そ! ヒロの体に、オレの魂が同居する形になるな」


「それって……大丈夫なのか?」


「んん? ……ああっ!」



 ヒロがエルビスの話に不安を抱き聞き返すと、エルビスは何かに気がつき、翼で拳を作ると『ポン』と胸の前で叩いて見せた。



「そうか……ヒロ、オレには分かっているから安心しな。オレは人のプライベートを詮索したりはしないから、安心して変態行為をしてもらって構わないぞ? これでも人に理解はある方だぞ。なんなら一時的に目と耳を塞いで、見ないフリもできるからさ! ヒロは夜がお盛んなタイプか? いやはや、人は見かけによらないなあ……」


「ちげー! そんなこと誰も心配してないし! あとフリってなんだよ! フリって! それ見てるし聞いてるだろうが! 僕が言いたいのは、自分の体に魂がふたつも入って、大丈夫なのかって心配だよ!」


「え? なんだそっちの心配か? オレは一人でする姿を見られて恥ずかしいからなのだと……メンゴ、メンゴ〜♪」



 ヤレヤレと手を上げてジェスチャーして軽いノリで謝るエルビスに、ヒロは頭痛を感じてコメカミを抑えていた。



「まあ、その心配なら大丈夫だろう。ヒロの魂は、このS領域に来たことで拡張がなされ、魂のキャパが増えているからな。ひとつの体に二つの魂が混在しても、問題は起こらないはずだ。あとは憤怒の坊やをどうするかだが……そこはオレに策がある」


「策? ロクでもない策じゃないだろうな?」


「そう警戒するなよ〜。オレとお前は、同じ体を共有する運命共同体になるんだからさ。お前が死んだら、オレはまたこのS領域に逆戻りだ。つまり、オレの目的が達成されるまでの間にヒロに死なれたら困るって事!」


「……具体的に、何をするつもりだ?」


「話が分かるね! そう言うとこがオレは好きだぜ」


「おべっかはいいから……早く策とやらを教えてくれ」


「フッフッフッ、まあ策と言っても簡単なことさ……オレがオーラを使ってヒロに助力してやる」


「オーラで僕を?」


 その言葉にヒロは、憤怒が戦いの中で使っていた黒いオーラなことを思い出していた。


「そう。オレの魂さえあれば、ヒロの体をオーラで動かすなんて造作もないからな。体が動かなくても、オーラで体を補強して、外から無理やり体を動かせばいいし」


「それって……僕の体はどうなるんだ? 憤怒に勝ったとしても、戦い終わって再起不能になんかならないよな?」


「ん〜、一応、戦いながらオーラで回復もしておくから……大丈夫だろ」


 『平気、平気』と、あっけらかんと言い放つエルビスに、ヒロの顔が曇る!


「大丈夫なのか? 憤怒に勝っても……死んでました! なんてオチはゴメンだぞ? そもそもオーラってヤツで、本当に回復ができるのか?」


「オーラは心のイメージを具現化したものだからな。特性を与えれば、いろんな事ができるようになるのさ」


「オーラか……それは僕にも使えるのか?」


「ん〜、どうだろう?……オーラを使うには、人じゃイメージ力が足りないかも?」


「イメージ力?」


「そそ、ガイヤの世界では、心に描くイメージが力を持つんだ。だけど……生半可なイメージじゃ、現実世界に影響を与える事なんか不可能なのさ。それこそ頭の中で、現実と変わらないくらいの強い思いが必要なんだけど……人の身で、そこまでの力を持った奴なんて、見たことも聞いたこともない」


「それじゃ、やはり使えないか?」


「世界に影響を与えるくらいの強いイメージがあれば、使えるだろうけど……人じゃ難しいかな?」


「そうか……残念だ」


「まあ、ヒロがオーラを使えなくても、代わりにオレが使えば良いんだからさ! それに憤怒の坊やごときに、オレがおくれをとるなんてあり得ない話だから、オレに任せておけよ♪」



 ドンと胸を翼で叩くエルビスの顔は、自信満々だった。



「憤怒は強敵だぞ? あの無限に湧く触手と絶対防御スキル、それに他人に乗り移る能力に手を焼いている」


「ん〜、まあ人からしたら強敵なのか? まあ見ておけよ。憤怒の坊やを倒す程度、朝メシ前だからさ」


「話は分かったが……どうもお前の話は、信用しきれないな」


「おいおい〜、ヒロ、信用してくれよ〜。互いの魂をつなげた仲じゃ〜ん!」


 エルビスはそう言いながら飛び上がると、人間大の大きさから、再び手乗り文鳥サイズのカラスに姿を変えると、そのままヒロの頭の上へ飛び乗った。



「今までの言動を思い出してから言ってみろ! あと頭から降りろ」


「いや〜、ここの居心地がなかなか良くて、気に入ったんだよ。なんにせよ、地上に戻ったら、まずは憤怒の坊やの動きを止めて、ヒロの体をオレのオーラで回復するから……あとは臨機応変に対応ってことでヨロシク!」


 ヒロがエルビスを振り落とそうと必死に頭を振るが、ガッシリと鉤爪でヒロの髪を掴んだエルビスは、頭の上から微動だにせず不敵な笑いを浮かべていた。


「フッフッフッ、それよりもヒロ……こんな所で時間を潰していて良いのか? いくらS領域で時間の流れが地上と違うと言っても、時は着実に進んでいる。リーシアって娘をせっかく助けたのに、また殺されていたら……ここまでの苦労が水の泡にだぞ?」


「お前が余計なことをしなければ、話はスムーズだったんだがな……はあ〜」



 いくら頭を振っても降りないエルビスに、ヒロは疲れた様子でため息を吐いていた。



「行き当たりバッタリの策で不安だが、時間が惜しい。出たとこ勝負を仕掛けるしかないか……それでエルビス、地上にはどうやって戻ればいいんだ?」


「おう。地上に送り出すだけなら、オレの『シフト』でなんとかなる」


「なら、さっさとやってくれ。リーシアが生き返った以上、ここに長居する意味はないからな」


「OK! オレもこんな退屈な場所から早くオサラバしたいと思ってたとこさ。じゃあ準備はいいか? 地上に戻ったら、いきなり憤怒の坊やとの戦いだからな?」


「準備もなにも、僕は触手に囚われていて身動きすらできないんだぞ?」


「だからさ、急な痛みにショック死なんてしてくれるなよ。もうヒロとオレは一蓮托生なんだからな? 死なれちまったらオレが困るんだよ」


「なら、僕が死なないように、死ね気でバックアップしてくれ。時間が惜しい、エルビス行くぞ!」


「任せておけって。バッチリオレががサポートして憤怒の坊やをシメてやるからさ! それじゃあ、行くとしよう。さらばだ我が古巣よ! コマンド実行『シフト』!」

 


 エルビスの声と共に、再び視界がブラックアウトするヒロ……意識が何かに引っ張られ、一瞬だけ宙に浮く感覚に囚われた次の瞬間、ヒロの意識が真っ逆さまに地の底へと落下して行く感覚に囚われるのであった。



勇者ゲーマー vs 憤怒……最後の戦いが始まろうとしていた!〉

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