第176話 世界の中心で愛を叫んだゲーマー

 明るい人工の光が照らし出す部屋の中には、いくつもの机とパソコンのモニターが置かれていた。

 机はどれも同じ規格で統一されており、整然と部屋の中に並べられ、各セクション毎に分かりやすくパーティションで部屋が区切られていた。


 デスクの上にはキーボードやマウス、モニターが置かれており、二台のモニターを並べている机も少なくない。だが、机自体が広いため、モニターが置かれても机の上は広々としており、物を置いて作業しても苦にはならないはずなのだが……どの机の上も物に溢れ、山積みされた書類が崩れ散乱していた。


 モニターと机に貼られまくるメモの山……紙にはいくつものプログラムコードが殴り書きされており、中には怨念がこもったオーラを醸しだすものまであった。


 ゴミ箱から、はみ出さんとばかりにギュウギュウに詰められた栄養ドリンクの空き瓶と、缶コーヒーの空き缶が、今にも崩れ落ちそうな芸術的なバランスで積まれ、ゴミ箱の口からその姿を覗かせていた。


「こ、ここは……やっぱり僕が働いていたゲーム会社の開発ルームだよな?」


 ヒロが狐に騙されたのかと自らの頬を指でツネッて確かめていた。


「痛! この痛みと質感……夢じゃなさそうだな。そうするとココは元の世界?」


 ヒロは再びグルッと周りを見渡す。


 そこは間違いなく、元のいた世界にあった職場だった。

 全てのモニターに電源が入っており、VINDOWSやパイナップルOSが起動している。


「あのゴミ箱の惨状から、ゲームのマスターアップ直前? パソコンの電源は入っているけど人が……」


 もう一度部屋の中をヒロは見回すが、人の気配はカケラも感じられない。


「やはり、この部屋には僕しかいない? だとするとココが元の世界でないのは明白か……」


 昼夜を問わずシフト制を敷くゲーム会社において、各セクションにクリエイターが一人もいないなどと言うことは、決してありえない。


 タイトなゲーム開発は時間との真剣勝負。ゲームは一人で開発するものではなく何十人もの人がたずさわり完成する一つの芸術なのだ。

 それ故に、一つの芸術を完成させるには何年もの年月と膨大な人手を必要とし、開発現場には常に人がいるのが当たり前であった。


 ましてや『死ね!』とか、『帰りたい帰りたい帰りたい……』とか、『ア゛ェェェーーッ!!』などと、小さい声でボソボソとつぶやいたり、奇声が上がっていない開発現場なんて、ヒロにはありえない光景だった。


「そうなると……ココはメインシステムの中なのか?」


 通常のゲーム開発会社にあるまじき状況に、ヒロは瞬時にココが偽りの世界であることを見抜いていた。


「なんで元の職場が異世界で再現されているんだ?……アッ! Bダッシュ!」


 ヒロは何かに気づき、いきなりBダッシュで狭い通路を走り出していた……目標は自分が使っていた一番奥のマイデスク! 


 そして自分の机の前に辿り着いたヒロが、急ブレーキを掛け『ズザーッ』と横滑りしながら自分の席に到達するや否や、デスク上を『カッ!』と凝視した!

 

 整理された机の上には、三台のモニターとキーボードが二つ並び置かれていた。

 だが、ヒロの目はそんなものは無視して、机の上に鎮座する別のものを凝視していた。


「あ、ああ……やっと……やっと出逢えた」


 歓喜に体を震わせるヒロが、机の上に置いてあった物に手を伸ばした。


 震える両手でそれを掴むと、ヒロの指に懐かしい感触が甦る。ズッシリとした重量と質感……それは見ようによっては、一眼レフカメラと言われても違和感がない形のものだった。


「この感触……間違いなく『ゲームゴア』だ!」



 

 ゲームゴア(本体重量約470g)……それはある意味、伝説のゲーム機である。あのギガドライブを発売した株式会社SAGAが後の世に解き放った、日本初のカラー画面を搭載した携帯ゲーム機、その名は『ゲームゴア』!


 ゲームハード戦国時代、まだゲーム機といえば据え置き機しか存在せず、ゲームは家の中でプレイするのが当たり前の時代……そんな時代に、ウラコンを発売した弁天堂べんてんどうが白黒の画面を搭載した携帯ゲーム機を発売し、これが大ヒットした。


 今でこそテレビは一人一台が当たり前の時代であるが、当時はテレビなんて一家に一台が普通であり、当然家族がテレビを見ている間はゲームで遊ぶ事ができない。


 いつでも好きな時に好きなだけゲームをプレイしたい……そんな悩める子供たちの願いを叶えるため、当時ゲーム機を開発販売していた各社が知恵を絞り、夢の携帯ゲーム機開発に着手した。


 結果、開発に成功した会社が何社か現れ、携帯ゲーム機という新たなるシェア争いの戦場が誕生してしまったのである。

 

 後の世に語られる伝説の戦い……ゲーマー達はそれを第一次携帯ゲーム機戦争と呼んでいた。

 その戦いの中で主軸となった二つのゲーム機こそ、このSAGAのゲームゴアと弁天堂のゲームガールだったのだ。


 先行で発売されたモノクロ画面採用のゲームガールに対し、ゲームゴアは美麗なカラー画面を採用し後から発売された。


 モノクロ画面による低価格化とシンプルな作りで、他社に先駆けていち早く発売に漕ぎ着けたゲームガール……その後、ライバル機を追い掛けるようにカラー画面搭載のゲームゴアが鳴り物入りで発売されたのだ。


 モノクロ画面とカラー画面、どちらがいいかなんて聞くまでもなかった……当時ゲームガールが12800円で発売され、対するゲームゴアはカラー画面で19800円。多少の価格差はあるものの、発売当時は誰もが美しいカラー画面を採用したゲームゴアが覇権を握ると信じて止まなかった。


 そう、電池の持ち時間さえなんとかなればの話だった……実は当時の携帯ゲーム機は、現代のように充電バッテリー技術がまだ普及しておらず、もっぱら乾電池が主流だった。


 単三電池四本で三十五時間遊べるゲームガールに対して、単三アルカリ電池六本で約三時間遊べるゲームギア……美しさにこだわったカラー画面が仇となり、先行して発売したゲームガールに大きく水を開けられる事になる。


 当然、充電用電池なんてものもあったが、少し高額な時代だった。もちろんAC電源をつなげば電池を気にせず遊ぶ事はできたが……携帯ゲーム機の特徴である、どこにでも持ち運んで遊べる利点はなくなってしまう。


 電池を買うコストパフォーマンスを考え結果、弁天堂は小中学生の少ないお小遣いでも、できるだけ長く遊べるモノクロ画面を……SAGAは電池代など気にしない財力がある社会人や大学生向けのカラー画面で勝負を賭けたのである。


 が……やはり電池の消耗によるコストパフォーマンスの悪さが勝負の分かれ目となり、ゲームゴアは発売後、販売台数で伸び悩んだ。


 当然ハードが売れなければ参入するゲームソフト会社も少なくなり……発売されたソフトは、わずか186タイトルと少ないものになってしまった。


 結果は……ゲームガールが勝利しゲームゴアの惨敗で戦いの幕は降りた。

 

 決してゲームゴアが売れなかったわけではなかった。

全世界1000万台販売したゲームゴア……普通なら大ヒットの台数なのである。


 敗因を挙げるとすれば……相手が悪かったとしか言いようがなかった。ゲームガールの全世界販売台数は一億台……シンプルイズベストが世界を席巻したのである。


『時代が早すぎた』、当時の戦争を知る猛者たちは、誰もが過去を振り返るとそのフレーズを口にする。

 

 まだゲームは子供のオモチャの感覚が抜けず、社会人や学生がゲームを興じるのに抵抗がある時代も敗因に挙げられた。


 ゲームに興味がない人たちにゲームゴアを購入してもらうため、ブラウン管テレビしかない時代に、オプションとしてテレビチューナーパック(重量約160g)も発売した。


 安価な携帯用テレビとして利用してもらったり……ビデオ入力端子つなげる事で、ビデオカメラなどの画像をゲームゴアで映し出す簡易モニターとして利用ができた。


 専用カーアンテナとシガーソケット電源ケーブルを購入すれば、安価な車載用テレビとして使えるようにもした。


 画面が小さ過ぎて見え難いと言う人あらば、専用の拡大鏡(重量約160g)をオプションで発売し、大画面で見やすいゲーム機に生まれ変わらせた。


 電池の消耗問題は、当時最新技術だった充電バッテリーをオプションとして発売し、ある程度問題も解決した。(2.5時間でフル充電、プレイ時間約三時間、重量約300g)


 あえて問題点を上げるとすれば、全てを揃えて合体させた時の形が一眼レフカメラにソックリで、デカイ過ぎる点と、携帯ゲーム機なのに総重量が1kgを超えてしまった事くらいである。


 有名なギガドラタワーの前身、通称『一眼レフカメラ』! 発売された時代が早過ぎた不運な携帯ゲーム機……それが『ゲームゴア』だ!




「ああゝ、この腕にズッシリくる重量……そしてこの持ち心地……間違いなく僕のゲームゴアだ!」


 ヒロはたまらずゲームゴアを自らの顔に当て、頬ずりしながらウットリとした目をしていた。そしておもむろに顔からゲーム機を離すと、震える手で総重量1kgを超えるゲームゴアの電源スイッチをオンにする。


「SA〜GA〜♪」


「うおおおぉぉぉぉぉっ!」


 液晶画面に映し出されたSAGAの文字と起動音に、ヒロは思わず大声を上げてしまった。

 

「なんだ! なんのソフトが挿さっているんだ!」


 画面を凝視するヒロ……すると画面を高速で走る青いハリネズミが表示されそれを見た瞬間……一条の涙がヒロの頬を伝い地面へと落ちると絶叫が上がった。


「ゾニッグだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 画面には『ゾニッグ&デイルズ』のタイトルが表示され、青いハリネズミの主人公ゾニックとオレンジ狐のデイルズが仲良く表示されていた。


 迷わずスタートボタンをヒロは押す。


「やった! やった! やった! ゲームだ! ゲームだ! ゲームだ! げーむだたかあらあらなたらあ!」


 もはや嬉しさのあまり、ヒロは言葉すらまともに喋れなくなっていた。

 だがそんな事はお構いなしに、その指は十字キーとボタンを操作する。


 そしてキャラ選択画面でキャラを素早く選択すると、画面の中に青いハリネズミ、ゾニッグが表示された。

 恐るおそる右に十字キーを押し込むヒロ……すると画面に表示されたゾニッグがヒロの動きに連動して動き出す。


「ウグッ……」


 ゲーム画面を見たヒロの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちると、そっとゲームゴア(重量約1kg)を愛おしそうに抱きしめていた。


「もう、絶対にプレイ出来ないと思っていた……これで最後かも知れない。だから今、お前を遊び尽くさせてくれ!」


 涙を払い、ゲームゴア(重量約1kg)をヒロは持ち直すと、凄まじい手捌きでゲームをプレイし始めた。


 もはや、目を閉じてゲームをしてもクリアー可能なくらいやり込んだ思い出のゲーム……次にいつゲームが出来るか分からない。むしろ二度と出来ないかもしれないゲームをヒロはただ純粋に堪能する。


 所狭しと猛スピードでステージを駆け抜けるゾニッグを完璧に操作するヒロは難なくステージをクリアしていく。


 そして中盤ステージ……現れたのは、シリーズを通してゾニッグの前に常に立ちはだかる、宿敵Drピックマン。

 

「奴との戦いもこれが最後かもしれない。心に刻みつけておかねば!」


 ついに始まる宿敵Drピックマンとの死闘に気合いを入れ、いざプレイを再開しようとした時だった。


「おっ、やっと見つけた! ヒロ〜、探したぜ!」


「その声はエルビスか?」


 ゲームギアのポーズボタンを押し、ゲームを中断したヒロが声の聞こえてきた頭上を見上げると、そこには手乗り文鳥サイズの白黒マダラ模様のカラスが、翼を広げて旋回しながら、ヒロの頭の上に着地した。


「おう! 最悪の災厄、希望エルビス様だ、エッヘン!」


 腰に手を置き、胸を逸らしてエルビスがふんぞり返る。


「どこ行ってたんだ? 先に真理の門を潜り抜けたはずだったが?」


「それはコッチのセリフだぜ? ヒロが後ろにいないから、あちこち飛んで探してみれば……先にメインシステムの中心部に辿り着いているなんて、ビックリしたぞ」


「ここがメインシステムの中心部⁉︎」


「そそ、創世神が世界を作ったと言われるシステムの中心部……セントラルユニットだ」


「つまり、この部屋が僕たちが目指していた場所?」


「だな。ここからメインシステム全域にアクセスできる。いわば世界の中心だ。リーシアって娘のデータを書き変えられる唯一の場所でもあるな。ん?」


 エルビスはヒロが手に持つゲームゴアに興味を抱き、頭から飛び立つとパタパタとゲーム機の周りを飛び回る。

 

「ヒロ! これなんだ?」


「ああ、僕のいた世界にあった遊具で、ゲームゴアッていうゲーム機だ」


「ゲーム? 面白そうだな。俺にもやらしてくれよ」


 初めて見るゲーム機にきょう津津しんしんのエルビスが、目を輝かせてヒロに懇願する。


「もう少しでクリアーなので少し待ってくれ。十分もあれば全ステージクリアーできるから」


「ん〜、十分か……それまで持つかな?」


「持つかな? どういう意味だ?」


 ヒロが意味深な言葉を発するエルビスを訝しみ、聞き返していた。


「実はな、ここに来る前にヒロを探そうとして、メインシステム内で検索をかけたんだが……見つかっちまった」


「何してんだよ!」


「いや〜、めんご、めんご! まさかあんなに早く発見されるなんて夢にも思わなくてさ。んで、速攻ガーディアンが数十台召喚されたんで、いま逃げてた途中!」


「おい! じゃあ、お前を追ってガーディアンが⁈」


「血まなこになって探してまくってる。途中で『シフト』を繰り返して逃げて来たから、セントラルユニットにいるって気付かれるまで少し時間が稼げたはずだけど、それでも十分が限界かな〜って……」


 その言葉にヒロの顔の表情が険しくなる。


「あと十分でガーディアンがここに? 無理だ……どんなに最速でゲームを進めても、全ステージクリアーまでに十分は掛かる」


 残りのステージを最速クリアーしたとしても、ギリギリ十分……しかもゲームに集中した場合の話である。


「ここ以外で、リーシアのデータにアクセスできる場所は?」


「言っただろう? セントラル以外でデータの書き換えは不可能だって」


 ヒロが苦い表情を浮かべ苦悩する。


「ガーディアンがここを嗅ぎつけるまでの僅かな時間に、リーシアのデータを書き換えなくちゃならないのか? だがそれには、このプレイ中のゾニッグのクリアーを諦めるしか……ステージをすでに半分クリアーしているのに⁈」


 あと十分もあれば真のエンディングに辿り着けるというのに、ここまで来てクリアーを諦めろと? 二度とできなくなるかも知れないのに……そうだ! とりあえずゲームクリアーを優先してメインシステム内を逃走し、ほとぼりが冷めた頃に再びここに来るのは?」


「ダメだな。一度でもこの場所がチェックされれば、異常事態が解除されるまで監視の目が入る。そうなれば、もうセントラルユニットにアクセスするのは難しくなるぞ」


「クッ! リーシアとゲーム……どっちを取るかだと? そんな……そんなの」


 自分ひとりの命ならば、迷うことなくゲームを取るヒロ、だが他人の命とゲームが天秤に載せられれば話が違う。


 普通ならば、考えるまでもなく人の命を選ぶものだが、ゲームをクリアーする事こそ自分の生まれた存在理由とまで言い切るヒロにとって、それは究極の選択に等しかった。


 ヒロの心の中で葛藤かっとうが起こり、ヒロは瞳から血の涙を流し始めていた。


「おい? ヒロ、だ、大丈夫か?」


 生まれて初めて流す血涙……怒りとも悲しみとも違う苦悶の表情を浮かべるヒロを見て、最悪の災厄エルビスが引いていた。


「クッ! この僕がプレイ中のゲームを途中で投げ出すなんて……そんな食べ物を粗末にするような行為を僕にしろと? でもリーシアの命には……変えられない。せめて僕が、あと一人、あと一人いれば、なんとかなるのに……あと……一人……あと一人⁈」


 自らが発した言葉に『ハッ!』と気付き、ヒロ頭上に豆電球が光る!


「そうだ! あと一人いれば問題ないんだ!」


「ヒロ……追い詰められてついにおかしくなっちまったか? お前が二人いればって、人間は分裂できないぞ? 元からおかしい奴だったが、本格的におかしくなったか?」


 いよいよもって怪しい言動に、エルビスが怪訝な表情を浮かべていると……。


「まあ見ていてくれ。どちらかしか道がないなら、僕は両方を救うクリアーする道を作ればいいだけの話だ! 勇者ゲーマーゲーム救うクリアーするのに、どちらかを諦める必要なんてない! 見せてやる……僕のゲーム愛がなせる技を! リーシアゾニッグ待っていてくれ! 僕は必ず君を助けて勝たせてみせる!」


 メインシステム、セントラルユニット……世界の中心とも言うべき場所で勇者ゲーマーが愛を叫ぶのであった。


勇者ゲーマーの愛が、新たなる道を見出した!〉

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