第174話 希望の魔眼

 総合警備補償マルソックス……それは日夜、皆さまの平和を見守るガードマンで有名な警備会社。


 ご自宅に不信人物あらば、迅速に駆けつけてお守りする現代の守護神ガーディアン……言うなれば傭兵である。


 主に機械系の警備に強く、最新の電子機器を用いての警備に定評があり、企業向けセキュリティから家庭向けまで、様々なニーズにお応えするキメ細やかな警備が売りのプロ集団の集まりである。


 四角形に斜めの線が入ったマークは、深い青色は夜を黄色が昼を表す事で一日を表現している。斜めに入った線は『すぐに駆け着けます』を意味していた。


 犯罪者はこのマークを見ただけで警戒し近付かなくなる程の力を発揮する。現代の魔除けのお札と言っても差し支えはなく、このマークを貼られた玄関の軒先には、注意が必要である。イタズラは死を招く警告のマークなのである!


 日夜、人々の平和をお守りするプロ集団……それが総合警備保障マルソックスだ!



…………



「ちょっと待て! あれはどう見てもガーディアンでなく、ガードマンだろうが!」


 かつて元いた世界にあった大手有名警備会社、マルソックの制服に酷似した……いや、全く同じデザインの制服に身を包んだ者に、ヒロが思わずツッコミを入れていた。


「ガードマン? なんだそれ?」


 ヒロの頭の上に座る、手乗り文鳥サイズのエルビスが興味津津に聞き返す。


「僕が生まれた世界にいた……傭兵みたいなものなんだが、あれがガーディアン? 何で異世界にマルソックの格好をした者がいるんだ?」


 TVCMでかつて見たマルソックのマークを見て、それが偶然で片付けられないほどの違和感をヒロは感じていた。


「話はあとだ! 来るぞヒロ! いいか絶対に攻撃に当たるなよ? 当たれば即消去デリートされるからな」


 エルビスがヒロの頭をバシバシ翼で叩き注意を促す。


「考えるのは後回しだ。Bダッシュ!」


 先手必勝、ヒロが震脚を踏みながらBダッシュを発動する。あまりにも早い短距離ダッシュが、ヒロの姿をかき消すと一気に距離を詰め、ガーディアンの目の前へと移動する。


 およそ人の目には捉えられない速度から、最短最速の掌底がマネキン人形のように、無表情なガーディアンの顔に向かって打ち出される。


「ヒロ、横に飛べ!」


「っ!」


 だが、掌底を打ち出したヒロの耳に、声を荒らげて忠告するエルビスの声が届くと……ヒロの直感が考えるよりも早く、横へ回避運動をとらせていた。


 攻撃を捨て、二段ジャンプを用いて横へ飛び退くと、ヒロがいた場所に凄まじいスピードでガーディアンが手に持つ警棒が振われていた!


 間一髪のタイミングで攻撃を避けたヒロが前回り受け身の要領で地面を転がると、ガーディアンの方を向きながら起き上がり、さらに後ろに跳びさがりなが、距離を空ける。


「なんだいまのは? 殺気や気配はおろか予備動作すらなかったぞ⁈」


 五メートルの距離を空け、再びガーディアン対峙するヒロが驚愕の声を上げた。


「だから気をつけろと言っただろ? アイツらは心がないから感情も殺気もない。おまけに予備動作なしであのスピードだ。普通の感覚で戦うと一瞬で消去されちまうぞ」


「厄介だな。殺気や気配がないだけで、こんなに戦いにくいなんて……おまけに予備動作がないから攻撃のタイミングが予想しづらい。攻撃の動作を見てから避けようにも攻撃スピードが速すぎて、全力で避けないと回避に間に合わない」


「侵入者ハ消去スル」


 ヒロが対策を練ろうとするが、ガーディアンは無機質な声を上げ問答無用で襲い掛かってくる。

 ロボットのようにキレッキレの動きで走るガーディアンが、一瞬でヒロとの間合いを詰め手に持った警棒を袈裟斬りに振るう。


「タイミングが!」


 打ち下ろされる警棒を受け流し、ヒロがカウンターのひじを打ち込もうとするが、ガーディアンの終わらない連続攻撃がそれを許さない。

 恐るべきスピードとキレを持った攻撃が、連続で放たれる!


「クッ! マズイ、攻撃が速すぎて反撃に転じられない! 動きがキレッキレすぎだぞ!」


 ガーディアンの予備動作なしの攻撃とスピードに苦戦を強いられるヒロ……一撃でも攻撃を喰らえば消去デリートされる状況が彼に焦りを生む。

 

 攻撃を避けるのに手一杯になるヒロは、いつしか警棒を避けることに意識を集中しすぎてしまっていた。

 息もつかせぬ連続攻撃に防戦一方のヒロ……その苛烈な攻撃をギリギリ避け続け、攻撃に慣れ始めた時だった!

 

「ヒロ! ガーディアンの腰に隠し腕がある! 上下からの攻撃に気をつけろ!」


「隠し腕⁈ Bダッシュ!」


 その言葉にヒロは迷うことなく後方へとダッシュで飛び退き距離を空けると……ガーディアンが手に持つ警棒を振り下ろすと同時に、腰の部分が変形し、折りたたまれていた隠し腕が現れた。


 工業用機械工場にあるメカニカルなマニュピュレーターのような隠し腕には、伸縮する警棒が握られており、隠し腕の動きに合わせて瞬時に警棒が伸びる!


 だが、事前にガーディアンの攻撃範囲から離れていたヒロに、攻撃が当たることはなかった。


 後方に飛んで回避したヒロが、さらに震脚を踏み後ろへと下がりながら尋ねる。


「エルビス! 今のはなんだ? 明らかに攻撃の予兆なんてなかったのに、なぜ隠し腕の攻撃がくると分かった⁈」


「この程度、オレの権能【魔眼ラプラス】に掛かれば、お茶の子さいさいだ」


「魔眼ラプラス?」


「そ! 最悪の災厄、希望を司るオレに与えられた未来を見る力さ」


 頭の上で翼を組み、『ムフ〜』と自慢げにエルビスは語る。


「おれの力は 現在いまを知り、過去かこを学び、未来あすせる……つまり未来視の力だ」


「そうか、だからガーディアンの隠し腕の攻撃が分かったのか!」


「そう言うこと。ほんの数秒先の未来が視える力さ。そしてオレと魂をつなげたお前は、この力を使えるはずだ。ラプラスの魔眼を使いたいと心の中で考えてみな。だが果たして人間にその力が使いこなせるかな? って、気をつけろ! ガーディアンがくるぞ!」

 

 エルビスの声にガーディアンを見ながら、ヒロがスキルの名を叫ぶ。


「魔眼ラプラス!」


 ヒロがスキルを使いたいと思いながらスキル名を口にしたとき、彼の視界に変化が起こった。

 ヒロの右目の瞳に奇妙な紋様が浮かび上がると、目に映る世界が変わったのだ。

 ガーディアンがヒロに攻撃を加えようと警棒を構えている姿が左目に、同じく薄く透き通ったたガーディアンの姿が右目に映る。


「な、なんだこれは?」


 透き通ったガーディアンが先に動き出す。警棒を振りかぶって走り出すと……数秒遅れてもうひとつのガーディアンがまったく同じ動きで走り出す。


 まるでトレースしたかのように寸分違わず二つのガーディアンが縦に並走する。異なる別々の動きにヒロの脳が奇妙な錯覚を起こし混乱をきたしていた。

 二倍に膨れ上がった視界情報にヒロの脳がオーバーフローを起こし一瞬意識が止まってしまう。


「魔眼をめろ!」

 

 エルビスが頭の上から肩に飛び降りると、そう叫びながらヒロの顔に向かって回し蹴りを放っていた!

 ペシッという乾いた軽い音と感触に、ヒロの意識が再び動き出した。ヒロが心の中で魔眼のスイッチを急ぎオフにすると、二重に写っていた視界が元に戻る。だが目の前に迫るガーディアンの接近にヒロの反応が遅れる!


「任せろ!」


 肩に乗っていたエルビスが、翼をバタつかせると、無数の黒と白の羽が舞い散りガーディアンの顔へと殺到した。

 さながらガトリングガンのような勢いと密度を持った羽根がガーディアンの顔目掛けて撃ち出される。


 危険と判断したガーディアンが両腕を防御に回し立ち止まる。エルビスの攻撃がガーディアンをその場に釘付けにすると、その隙にヒロが斜め後ろへと跳び退き体勢を整える。


 撃ち出された羽根が、ガーディアンの頭に張り付き視界を塞ぐことで、エルビスが時間を稼ぐ。


「今のは? 世界が二重に映って……頭が混乱した」


 頭を振り、視界に映った映像をヒロが思い出しながら、いつの間にか掻いていた額の汗を拭う。


「あちゃ〜、やっぱり人にオレの権能は扱えないか。二つの世界の情報を、頭でひとつに考えて思考しなきゃならないからなあ。人の脳じゃ情報量に耐えられず、まともに動けなくなるのかな?」


 エルビスが腕を組むと、頭をかしげてハテナマークを浮かべていた。


「二つの世界が二重に映るだけならまだしも、その二つを見ながら最適な次の行動を模索するなんて……おまけにコッチの動きに反応して瞬時に未来が変わっているのか、右目の薄い世界の視界がガンガン変わる。一瞬の判断が要求される戦いじゃ情報量が多すぎて、処理が追いつきそうにない」


 ヒロが頭を振りながら、混乱した脳の情報をリセットしながらガーディアンの様子をうかがうと、顔に張り付いた羽根をむしり取り、悪戦苦闘している姿が見てとれた。


「だよな〜、おれ並の頭脳がないと魔眼ラプラスのせる世界に頭が耐えられないか……せめて二つの世界を別々に捉えて思考できる頭脳が必要だな」


「……ん? 二つ世界……別々に捉えて思考……そうか⁈」


 エルビスの言葉に、ヒロの頭に閃きが走り、頭の上に豆電球が光った!


「つまり二つの世界の情報を、同時に見て別々に考えればいいだけの話しか? なら話は簡単だ!」


「ヒロ……人がそれを簡単にできなら苦労しないぞ」


『やれやれ、こいつ何いってんだ』とエルビスが呆れた顔をしていた。


「多分できる! 僕は魔眼ラプラスを難しく考えすぎていた。ようはゲームでいう【同時プレイ】と一緒の考え方をすればよかったんだ。」


「同時プレイッてなんだ?」


「見せてやる。かつてゲームのプレイ時間短縮のために習得した【同時プレイ】の妙技を!」


〈魔眼ラプラスを使うため、勇者ゲーマーのスキルが異世界で開花する〉

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