第173話 真理の門とソウルパスワード

「ヒロ、大丈夫か? うっかり体のサイズを大きくしていたのを忘れてた」


 手乗り文鳥サイズから、二メートル近い大きさに巨大化していたエルビスは、足元で押しつぶされたヒロを心配してその顔を覗く。


「そう思うなら、さっさと僕から降りてくれ。重すぎて動けない!」


「あっ! めんご、いま降りるから、許してくれ」


 するとエルビスの体が、たちまち元の手乗り文鳥サイズにまで小さくなると、そのままヒロの頭の上にちょこんと乗っかった。


「いてて……」


 ヒロは押しつぶされた痛みに耐えながら立ち上がりながら、頭に乗っかる鳥を振り払おうと右手を動かす。

 だが……ヒョイっと翼をバタつかせ、空中で右手をやり過ごしたエルビスが再び頭の上に着地する。


「重いからそこから退いてくれ」


「いや、肩の上だと立つしかないけど、ここなら寝そべられるし!」


 ヒロの頭の上でゴロゴロするエルビス……もはや何を言っても、このアホカラスには無駄と悟ったヒロは仕方なくそのまま話を進める。


「もうそのままでいい。システムを管理していたAIは隔離して黙らせたから、これでしばらくは大丈夫なはずだ」


「AIを隔離したのか? だとすると……急がないとまずいかも」


「急ぐ?」


「ああ、このシステムは元々メインシステムのくだした命令を実行する端末の一つなんだ。定期的に通信しているはずだから、もし命令を下した時にAIからの返答がなかったら……」


「何かあったと、チェックが入る?」


「そうだ。お前の目的はメインシステムに記録されているリーシアッて人物の死の記述を書き換えることだからな……メインシステムにバレないようにしないと。バレれば消去デリートだけでなく、メインシステムのデータ保全のため、メンテナンスによる総チェックが始まっちまう。そうなれば……せっかく書き換えた記述も元に戻されるぞ」


「メインシステムのバックアップか? でも、それなら記述を書き換えても、メンテナンスでチェックされ、復元してしまうから意味がないんじゃ?」


 オンラインゲーム会社で、ゲームの運営をしていたからこそヒロには分かっていた。


 プレイヤー達の大事なキャラデータを預かる以上、ゲームサーバーのデータバックアップには細心の注意を払わなければならない。そのため、定期的なメンテナンスとバックアップは常に取り続ける必要がある。

 つまり……異世界ガイヤを管理するメインシステムもまた、同じように運用されている可能性が高いとヒロは気付いていた。


「だからバレないようにやるか……バレても問題ない、やり方で書き換えをするんだ」


「バレても問題がない?」


「そそ! おまえパンドラじゃないや、女神セレスと魂がつながっているだろ?」


「ああ、異世界にゲーム機を作ってもらうために、魂をつなげているが……」


「いいか? メインシステムにアクセスできる者は、この世界でごく僅かしかいない。かつて世界を作った神と、ガイヤを管理運営するために権限を譲渡された三女神……つまり空と大地と海の女神たちの事だ」


「大地の女神……セレス様?」


「そう! メインシステムにアクセスするなんて普通は誰もできない。そもそもシステムの存在を知るものがほとんどいないからな。仮に知ったとしても、このS領域に自力で来られる存在でなければアクセスはできん。ここに来られたとしても、魂の暗号キーソウルパスワードがなければ、閉ざされたメインシステムへの扉を開けることすらできないのだからな」


「セレス様の魂の暗号キーソウルパスワード? それがあれば正面からメインシステムにアクセスできるのか?」


 エルビスが目を細めて笑の表情を浮かべる。


「そうだ、喜べヒロ! おまえは偶然だが、メインシステムに正攻法でアクセスする全ての問題をクリアーしているんだ」


(……偶然? 本当にか? 偶然が三つ重なれば必然になるって言葉があるが……)


 あまりにも出来すぎたシナリオに、ヒロは何か得体の知れない作為的なものを感じていた。


「どうしたヒロ?」


「いや、何でもない。それでエルビス、次はどうする?」


「おう! いまメインシステムにアクセスするから待ってくれ」


 すると、ゴロ寝していたエルビスが立ち上がり目を閉じる。


「ん〜、確かココをこうして……こっちはコウで……アレ? 上手くいかないな、何か間違えたか?」


 ヒロの頭の上で翼をバタつかせ、アレコレ思案するエルビス……一分が過ぎたところで、ヒロは不安の表情を浮かべ始めた。


「お、おい、本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫、大丈夫! 前にシステムをイジッて遊んでいた時に、メインシステムにたまたまアクセスする方法を見つけたんだ。たしかここを触ったかな?」


「イジッて遊んでいたって……」


「ああ、S領域に閉じ込められ以来、ずっとこのなんにもない空間に一人でいたからな。することがなくて寝るか、自分に生えてる羽根を数えるか、しりとりをするか……」


「しりとりって一人でか?」


「ここには俺ひとりしかいないからな。さすがに三年もやってたら飽きた。飽きる度に別の暇つぶしを考えて時間をつぶすしかなかったんだ。あとは洗濯ぐらいしかやる事がないからな」


「洗濯?」


 聞き間違いかと疑問に思い、ヒロは思わず聞き返してしまう。


「そそっ! 前に一緒に旅したやつによく洗濯してもらったんだ。桶に水を張って洗濯板でゴシゴシするやつ。洗い終わるとサッパリするから結構好きなんだよな〜」


「おまえ……洗濯されてたのか?」


「ん〜? 人も洗濯するだろ?」


「ああ、主に服を洗濯するのだが……」


「だろ! 俺は羽根が服なんだから、洗濯が正しいってアイツが言ってた。あの頃は楽しかったな〜」


 シミジミとした顔で昔に思いをはせるエルビスと、鳥を洗濯板で洗うという常軌を逸した行動をとる人物に、ヒロは狂気を感じていた。


「お! あった、あった! これ、これ! よしメインシステムに移動するぞ」


「あ、ああ、頼む」


「どうした?」


 憐れむ目でエルビスを見ながら答えるヒロに、エルビスがいぶかしむ。


「なんでもない。メインシステムへ移動してくれ」


「そうか、じゃあ行くぞ? コマンドコール! 『シフト』!」


 ヒロの頭上に立つエルビスが高らかに声を上げると……ヒロの意識は遠のき、再び立ちくらみに似たブラックアウトが彼を襲う。


「クッ! どうにもこれは慣れないな」


 上下の感覚がなくなり、ヒロは思わず目をギュッとつぶる。そしてフラつき、倒れそうになる体のバランスを無理やり取り転倒を防ぐ。


【ここより先はメインシステム管轄内です。許可なき者のアクセスは禁止されています。速やかに退去を願います】


 ヒロの耳に、いつも頭の中で響く謎のシステム音声が聞こえてきた。


「この声は?」


 聞き慣れた声にヒロの意識が急速に覚醒し、ブラックアウトしていた視界が元へと戻ると……目蓋まぶたを開けたヒロの目に、閉ざされた巨大な門の姿が映しだされていた。


 高さ100メートルは越えようかという巨大な白い門は、何人たんぴとたりとも中には入れさせまいと、見るからに頑強な扉を閉ざしていた。

 

【警告! この門より先は、許可を得たもの以外の立ち入りを禁止しています。許可なき者が門に近づけば、ガーディアンによる強制消去デリートを実行します。許可なき者は速やかに、この場から退去してください】


 すると門から警告の声が上がり、ヒロ達に退去命令を下してきた。


「着いた、着いた! あれがメインシステムへの侵入を阻む門、『真理の門』だ。」


 エルビスが翼で真実の門を指し示しながら声を上げる。


「真理の門……」


 閉ざされた頑強な門の表面には、菱形を縦に細長く長くしたようなデザインが描かれていた。丸い小さな図形が外殻に10個配置され、円はそれぞれが直線で結ばれている。


「この門に描かれた図形、ゲームでよく見るセフィロトの樹に似ているが……」


「どうしたヒロ?」


「いや何でもない。ここからどうすればいい?」


「おれもここから先は分からない。前に来た時はソウルパスワードを持っていなかったから、ガーディアンに追いかけ回されて逃げたからな」


「おまえ、災厄じゃないのか? 逃げたって……」


「オレは力の大半を失っているからな〜、自力じゃここから抜け出せないほど弱くなっている。ガーディアンと戦っても勝ち目はない! だから逃げの一手しかなかったのさ」


「そんなにガーディアンってのは強いのか?」


「そこそこだな。消去デリート能力が強力で、攻撃が当たれば確実に存在が消されるから、もし出てきたら注意しろよ」


「とりあえず、門に近づいてみるか……行くぞ」


カァーおう


 エルビスが頭の上でカラスの鳴き声で返事をすると、そのままヒロの頭にドテッと座り込むと、ヒロは構わず門に向かって歩き出す。


 門とヒロとの間は二十メートほどしか離れておらず、Bダッシュを使えば、すぐに扉の前まで行ける距離だった。

 だが、何が起こるか分からない状況が、ヒロを警戒させ、ゆっくりと足を門へと運ばせていた。


 そして何事もなく、門に手で触れられる距離にまで近づいた時だった。


【警告! これより先は、許可なき者の立ち入りは禁止されています。神より与えられし魂の暗号鍵ソウルパスワードなき者は、この場から退去してください】


 システムが発する音声にヒロは立ち止まる。


「さて? ここからどうなる事やら……」


「大丈夫だって、おまえは女神セレスの魂の暗号鍵ソウルパスワードを持っているんだからさ」


「エルビス……お前を信じるよ」


「任せろ! さあ早く扉の中に入ろうぜ!」


 エルビスの言葉にヒロはうなずくと、足を一歩前に踏み出すと……。


【警告無視を確認。対象者二名の魂の確認ソウルスキャンを開始……一名の 魂の暗号鍵ソウルパスワードを確認。アクセス権利者セレスと一致しました。扉のロックを解除します。】


「おっ! 上手くいったようだな」


「やったぜ! なっ! オレの言った通りだったろ? へへっ!」


 扉のロックが解除され喜ぶ二人だったが……。


【続けてもう一名の魂の暗号鍵ソウルパスワードを確認……エラー! パスワードが一致しません! メインシステム保護のため、扉の再ロック並びにガーディアンを召喚します】


 システム音声がそう告げると、辺りから一斉に警報が鳴り響き、ヒロの真後ろに魔法陣が浮かび上がっていた。

 地面に描かれた魔法陣の上に数字が浮かび上がり、180秒の時間が表示されカウントが始まった。


「おい! アホガラス! どういう事だ!」


「あれ? まさかここを通れるのは、ヒロだけだったのかな? 魂の暗号鍵ソウルパスワードを持たないオレがいたから、ガーディアンを呼ばれた感じだな。メンゴ!」


 頭の上で『やっちゃたぜ! テヘペロ』と、軽いノリでエルビスが謝る。


「軽いなオイ! クッ! 仕方ないここはおまえを生け贄に捧げて、僕だけでもメインシステムに入り込むしか……」


「ええ! 待ってくれよ! オレを置いて行く気かよ⁈

メインシステムの中はメチャクチャ広いんだからな! オレがいなきゃ絶対リーシアって娘のデータに辿り着けやしないぞ!」


 ヒロの頭をバンバン叩き、連れて行けとエルビスが抗議する。


「……だけどオマエがいたら、たとえ中に入れたとしても、またガーディアンを呼ばれるだけだろう?」


「そうなんだよな〜、ん〜、どうするかな〜」


 エルビスが頭の上で翼を組み思い悩んでいると……翼をポンと叩き何かを思いつく。


「そうだ! ヒロ、おまえと魂をつなげちゃえばいいんだ」


「僕と魂をつなぐ?」


「そそ! ヒロが女神セレスと魂をつないで魂の暗号鍵ソウルパスワードを共有しているなら、オレとヒロの魂をつなげれば間接的に魂の暗号鍵ソウルパスワードが共有できるはずだ」


「確かに可能かもしれないが、おまえと魂をつなぐのか……なんかいやだな」


「そんな連れない事いうなよ〜、ここで会ったが何かの縁、仲良くしようぜ〜」


 ヒロの頭をペシペシするエルビス……鬱陶しいアホガラスの提案を受け入れるか、見捨てひとりでメインシステムへ向かうべきかヒロは悩む。


 最悪の災厄とのたまう希望エルビス……ヒロはコイツと魂をつなげるメリットよりデメリットの方が大きいと嫌な予感を覚えていた。

 

 なによりも魂をつなげる方法が……絶対にやりたくなかった!


「エルビス……ここでさよならだ!」


 ヒロは頭の上にいるエルビスを片手で鷲掴みにすると、鳥をガーディアンが出現しようとしている魔法陣に投げつけようと大きく振りかぶる!


「待ってー! 何が嫌なんだよ! オレを見捨てないでくれよー!」


「魂をつなげるために、鳥とキスする趣味はない。ここは悲しいけど、心を鬼にしてオマエを見捨てるしか……さよならだエルビス!」


「待って! 待って! 待ってぇぇぇ! 魂をつなげるだけならキスなんてする必要はないからぁぁぁ! 体の一部が触れているだけでいいんだよぉぉぉ!」


 だがそんなエルビスの叫びも虚しく、ヒロが綺麗なフォームから鳥を魔法陣に向かって投げつける!

 ジャイロボールばりの回転数で投げられたエルビス……しかしすぐさま翼を広げると空中で軌道を変え、ヒロの頭の上に戻って来る。


「本当に投げるなよ〜」


 そう言いながら、ヒロ頭の上にドデンとエルビスが着地し座り直す。


「チッ! 戻って来たか……僕的には縁を切りたかったのに」


「そう言うなって、オレと魂につなげた方が、絶対お得だからさ。あのリーシアって子を助けたいんだろ? 損はさせないぜ!」


 苦々しい顔をするヒロ……リーシアを引き合いに出されてしまい、嫌々ながらもエルビスの言葉に同意するしかなかった。


「仕方ない。変な事したら焼鳥だからな! それでどうやって魂をつなげる?」


「オッケー! 魂をつなげるのは簡単だ。すぐ済む。あらよっと!」


「何を……痛!」


 エルビスが突然ヒロの頭の上で立ち上がり、勢いよくお辞儀をすると……クチバシをヒロの右目に突き刺していた。


 声にならないヒロの悲鳴……右目に走る鋭い痛みに、ヒロは目を反射的に閉じると右手で痛む目を覆う。


「何をした! アホガラス!」


「もう済んだぞ。上手くオレとヒロの魂がつながった。これでオレの力も顕現できるようになる」


 手で覆い隠していた右目から痛みが引き、ヒロが目を開けると、右目は何事もなかったかのように周りの景色を映し出していた。

 まぶたを何度かパチパチするヒロだったが、別段特に変わった様子もなく鋭い痛みもなくなっていた。



「おまえの力? 権能ってのはなんだ?」


「オレの権能は……って、話は後だ! そろそろガーディアンが召喚される! いいか? アイツらの攻撃は絶対に受けるな! 攻撃に触れた瞬間に消去デリートされちゃうからな」


「ん? 僕と魂をつなげたのなら、もう大丈夫なんじゃないのか?」


「ダメだ! 召喚されたガーディアンは、最初の命令を実行するまで止まらない」


「つまり……?」


「オレを排除するまで止まらないってこと! おまけに魂をつなげたから、ヒロも消去ターゲットに選ばれた可能性大だな! 頑張れ〜!」


「クッ! おまえ分かっていて、魂を僕とつなげたな! クソッ! 今すぐ焼鳥にしてやりたい!」


 頭の上で翼を振り応援するエルビスに殺意を抱くヒロだったが、ガーディアンが出現するであろう魔法陣のカウントが残り10秒を切っていた。


 それを見たヒロは戦う覚悟を決めて拳を握り構える。


「来るぞ、ヒロ油断するな! メインシステムのガーディアンは半端なく強いからな!」


 そしてカウントが0を示した時、魔法陣が輝きを放ち、中から何かが浮かび上がってくる!


 全身を青っぽい服装で身を包み、体は黒色の防弾防刃ベストを、頭に防護ヘルメットを被ったそれは……警棒を片手にヒロの前に立ち塞がった。

 

「なっ⁈ こ、これがガーディアン⁈」


 魔法陣から現れたものを見たヒロは、それを見て驚愕していた。


 青と黄色の三角形を合わせて四角にしたようなマークを胸に抱いたそれは……ヒロが元いた世界で働いていたゲーム会社で、たまに見かける人に類似していたからだった。


 マネキンのように白くノッペリとした顔に精気は感じられず、無機質な表情が不気味さを強調したそれはヒロに顔を向けていた。


「これってまさかマルソック? もはやガーディアンというか……」


【ガーディアンが現れた】


「どう見てもガードマンだろうが!」


 ヒロのツッコミが炸裂した!


〈メインシステムを守るため、異世界総合警備補償マルソックから、ガードマンが駆けつけた!〉

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