第172話 電脳世界をハックせよ!
目の前が真っ暗になり、立ちくらみに似たブラックアウトから復帰したヒロの目の前に、大小様々な形をした建造物の姿が飛び込んできた!
ヒロが立つ場所から真っ直ぐに伸びる道に沿って、等間隔に建造物が立っていた。
すぐ隣にある建物を見上げたヒロが、そのままが空を見上げると……遥か頭上には、同じような建造物が逆さまに立ち並んでいた。
「ここは?」
無機質で冷たい金属のような材質で出来た道の真ん中に、ブラックアウトから復帰したヒロは、周りをキョロキョロしながら状況を見定めようと目を走らせる。
道に規則正しく並び立つ無機質な建造物には、入り口や窓といったものは見えず、建物全体が薄く柔らかな緑色に発光する事で辺りを明るく照らし出していた。
耳を澄ましても人の気配は感じられず、替わりに『ブーン』と言うパソコン中にある冷却ファンが回るような音が、そこかしこから聞こえてくる。
まるで巨大な光るゲーミングパソコンの中にいるみたいな感覚にヒロは捉われた。
「僕以外に気配は感じないな……エルビスはどこに? ここはシステムの中なのか?」
一緒にいたはずのエルビスを探すが、その姿はどこにもない。これからどうするべきかと思案していると……。
「おっ! いたいた!」
急に耳元で聞こえてきた声に『ギョッ!』として、裏拳を放ちながら横に飛び退くヒロ!
「うおっと! 危ねえな! 俺だよ俺! エルビスだ!」
ヒロの裏拳を上に飛び上がり避けたエルビスは、空中で羽ばたきなからフワリと地面に着地した。
「エルビスか? 突然現れるな! びっくりするだろう⁈」
「すまん、すまん。システムに『
「それにしても、サイズが随分と小さいな?」
「ああ、なるべく小さい方が、システムに見つかりにくいからな」
そう説明するエルビスは、白と黒のマダラ模様のカラスの姿に変わりはなかったが、体の大きさは手乗り文鳥みたいな小さなサイズにまで縮んでいた。
「それよりも気をつけろ。おまえと俺の侵入をシステムが感知して、強制停止信号を送りやがった。急いでシステム中枢部を押さえないと
エルビスは羽をバタつかせて再び飛び上がると、そのままヒロの肩に止まり急かす。
「強制停止信号? それって⁈」
突如背後から発した無機質な存在を感じ取ったヒロは、前回り受け身の要領で前方の地面へと飛び込み、後ろを振り向くと……。
「システム命令、強制停止せよ! 生命活動を停止せよ!」
頭に丸い赤黄青のランプを並べ、赤信号を灯した人型の物体が、
U字の形をした槍に似た防犯武具の一撃を、ヒロはとっさの判断で前に飛んで回避していた。
「なんだコイツは?」
ヒロの目に、元いた世界で見かけた『ノーモア◯◯泥棒』に似た奇妙な姿をした怪人が、刺股を構えてヒロを捕まえようとしていた。
「システムが送りこんだ強制停止信号だ! それに捕まったらおまえの体は生命活動を停止させられるから、絶対に捕まるな」
エルビスがヒロの頭上を飛び回り警告する。
「これは信号違いだろう! このプログラムを組んだ奴のデザインセンスを疑いたくなるぞ! Bダッシュ!」
ヒロは停止信号のデザインに困惑しながらも、刺股をかい潜り、一気に怪人の懐へと入り込むと、震脚を踏み
くの字に曲げた
刺股を取り落とし、突き飛ばされる怪人! だが数メートル転がり動きを止めた怪人は、すぐさま立ち上がると間髪容れずヒロに素手で襲い掛かる。
「しぶとい!」
地面をチラ見したヒロは、足元に転がる刺股をツマ先に引っ掛けて、勢いよく足の甲で跳ね上げる。
腰の高さにまで飛び上がった刺股を空中でキャッチしヒロは後ろに引いてそれを構えた。
それはかつて死闘を繰り広げたオークヒーロー……カイザーが最も好んで使っていた構えだった。
縦横どちらからでも繰り出せる斬撃は、後ろ手に構える事で攻撃の初動を隠し相手に迷いを生じさせる。
相手に使われれば二択の嫌らしい攻撃が、自分が使うとなれば頼もしい攻撃となる。
怪人はヒロの動きを見て、一瞬だけ判断するのに気を取られた隙をヒロは見逃さない!
「ここだ!」
上段から繰り出された刺股が怪人の頭に打ち込まれ、信号機の頭を大きく陥没させた。真ん中にあった黄色ランプは完全に破壊され、その破片が辺り一面にぶち撒かれる。
たまらず地面に倒れ込む怪人に、ヒロが流れるような動きで刺股を動かし、怪人の頭にすかさず刺股を突き出していた。
刺股のU字の先端が赤と青のランプ部分に勢い良く突き刺さり、怪人は頭のランプを全て破壊する。
割れたランプ部分から煙をモクモクと出し、刺股を突き刺したまま仰向けに倒れた怪人は、そのままピクリとも動かなくなった。
【エラー! 強制停止信号を拒絶!】
「ふ〜、なんとか倒せたか。いきなり襲い掛かられたから焦った」
「うまく倒せたなヒロ! しかしアレと対峙して初見で驚かないなんて、なかなかやるな」
エルビスがヒロの肩に降り立つと、ヒロを感心していた。元の世界でアレに似たキャラを事前に知っていなければ、驚きで
「しかし、なんだってあんなデザインに? 偶然なのか? 信号違いの意味といい……まるで僕の世界の人間が作ったような【危険! 危険! システムよりメインシステムへ警告!】まずい、もう倒したのがバレた⁈」
ヒロの頭の中にシステム音声がけたたましい音を立てて警告を発していた。
「ヒロ! さっさとシステムを掌握するぞ! この道の先にある背の低いドーム型の建物まで走れ!」
「あれか? あそこに何があるんだ?」
「中央演算装置がある! あそこからシステムがデータを集め、各場所へ一括して命令を出しているんだ」
「ふむ。パソコンで言うCPUみたいものかな?」
「しーぴーゆー? よく分からないが、アソコでまずは
「ふむふむ、異世界のプロトコルか……ちょっと興味が湧くな。時間があれば接続ネットワークも解析したいとこだが」
「そんな時間はないぞ。メインシステムに見つかれば、即ガーディアンが駆けつけて
「分かった! まずは中央演算部に向かう、Bダッシュ!」
「おお! 何だこれ! 早!」
ヒロが震脚と同時にBダッシュを叫ぶと、その姿はかき消え、十数メート先を凄まじい速度で駆け抜けていた。
「Bダッシュなんて聞いたことない珍しいスキルだな? ヒロ他にも面白いスキルもっているか?」
「面白いかは分からないが、異世界スキルならいくつかあるな」
「異世界のスキル⁈ 面白そうだな! 後でみせてくれよ!」
ヒロの肩に乗ったままエルビスが翼をバタつかせヒロの頬をパタパタする。
「時間があればな……って、鬱陶しいからバタつくな!」
「絶対だぞ! ところでBダッシュスキルのBって、なんのことだ?」
肩に止まるエルビスが初めて見るBダッシュスキルに興味を持ちアレコレと話し掛けてくるが、今はそんな事に構っている余裕などない。ヒロはトップスピードを維持したまま道を駆け抜けて行く。
「他の異世界スキルッて、どんなのがあるんだ? チョコッとだけでいいから教えてくれよ〜」
耳元で騒ぐエルビスを無視して、Bダッシュと震脚を駆使して走るヒロはついに道の先……目的の建物の前にまで辿り着いた。
「あとにしてくれ、それより着いたぞ。ここからどうする?」
「絶対にあとで教えてくれよ? 約束だからな!」
「分かったよ」
「よし! ここからはオレに任せろ。システムに入り込んで、中身をチョチョイと書き換えてやる」
すると、ヒロの肩に止まっていたエルビスが飛び上がり、建物の外壁にできた出っ張りに降り立つと目を閉じた。
「ん〜と、プロトコル、プロトコルと……あれ? 何でないんだ? 前に暇だからシステムを覗いて遊んでた時は、確かココにあった気がしたんだが……アレ? 勘違いか?」
目的のものが見つからず、全てのデータを検索しまくるエルビスの額に汗が浮かんでいた。
「ない! ナイ! 無い! そんなバカな? 絶対にココにあったはずなのに……」
「まだかエルビス?」
「それが目的のものが見つからない! 前はここにあったんだが……」
エルビスの声に焦りの色が混じっていた。
「プロトコルがない? ……エルビス、その検索している場所を僕に見えるように表示しろ。僕が探す」
「ん? 確かにおまえの方が詳しそうだしな……いいぞ、いまモニターに出す」
エルビスが翼を振ると、ヒロの目の前にモニターとキーボードが出現する。
モニターに映る異世界OSの画面を凝視したと同時に、ヒロの手が猛烈な勢いでキーを叩き出す。
次々と画面にフォルダーの窓が開き、すぐにデスク画面が埋め尽くされてしまう。
「分かりそうか?」
「ああ、もう見つけた。隠し属性でデータが見えないよう、システムに隠されていた。誰でも見えるように設定を変えたから、これで見られるはずだ。おまえの探していたのはコレだろ?」
「え? はっや! どれどれ……おっ! これだこれ! コイツがメインシステムにアクセスするためのプロトコルだ。コイツの中身をチョチョイと細工して……良し! これで設定を書き戻さない限り、いくら救援を求めようとメインシステムへはアクセスできないぞ!」
第一目的が達成され、一安心のエルビス。
「次はどうする?」
「次はシステムの乗っ取りだ。強制停止信号が倒されたことが分かれば、オレ達を排除しようと本腰を上げてシステムがわんさかアイツらを送ってくるはずだ。強制停止信号をいちいち相手にしてたらキリがないし、メインシステムへアクセスする足掛かりのためにも、中央演算部を掌握する必要があるって! 言ってるそばから来やがった!」
エルビスの翼が背後を指し示すと同時にヒロが振り返ると、そこには道幅一杯に蠢くノーモア映画◯◯もどきの怪人……強制停止信号たちが大挙して中央演算部に走り来る姿があった。
「数が多すぎだ! あれ100以上はいるぞ!」
「危険な存在として抹消しにきたな。アイツらコピーだからいくらでも増える。元を絶たないとジリ貧だぞ」
「倒すよりシステムを掌握して止める方が早いか! エルビス時間を稼げるか?」
「何をするんだ?」
「僕がシステムに入り込んで黙らせる。1分間だけ時間を稼いでくれ!」
「1分だな? 任せろ!」
すると外壁の出っ張りに立つエルビスは羽ばたき空を舞うと、真っすぐヒロへと殺到する怪人たちに向かって飛翔する。
「できるだけ注意を引いて、ヒロから目を
空を飛びながらそう
そしてエルビスが先頭の怪人たちの頭上に差し迫ったとき、巨鳥が翼をバタつかせて空中でホバリングすると……羽ばたく翼から無数の羽が停止信号たちに向かって弾丸のように降り注ぐ!
打ち出された羽が停止信号たちを撃ち抜き、その体に風穴を開け蹂躙していく。
翼を羽ばたく毎に、信号機の怪人たちがパタパタと倒れていくがその数は100から減らず、その総数をドンドン増やしていく……エルビスは倒れたそばから新たなる怪人が生まれ、際限なく数を増やし続け
「かあ〜、やっぱり数が多すぎるな、ヒロ早くしてくれ。1分以上は厳しいぞ」
「もう少し待て、やっとシステムフォルダーを探し当てた! プログラムフォルダーは……あった! やっぱり
するとヒロの手が猛烈な勢いでキーボードを打ち込み始める。そのキーを打つ手に迷いはなく、AIプログラムのデータを解析していく。
「このAI……プログラムに経験と学習を積ませるトップダウン型じゃない? まさかこれ……人間の脳をデータベースで再現したボトムアップ型なのか⁈」
【システムへのハッキング行為を確認。
「気付かれたか! だけど通信プロトコルは書き換え済みだから、メインシステムに支援要請はできないぞ。今のうちにサッサとデータを書き換えてしまいたいが、ボトムアップ型AIなんて、未知の技術すぎて手のつけようがない……」
ヒロはシステム内にあるAIデータを改ざんし、こちらの味方に付けようとしていたが、余りにも膨大な情報量を目の当たりにして瞬時に書き換えを諦める。
「だめだ。人間の脳と同じ構造だとすると、膨大な量の情報を解析するのに時間がいくらあっても足りやしない。仕方ない……計画変更だ! AIをシステムから切り離して、一時的に黙らせる!」
ヒロの指は止まることなく、さらなる加速をもってキーを叩き続ける。
「まだかヒロ⁈ そろそろ一分たつぞ! あっ! こら待て! まずいヒロ! 何匹か取り逃した!」
一瞬の隙を突いて、エルビスの攻撃から逃れた怪人たち数匹が、ヒロに向かって刺股を
「もう少し! ここの設定をイジれば……」
だが、ヒロは自分に近づく者の存在を感じながらも、その手を止めずにキーボートを叩き続けた。
【システムへの侵蝕を確認!】
ノーモア◯◯泥棒に似た怪人たちが、U字型の刺股を振り上げ、一斉にヒロに叩き下ろす!
「良し、システムから隔離できた! 強制停止信号の凍結!」
ヒロがキーボードのエンターキーを押すと同時に、振り下ろした刺股が彼の眼前で止まり、強制停止信号たちはその動きを完全に止めていた。
「ふ〜、間一髪だったな」
システムからAIプログラムの隔離に成功したヒロが、マニュアル操作で強制停止信号プログラムの停止に成功し、汗を掻いた手で胸を撫で下ろす。
「システム自体はやはりAIが管理していたみたいだな。タスクマネージャーのプロセスを見る限り、活発に動いているアプリはないし、もう大丈夫そうだ。マニュアル操作になるけど、システムを黙らせる事はできたかな」
「お〜い、ヒロ、大丈夫か?」
クラッキングするヒロに近づけさせまいと、強制停止信号たちを足止めしていたエルビスの心配する声が彼の頭の中に響く。
「ああ、なんとかシステムを掌握できた。とりあえず戻って来てくれ」
「おう、いま戻る」
静止した強制停止信号の大群を横目にエルビスがヒロの元へ飛び、その肩へ再び戻ろうとするが……ヒロは自分に近づく鳥を見てある事に気付く!
「おい、ちょっと待て!」
ヒロが大慌てで声を上げ避けようとするが……時はすでに遅かった!
「あっ!」
手乗り文鳥サイズから人間サイズに大きさを変えたエルビスが、ついうっかり大きなサイズだった事を忘れ、そのままヒロの肩に乗ろうとして……ヒロは見事なまでに最悪な災厄に押しつぶされてしまうのだった!
【エマージェンシー!】
〈異世界の
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