第168話 死にいく者、残されし者……
「拙者に構うな!」
「
震脚によって生まれ体の中で増幅された力の波が、余す事なく少女の腕に集約されていく。腕の捻りを加えた必殺のコークスクリューブローが、憤怒の心臓目掛けて打ち出されていた。
「間に合わん!」
そう叫ぶ憤怒が息を止め、絶対防御スキルを体に張り巡らすと……少女の口から力ある言葉が放たれた。
「ヒール!」
リーシアがハートブレイクショットを打ち出しながらも、その拳にあらゆる生命を癒やし滅する聖なる光……ヒール(滅)の輝きが灯る。
再生と破壊……相反する属性を同時に打ち出すリーシア……それは絶対防御スキルすらスリ抜けてしまう防御不能な死の回復だった。
憤怒はその光を見て、とっさに体を覆う触手を解き放ち迎え撃つが、打ち出された拳に宿る光が触手をすべて黒い塵へと変える。
勝利を確信し拳を放つリーシア……だが、その時。
「止めてリーシアさん、私を殺さないで!」
「アリアさん⁈」
少女の耳に体を乗っ取られたアリアの声が届き、ほんの刹那の時間、迷いが生じたリーシアの攻撃が鈍る。
その瞬間を憤怒は見逃さなかった。すでに渾身の力でムラクごとハルバードを水平に打ち出していた憤怒の斧刃が、リーシアを真っ二つにしようと襲い掛かる。
もはや回避不能の憤怒の一撃……いまさら拳を打ち出したとしても、先に憤怒に当たることはない。
一瞬の迷いが勝者と敗者を逆転させてしまい、もはやリーシアに生き残る道はなかった。
「死ねえ!」
「させぬよ!」
激突するリーシアとハルバード。次の瞬間、しがみついていたムラクと少女の二人は横に数メートルも打ち飛ばされ、もつれ合いながら地面に叩きつけられると、さらに数メートルの距離を転がる。
受け身も取れず人形のように地面に叩きつけられた二人……憤怒との間にある緑の草原に、赤い血が咲き乱れていた。
「リーシア! ムラクさん!」
今だ触手に拘束され動けない魔王が、死の匂いが漂う戦場で二人の名を叫んでいた。
二人はもつれ合ったまま動きを止めると、そのままピクリとも動かない……二人が横たわる草原が、血溜まりで赤く染まっていく。
「フッフッフッフッ、今のは危なかったわよ。でも……本当に愚かで助かったわ。こんな手に引っ掛かってくれて、本当にありがとう。感謝するわ、おバカさん♪ アッハッハッハッハッハッ!」
アリアの声で下卑た笑いをあげる憤怒が、ハルバードを構え倒れ伏す二人に向かって歩き出す。
「リーシア! 返事をしろリーシア! 頼む返事をしてくれ!」
魔王が必死にパーティーチャットで呼びかけるが、リーシアから返事はなく、憤怒がついに二人の元へとたどり着きハルバードを構えながら様子を見る。
「念には念を入れておかないといけないわね。あなた達は、本当に何をしでかすか分からないから……トドメはキッチリとしてやる」
アリアの声が途中から憤怒の声に戻ると、警戒しながら憤怒が倒れた二人に近づいて行く。
「リーシア! 目を覚ましてくれ、もう憤怒が目の前に! 頼む早くポーションを飲んで、逃げろリーシア!」
魔王は声を荒げて、リーシアの目覚めを促すが彼女に声は届かず、魔王は触手の拘束を振り払おうと必死に抗うが、連戦による消耗とダメージにより、触手から抜け出すことすら叶わない。
魔王は頭のスイッチを無理やりオンにして、この状況を打破すべく思考の海へと飛び込む!
集中しろ!
この状況を
集中しろ!
この拘束を破る方法を見つけ出せ。
集中しろ!
少女を救う方法を考えだせ。
集中しろ!
憤怒を倒す攻略法を編み出せ。
集中しろ!
あの子を助けられるなら、俺がどうなっても構わない。だから考えろ。
集中しろ!
俺の全てをくれてやる。だからリーシアを助ける方法を誰でもいい、俺に教えてくれ!
長大化した時間の中で、何十万回と繰り返されるシミュレーション……限界を超えたスイッチの使用で脳が焼けつく! 脳が破壊されるのを防ぐため、体が強制的にスイッチをオフにするが、魔王はそのたびにオンへと切り替える。
脳が限界を迎えても答えがでない思考に、ついに肉体が限界を迎え、スイッチのボタンが壊れてしまう。いくらオンにしても何も反応せず、魔王は答えが出ないまま元の世界へと戻されてしまった。
「グァァァァァッ!」
その瞬間、頭の中に死んだ方がマシだと思えるくらいの耐えがたい頭痛が起こり、魔王はその痛みの苦痛から絶叫を上げていた。脳に近い顔の血管は破れ、耳や鼻から流血を起こし、魔王は血の涙を流していた。
「リーシア……頼む、目を覚ましてくれ、頼むから起きてくれ! ムラク、リーシア連れて逃げてくれ! 誰でもいい! だれかリーシアを!」
だが、魔王の願いも虚しく憤怒がハルバードを振り上げ止めを刺そうとしたとき、その動きが不意に止まる。
「やめろ……止めろ! 止めろぉぉぉぉ!」
「ああ、キサマのその声が聞きたかった。最高に気分がいい。さあ、この女を切り刻んでやるから、もっと我を喜ばせろ。あっはっはっはっはっは……ん?」
愉悦に笑っていた憤怒が突如笑うのを止め、横たわるリーシアとムラクの二人を静かに見下ろすと、ポツリとつぶやいた。
「……なんだ、もう死んでいるのか? ……興醒めだ。さんざん手を焼かされたというのに、人の最後は呆気ないものだな」
「……死んで……る……誰が……」
ヒロを拘束する触手を通して伝えられる憤怒の言葉に……頭の中が真っ白になる。憤怒がそんなヒロの顔を見てニタニタと邪悪な笑みを浮かべていた。
「ああ、この人と豚は仲良くすでに死んでいるよ。せいぜい痛ぶって遊んでやろうと思ったんだがな……残念だよ」
「うそだ……うそだ、ウソだ! 嘘だ! 嘘ダァッ! 『パーティーステータスオープン!』」
HP 105/400
MP 80/350
リーシア
HP 0/210
MP 0/75
ー死亡ー
パーティーステータスを開き視界の端に映るパーティーメニューを凝視するヒロ……その目にはHPが0になり、赤い色で死亡の文字が表示されていた。
「嘘だ……リーシアが……死ぬわけない。だって約束したんだ……一緒に復讐の旅に出て……幸せを探して……なのに、なのに……こんなとこで死ぬわけないじゃないか……」
「クックックックッ、愉快だ。最高に愉快だ! あっはっはっはっはっ。そんなに女が死んだことが信じられないか? なら証拠を見せてやろう」
すると、憤怒がハルバードを地面に突き刺し足元にある
放物線を描いて投げられた
それを見たヒロが目を見開く……体中いたる場所に傷を負い、ボロボロになった少女だった
【警告、ブレイブポイントが低下……このままではブレイブチェンジの維持が不可能になります……ブレイブチェンジ維持限界まで残り90秒】
頭の中に響き渡るシステム音が、ヒロに危険を告げていた。
「どうだ、それで信じてもらえたか? おれは優しいからな、拘束されたお前にもしっかりと死んでいるのが見えるようににしてやったぞ? 嬉しいか? アッハッハッハッハッハッ!」
「……」
ヒロの頭の中に、次々と少女との思い出が浮かんでは消えていく……初めての出会い……ランナーバードとの共闘……アルムの町での一幕……死闘を繰り広げたオーガベアー戦……絶望との戦い……オーク達との生活……オーク達を救う命懸けの戦い……思い出がヒロの心を絞めつける。
【警告、ブレイブスキル保有者の精神部分に異常を感知。速やかに戦闘からの離脱を提言。ブレイブチェンジ維持限界まで残り70秒】
「さあ茶番は終わりだ。もうお前と遊ぶのにも飽きてきた。そろそろお前との戦いに幕を下ろさせてもらおう」
憤怒が地面に差した触手ハルバードを引き抜くと、肩に担ぎヒロに向かって、ニタニタと
ヒロの耳にはもう、憤怒の声など聞こえていなかった。
彼はただ……無表情にピクリとも動かないリーシアだった
【警告! シミュレーションによる本戦闘における勝率が1%を切りました。早急に戦闘を中止し撤退する事を進言します……ブレイブチェンジ維持限界まで残り50秒】
憤怒がついにヒロの目の前にまでたどり着くと……彼を見下ろしながら、愉悦の笑みを浮かべた。
「ああ、最高だ。お前のその顔を見られただけで、我の怒りは少し晴れた気分だ! さあ、我を楽しませた褒美に、じっくりと痛ぶって殺してやろう。我が憎しみを晴らすはキサマの嘆き。怒りを消すはお前の苦しみ。泣き叫び我に許しを乞え!」
すると憤怒がオーケストラの指揮者のように手に持ったハルバードを振るうと……ヒロの左腕を拘束していた触手が動き出し、腕の関節が逆方向へと曲がると……ヒロの体内に『ボキッ』と、骨が折れる音が鳴り響いた!
「……」
【警告、肉体へのダメージを確認。スキル保有者のダメージ量を計算……30%の戦闘能力低下を確認。戦闘フィールドからの早急な撤退を勧告……ブレイブチェンジ維持限界まで残り30秒】
激痛がヒロの体内を駆け巡り、痛みの信号が脳に届けられる……普通なら地面をのたうち回る痛みだったが、ヒロは何の反応を見せず、無言でリーシアだった
「ほう? 声すら上げんとは……ならば、これはどうだ? さあ
再びハルバードを振るう憤怒……今度は両手の指が全て関節とは逆の方向へ曲がっていた。ヒロの手が人とは思えない形状に変化する。拘束する触手を伝っておびただしい量の血が、雑巾を絞ったかのように地面へとぶちまかれた。
「……」
【危険、肉体の損壊を確認しました。スキル保有者に深刻なダメージを確認…… ブレイブポイントを全て消費しました。ブレイブチェンジが強制解除されます。ステータス並びに関連スキルの書き換えをスタート……書き換え終了までの残り時間……15……14……】
システム音声が、ブレイブチェンジの残り時間をヒロに告げる……ブレイブチェンジが解除され、書き換えられ上昇していたステータスが元に戻れば、もはやヒロが憤怒に勝利する確率は0%だった。
このまま何もせずにいれば、ヒロに訪れるのは100%の死……だが、彼はそんな状況にも微動だにせず、何の変化も見せない。彼の悲しみに包まれた瞳が彼女だった
「チッ! つまらん……この程度と心が壊れるとは、所詮は愚かな人ということか? いくら痛めつけても反応がないのでは面白くもない。まあいい……さあ、そろそろお前との戦いも終わりにするとしようか。トドメを刺してやる!」
「……」
【3……2……1……書き換え終⁈ エラー発生! 書き換えシーケンスに異常を確認。対象者のデータスキャン開始します……スキャン終了。続けて書き換えデータとバックアップとの整合性の比較スタート……エラー箇所を発見……修復をスタートします】
憤怒が武器を上段に構え、凶々しいし漆黒のオーラをまとわせると、ハルバードが吸い込まれるような黒い輝きに包まれる。確実にヒロを次の一撃で仕留めるため、憤怒が持てる力の全てを武具に込めていた。
「……」
【エラー! 修復はできませんでした。続けてバックアップからの復元を実行します。復元スタート…… エラー! 復元に失敗しました。緊急措置のため、メインシステムと対象者の魂を接続……完了。マスターデータのダウンロードならびに復元をスタート……エラー! 復元に失敗。深刻な書き込みエラーが発生しました。対象者の魂に何らかの問題が発生中、メインシステム保護のため、接続経路を遮断します】
闘気をまとい肉体までも極限まで強加する憤怒……ハルバードを握る手に力を込め、最高の一撃を放とうとしていた。
「……」
【エラー! 接続経路の遮断に失敗しました……警告、システムへの不正侵入を確認。システム保護のため、強制停止信号により対象者の生命活動を停止します……エラー! 強制停止信号を拒絶! 危険! 危険! システムよりメインシステムへ警告! システムへのハッキング行為を確認。
ヒロを頭から真っ二つにしようと憤怒が武器を構え…… 渾身の力を込めてハルバードをヒロに打ち下ろした!
「滅び去れ!」
「……」
触手に拘束され、身じろぐことすら出来ないヒロに、無情にも憤怒のハルバードが叩きつけられた時だった。
「なんだと!」
憤怒の持つハルバードの柄が、目に見えない何かに半ばから断ち切られ、斧刃の部分だけが宙を舞い、後方の地面へと突き刺さった。
「なんだ、なにが起こっている⁉︎」
ハルバードの柄の部分だけを手にした憤怒が、すぐにヒロの方に顔を向けると……。
「縺オ縺悶¢繧九↑?」
いつの間にか下を
「縺オ縺悶¢繧九↑?√??縺オ縺悶¢繧九↑?」
「まだ力を隠しグァァァァァッ!」
ヒロが再びつぶやき、虚な瞳で憤怒を見た時、憤怒の左腕は切り裂かれていた!
「キ、キサマ……何を、いま……何をした!」
左腕に走る痛みで初めて自分が攻撃されている事に気がついた憤怒は、痛みが走った左腕を見ると肘から先を失っていた。
その切断面は恐ろしくなめらかで、いかなる鋭利な刃で切り裂いたとしても再現不可能な切断面だった。
「險ア縺輔↑縺?シ」
「クッ! 頭が狂って、言葉すら喋れなくなったか⁈ だが無駄だ。いくら切り裂かれようが、我の触手があればいくらでも再生は……ば、ばかな! 再生が……触手が再生できん⁉︎ なぜだ!」
「縺雁燕繧堤オカ蟇セ縺ォ谿コ縺励※繧?k?」
憤怒が狼狽、自分に不可解な現象を与える存在に再び顔を向けた時、憤怒の心に久しく感じたことがなかったある感情が芽生えた。
「ヒィッ! な、な、なんだお前は……なんだこれは……なぜ、なぜ我の体が震えているのだ。お、お前は、い、い、い、一体……だれだ⁈」
憤怒とヒロだった
それはデバッガーである憤怒が感じるなど、ありえない感情……すなわち恐怖だった。
〈あらゆる災厄が封じられた
…………
何もない真っ黒な空間で全裸の男がモニターにかじりついていた。
「デバッガーが恐れるほどの存在だと⁈」
白い仮面に付いた赤い宝石が、激しく点滅を繰り返していた。
「お前か! 本上
サイプロプスがモニターに映る憤怒と、ヒロではない……別の何かに変貌した姿を見て、嬉々とした声を上げていた。
「いや、まだだ……まだ奴が俺の求めている英雄とは限らない。だが、もしあの憤怒に勝利し、奴の呪縛から抜け出せたのなら……俺はお前に全てを賭けよう。さあ見せてみろ! お前こそが、このクソッタレな世界をぶっ壊せるバグキャラであることを、俺に証明してみせろ。バグ勇者よ!」
仮面の男はただモニター画面に向かって一人声を上げるのであった……スッポンポンで!
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