第167話 忘却 vs 憤怒 無音の斬撃
オーク村から少し離れた南の森の中……そこで二人の雄が互いに武器を構え対峙していた。
一人は190センチを超える高い身長ながら、鍛え抜かれた鋼のような筋肉でその身を包み、引き締まった体のラインが抜き身の刀のような印象を見るものに与えていた……それは両手に持った重量級のハルバードを後ろ手に引き構えている。
対するもう一人、身長165センチと高くもないし低くもない平均的な背の高さ……太過ぎず、痩せ過ぎず、平均的な体型……可もなく不可もない、強いてあげれば特徴が何もないのが印象だった……手にはオーク達が好んで使う平均的な長さの槍を両手で持ち、穂先を相手に向けて、何の変哲もない構えを取る。
「カイザー殿、胸をお借りしますぞ!」
「ムラクよ、いつでも来るがいい!」
二人の間の距離は4メートルと、少し間が空いた……攻撃のタイミングを計る二人の間に、張り詰めた空気が漂っていた。
最強のオークヒーロー、カイザーと……若手No.1の戦士ムラクが闘気を漲らせ、互いに相手の出方をうかがう。
「参る!」
その言葉を合図に、ムラクがカイザーに向かって、やや前傾姿勢で槍を構えると一足飛びで槍を突き出す!
「むう! なんだ!」
カイザーがムラクの攻撃に一瞬反応が遅れ、驚愕しながらもハルバードを迫り来る槍に合わせ、左から右に無造作に振るい弾く!
槍は力尽くで横に攻撃が流されると、そのまま長い柄の部分にハルバードが絡みつき槍を下へと引っ張る!
槍を弾き飛ばされまいと力を込めて握り込んだ両手と前傾姿勢が災いし、ムラクが前のめりにバランスを崩しながら倒れ込んでしまう。
カイザーがそのままハルバードを振り上げると、槍はムラクの手から巻き取られ、そのまま宙へと打ち上げられた! そしてカイザーが右足を引きながら、体の向きを90度回転させると振り上げたハルバードがそのまま上段の構えに移行する。
カイザーの目の前に、ムラクが
「参りました!」
憤怒の後方に天高く飛んだ槍が突き刺さり、ムラクの頭ギリギリのところでハルバードの斧刃が寸止めされていた。
横目で斧刃を見たムラクの額から冷や汗が流れ落ちる。
「カ、カイザー殿……この一撃、降参しなくても止めてくれてましたよね?」
「……」
何も喋らないカイザーに、ムラクの額から汗がドバドバ滝のように流れ出た!
「ちょっ! なんで無言なんですか! まさか降参しなければ本気で⁈」
斧刃から逃げ出すように立ち上がり、後ずさるムラク……その顔は引きつっていた。
「た、戦いの中で死ねるのは戦士の本望だ……問題ない!」
ムラクを殺しかけたカイザーが、もっともらしい事を口にして言い逃れようとしていた!
「いや、待ってくだされ! たしかに旅立つ前に『一手ご教授を』と願い出たのは拙者ですが、なんで本気で殺しにきているんですか! 力量差を見て普通加減しますよね⁈」
「……すまん」
素直に非を認め、頭を下げて謝るカイザーを見てジト目になるムラク……自分の実力を推し量るべく、エクソダス計画で旅立つ前に、戦士として最強に挑んでみたかったムラクは、胸を借りるつもりで教えを乞い、カイザーはそれに応えてくれた。
だが、まさか……応え過ぎて殺される寸前になるとはムラクは夢にも思わなかった!
オーク族最強の戦士にして希望の星、だがその実は不器用なオスで、妻の尻に敷かれ子供をベタ褒めする家族思いの戦闘狂……村一番のエロスと名高いオーク族の族長を見て、ムラクは呆れながらも『この人は仕方がないな〜』と殺されかけた事を水に流す。
「ふ〜、分かりました。頭を上げてくだされ、カイザー殿……最後にあなたに挑み敗れ死んだのなら、それは私の力量不足、それを悔いるのは戦士の恥です。私の方こそ、本気になってくれたあなたに礼を言わねばならぬのに、失礼しました」
今度はムラクが頭を下げカイザーに許しを乞う。
「ムラク、お互いさまという事で、この話は水に流そう」
頭を上げるムラクとカイザーの二人……その顔は晴れやかだった。
「分かりました。しかし分かってはいましたが、やはり拙者ではカイザー殿の足元にも及びませんでした。普段影が薄く、村の者に忘れ去られないよう修練を積み若手No.1にまで上り詰めてもこの程度……かなりヘコみます」
圧倒的に力の前に戦士としての実力を見せつけられたムラクが肩を落とし悲観していると……。
「ムラクよ、そう自分を
「拙者が強い? そんな訳……」
「いや、強さとは力のあるなしではない。心の持ちようなんだと我は思う」
「心の?」
「そうだ。我もついこの前までは戦いに勝つためには力こそが全てと思っていたが、奴と戦って少し考えが変わった」
「奴?……ヒロ殿のことですか?」
「そうだ。ヒロと戦って思い知った。単純な力の強弱が、戦いの勝ち負けを決めるのではないことにな」
「カイザー殿、それはどう言う意味です?」
「今まで我に挑むものは大抵、我の力に絶望し無様に逃げるか、死を覚悟して玉砕するかしかなかったのだが……ヒロは違った」
カイザーが嬉しそうな顔をムラクは見ていた。
「奴は我に敵わないと知りながらも、愛する者を守るため我に戦いを挑んで来たのだ。圧倒的な力を前にして、恐怖で心を震わせながらな……あの時の奴の目を我は今でも覚えている。絶対に最後まで諦めてやるものかと、強い意志に満ちた目だった」
「あのヒロ殿が?」
「うむ。結果は辛くも我が勝利したがな。決闘で再戦した時には、もう奴は我を超えてきた……持てる全てを駆使してな。単純な力ではなく創意工夫で我に挑み、勝利を手にした。我はそんなヒロを見て痛感した。戦いとは力だけではないとな」
そう語るオークヒーローの顔は笑っていた。
「ヒロ殿が強いのはオーク族の誰もが認めます。ですが、拙者はヒロ殿ほど強くはありません。村では皆に影が薄いと陰口を叩かれ、強さで存在をアピールしようにも、平均的過ぎて特出した強さがない拙者では、新たなる地で坊ちゃんと皆を守れ自信が……」
再び肩を落としたムラクに、カイザーが肩を軽く叩く。
「ムラク、お前はまだ若い。確かに我ら古参オークと比べたら弱いだろうが、若手オークの中では、お前が一番地力があると我は思っている」
「拙者が?」
「そうだ。我は知っている。影が薄いと言われても腐らず修練に励む姿を……逃げずに努力する姿をな。だから自分を卑下するな。お前は間違いなく強い。現にお前の放った、いまの一撃に我は驚いた」
「拙者の一撃にカイザー殿が驚いた?」
「うむ。お前の攻撃のタイミングを見逃さずにいたはずなのだが……その初動を見抜けなかった。影が薄過ぎて、攻撃の気配はおろか姿すら認識できず驚いた」
「それって……戦っていても影が薄いってことですか⁉︎」
その言葉に涙目になるムラク!
「そうなるな……だが逆にお前の影の薄さというか、存在感のなさを、弱点ではなく長所として取り入れてみたらどうだ?」
「長所として? 影の薄さを逆手に取れと?」
「そうだ。もしかしたらばの話しだが、その影の薄さを極めれば、そこにいると分かっていても避けられない一撃を相手に打ち込めるようになるかもしれん。そうなれば、我の絶対防御でも防げずに敗れるかもしれん」
「拙者がカイザー殿に勝つ?」
「我とて無敵ではないと、ヒロに敗れて思い知った。本当の強さとは心の持ちようなのだとな。ムラク……お前は強い。だから我はお前に一族を託すのだ。お前ならきっと皆を新たなる地で守ってくれると……それだけの努力した力と心の強さがお前にはある。だから自信を持て。今のお前は若手No.1だが、いつかオーク戦士のNo.1になれると我は思っている」
「……分かりました。カイザー殿の期待に応えられるよう、精進します」
「ああ、そしていつか我の代わりに、今の話を息子シーザーに伝えてやってくれ」
「カイザー殿……しかと承知しました。いつの日か必ず拙者がオーク族一の戦士となり、この話を坊ちゃんに致します」
「ムラク、頼んだぞ!」
「はい……必ずや坊ちゃ……んに…… zZZ……ギャー!」
ムラクが微睡の中で急に走った衝撃と、体にのし掛かった重みの苦しさで目を覚ます!
「な、なんだこの重みは? これは……カイザー殿のハルバート?」
夢の世界から現実世界へと引き戻したものを見て、目をパチクリさせるムラク……そして目の前で起こっている光景を見て、目を白黒させた!
「戦いはまだ続いている? ヒロ殿とリーシア殿は……何かに拘束されているのか? 身動きが取れないようだな」
拘束されたヒロとリーシア……そしてヒロと憤怒が何か話している姿が見て取れた。
ムラクから見て後ろを向いてヒロと話し込む憤怒……完全に注意がヒロに向き、ムラクが目覚めたことに気がついていない。
ムラクと憤怒の距離は10メートル以上離されており、いくら注意がヒロに向いているとはいえ、気づかれないように憤怒に近づくのは不可能に近い。
仮に近づけたとしても、ムラクには憤怒を仕留め切る技も力もない。
何もできない影の薄い役立たず……そのフレーズが頭を過ったとき、『ムラク……お前は強い』カイザーの言葉が彼の心の中で響いた。
「そうだ、拙者は強い……カイザー殿は拙者にオーク族の未来を託してくれたのだ……なのにこんなとこでおめおめと寝てなどいられるか!」
自分にのし掛かるハルバードを手に立ち上がるムラク……彼はハルバードを構え気配を抑える。
影の薄い存在感のなさを嘆かない日などなかった……強くなり存在感を増そうと努力を重ねても変わらぬ日々に
自分を認めてくれたカイザーとその家族の仇を討つ手助けを出来るのだから……ムラクは闘気をハルバードに流し込み構えると静かに走り出した。
「……」
足音はおろか衣擦れの音すらしない全力疾走……無音の斬撃が憤怒の背後から迫る!
それを見たヒロは口元を吊り上げ、憤怒の注意を自分へと引きつける。
「何が可笑しい! 人の分際で我を笑うなど!」
「クックックックッ、いや何、お前が見事にまで引っかかってくれたんで、つい笑いが隠せなくなっただけさ」
「ふざけるな! もう、きさまの奇策も尽きただろう? もうお前たちに勝ち筋などありはしない!」
「……」
足元に広がる草原を疾走するムラク……草を踏み締める音さえ感じさせない!
「勝機か? 勝機ならまだあるさ!」
「勝機がまだあるだと? 世迷言を……拘束されたお前たちにもはや勝機など存在せん!」
「俺たちだけ? 憤怒……おまえはいつから俺とリーシアの二人しかいないと思っていたんだ?」
「なんだと? お前たち以外に他に誰かいるとでも言うのか⁈」
「……」
残り4メートルの位置まで近づいたムラクが、草原の大地を音もなく跳び上がる!
「ああ、お前は忘れているのさ、この場にいた四人目の……『忘却の戦士』をな!」
ムラクがハルバードを振り被り打ち下すと同時に、武器に込めた闘気を一気に解き放つ!
憤怒が突如現れた闘気の気配に『ハッ』となり、リーシアの方へ顔を向けたとき、そこには『忘却の戦士』が弾き飛ばしたハルバードを手に、少女へ打ち下ろしている姿があった!
「拙者の存在感のなさを舐めるなよ!」
憤怒でさえ感知不可能なムラクの存在感の薄さ……ハルバードに通した闘気がムラクの攻撃力を増大させリーシアを拘束する触手を断ち切る!
「ムラクさん!」
触手の拘束が解けたリーシアは、最後の一撃を憤怒に打ち込むために、体内の気を練り上げながらムラクの名を叫ぶ!
「長くはもたん! 戦士ムラク参る!」
振り抜いたハルバードに再び闘気を流し込み憤怒へとムラクが肉薄すると、二つハルバードが激突し火花を散らす!
「憤怒よ、いま少し拙者に付き合ってもらおうか」
「雑魚の豚が! お前如きが我の邪魔をするな! 滅びよ!」
二つのハルバードが何度もぶつかり合う。
「バカな⁈ 姿が見えているのに攻撃の動作が見えんだと? どういう事だ!」
「……」
無音で斬撃を打ち出すムラク……気配のない攻撃に憤怒は
対してムラクは攻撃を行った後の隙を突かれ、体中に傷を付けられていた。
憤怒のハルバードが振われるたびに血が飛び、草原の緑を赤い色で染め上げていく。
「ふん。最初は攻撃の気配のなさに驚いたが、それだけのようだな?」
「……」
黙々と憤怒にハルバードを振るうが、絶対防御スキルに何度となく弾かれ、いくら傷付こうがムラクは止まらない……攻撃の手を緩めず命に関わる攻撃だけを避け、残りは無視する。
「いくら攻撃を当てようが、ダメージが入らなければ意味がないというのに、所詮は愚かな豚か……それよりもあの女は⁈」
自分の脅威になり得ないと判断した憤怒は、なぜか急にムラクに興味をなくすと、うるさいハエを叩き殺すかの如く、無造作にハルバードを振るう。
「もらった!」
何の工夫もないただの斬撃をムラクが武器で受けると、そのままハルバードごと憤怒の腕にしがみつき動きを封じる!
「なっ⁈ 無駄な足掻きを! 離せ豚!」
「今だ! リーシア殿!」
「
背後から聞こえて来る少女の声……肩越しに振り向いた憤怒の目に、すでに震脚を踏み拳を繰り出そうとしているリーシアの姿が映っていた!
オークに構っていては間に合わないと判断した憤怒が、凶々しい漆黒のオーラをまとうと、ハルバードにしがみつくムラクごと、力任せに持ち上げて後ろを振り返える。
「拙者に構うな!」
「
覇神六王流の奥義が打ち出された!
〈忘却されし戦士の意地が、戦いに勝機をもたらした!〉
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