第142話 その聖女、凶暴につき……
「よくも好き勝手にやってくれたじゃねーか! クソ野郎が! やられた分はキッチリ返してやるからな! 覚悟しろゴラァァァ!」
そこには喧嘩上等の刺繍が入った白い特攻服に身を包み、ガナリ声を上げる……パツキン
腕を組み仁王立ちする少女が、死を振りまく憤怒に向かって
「な⁈ あなたリーシアちゃんなの?」
突如現れた、リーシアと同じ顔をした謎の少女に、近くにいたナターシャが声を掛けると……。
「ああ、リーシアであるがそうじゃねえ……あ〜説明が面倒臭え!」
頭をガシガシ掻きながら、答えるリーシア……いつもの少女と明らかに違う口調や仕草に、ナターシャが戸惑ってしまう。
「ナターシャの姉御! アイツはオレがタイマンを張る。邪魔はしないでくれよ? 受けた借りをキッチリ返してやるからよ!」
ヤンキーリーシアが手をボキボキしながら、憤怒に再び眼を飛ばす。
「あ、姉御⁈ リーシアちゃんあなた一体?」
「説明は後でヒロにでも聞いてくれ。それよりも今はあのクソ野郎だ! ヒロ? 用意はいいな? 足手まといになるんじゃねーぞ!」
「え? ヒロがいるの? どこに?」
ナターシャが、リーシアのヒロに語り掛ける声に周りを見回すがその姿はどこにも見えない。
「ああ、ヒロならちゃんといるぜ。ココにな!」
リーシアが右手を握り込み、親指を立てながら自分の左胸を指し示していた。
「リ、リーシアちゃんの中に?」
「ああ! おいヒロ! いい加減にしやがれ、時間がないんだ。サッサとあのシャバ僧をシメるぞ!」
するとリーシアが、背中にイケイケのオーラをまとい、憤怒に向かってゆっくりと歩き出した。
…………
「ふ〜、うまくコネクトできました!」
ヒロは真っ白な空間の中で、コントローラーをカチャカチャと鳴らしながら、ボタンの押し心地を確かめる。
ヒロの目の前には大画面のスクリーンが浮かび、外の様子が映し出されていた。
三人称視点のゲーム画面のように、ヒロはリーシアの後ろ姿を見下ろしながら、周りの状況を見ていた。
画面の上部には秒数が表示され、一秒ごとにそのカウントを減らしている。
広い視野には今もなお、憤怒に挑み、時間を稼ぐ者たちの姿が映し出され、ヒロはゲーミングチェアーのように座り心地抜群の椅子に深く腰掛けながら様子をうかがう。
「ああ! おいヒロ! いい加減にしやがれ、時間がないんだ。サッサとあのシャバ僧をシメるぞ!」
空間にリーシアの声が響き渡る。
「コントローラーの慣らしは終わりました。いつでも行けますよ!」
ヒロが応えながらコントローラーの十字キーを操作すると、画面に映る少女がそれに合わせてゆっくりと歩き出した。
「よ〜し。じゃあ手はず通りだ! 基本はヒロに体のコントロールを任せる。緊急の場合はオレが体をコントロールするでいいな?」
「はい。フッフッフッ、久しぶりの対戦格闘……腕が鳴ります!」
「あまり無茶な動きをするんじゃねえぞ? まだ体が慣れてねえ。もし無茶な事したら……あとで腹パンチだからな!」
「分かっています。この前は対戦ゲームのようにコマンド技を無茶苦茶につなげたから、リーシアの体が悲鳴を上げてしまいました。今回は技のつなぎも考えて操作しますから安心してください」
するとヒロがコントローラーのスタートボタンを押し、メニュー画面からリーシアのステータス画面を表示する。
名前 リーシア
性別 女
年齢 15才
職業
レベル :???
HP:650/735
MP:290/457
筋力:633
体力:633
敏捷:390
知力:415
器用:498
幸運:364
固有スキル 殺しのライセンス
聖女の癒し
天賦の才
Bダッシュ LV 4
二段ジャンプ LV 3
溜め攻撃 LV 3
コマンド入力
オートマッピング LV2
言語習得 LV2
絆 LV 5
所持スキル 近接格闘術 LV 8
発勁 LV 8
震脚 LV 8
回避 LV 6
回復魔法(滅)LV 10
女神の祝福 【呪い】LV 10
身体操作 LV 4
剣術 LV 4
投擲術 LV 3
気配察知 LV 2
空間把握 LV 2
見切り LV 2
ステータス画面には、リーシアのスキルと、ヒロの持つ一部スキルが表示されていた。
【コマンド入力】
融合状態にあるプレイヤー達の攻撃スキル・技をコマンド入力にて使用可能
コマンド入力成功時、スキル使用によるHP・MP・SPなどの消費なし
使用可能コマンドは技表に明記
【絆】
コネクトキャラのステータスに補正効果
対象者同士のステータスを足し、総合計にボーナス値を掛けた数値がステータスとなる。
スキルレベル×10%がボーナス値となる。
ヒロは、表示されたステータス画面を素早く操作し、技表の文字をクリックすると、技入力を最終確認していく。
リーシア技一覧
A=Pボタン B=Kボタン C=ガードボタン
震脚
P + K + G
Bダッシュ
→→ + K
タメ攻撃
← 五秒経過 + P or K
波動掌
↓↘︎→ + P
ヒール(滅)
→↓↘︎ + P or K
肘鉄
←タメ→ + P
膝蹴り
←タメ→ + K
↙︎タメ↗︎ + K
爆心治癒功
↓タメ↑ + G
音叉波動掌 必殺技ゲージ1消費
震脚×2 + →←↙︎↓↘︎→ + P
絶技六式 必殺技ゲージ2消費
→↓↘︎→↘︎↓↙︎←→← + P +G
「イマイチ信頼できねえが……やるしかねえか!」
「任せてください。コンボもバッチリ考え済みです。『ストグラ』と『ばーちゃんファイター』を足して2で割ったようなシステムで戸惑いましたが、なんとかなりそうです」
「ストグラ? またゲームの話か?」
「はい! ストグラ……あれは対戦格闘ゲームの金字塔です!」
…………
ストグラ……正式名称、ストリートグラップラー。
対戦格闘ゲームの始まりにして、新たなるゲームジャンルを創り出した始まりの伝説。
発売当初、ゲームセンターの片隅に置かれた巨大な筐体がゲーマー達の目を引き、話題を集めのは有名な話である。
最大の特徴は、パンチングマシーンの要素を取り入れた事だった。巨大なラバー製ボタンを、拳でぶっ叩く強さで攻撃の強さが変化する、一風変わった格闘アクションゲームだったのだ。
このラバー製ボタンが曲者で……とにかく硬かった! 子供ではボタンが押せないほどの硬さで、大人でも力一杯押さないと強攻撃が出せない!
結果、強攻撃を出すためにフルパワーでボタンをぶっ叩く光景が散見され、ゲームを終えた時、プレイヤーの手は赤く腫れ上がるばかりか、骨にヒビを入れる猛者まで現れた。
今でこそ、必殺技はコマンド入力で出すなんて当たり前だが、当時はコマンド入力という概念がなく、必殺技の存在など誰も知らなかった。
有名な必殺技コマンド『↓↘︎→+P』は、このゲームが始まりなのだ。
当時のゲーマー達は、偶然見つけた技を一子相伝の秘伝の如く、仲間内で教え合い切磋琢磨する姿が見てとれた。
この時代の必殺技はまさに必殺で、一発でHPゲージの三〜六割が削れる大味の必殺技が実装されており、ぶっちゃけ必殺技を連打しているだけで、CPUに勝ってしまうくらい大味であった。
シリーズ二作目にして世界中に社会現象を巻き起こし、数々の家庭用ゲームに移植されたストグラは、シリーズ合計販売本数4300万本を記録する生きる伝説である。
初代主人公のリョウとカンは全ての作で主演を果たし、発売三十年を迎えてもなお、皆勤賞を取り続けている。
ゲーマーなら知らぬ者はいない、対戦格闘ゲームの元祖……それが『ストグラ』だ!
…………
「金字塔だか何だかは知らねえが、気合入れてけよ! オレ達は負けるわけにはいかないんだからな?」
「分かっています。憤怒の攻撃パターンは把握済みです。オークと討伐隊の皆さんの犠牲を無駄にはしません」
目の前のスクリーンには、今もなおオークと討伐隊が共闘し憤怒に立ち向かう姿が映し出され、ヒロが憤怒の攻撃パターンを蓄積し続けていた。
あの悪意に自分では勝てはしない。ただ殺されるしかない……それでもその足は憤怒へ向かって足を踏み出す。愛するものを守るため、彼らは死ぬ事を迷わない。
死んだ後をヒロ達に託し、彼らは命懸けで時間を稼いでくれていた。
種族を超えて憤怒に立ち向かう者たちが、次々とその触手に討たれ死んでいく。
それはまるで、死に向かって狂信的に走り続けるレミングスのデスマーチのように戦場に曲を奏でていた。
「それとリーシア……戦う前に話しておかなければならない事があります」
「なんだ? やぶからぼうに?」
「憤怒を倒したあとの話です」
「倒したあと?」
「そうです。憤怒を倒したあと、あの紋章は倒した相手に乗り移るはずですが……コネクトで融合している僕たちに乗り移った場合、どうなるか見当がつきません」
「ああ、二人に戻った時に、どっちにあのクソ紋章が付くかって事か?」
「そうです。コネクトによる融合は、基本リーシアの体をベースにしているようですから……最悪の場合リーシアに憤怒の紋章が継承される可能性があります」
「ですので、トドメを指す瞬間、コントローラースキルを解除して僕がトドメを刺します」
「ダメだな。スキルを解除する瞬間、動きが止まる。アイツは一瞬でも気を抜けば、何をしでかすか分かったもんじゃねえ。だからその案は却下だ」
「ですが……」
「男がグタグタ言ってんな! オレにクソ紋章が乗り移ったんなら、そん時はそん時さ! もともとこれはオレが望んだ戦いだ! 今さら命が惜しいからって尻込みするような根性なしじゃねえ!」
大スクリーンの前でヒロがリーシアに叱責されコントローラーを握る手に力を込める。
「分かりました。もしリーシアに紋章が乗り移ったなら必ず……」
「ああ、必ずオレを殺してくれ。そのために、もうオレの手の内は見せたはずだ。もうお前ならオレを
「違いますよ。リーシア……僕はあなたを必ず救って見せます。一緒に幸せを探すって約束ですからね。だからこの戦い……生き残りますよ!」
戦いを前に、ヒロが手に持つコントローラーを握り直すと、その目に炎が灯る……かつてゲーム
「ヒロおまえ……ヘヘッ、そうだったな。オレをこんなにした責任を果たしてもらわなきゃな! 残り時間も少ない。さあ準備はいいか?」
ヒロがスクリーンに映る時間を確認すると、秒数が残り1200秒を切っていた。
「コントローラースキルの残り時間はあと二十分……準備は十全です! 奴に見せてやります。かつて格ゲー世界大会の頂点に上り詰めた……僕のコントローラー捌きを!」
「さあ
二人の心がシンクロし、ゆっくりと歩いていたリーシアの輪郭がブレると、その姿が消える。
そして次の瞬間、憤怒の顔にリーシアの拳が打ち込まれていた!
いきなり目の前に現れたリーシアに反応できず、憤怒が殴り飛ばされる。
地面を数メートル転がると、何事もなかったかのように立ち上がり、リーシアを見る。
「あん? オレに
突如現れた謎のパツキン
「な? あれはさっきオークと戦ってた少女か? さっきと格好が?」
「巻き添えになりたくなかったら
鋭い
「滅びよ!」
兵士たちを無視して、リーシアを刺し貫こうと凶々しい触手が彼女に迫る。
「滅ぶのは、お前の方だ!」
リーシアのヒール(滅)が、ヒロのコマンド入力で瞬時にカウンターとして打ち出されていた。
彼女の光り輝く拳が迫り来る触手に当たると、それは黒く変色し
「人よ、なぜ滅びぬ? お前たちは必要ない。故に滅びを受け入れよ。我が怒りを知るがよい!」
「はん! お前の怒りなんて知ったこっちゃねえ。生きるか死ぬか、それを決めるのは自分自身だ。テメーが勝手に決めてんじゃねえぞ。その腐った根性を、いまオレが叩きのめしてやる。覚悟しやがれクソ野郎が!」
〈
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