第143話 勇者+バグ聖女 vs 憤怒の紋章

「人よ、なぜ滅びぬ? お前たちは必要ない。故に滅びを受け入れよ! 我が怒りを知るがよい!」


「はん! お前の怒りなんて知ったこっちゃねえ! 生きるか死ねか、それを決めるのは自分自身だ! テメーが勝手に決めてんじゃねえぞ! その腐った根性を、いまアタイが叩きのめしてやる! 覚悟しやがれクソ野郎が!」


 言うや否や、聖女ヤンキーが憤怒に向かって走り出すと、憤怒の左肩から今度は五本の触手が生え出し、少女に襲い掛かって来た。


 時間差と攻撃の軌道を変えた触手が、上下左右から襲い掛かる! それぞれの触手が意思を持ち、互いの攻撃をカバーすることで聖女の回避を許さない!


「チッ!」


 少女の舌打ちがヒロの耳に届く。


 憤怒は少女の攻撃が絶対防御スキルを突破してダメージを与えてくる事を警戒して、瞬時に戦略を切り替えてきた。


 聖女のヒールが単発しか打てない事を予想した憤怒……ヒールを打ち終わった後の無防備な少女を狙って多段攻撃を仕掛けきたのだ。


 たとえヒールで触手が塵に代わろうが、残り四本の触手が少女を襲う。攻撃を回避しても収縮自在の触手が、どこまでも追い掛ける。


 ヒールされる事を前提にした相打ち覚悟の逃れられぬ一撃!


 逃げ道を塞がれた聖女は、後ろに回避する道しか思い浮かばない。


 だが、ヒロの指はコントロールの十時キーを、迷いなく前に押し込む!


「ゲーマーを舐めるな!」


 瞬時に頭の中のスイッチをONに切り替えたヒロが、スローモーションの世界に入り込む!


「笑わせるな! この程度の攻撃密度で僕がゲームオーバーになるとでも? 教えてやる! 貴様が考える攻撃なんて超難易度の弾幕ゲーの足元にも及ばないと!」


 長大化した意識の中で、ヒロは最速最短の回避方法を弾き出し、コントローラーを操作する。


 迫り来る五本の触手! 聖女の顔に迫る一本目をギリギリまで引き付け、少女の右手が触手の側面に手を添えると軌道が横に流される。


 続く二本目が襲い掛かろうとした時、軌道を逸らされた一本目の触手が少女を守る盾となり、絶対防御スキルによって弾かれる。


 下から襲い掛かる三本目……触手が聖女の下半身を狙うが、左足を上げた少女の足が震脚を踏み、触手が地面に縫い付けられてしまう。

  

 左からなぎ払う四本目! 震脚した左足を軸足に、右足の強烈な上段廻し蹴りが決まり、触手の軌道を無理やり変えていた。


 空中で足を振り抜き、もはや逃げ場がない少女に最後の触手が牙を剥く!


 右下からすくい上げる軌道で迫る触手に、聖女の目が険しくなり眼光が鋭くすると吠えた!


「舐めんじゃねえ!」


 足を振り抜いた体勢の聖女が、空中で腰を回転させ振り抜いた足を触手の軌道に向けると、そのまま足を振り下ろす! 


 効果範囲と攻撃が当たる足の角度によってダメージが増減する高等蹴り技……別名ネリチャギと呼ばれるカカト落としが、最高のタイミングと角度で触手にカカトが落とされ撃墜される。


「「Bダッシュ!」」


 ヒロとリーシアの声ハモり、着地と同時に震脚からの高速Bダッシュで憤怒との距離を一気に縮める。


 避けられない攻撃を全て回避した聖女とヒロが、ヒールを温存したまま、憤怒に手が届く位置に迫ろうとした時だった。


 止めにヒール(滅)を打ち込もうとしたしたヒロは、憤怒が口元をわずかに吊り上げたのを見逃さない。


 憤怒の前へリーシアが突進すると、憤怒の左腕から六本目の触手が生え、少女に向かって突き出されていた。


 突如生えた触手の攻撃に聖女が反応できず、鋭い先端が一直線に少女へと迫る!


「遅い! 1フレームあれば見切れる!」


fフレーム

 格闘ゲームにおいて、操作キャラが一つの動作を終わらせるまでに掛かる時間を表す言葉。

 

 ゲームによってfps値は異なるが、最新の格闘ゲーム『ストーリートグラップラー』では、60fpsと滑らかな動き実現している。


 これは1秒を60分1に分割した時間を表しており、1フレームが0.017秒である事を意味する。


 最新のストリートグラップラーでは、単純なパンチひとつとってもみても、攻撃に掛かる時間が違う。


 小パンチ :  6フレーム 0.1秒で攻撃が発生。

 中パンチ : 11フレーム 0.18秒で攻撃が発生。

 強パンチ : 20フレーム 0.34秒で攻撃が発生。


 対戦格闘ゲームでは、大〉中〉小の順番でダメージが高くなるが、相手が強パンチを出した後に、小パンチを0.23秒以内に出せれば、先に出した強パンチを潰して小パンチを当てられる。


 相手の攻撃を見てから対策を練り。返し技を繰り出す……簡単のようだがおよそ普通の人間には到達不可能な領域である。


 どんなに優れた人間だろうと、知覚できるスピードには限界があり、通説では3フレームまでが限界と言われている。


 だが真のゲーマーは、そんなコンマ何秒の世界で常に戦い続けるのだ。


 そして対戦格闘ゲーム界の頂点に君臨したゲーム、ヒロの知覚スピードは1フレーム……すなわち人間の限界を超えた世界に到達していた。


 あらゆるゲーム大会で優勝し、バグキャラとまで言わしめたゲーム鬼の本領が、ガイヤの世界で発揮される!


 頭の中のスイッチをONにしたヒロが、スローモーションの世界で憤怒の動きを1フレームも見逃すはずがなかった。


 Bダッシュからのジャンプにより、憤怒の攻撃を上へ飛び越えて聖女が回避する。


「滅びよ!」


 だが、憤怒の口元を吊り上がったままだった。


 次の瞬間、七本目の触手が生えだし、聖女が通り過ぎるであろう背後の空間に向かって打ち出していた。


 その攻撃を見て、ヒロは吠える!


「11フレームも掛かる攻撃が先読みできなくて、世界チャンプになれると思うなよ!」


 空中にいた聖女の体が縦に回転し体勢を整えると、少女は顔を下に向け憤怒を真下に捉える。そして空中に向かって震脚を行った。

 

 何もない空中……地面もなく空を切るしかなかった足の裏に、硬い地面を踏み込む感触が聖女に伝わってくる。


 ヒロのスキル、二段ジャンプにより空中に足場を作り、蹴りだす事で軌道を鋭角に変えた聖女が、その拳を真下にいる憤怒の顔に向かって打ち出していた!


「食いやがれ! ヒール!」


 突然変わった聖女の軌道と攻撃に憤怒の反応が遅れる。とっさに迫り来る拳を回避しようと、絶対防御と闘気を体に張り巡らせ、なりふり構わず横に飛ぼうとした。


 憤怒もまた人の知覚を超えた世界で、ヒロの攻撃を予想していた。

 ギリギリのタイミングで回避に成功した憤怒、聖女のヒールパンチ(滅)が空を切るかと思われた瞬間!


「させん!」


 憤怒の口から漏れた言葉と共に、ヒロと聖女は重苦しい重圧プレッシャーを感じた。

 

 憤怒の体から防御のために張り巡らした闘気が霧散し、回避しようとしていた体が硬直し動き止めていた。


 聖女の拳が、攻撃を避けようとした憤怒の左胸に炸裂する!

 

 きらめく拳が打ち込まれ、宿っていた光が一際に輝くと、憤怒の右胸が黒く変色を始めた。

 

 胸に走る激痛に膝を折り憤怒が痛みで苦しみだした。


 聖女は拳を打ち込み終わると、そのまま憤怒から距離を取り様子をうかがう。


「ヒロやったぜ! 完全にヒールが入った!」


「ええ、あの一瞬、カイザーが憤怒の動きを止めてくれなかったら、避けられていました」


「ああ、あの野郎、憤怒の中であらがいやがった。ヒロ……シメるぞ! 奴にチャンスは与えねえ!」


 モニター越しに映る憤怒の右目が理知的な光を放ち、その目が語っていた。


 『助けてやれるのはここまでだ。あとを頼む』と……すると右目から光は消え去り、両目が憎しみと怒りに染まった。


 小刻みに浅い息を繰り返す憤怒の左胸は、いまやドス黒く変色を果たし、その色が体の反対側……背中までも黒く染め上げる。


 それは聖女のヒール(滅)が決まり、胸と肺を貫通して背中の細胞まで完全に破壊された証だった。


 すでに左の肺は死滅し、右の片肺だけで呼吸を繰り返す憤怒に、息を止めて絶対防御を発動する事ができなくなっていた。

 

「憎い! 憎い! 憎い! 人よ、滅ぶべき存在よ! 我が怒りは、お前たちが一人残らず死滅するまで納まらぬ! お前たちが生きること自体が罪なのだとしれ! 滅べ! 滅べ! 滅べ! 滅べ! この大地から滅びされ!」


 息を荒らくしながらも、憤怒はまるで肉親を殺され、憎い仇に出会ったように怒りを撒き散らし、やり場のない感情をヒロと聖女にぶつけてくる。


「今なら奴の呼吸は乱れて、通常の攻撃も通るはずです。リーシア、一気に畳みますよ」


「おうよ! ヒロやるぜ! Bダッシュ!」


 言うや否や、瞬時にその姿を掻き消した聖女が、片ひざを着き苦しむ憤怒の顔に、母カトレア譲りの痛烈な右ストレートを放っていた!


「教訓その1! ダボッが何を言っても聞きやしねえ! 話すだけ無駄! そんな奴はワンパン入れて黙らせろ!」


 絶対防御スキルが発動できない憤怒が、聖女の一撃で後ろへと殴り飛ばされ転がる。


「な⁈ こっちに!」


 遠巻きに聖女と憤怒の戦いを見ていた兵士たちの元に、憤怒が転がり込むとすぐに立ち上がった。


 憤怒から逃げず、兵士が手に持った武器を振るおうとするが、体が動かない。


「また、体が!」


 憤怒は再びジワジワと絞め殺すような怨嗟の気勢を発し、周りにいた兵士たちの動きを止める。


「おのれ! おのれ! おのれ! おのれ! 虫ケラ如きが! 邪魔をするな死ね!」


 右腕で憤怒の紋章が凶々しくオーラを放ち、その腕に力を溜めると動けない兵士に向かって拳を打ち出していた。


「ひい! 母さん!」


「お前の相手はアタイだ! 弱いものイジメなんてダセェ真似してんじゃねえ!」


 いつのにか、憤怒の背後に立っていた聖女は、震脚からのフック気味の肝臓リバーブローを無防備な脇腹に向かって打ち出していた。


 脇腹にメリ込む拳が、確実に肋骨を粉砕する。


「教訓その2! シャバ僧相手にする時は、甘やかすな! 徹底的に心を折れ!」


 痛烈な痛みが憤怒を襲う!


 だが憤怒は、肋骨を折られた痛みを無視して、兵士に打ち込もうとしていた右手の標的を聖女へと変える。


 聖女が頭を下げ、体を左に捻りつつ憤怒の拳をダッキングで難なく避けると、膝を曲げ腰を落とした状態から伸び上がるように体を起こす。


 カモシカのように強靭でしなやかな足を伸ばし、繰り出されるフック気味のアッパーカットが、憤怒のアゴを捉えた!


 天を突く拳が憤怒の顔を上向けにし、その巨体が宙に浮くと、すかさず聖女のハイキックが顔に叩き込まれ、横に蹴り飛ばされる。


「教訓その3! イキッてる奴ほど諦めが悪い! そんな奴はボコッて黙らせろ!」


 蹴り飛ばされた先で、憤怒が痛みに耐えながら、ヨロヨロと立ち上がる。


「許さぬ! 我は許さぬ! 人が滅び去るその時まで、我が怒り収まらぬ! 一人残らず死滅せよ!」


 憤怒が怨嗟の声を上げながら、牽制のために左腕に生えた触手を振るったが、攻撃は空を切っていた。


 超高速の体重移動により、聖女の頭が八の字を横にした軌道を描きだしながら、左右の強烈な連打が憤怒の顔に打ち込まれる!


 右の頬を殴られれば、次に左の頬を……止まらない左右の連打が、メビウスの輪のように攻撃をつなぎ合わせ、憤怒に反撃の隙を与えない。


「教訓その4! いくら言っても反省せず、あまつさえ家族や友達ダチに手を出そうとするクズは、容赦なくシバけ!」


 加速する左右の連打! 体ごとぶつけるような激しい動きに、聖女の体は悲鳴を上げ始める……だが、そんなことお構いなしと、少女の拳は止まらない!


「オラァ! オラァ! オラァッ!」


 次々と打ち込まれる連打に、憤怒が苛立ちを覚え、怒りの声を上げる。


「おのれ! おのれ! おのれ! おのれ! 虫ケラ如きが! 人よ死ね! お前たちが生きている事自体が害悪なのだ! 滅びよ! 滅びよ! 滅びよ!」


 聖女の連打を浴びながらも、憤怒が少女から距離を空けるため、苦し紛れの触手を振るう! 


 至近距離から放たれた触手の攻撃を予想していたヒロがさ瞬時に反応し、必殺コマンドを打ち込む!


「ヒール!」


 その触手は、聖女の打ち出した光り輝く拳に触れると黒く変色し、瞬時に塵と化す。


「なぜだ! なぜだ! なぜ我の攻撃が……」


「無駄ですよ! 憤怒、お前の攻撃はすでに見切った! パワー、スピード、タイミング、全てはお前が虫ケラと罵り、殺した人とオークがもたらしてくれた貴重な情報のおかげです!」


 ヒロはモニター越しに散り行く命を記憶していた。

 未来を託して死んでいった者たちがもたらした憤怒の情報を、ヒロは余す事なく記憶し対策を練っていた。


「もうどんな攻撃だろうが、1フレームで看破して、攻撃が当たる前に潰せます。憤怒……お前はもうゲームオーバーだ!」


 塵と化した左腕に気をとられた憤怒に、ほんの一瞬の隙ができる。


「リーシア!」


「ああ! 分かってる! 逃がすかよ!」


 聖女はすでに体のコントロールをヒロから渡され、攻撃のモーションに入っていた!


 両脇を締めコンパクトに畳んだ腕には、練り込んだ気を込めると、軽くステップを踏んだ聖女が右の拳を打ち出すと腕にひねりを入れる。


 回転を加えた右ストレートパンチ……最短最速のコークスクリューブローが憤怒の隙をつき、右胸を撃ち抜いていた!


 腕の回転に合わせて練り込んだ気が、螺旋の動きで拳から一気に心臓へと流れ込んでいく。


覇神はじん六王流ろくおうりゅう爆心ばくしん治癒ちゆこう!」


 本来は止まった心臓を気の力で無理やり動かし、蘇生を促す回復の技……だがリーシアはそれをあえて攻撃に転用した。


 幾度となくヒロを蘇生し、技を熟知したリーシアだからこそ可能とする規格外のバグ技!


 完璧なるハートブレイクショットが、憤怒の心臓に炸裂した!


勇者ゲーマー聖女ヤンキーの戦いはまだまだ続くんで、そこんとこ!〉

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