勇者ですか？ いいえ……バグキャラです！

第136話 勇者の末裔 vs オークヒーロー……甦る伝説！

「傷が……傷がついたぞ！　見ろよ！」

「やれるぞ！　傷つくならやれるはずだ！　しかしあれは誰なんだ？」

「知っているぞ！　元A級冒険者のナータだ！」

「初代勇者の末裔、千鞭のナータか！」

「勝てる！　あの人がいるなら勝てるぞ！」

「みんな諦めるな！　オークヒーローさえ何とかできれば、生きて帰れるぞ！」

　ナターシャの攻撃で、頬（ほほ）を切り裂かれたオークヒーローを見た討伐隊の心に希望の光が灯る。絶対防御スキルの前になす術なく、ただ殺されるしかなかった兵士たちの武器を握る手に、おのずと力が入った。

「オークヒーローは私が殺（や）るわ！　みんなはオークを始末して！　周りにオークを近づけさせないでちょうだい！」

　ナターシャの大声が戦場に響き、兵たちを勇気づける。

「離れろ！　残りのオークを始末するんだ！　オークヒーローは、千鞭のナータに任せろ！」

　オーク討伐隊の指揮官、ドワルドが大声を上げて伝令に命令すると、もう彼にできることは何もなくなった。

「頼むぞナータ、もうお前しか頼りはいないのだ……お前が勝てなければ、ワシはもう……」

　全てをナターシャに託すドワルド……もしナターシャが負ければ、もうオークヒーローに勝てる者はいない。あとがない彼には、もはや逃げる道はどこにもなく、ただ祈ることしかできなかった。

「さて……ヒロと合流するまで待つつもりだったけど、そうも言ってられないわ。オークヒーローの防御スキルは物理と魔法、両方の特性が交わる攻撃ならば防御を突破できるかもと、ヒロの情報を頼りに試してみたけど……予想通りだったわね」

　ナターシャは自分の視界に表示されるステータスバーを見ると残りMP残量が60％を切っていた。

「罪人の剣（シナーソード）の大技はあと二回が限界ね。仕留めきれるかしら？　……いいえ、やるしかないわ！」

　ナターシャが巨大なシナーソードを肩に担ぐと、目が険しくなり、口元を吊り上げ鋭い牙を剥いていた。

　その顔は獰猛な肉食獣のような顔つきに変わり、オークヒーローを睨みつける。

「ブヒ（ほう）、ブヒブブ（獣の目か）……ブヒーブヒヒ（楽しめそうだ）！」

「行くぜ！　豚野郎！」

　オネイ言葉からイカツイ男の言葉遣いに変わったナターシャが、巨大なシナーソードを肩に走り出す！

　ナターシャは小手調べに剣を振り下ろすが、オークヒーローはハルバードを横に振るうと簡単に剣を弾き返すと、振り抜いた反動を利用してハルバードを背中に回し、上段からの斬り下ろしに変換させた斧刃がナターシャを襲う！

　あまりにもスムーズな連続攻撃にナターシャは、息を巻きながら、横に流されたシナーソードを持つ手に力を込め、剣を力任せにハルバードへ打ちつける！

　二つの武器がぶつかり合い、互いの武器が磁石で反発したかのように押し戻された。

　激突の衝撃で二人は二、三歩後ろに下がり武器を構え直すと、再び互いの武器をぶつけ合う！

　二匹の雄が命を賭けた音が戦場に響き渡り、大地に爪痕を残していく。

「すげえ！　あれが千鞭のナータ？　伝説のオークヒーローと互角じゃないか！」

「イケるぞ！　むしろオークヒーローと互角以上に渡り合っているぞ！」

　オークを近づけぬように壁を作る兵士は、物語の中で語られる英雄譚の一場面を目の当たりにして心が湧き立ち、皆の期待がナターシャの肩にのし掛かる。

　だが……兵士たちの期待とは裏腹に、ナターシャの顔に焦りの色が見え始めていた。

「まずい！　力は互角と言いたいが、アイツの力の底がまだ見えねえ上に、コッチはもう100%の力を出し切っている……このままじゃジリ貧だ！」

　互角に見える戦いも当人にとって見れば、オークヒーロー優位で戦いは進んでいたのだ。

　数回の攻防を繰り返し、距離を置いたナターシャとオークヒーローが小休憩だと言わんばかりに、互いに構えたまま動かなくなる。

「年は取りたくねえな、全盛期の80%ってとこか……100％だったとしても単純な力じゃ負けてるか」

　力では負け。戦いの技術で優っている状況にナターシャが勝つための方法を思考する。

「良し。戦いは力だけじゃねえ！　これはどうだ？　牙（ファング）！」

　ナターシャの掛け声と共に巨大なシナーソードを振ると、瞬時に形状が鞭の姿へと変わっていた。

　剣身が無数の刃に分かれ、魔力のワイヤーで数珠つなぎになった連結刃（れんけつじん）がオークヒーローに牙を剥く！

「ブヒヒヒブヒヒ（面白い武器だ）」

　オークヒーローは迫り来る牙を叩き落とそうとハルバードを振るったが……連結刃は剣がぶつかる寸前にその軌道を稲妻のように角度を変え、攻撃を避ける！

「ブヒ（なに）！　ブヒーブヒブヒヒ（攻撃が避けるだと）⁈」

　驚愕するオークヒーローの体に、連結刃の牙が突き刺さる！

「やはり魔力がこもっていなければ、傷ひとつ付けられないか……」

　連結刃の牙がオークヒーローに突き刺さったかのように思われた瞬間、絶対防御スキルで牙は弾かれてしまった。

「ブヒブヒ（どうやら）ブヒーブッヒブヒヒヒ（魔力を帯びてなければ）、ブヒブブヒ（我が防御を）ブッヒブヒブヒーブヒ（突破できないようだな）！」

「だが……いつまで息を止めていられるかな！」

　ナターシャがシナーソードの持ち手を巧みに操ると、連結刃がオークヒーローを中心に螺旋の軌道を描く！

「ブヒ（むう）！　ブヒヒブヒ（何だこれは）⁈」

　一瞬の間に十重二十重（とえはたえ）にシナーソードの連結刃がオークヒーローを包囲し、ナターシャが大きく剣の持ち手を振り上げると、瞬時にオークヒーローを縛り上げていた！

「オレの捕縛からは、チョットやソットじゃ抜けられないぜ！」

　トグロを巻いた蛇のようにシナーソードの連結刃がオークヒーローに巻きいて体の自由を奪う。

　オークヒーローは息を止め、絶対防御スキルを発動しているためにダメージはない……だが巻きついた連結刃が今もなおカイザーを締め上げ続け、呼吸した瞬間に体を切り刻もうと、虎視眈々とそのチャンスを待ち続けていた！

「呼吸を止めている間は無敵だとしても、呼吸しない生き物はいない。さあ、お前は何分呼吸を止めていられる？　次に呼吸した時がお前の最後だ！」

　ナターシャが油断なく蛇を操りオークヒーローの最後の時を待ち続ける。

「いいぞナータ！　そのままソイツを殺してしまえ！　他の者は仲間のオークを近づけさせるな！　雑魚を殺せぇ！」

　ドワルドの声に討伐隊の士気が上がる。あのオークヒーローが束縛され動けなくなっている……もう少しで倒せるかもしれない。それを見た討伐隊の面々が、決してオークヒーローに雑魚オーク達を近づけまいと奮起する。

「ブブヒヒブヒ（こいつら急に）？　ブヒヒブヒヒ（いいだろう）、ブーブブヒブーヒ（どうせ死ぬ運命だ）。ブヒブヒブッヒブヒー（華々しく散ってやろう）！」

　士気を取り戻した討伐兵に果敢に戦いを挑むオークの戦士たち……だが数の暴力の前に少しずつその数を減らしていく。

　戦況が再びオーク討伐隊に傾き、戦いに余裕ができた兵士たちが、ナターシャの拘束に苦しみの表情を上げるオークヒーローを見ていると……どうも様子がおかしいことに気がついた。

「おい、あの顔……苦しんでるのか？」

「あぁ、オレも思った……苦しんでるというよりか……」

「た、楽しんでないか？」

「縛られて気持ち良くなっているのか？　あのオーク……変態（ヒーロー）か⁈」

「あの顔を見ろ！　苦しいはずなのに……むしろ恍惚とした表情を上げて嬉しそうだぞ！　間違いない……あいつはオークの変態（ヒーロー）……オークヒーローだ！」

「へ、変態のクセに強いとか、なんなんだあのオークは！」

　苦しみと言うよりは、むしろ喜びの表情を上げる伝説のオークヒーローに、討伐隊はドン引きしていた。

　恍惚の表情を浮かべるオークヒーローは、息を止めたまま苦しみの中で快感を味わって……いた訳ではなく、拘束から抜け出す策を考えていた！

（こんな戦い方があろうとは思いもしなかった。これだから戦いは面白い！　思わず顔がニヤけてしまうな。戦いの最中だと言うのに……いかんな。だがしかし、このままではちとマズイ。完全に動きを封じらてしまった……）

　カイザーは体を動かし拘束から抜け出そうと試みるが、キリキリと締め上げるシナーソードの連結刃がそれを許さない。

（このままでは呼吸すると同時に切り刻まれてしまうやも知れん。息もそれほど持たん。息苦しさを我慢するのは気持ち良いのだが……我が身を締め上げるコレがイマイチだ……拘束する強さの加減が微妙すぎてシックリせん！　やはりアリアに締め上げてもらうのが俺には一番だ。あの世とやらがあったのなら、アイツにまた締め上げてもらいたいものだ）

　妻であるアリアとのプレイ？　を思い出し思わず口元を上げて笑うオークヒーロー……。

「こ、こいつ嬉しさのあまり笑い出したぞ！」

「ほ、本物だ……痛みを快感に変える……コイツは本物だ！」

「殺（や）れー！　早く！」

「そいつは生かしておくな！　危険過ぎる！」

　兵士たちから、悲鳴にも似た声が戦場に上がるが……言葉が分からないオークヒーローには、状況が飲み込めなかった。

（仕方がない……息も限界に近い。ヒロとの戦いのために練り上げた闘気を解放するしかあるまい。お前は我が本気で戦わねばならぬ程の強者である事を認めよう！）

　突如、笑っていたオークヒーローの表情が真顔に変わった瞬間、その場にいた全員がゾクリと背筋に冷たいものを感じ、全員が体を震わせ始めた。

「ヒッ！」

「なんだ！　なんだよコレ！」

　兵士達が動きを完全に止め、立っていられないほどの恐怖に心を支配されてしまう。

　皆が突然感じた恐怖の出所……それは無論オークヒーローであった。

　対ヒロ用にと練り上げていた闘気を解放したオークヒーロー……発せられる気勢が戦場に満たされ、兵士達たちの心と体を恐怖で縛り上げていく。

「ヒヒーン！」

　馬が恐怖に耐え切れず、馬上にいたドワルドを投げ出し、その場で倒れ込んでしまった。

「グワッ！　クソッ！　か、体が動かん……一体、何が……何が起こっている！」

　辛うじて武器を杖代わりに立つ兵士はいたが、大半が地面に尻餅をつき恐怖に怯えていた。

「コイツ……何をしている！」

　ナターシャもオークヒーローが発する気勢に体の自由を奪われ動けなくなっていた。

　唯一の救いは、未だオークヒーローの拘束は有効で、今もなお締め上げ続けている事だったが、その救いも瓦解しようとしていた。

　オークヒーローに目を向けていた者達は、その光景を目の当たりにして、さらなる恐怖に飲み込まれた。

　拘束されたオークヒーローの筋肉が膨張し、二回りも体が大きく巨大化したのだ。喰い込む連結刃の拘束……だが、そんな事は意に介さず、力まかせに拘束を引きちぎろうとして、巻きついた連結刃が悲鳴を上げ始めた。

「まさか……は、早くトドメを刺してくれ！」

「早く！　このままじゃあの化け物が！」

　兵士の誰もが悲鳴に近い声を上げていた。

「馬鹿な、引き千切るつもりか！　クッ、このままでは！」

　ナターシャは瞬時に状況を把握すると、シナーソードの柄を動かし、懸命に操作しようと手に力を入れるがその動きは鈍い。

　いつもなら魔力を柄に流し手前に手を引くだけで済む、一瞬の動作がもどかしい程の時間を掛けても終わらない。

　必勝をきたし絶対防御を解いた瞬間に、魔力を帯びた必殺の攻撃で確実にダメージを与えようとした策が裏目に出てしまった。

　オークヒーローを拘束したという油断が、ピンチを招いていた。

　早く攻撃を加え、拘束を解かなければ確実にシナーソードが破壊されてしまう……そうなれば、もうナターシャにオークヒーローを倒す術はなくなる。

　目の前で、今にもその拘束を引き千切らんとするオークヒーローの姿を見ながら、ナターシャは手を動かし続ける。

「もっとだ！　もっと早く動けぇぇぇ！」

　数秒で1cmしか動かない手にナターシャが叫ぶ。

（何かするつもりか？　だがもう遅い！　こんな縛りでは我を拘束などできん！）

　限界を迎えようとしていた連結刃の拘束に、オークヒーローが、気合を入れ渾身の力を込めて抗う！

「もう少しだ！　動けぇぇぇ！」

　ナターシャもまた、あと数cmの位置から一気に気合と力を入れ、技を発動させようともがく！

　そして……ついにその時は来た。

　二人の声が同時に上がると、シナーソードの刃を連結する魔法のワイヤーがひときわ赤く光り、分かたれた刃に魔力がこもる。

　オークヒーローのハルバードもボンヤリと緑色に光り輝いていた。

「千鞭よ！　全てを切り裂け！」

「ブヒ（ぬん）！」

　一瞬早くナターシャのシナーソードがオークヒーローの拘束を解くと同時に、魔力のこもった連結刃がその体を引き裂きに掛かる！

「やったか！」

　血を流すオークヒーローを見て、ドワルドが声を上げるがナターシャの顔は暗い。

「ダメだ！　防御は貫いたが、振りほどく勢いで邪魔されて連結刃の傷が浅い！」

　連結刃を引き戻し、拘束から攻撃に移るほんの一瞬をオークヒーローは見逃さなかった……闘気と絶対防御スキルによる二重の防壁で、カイザーは連結刃を防いでいた。

　傷つき血を流していたが、そのどれもが浅く……せいぜい皮の下を薄く切っただけであった。

　手元に戻ってくる連結刃……再び大剣の姿に戻ろうとするシナーソードをナターシャは急ぎ頭上に掲げていた。

　それはすでに連結刃の拘束から抜け出したオークヒーローが、ハルバードを振り被りながら、ナターシャに向かって跳んでいたからだった！

　だが、技を出した直後で体が硬直するナターシャの動きは鈍い。ナターシャはとっさに足の力を抜き、片膝を地につけると、シナーソードを盾代わりに身を隠し攻撃に備えた。

「耐えてくれ！」

「ブヒーブヒブヒ（パワースレイブ）！」

　恐るべき重圧（プレッシャー）を内包したハルバードの戦斧が渾身の力を込めてナターシャに振り下ろされる。

　分厚い剣身のシナーソードとハルバードがぶつかった時、凄まじい轟音と土煙が上がり、辺りの視界を塞いでしまう。

「どうなったんだ！」

　重苦しい重圧（プレッシャー）は未だ健在でドワルドと兵士達の自由を奪う。皆が動かない体で、土煙が立ち込める場所を凝視する。

　そして風が土煙を取り払った時、ドワルド達の目に絶望が映し出されていた。

　地に倒れ伏すナターシャと、ハルバードを手に悠然と立つオークヒーローの姿を……皆が見ていた。

「グッ、しくじった……攻撃を避けずに受けるなんて……ブランクが長すぎたか……」

　血を流しうつ伏せで倒れ込んだナターシャは、呻きながらも剣を握ろうと柄に手をかける……だが、力がまるで入らず剣を握る事ができない。

「ば、馬鹿な、ナータが負けたのか……お終いだ……もう何もかもお終いだ……」

「千鞭が負けたのか？」

「勇者の末裔ですら勝てないなら……もう誰も勝てるわけがない……逃げろ」

「殺されるぞ！　逃げろー！」

「どうやってだ！　足が動かない……助けてくれ」

「誰か、お願いだ……体が動かないんだ！　誰か助けてくれー！」

「頼む千鞭！　立ってくれ！　立ってそいつを殺してくれ！」

　そこかしこから、兵士たちの嘆きと悲鳴が聞こえて来る。それは誰もが殺される運命から助かりたいと思う願いであった。唯一の希望であるナターシャはその声に応えようとするが、無慈悲にもその願いは断たれようとしていた。

　ナターシャの傍に立つオークヒーローが、ナターシャにトドメを刺そうとハルバードを振り被る。

「ここまでか……」

「ブヒー（お前は）ブヒヒブヒーヒヒ（我を本気にさせた）。ブヒヒブヒヒブッヒヒ（誇りながら逝くがいい）」

　誰もナターシャを助けられない。オークヒーローを倒せる唯一の希望が殺される光景を、ただ見ていることしかできない討伐隊……誰もがオークヒーローに絶望し、嘆きの声を上げていた。

「ブヒヒブヒ（強き戦士よ）、ブヒヒヒ（さらばだ）！」

　振り下ろされるハルバードを皆が見た時、一条の光りが突如として戦場を貫き、オークヒーローのハルバードにぶつかり大爆発を起こした。

　爆風でオークヒーローとナターシャが吹き飛ばされる。

「なるほど！　武器に当てるとあんな風に爆発して周りごと吹き飛ばすんですね。やはりまだまだ検証が足りませんね」

「ヒロ！　緊急事態だから許可しただけですよ！　私の許可なく検証はダメですからね！」

「えぇ……リーシア検証ぐらいはいいじゃないですか」

「また腹ヒジ鉄をされたいみたいですね？」

「すみませんでした！」

「ちょっと待ってよ！　お願いだからこんな緊迫した場面で土下座しないで！」

「止めておけケイト……この二人に緊迫感と言う文字はどこにもねえ！」

「だなマッシュの兄貴」

「そうだね、マッシュ兄さん」

「ヒロさん……土下座する姿もカッコいいかも」

「シンシアさん目を覚ましてください。この土下座する変態（ヒーロー）がカッコいいって本気ですか？」

「ヒロさん、さっき回収したオークは絶対に私に解体させてくださいよ！　約束ですよ！」

〈絶望が吹き荒れる戦場に、緊迫感ゼロの希望が現れた！〉