第137話 希望 vs 絶望 伝説の幕は上がる!

ブヒヒブヒ強き戦士よブヒヒヒさらばだ


 オークヒーローがハルバードを振り被り、ナターシャの首を跳ねようと振り下ろした瞬間、一条の銀光が軌跡を描きながらカイザーに襲い掛かる!


 一瞬のキラめきと込められた闘気に反応したカイザーは、ナターシャに振り下ろそうとしたハルバートを、とっさに迫り来る銀光に向かって振るっていた。


 そしてハルバードが銀光に触れた時、大爆発が起こった!


「ぬおっ!」


 突如飛来した銀光の光が膨れ上がり爆発すると、その爆風でカイザーが後退ノックバックしてしまう。

 

 息を止めていたため、爆発によるダメージはないが、爆風の力は強くナターシャから大きく離されてしまった。


 地面を転がりながらも爆風で遮られた先にいるであろう男の気配を感じたカイザーは、立ち上がると同時に闘気をまとい戦いに備える。

 

 いつも通りハルバードを後ろに引き、どんな攻撃にも対処できる構えでカイザーは待ち受ける。


 圧倒的力を持ちながらも、彼は男に最大の警戒を怠らない。戦いのセオリーを無視して予想外の戦いを強いる男をカイザーは知っていたからだ。


 単純な力だけでは推し量れない男の顔を思い出し、カイザーは笑っていた。


 ともに過ごした時間は短いが、充実した日々を送れた事に感謝し、彼は闘気を武器に流し込む。

 

 そして風が吹き、爆風が流されて行く。その先には自分を殺すために自らが育てた最強の男が立っている……武器を握る手に力がこもった。


「ついに時は来た。戦士ヒロ、いや……勇者エロヒロよ。われに全力を出ささせてくれ。全力のわれを倒した時……我らオーク族は救われるのだ! さあ、この忌まわしき憤怒の紋章からわれらを解き放ってくれ! 勇者エロよ!」


 風が全てを吹き流した時、カイザーの視線の先には……土下座中のヒロの姿があった!


「すみませんでした!」


「ちょっと待ってよ! お願いだからこんな緊迫した場面で土下座しないで!」


「止めておけケイト……この二人に緊迫感と言う文字はどこにもない!」


「だなマッシュの兄貴」

 

「そうだね、マッシュ兄さん」


「ヒロさん……土下座する姿もカッコいいかも」


「シンシアさん目を覚ましてください。この土下座する変態ヒーローがカッコいいって本気ですか?」


「ヒロさん、さっき回収したオークは絶対に私に解体させてください! 約束ですよ!」


 立ち込めていたシリアスな空気が霧散していた!


「むう? また何かやらかしたか? あの娘、アリアに似て怒ると手がつけられんからな……」


 カイザーは土下座しているヒロを見ながら、怒る妻を思い出し身震いをしていた。


「な、なんだアイツらは?」


 オーク討伐隊指揮官ドワルドが突如現れた謎のパーティーに声を上げていた。

 

「アイツらがオークヒーローに攻撃を当てたのか⁉︎ 冒険者か? この際なんでも良い! あのオークヒーローを倒せるなら誰だって構わん! 頼む、やつを倒してくれ!」


「おい、オークヒーローが吹き飛んだぞ⁈」


「援軍か? 助かるのか俺たちは⁉︎」


「いや……あのPT以外、誰もいないぞ」


「オークヒーローが……さっきの爆発が当たったはずなのに無傷だぞ。本当にアレを倒せるのか⁈」


「無理だ。あの勇者の末裔……元Aランク冒険者、千鞭のナターシャですら敗れたんだぞ? もう誰も勝てるわけない」


「チキショウ、あんな化け物に勝てるやつなんていやしない!」


 ドワルドの声に、希望を見いだそうとした周り兵士は、ヒロ達を見て諦めの声を出していた。


 あのオークヒーローを前に、たかが八名の冒険者が加わったとこで何の意味もない……しかも真新しい防具をつけた新人冒険者まで混じっている。


 強そうと思えるのは弓を持った男二人と素手の男の三人だけであったが、オークヒーローに勝てるとは到底思えない。


 残る女性冒険者三人も、とてもではないがオークヒーローと戦うには無理がある。


 討伐隊は助かる希望を失い、激しい落胆が兵士たちを襲った。


「ケイトさんとシンシアさんはナターシャさんのケガを治してください。ポテト三兄弟とライムさんはその護衛です。オークヒーローは僕とリーシアの二人で戦います」


「待って! 二人で戦うつもり?」


「ダメです。ヒロさん達二人だけでは……」


「せめて俺たち兄弟は参加させろ。おまえ達の盾くらいにはなってやる!」


「私も戦えます。私の剣ならオークヒーローの隙を作るくらいはできます」


 ポテト三兄弟と解体屋ライムがヒロ達と、ともに戦おうとするが……。


「皆さん、何か勘違いをしてませんか?」


「勘違い?」


「ええ、僕はオークヒーローと戦って負ける気はありませんよ? むしろ勝つつもりです」


「な、何をいってやがる! あんな化け物に勝てるわけ……いや、おまえは勝てると踏んだのか?」


「勝てますよ。僕とリーシアの二人でなら確実にです」


「ですね。ヒロと二人なら何とか勝てます。むしろ他の人に下手な援護をされると連携が崩れますし、不足の事態に対応が難しくなるので二人の方が戦い易いです」


 リーシアがラジオ体操で体を温め始めると、ヒロもそれに続く。


「本当に二人でやるのかい?」


「はい。勝つ算段を練り上げて鍛錬しました。装備がボロボロだったのが唯一の気掛かりでしたが、届けてくれた新装備のおかげで策は万全です!」


 突然、踊りだした二人の奇抜な動きに皆が注目していた。


「皆さんはナターシャさんを頼みます。ヒロと私でオークヒーローをこの場から引き離します」


 二人は体を温め終わると、リーシアは新装備である小手の具合を、ヒロは背中に収めていたミスリルロングソードを鞘から引き抜くと、軽く振り調子を確かめる。


 リーシアが右手を握り込む度に、小手にはめ込まれた紅い魔石が鈍く光るタイミングを確かめていた。


 ヒロも剣の振りを再度確認すると、剣と腰に差したダガーに溜めを始め、剣身が薄らと白く光り始めた。


「お前ら……もし生きて帰れたら酒を奢らせてくれ」


「はい。じゃあ一番高いお酒はお願いします」


「私はお酒は飲めませんので、美味しい料理でお願いします」


「料理でも酒でも、いくらでも奢ってやるさ。だから……勝てよ」

 

 マッシュ・ポテトがヒロの顔を見ながら、真剣なまなざしで約束を取り付けていた。


「ヒロ……ナターシャさんは任しておいて、あんた達は何も気にせず戦って頂戴」


「私の回復魔法で必ずナターシャさんを助けます」


 ケイトとシンシアの二人がヒロと約束する。


「ヒロさん……絶対に生きて帰って来てください。アイテム袋に入っているオークは私が解体する約束ですからね!」


「ええ、僕では解体できませんから、その時は是非ともお願いします」


 目を輝かせ、少し危ない表情をするライム……解体を想像しただけで軽くエクスタシーを感じたみたいだった。


「リーシア準備はいいですか?」


 軽く拳を打ち出し調子を見ていたリーシアが、左手の開いた手のひらに右手で作った拳を軽く叩きつけ、装備の最終チェックを終える。


「いけます! 新装備の機能は試せていないですが、何とかなりそうです。ヒロの方こそ大丈夫ですか? MPが半分しかないんですから、無茶な戦いはしないでください」


「分かっています。装備は問題ありません。MPも大技を連発しなければ、計算内でオークヒーローを倒せるはずです。この戦いの要はリーシアですから、頼みましたよ」


「はい。頼まれました」


 そしてヒロとリーシアが闘気を練り、体にまとい始めると……体の表面から防具の色を基調とした炎のような揺らめきが立ちのぼり始めた。


 蒼炎に揺らめくヒロと、紅炎が立ちのぼるリーシア……防具に通した闘気に反応して、それぞれの装備が薄らと光っていた。

 

「むう、あの二人、わずかな期間でここまでの闘気を……もう気勢を出すのは無駄か。ならば闘気を高め、攻撃に費やすまでだ!」


 ヒロ達の闘気を感じたオークヒーローは、発していた気勢を解除し自らの力を高めるべく、闘気を体の内で練り上げ始めると、オークヒーローの体の表面もまた、薄っすらと陽炎のような揺らめきに包まれていた。


「か、体が動く!」


「本当だ! に、逃げろ!」


「だがアイツらは⁈」


「他人なんて構ってられるか! 自分の命の方が大事なんだからよ!」


 気勢によって動きを止められていた兵士達が、われ先にと震える体に鞭打って逃げ出そうとした時、その戦いは始まった!


「ヒロに合わせますから、好きに動いてください!」


「リーシア行きます! Bダッシュ!」


 蒼炎と紅炎に包まれた二人がオークヒーローに向かって駆け出していた。


 Bダッシュと震脚の生み出す加速により、一瞬でトップスピードに乗った二人が残す炎の光が、美しいグラデーションを残して兵士たちの目を魅了する。


「今回は先手をくれてやらんぞ!」


 向かい来る蒼紅の炎に、闘気を込めたハルバードを渾身の力で横なぎにオークヒーローが振るうと、低空二段ジャンプでさらに加速したヒロが前に突出する。


 あらかじめチャージしておいたミスリルロングソードを両手に持ち、オークヒーローの攻撃と同じく横なぎにヒロが振るう!


 二つの武器が打つかり合うと、力の余波でヒロとカイザーの足元の地面がヒビ割れる。


「互角!」


「ここまで高まったか!」


 拮抗した力は磁石が反発したように、それぞれの武器を押し返すと、衝突の力が二人を強制的に後退させる。


「隙ありです!」


「ぬう!」


 その一瞬の隙に、ヒロに追いついたリーシアがカイザー脇腹に短いモーションからの拳を打ち込もうとしていた。

 

 震脚からの爆発的な力が加わり、必殺の力を込めた拳が、絶対に避けられないタイミングでカイザーに襲い掛かる。


 だがカイザーは息を止め、絶対防御スキルを張り巡らしながら、カウンターで押し返されたハルバードを無理やりリーシアへと振り下ろす!


 叩きつけるかのような重い一撃がリーシアに迫る! だが、彼女は逃げも避けもしない。まるでその攻撃を『待ってました』と言わんばかりに、ハルバードに向かって拳をさらに強く握りしめて打ち出していた!

 

 激突するハルバードと拳!


 その瞬間、リーシアの小手にハメられた紅い魔石が鈍く光ると、オークヒーローが後ろに大きく吹き飛ばされていた。


 160cmにも満たない小柄な少女と190cmを超える筋肉スリムマッチョなオークヒーロー……普通に考えたら体重差と上から振り下ろす力、そして武器の重量でリーシアが打ち勝てるわけがない。


「ぬう! なんだ? まるで巨大な岩に攻撃を叩き込んだような感触は⁈」


 大きく交代したカイザーが土煙を上げながら地面に足をつけて止まる。


 不思議な現象に驚きリーシアの方へ顔を向けた時、カイザーの顔を目掛けて、間髪を入れずに銀光が撃ち込まれていた!


「当たらなければ爆発はすまい!」


 何が起こるか分からないヒロ達の攻撃に、先程の爆発を警戒して、今度は受けずにカイザーは避ける選択をした。

 

 ギリギリのタイミングで、銀光に包まれたダガーが顔の横を通り過ぎるさまを横目で見た時、彼は急ぎ息を止め絶対防御スキルを張り巡らせた!


 ダガーの柄からヒロの手首にまで伸びる魔力の糸……それを見た瞬間、戦いの勘がカイザーに全力で防御しろと叫んでいた!


「気づかれた!」


 ヒロが魔力の糸が伸びる腕を勢い良く引っ張ると、魔力の糸が体にまとわりつき、円を描く軌道でダガーがカイザーの体に触れていた。


 巻き起こる大爆発!


 爆発による土煙が巻き上がり、辺りの視界を再び塞ぐ。

 

「ぬお!」


 再び爆風に飛ばされ後退するカイザー……さらにヒロ達と距離を離された彼は、着地と同時に体勢を整えようとハルバードを構え呼吸した瞬間、巻き上がる土煙の中からリーシアが飛び出して来た!


 震脚からの地を飛ぶような大きな一歩で、一瞬で間合いを詰めたリーシアの拳がカイザーの顔に打ち込まれる!


 カイザーの顔が歪み、顔の向きか横にれる。


「浅い⁈」


 完璧に絶対防御が発動していないタイミングに打ち出された拳……だがカイザーはリーシアの攻撃のタイミングを計り顔をワザと逸らすと、首の筋肉を締めダメージを最小に抑えていた!


「われが絶対防御だけだと思うなよ!」


 カイザーはハルバードを後ろに構えたまま、肩からのタックルを繰り出し、リーシアに強引に当てて来た。


 攻撃の直後で体勢が整わないリーシアは、とっさに後ろに飛び、ダメージを逃しながら後退する。


 だが後退するリーシアをカイザーは逃がさない!


 タックルの勢いをそのままに、流れるような動きでハルバードを振りかぶると必殺の一撃を空中にいるリーシアに放っていた!


「パワースラム!」


 当たれば死は間逃れない一撃に、リーシアの顔は……諦めてなどいなかった!


 彼女は知っていた。どんな攻撃だろうと今の彼なら確実に防ぐ手立てを考えて行動している事を!


 二人の信頼が互いをカバーし合い、限界以上の力を発揮する。


「Bダッシュ!」


 リーシアに放たれたカイザーの斬撃が、未だ収まらぬ土煙の中から飛び出していた!


 逆手に持った剣を背中に回し高速ダッシュで近づくヒロは、地面ギリギリの位置から逆手に持った剣を振り下ろされるハルバードに合わせて振り抜いていた。


「チャージストラッシュ!」


 溜めによる斬撃スキルにBダッシュの勢いが乗った一撃が下から切り上がりながらカイザーの攻撃を弾き返し、リーシアの窮地を救う!


「クッ! 連携が厄介過ぎる! なに⁈」


 ヒロが逆手に持った剣を振り抜いた体勢から、瞬時に正手に持ち替えたヒロの攻撃は止まらない。


「パワースラッシュ!」


 オークヒーローは油断していた。


 長い戦いの経験が、攻撃スキルの直後には必ず硬直により一瞬動きが止まる事を知っていた。その硬直による隙ができる瞬間を狙って、カイザーは無意識に呼吸をしてしまった。


 普通なら不可能な攻撃スキルをつなげ、ヒロが連続で技を放つ。


 ありえない連続技に、驚愕するカイザーは急ぎハルバードを振るおうとしたが間に合わない。

 瞬時に攻撃を諦めたカイザーは後ろに飛び去り、ヒロが剣を振り抜いた!


 一瞬早く、カイザーに剣が当たり、その胸に一筋の線が走ると血が流れ出た。


「つ、強い! これ程までに成長していようとは……面白い! もっとだ! もっとわれを楽しませろ!」


 オークヒーローが初めて全力で戦っても殺せない、むしろ押されている状況に歓喜していた。


 久しく忘れていた、ヒリついた戦いに心を躍らせる。


「これも浅い! 絶対防御スキルだけじゃない。他の防御方法も視野に入れないと、有効打を決められないか⁈ 情報修正して戦い方を組み上げ直す必要があります……リーシア!」


「はい! 時間を稼ぎますよ!」


 体勢を立て直したリーシアが、再びカイザーに立ち向かう!


 オークヒーローの周りを踊るようにリーシアが攻める。流れる様な連続技にカイザーが押されている。


 有効打は入れられないが、時折り信じられない重さの攻撃に体が押され、後退を余儀なくされるカイザー、その間にヒロは頭のスイッチを入れスローモーションの世界で戦い方を組み上げ直していた。


(やはり戦いの技術と経験で差が出て来ましたね。こと戦いにおいては、カイザーには一日の長がありますから、このままでは負けてしまいます。ここはコントローラースキルで一気に攻めるのが得策ですが、リーシアが絶対に許してくれないでしょうね……仕方ありません。とりあえずリーシアの回復魔法で活路を見いだすとしましょう)


 ヒロがカイザーに勝つための道筋を高速に思考する。


「オークヒーローが血を流したぞ!」


「な、なんだあの二人は? あんな若い二人が……」


「あのオークヒーローが防戦一方だぞ?」


「信じられねえ……俺たちは夢でも見ているのか?」

 

「か、勝てるんじゃないのか? 勝てる! 勝てるんだよ!」


「もうお前らしかソイツに勝てるやつはいない……だから頑張れ!」


「頑張れ! 頑張ってくれ!」


 逃げ出そうとしていた兵士たちは足を止め、目の前で繰り広げられる戦いに目が離せなくなっていた。


 そしてヒロとリーシアの戦いを見た者は、皆が知らず知らずの内に、名も知れぬ若い二人の冒険者を応援する。

   

 のちに三代目勇者と語られる男とオークヒーローの死闘を……後世に語り継がれる伝説の生き証人として彼らは目撃するのだった!


〈絶望に囚われていた心を希望が解き放った時、新たなる勇者と聖女の伝説が幕を開ける!〉

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