第135話 絶望の嵐

「逃げろー! あんなのに勝てるわけがない!」


「副隊長が、一撃で……無理だ逃げるんだ!」


「オークが攻めて来たぞぉォォッ! 円陣を組め! 貴様逃げるなぁァァッ!」


「助けてくれー! 嫌だー! 死にたくない! 止めギャァァァッ!」


 左の門を攻めていた部隊は大混乱に陥っていた。


 突如、跳ね橋を破壊して現れたハルバードを持つオークに、ドワルド指揮下の中で一番の武勇を誇る副隊長が一撃で真っ二つにされた上に、石壁の上から飛び降りた五十匹を超えるオーク達が襲い掛かって来たからであった。

 

 オークヒーローという化け物を相手に、精神的支柱がいなくなった討伐隊の士気は著しく低下してしまった。


 浮き足立つ左翼の討伐隊に、トドメと言わんばかりに多数のオークが出現し、乱戦に持ち込まれゆく。


 数の上では250対50と5倍の兵力差であったが、組織的な動きができなければ大軍は脆かった。


 ましてやオークヒーローに恐怖した兵士など、逃げるのに頭が一杯になり、ロクな連携はおろか陣形すら保てず、我先にと逃げ出す者までいる始末である。


 次々と討たれる討伐隊……指揮系統が機能せず戦いの場はオーク優勢に傾いていた。


 討伐隊指揮官ドワルドと冒険者ギルドのマスターであるナターシャが、中央の門を攻めていた400名を率いて駆け付けた時には、すでに左翼の部隊は三分の一にまでその数を減らしていた。


「盾を前に出せ! 魔導隊は攻撃準備だ! 広範囲魔法を叩き込め!」


「それでは味方に被害が出るわよ!」


「このままでは左翼が全滅だ! 多少の犠牲を払ってでもオークを倒さねばならんのだ! 黙っていろ! 討伐隊の指揮官はワシだ!」


 ドワルドの指示にナターシャが異を唱えるが、聞く耳を持たないドワルドは、味方を巻き込んだ魔法攻撃を実行した。


 盾を前にした防御陣形に長槍を持つ兵が続き、その背後を虎の子の魔導士四人が間隔を空けて魔法の詠唱に入っていた。


 使用するのは範囲攻撃ができるフィイヤーボール……敵に当たれば火球が爆発し、周囲に炎と衝撃を撒き散らす広範囲攻撃魔法だった。


「味方に当たっても構わん! 撃てー!」


 魔導士達が、オークと味方の兵に向かってファイヤーボールを撃ち出していく。


ブヒー正気か! ブヒヒブヒヒ味方諸共だと?」


 オークヒーローは、ヒロとの戦いために力を練り上げている最中に起こった常軌を逸した無差別攻撃に怒りを覚えていた。


ブヒヒ無念だ……」


「止めろぉぉ! 味方がいるんだぞ!」


「熱い! 熱い!誰か、誰か火を消してくれぇぇ!」


ブヒヒ人族よブヒブヒブヒヒブヒヒこれがお前達の戦いか? ブヒヒーブヒこんなものがブヒブヒブヒヒー戦いであるものか!」


 オーク達の味方をも巻き込む非道な攻撃に怒りを露わにしていた。


ブヒヒブヒヒブーヒ奥の魔法使いを倒せ!」


 オークの戦士たちが怒りに身を任せ、次々と魔導士に向かって走り出すが盾を持った兵士に道を塞がれる。


 オークは兵士の盾を踏み台に頭上を飛び越えると、手に持った槍を踏み越えた兵士の身体に突き刺しながら着地する。


 胸を貫かれた兵士は激しい痛みの中、もう助からないと悟ると……引き抜かれようとした槍を両手で掴み、決して離すまいとしていた。


「ちきしょう……家族に手を出させはしないぞ……俺が守るんだ……アイツを……あの子を!」


 名もなき兵士がそう叫ぶとオークの槍を抱き締めて倒れ込み、鬼気迫る顔で槍を握っていた。

 槍を引き抜こうとしたオークの動きが一瞬止まる!


「今だやれぇ!」


 後ろに控えていた兵士達の槍が、一斉にオークへと突き出されていた。

 血を流し倒れ込むオークの目に、自分が傷付けた兵士の横顔が見えた時、オークは名もなき兵士に賛辞の声を送っていた。


ブヒーブヒ仲間のためにブヒブヒブヒヒ命を捨てたか……ブヒー見事だ……ブヒーブヒブヒヒヒヒ戦士として悔いはない……だが……ブヒブヒヒブヒヒブヒヒ生まれる子供の顔がブヒーブヒブヒ見られないのは……親として悔しいなブヒーブヒブヒヒ……」


「おれが……まも……るん……」


 槍に貫かれた男は、オークに一矢報えたことを知ると、そのまま息を引き取っていた。


「クソ! コイツはもうすぐ子供が産まるって喜んでいたのに! 汚い悲鳴なんぞ上げやがって! 命乞いなんて許さない! 苦しんで死ね!」


 槍を持った兵達に一斉に攻撃されオークは命を落としていた。


 死した兵士の空いた穴を再び別の盾を持った兵士が塞ぎ、倒された兵士はオークと共に地に捨てられる。


 各所で起こる命のやり取り……いくつもの命が散り、命の灯火が消えた体は、あちこちに打ち捨てられてゆく。


 中央の部隊はオークヒーローの強さを目の当たりにしていないため、浮き足立たずに組織的な連携が取れており、その結果……最小の犠牲で確実にオーク達の命を奪っていく。

 

 逃げ出していた左翼の残存兵も味方の優勢な状況に、オークヒーローの恐怖に縛られながらも、その場に踏み止まり懸命に戦いに身を投じ始めていた。

 

 そして戦場に怒号と悲鳴が鳴り響き混迷を極めた時、オークヒーローがついに動き出した。


ブヒーブヒヒヒロはまだか…… ブヒーブヒブヒヒ予定外の行動だがブッヒヒ仕方ない


 オークヒーローがハルバードを片手に一歩ずつ前に歩き出す。オークヒーローに気がついた先頭の兵士達が、盾を前に待ち構える。


「またオークが来るぞ!」


 数度に渡るオークの攻撃を受け、慣れてきた兵士はハルバードを持つオークもまた、他のオーク同様に攻撃を防ぎ味方の槍で串刺しにできるとタカを括っていた。

 

 ゆっくりとハルバードを肩に担いで歩くオーク……ハルバードの間合いに入ったと思った瞬間! オークヒーローがハルバードを両手に持ち変え、ゆったりとした動作で横に振り抜いていた!

 

「ぎゃぁぁぁ! 腕が俺の腕がぁぁぁ!」


 盾を持った兵士の腕が文字通り盾ごとモギ取られ吹き飛んでいた。

 ハルバードの一撃は横にいた数名の盾を持つ兵士をまとめて吹き飛ばす。

 盾による防御など何も用をなさず、まるで紙クズのように吹き飛ばされる盾と腕……オークヒーローの一振りが盾の壁を破壊していく。


 呆気に取られた兵士たちを尻目に、オークヒーローは魔導士がいる方へと悠々と歩き出した。


「行かせるな! 槍で一斉に串刺しにしろ!……やれ!」


 槍を持つ兵士数十名がオークヒーローを囲むと、四方から一斉に槍が突き出された。


ブヒー無駄だ!」


 息を止め、絶対防御スキルをオークヒーローは発動させる。


 体に槍が刺さったと思った瞬間、全ての槍が目に見えない何かに弾かれ、オークヒーローには傷ひとつ付いてていなかった。


「馬鹿な攻撃が効かない⁈」


 何が起こったのか分からない兵士は呆然としてしまう……再び槍を振おうとしたが、オークヒーローが放ったハルバートの一撃に、槍はへし折られ、攻撃範囲内にいた兵士数名の体が鎧ごと真っ二つにされていた。


 上半身と下半身が分かれた兵士は、地獄の苦しみの中、死んでゆく……。


 雑魚に構ってはいられないと、オークヒーローは取り囲む兵士たちを無視して再び動き出した。


「止めろ! アイツを!」


 次々と兵士たちが壁を作り、果敢にオークヒーローに攻撃を繰り返すが、圧倒的な力で蹴散らされ、全ての攻撃が弾かれてしまう……彼の前に立った者は全てハルバードの一振りで死んでゆく。


 悠然とあゆみを進めるオークヒーロー……無人の野を行くが如く、誰もその足を止められなかった。


「アイツだ! アイツを撃て!」


 馬上から遠くに見えるオークの姿を見たドワルドは瞬時に悟った。アイツこそがオークヒーローで間違いないと!


 四人の魔導士がそれぞれが得意とする属性の呪文を詠唱し、オークヒーローへ放とうとその手を向けていた。


 高まる魔力を感じたオークヒーローは、歩を止めず進み続ける。

 

「ウィンドカッター!」


「アースブリット!」


「ファイヤーランス!」


「アクアジャベリン!」


 魔力を変換し異なる属性を帯びた攻撃魔法が、オークヒーローに放たれた!


 だがそれぞれの魔法がオークに当たったと思われた瞬間、魔法が全て弾かれてしまう。


ブヒヒ無駄だ!」


「馬鹿な⁈ 魔法も効かないだと? そんなはずない! う、撃て! 撃てー!」


 無傷のオークヒーローは、魔導士に向かって一歩ずつ確実にその足を進めながら、目の前に立つ兵士達にハルバードを振るい続ける。

 

 それは野原を歩く子供が、道で拾った木の枝を振り回して草を散らすように、人の命を軽々と刈り取っていく。


「だ、ダメだ……魔法も効かないなんて。あんなのどうすればいいんだ」


 兵士の一人がボヤき、死の恐怖で足を震わせていた。オークヒーローのデタラメな強さを目の当たりにし、武器を捨てて逃げ出したい気持ちになるが逃げられない。


 兵士が命令を無視して逃げ出せば、敵前逃亡として死刑を言い渡される。下手したら逃げた瞬間、仲間に処刑されてしまうのだ。


 戦っても死……逃げ出しても死……死ぬ運命しかない兵士が、その場で立ち尽くし絶望に打ちひしがれていた。


「誰かアイツを……倒してくれ。お願いだアイツを!」


 オークヒーローの強さを目の当たりにした討伐隊の兵士は、誰もが恐怖により体の動きを鈍らせてしまい、そこへまだ健在だった他のオーク達が戦いに加わる事で、戦場は再び乱戦による混乱に包まれてしまった。


 次々と打ち込まれる槍と弓……そして攻撃魔法を持ってしても誰も止められないオークヒーローの歩みに、兵士たちの心が絶望に飲み込まれた時、それは放たれた!


「唸れ千鞭! 全てを刺し貫け!」


 兵士たちの間を縫うように、オークヒーローに向かって蛇腹剣が襲い掛かる!


ブヒヒこれは!」


 オークヒーローが自分に向かって飛んでくる刃を見た瞬間、本能がその攻撃を受ければタダでは済まないと感じとり、声を上げてハルバードで刃を弾こうとするが……。


「無駄だ! 千鞭からは逃げられん!」


 ハルバードにぶつかる寸前、獲物を前にした蛇のように鎌首をもたげ、軌道を変えていた。


 ハルバードを避けて顔に向かい剣先が跳ね上がるのを見たオークヒーローが、絶対防御を発動しながらも本能的にその攻撃に顔を背け避けていた。


ブヒヒヒやはりか!」


 オークヒーローのいななきと共に、蛇腹剣の剣先がオークヒーローの頬を切り裂いた!


 攻撃を外し、オークヒーローの絶対防御を貫いた剣先が、瞬時に剣を振るった持ち主の元へと引き戻される。


 オークヒーローは血を流す傷をそのままに。すぐさまハルバードを構え、攻撃の出処である場所を見据えていた。


 絶対防御スキルを貫いた戦士ヒロと同等の強敵の出現に、オークヒーローの心が熱くなる。


ブヒヒブヒーヒブヒ我の防御を貫いたか……ブヒー面白い! ブヒーブヒブヒヒロと戦う前のブヒブヒヒ準備運動にブーヒヒ丁度いいブヒーヒブヒ掛かって来い!」


 闘気をみなぎらせるオークヒーローに、彼女は……いや、彼は蛇腹剣を構えて立ち向かう。

 

「さあ、伝説の再現だ! お前はオレが倒す!」


 かつて世界を救った勇者の末裔……元A級冒険者ナターシャが、伝説のオークヒーローへと戦いを挑む!


〈絶望の嵐が吹き荒れる戦場に、光が差し込もうとしていた!〉

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