第131話 オーク門(偽)の死闘!

「まだ突破できないのか! この無能共が!」


 男は馬上から。命懸けで戦う兵士達に悪態を吐いていた。仮にも一軍を率いる者としては少々風貌が悪い男は、オーク討伐隊指揮官ドワルドが、かつて戦場で出会った冒険者であった。


 獣人族侵攻の際、人手不足を埋めるため雇った冒険者の中で、一際目立った男をドワルドがスカウトし、自分の右腕として雇っていた。

 少々乱暴だが最終的な冒険者ランクも、Cランクまで上げており、それなりに腕は立っていた。


 男が率いる討伐隊は左手の門を任され、跳ね橋を落とす所までは順調だったが、そこからが問題だった。

 破城槌を何度打ちつけても破れぬ門に、男は苛立ちを覚え始めていた。


 攻撃を開始してからすでに1時間、いつ終わるともしれぬ攻撃に皆が疲れを見せ始めた時、本隊から一時撤退の命令が届いた。

 撤退命令に兵士達が胸をなで下ろす中、男は馬上でさらなる苛立ちを募らせた。


「クソが! たかがオーク共の門一つ突破できずに、一時撤退だと? このバカ共は、オークを殺すだけの簡単な仕事すらできないのか!」


 男はオークヒーローの話をドワルドから聞かされてはいたが、所詮オークの亜種でありオークに毛が生えた程度の強さだと侮っていた。


「ふん! オークヒーローなど話に尾鰭おひれがついた眉唾ではないか! オークなぞ恐れるに足りん!」


 冒険者として力をつけ、ドワルドの元で最上の武具を手に入れ研鑽を重ねた男にとって、オークヒーローは恐るものではなく、自分の名声を上げるための獲物でしかなかった。


 ここでオークヒーローを片付け、名声を手に入れればドワルドなどの小物の下につく必要もなくなる……男は自らの英雄伝を夢見て、このオーク討伐隊に参加したのであった。


 だと言うのに、華々しく戦う男の理想とは違う展開に、苛立ちが隠せなくなっていた。


「えーい! 引くことは許さん! 全員現状を維持しろ!」


 無茶な命令に兵士達が青ざめていた。軍において上の命令は絶対……指揮官の命を破るのことはできない。勝手に撤退するわけには行かず、兵士たちは橋の上でただ呆然とつっ立っていることしかできなかった。


「お、おい? アレはなんだ?」


 その時、一人の兵士が石壁の最上段に現れたオークに気がつき、指差して声を上げた。


 ズングリむっくりしたオークと違い、体中の筋肉をギュッと圧縮し鍛え上げられた鋼のような肉体……いわゆるスリムマッチョなオークが、ハルバードを片手にいつの間にか石壁の立っていた。


 その場にいた討伐隊の者達は、その圧倒的な存在感に足を止めてしまい、王者の風格でハルバードをゆっくりと構えるオークに誰もが息を飲んでいた。


 『コイツだ……コイツこそが伝説のオークヒーローだ!』と兵士たちが悟った瞬間、圧倒的な重圧プレッシャーが戦場に解き放たれ、誰もが身動きができなくなっていた。


 そして優雅にハルバードを振り被ったオークヒーローが、戦いの幕開けだと言わんばかりに声を上げ跳躍した!


ブヒさあ!ブヒ俺を ブヒヒヒブヒヒ殺せるものならブヒヒヒヒ殺してみろ!


 得体の知れない力をまとったオークヒーローが、一直線に跳ね橋へと飛び降り、手にしたハルバードを橋に叩きつける!


 凄まじ破壊の力が解放されて、跳ね橋を粉々に破壊し、橋の上にいた兵士達が水の中に投げ出された。


 オークヒーローがハルバードを叩きつけた付近にいた兵士は、原型すら残らず肉塊へと代わり果てて絶命する。唯一の救いは、痛みなく死したことだけだった。

 

 跳ね橋を破壊しても衰えぬ破壊の力は、水掘りに張られた水を空に打ち上げ、巨大な水柱を立てていた。

 降りしきる水が岸にいた討伐隊の体をビショビショに濡らす。

 

「な、何が起こったか! 報告しろ!」


「分かりません! オークが一匹、門の上から飛び降りたと思ったら、もう!」


 周りは大混乱となっていた。


「クッ、騒ぐな! 円陣を組め!」


 男はこのままではまずいと、兵たちに命令を与え混乱を抑えようとしていた。

 兵士たちは日頃の訓練の賜物で、混乱しながらも円陣を組む命令に無意識に従う。


 何とか円陣を組み混乱が収まった時……それは現れた! 水面から手を伸ばし岸へ豪快にオークが飛び上がる。


 手にハルバードを持つオークは、紛れもなく先ほど門から飛び降り、討伐隊に多大な犠牲を出した者に間違いなかった。


「ひ、ひい!」


 先頭にいた兵士が、悲鳴にも似た声を出し、無意識にあとずさる。


ブヒふ〜ブヒヒン皆の手前 ブッヒブヒンカッコつけてブッヒヒンブヒヒヒやり過ぎてしまった。

ブヒブヒヒ許せ人族よ。フヒヒヒブヒブヒヒヒロとの約束もある。ブヒブヒヒここからは ブヒブブヒできるだけブヒブヒヒ殺さぬようブッヒブヒ注意しよう


 オークの鳴き声に、討伐隊は「お前らを絶対に全員殺す」と言われている気になり、恐怖していた。


 武器を構えるがへっぴり腰の兵士達……蛇に睨まれたカエルのみたいに動けずにいた。


 するとオークヒーローがハルバードを構え走り出す!

 

 恐怖でズボンを濡らす兵士! オークヒーローのハルバードが横に振われた!


 鎧袖一触……オークヒーローがハルバードを振るうと、数人の兵士が宙を吹き飛んだ! 連続して放たれる一撃に兵士達は次々と吹き飛ばされる。だが何故かオークヒーローはハルバードの側面で兵士に叩きつけていたため、当たりどころが悪かった兵士を除き骨を砕かれながらも命だけは落とさずに済んでいた。


「えーい! 何をしている! 邪魔だどけ! 奴は俺が仕留める!」


 男が声を上げ、目の前にいた兵士を退ける。


 オークヒーローと男の前に兵士がいなくなり、一直線の道ができあがった。

 男は馬上から奇しくも同じ獲物であるハルバードを構え、オークヒーローと対峙する。


ブヒほう?ブヒーブヒ我に臆さずブッヒブヒヒ戦いを挑むかブヒヒヒヒいいだろう。ブヒヒンブヒヒヒヒヒ戦士として相手しよう


「何がおかしい? 貴様ら醜いオークが俺を笑うな! 反吐が出る! オークヒーローだろうが所詮は伝説に過ぎん! その下卑た笑いを後悔させてやる!」


 男が気合を入れ、馬を走らせた! 馬上で立ち上がりハルバードを両手に振り被る男! 修練の果てに男が手に入れた力がオークヒーローに迫る! 


「受けられるものなら受けてみろ! パワースラム!」


 馬の突進力と馬上の高さから繰り出された渾身の一撃!


 だがそんな男の一撃を嘲笑うかのように、カイザーが打ち出したハルバードが、男の武器にぶつかり粉砕してしまった!


「な! バカな!」


 驚愕する男……だが、カイザーのハルバードの勢いは止まることなく、そのまま男を馬ごと切り裂いていた!


 馬は数歩走ると、バランスを崩してそのまま大きな音を立てて倒れ込み……そして男は体を斜めに真っ二つにされて絶命していた。


 斬られた上半身が宙を舞い、中身をぶち撒けながら男は死んだ……その破片と血が近くにいた兵士の顔に降り掛かる。

 余りにも凄惨な光景に、兵士たちが悲鳴を上げ、我先にと、逃げ出していた!

 

ブヒふん! ブヒブヒヒブヒブ所詮こんなものか? ブヒまあブヒヒブヒヒ油断はしないブヒブッヒブブヒヒロと同じ強さのブーヒブヒブヒブヒヒ戦士がいるやも知れんブヒーブヒできるだけブヒブヒヒヒブヒヒここで数を減らそうブヒヒヒヒ待たせたな! ブヒーブヒフブヒお前達の出番だぞ!」


ブヒブヒーブヒヒ待っていたぞ!」


 すると、石壁の上に五十を超えるオーク戦士たちが立ち上がり、皆が水掘りの中へと飛び込んで行く!


 足から飛び込む者、顔から飛び込み痛みに悶える者、空中で回転捻りを入れて水飛沫すら上げず、見事に着水する者、腹から水面に強打する者と、着水に失敗して溺れる者もいたが、全員で溺れた者を引き上げ、オーク遊撃隊の全員が岸に辿り着いた。


ブヒさあブヒヒ行くぞ! ブヒーブヒ暴れまくれ!」


 オークの戦士達が一斉に走り出す!

 蜘蛛の子を散らかの如く逃げ惑う兵士たちに、オーク達が襲い掛かる!


 オークと人……様々な者たちの思惑が飛び交う戦場は混沌に包まれ、アチコチで戦いが繰り広げられるのであった。

 

 そんな中オークヒーローは一人たたずみ、エクソダス計画、最後の締めに向けて準備に入る。

 やがてここにやって来る……自分が育てた最強の漢と全力で戦うため、戦士は闘気を練り始める。

 

 オークヒーローは、ただ待ち焦がれていた。全力で戦い破れるその瞬間を……彼は静かに待つのだった。



…………



「マッシュの兄貴! このオーク……戦いながら強くなっているぞ!」


「ジャーマン兄さんそんなバカな話が……たった十数分戦っただけだよ!」


「い、いや……確かにさっきまでと動きが違いすぎる。コイツは、戦いの中で成長してやがる!」


「私の見せた剣筋が読まれ、攻撃が当たらなくなっています。このオーク普通じゃない!」


 ヒロ救出隊の前に、二本の槍をペロペロした……狂えるオークが現れた!


〈希望を救う者たちの前に、かなり危ない狂えるオークが現れた!〉

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