第130話 ゲスい勇者と討伐隊!

「伝令! 偵察より報告です。砦は三角の形に石壁を建て、三面の全てに入口と跳ね橋が設置されています。水堀りの深さは7m。装備を着けたまま泳ぐのは危険です。石壁は水堀りの底まであり、泳いでたどり着けたとしても登るのは困難とのことです」


 オーク討伐隊ドワルド指揮官と冒険者ギルドのマスター、ナターシャが次々と寄せられる情報を吟味し、オーク砦攻略の策を練り上げていた。


「むう、橋は? 近くの木を切り倒して橋を架けさせろ!」


「無駄ね。あの高い石壁に橋を架ける事は不可能よ」


 切り出した木で橋を掛けようにも、対岸が石壁では橋を引っ掛けようがない。


「ではどうしろと言うのだ?」


「……この際、籠城させて兵糧攻めはどうかしら? オーク達に援軍のツテはないでしょうし、食料がなくなれば共食いでさらに数を減らすかもしれないわ」


「ダメだ。その前に我らの物資が底をつく。1000人を超える人を養うのにどれだけの食料が必要だと思っている。その物資も心許ない」


 普通、一人の人間が必要とする食料や物資は1日3kg〜5kgと言われている。

 これが1000人なら、1日3t〜5t……1週間で21tもの物資が必要になるのだ。

 兵とはそこに存在するだけで莫大な金を消費し、経済を回す……ヒロの世界で争いの絶えない理由の一つでもあった。


「補給は望めないの?」


「捨て石の我らにマトモな補給があるとは思えん。このまま食料が尽きて逃げ帰れば、ワシは良くて投獄、悪ければ敵前逃亡で死刑だよ」


「短期決戦しかないわけね」


 完全な負け戦に投入された指揮官に、ナターシャはドワルドに同情するしかなかった。

 最悪ナターシャと冒険者は撤退もできるが、王国兵士たちはそうはいかない……死ぬ事も仕事に入っているからだ。

 

「とすると、やはりあの水掘りを渡り、跳ね橋を降ろすしかないわね」


「3カ所に門がある。戦力を分散することになるが、オークの攻撃も分散する。どこか1カ所だけでも橋を降ろせれば門の突破も叶うはずだ!」


 攻城兵器である破城槌の作成を急ぐオーク討伐隊、足場さえ在れば木製の門など突破は容易いと判断したドワルドは、跳ね橋攻略に乗り出す。


「泳ぎの得意な者を選抜して対岸に渡らせろ! 構造的に見て跳ね橋を上げるロープなり鎖なりがあるはずだ! それを破壊させるんだ!」


「伝令! 周囲を調査していた者が水の中に、足場がある事を発見しました!」


「でかした! おそらくオーク達が緊急時に使う隠し通路かも知れん! 兵力を割いて調べさせろ!」


 オーク討伐隊に持たらされるオーク砦攻略の足掛かりに、兵の士気が上がる。

 ドワルドとナターシャも、その隠し通路に急ぎ移動すると……何人かの兵が水堀りに落ちて溺れていた。

 鎧を着たまま水の中に落ち、鎧の重さに逆らいながら必死に泳ぐ兵士たち……岸では落ちた兵士を皆が必死に引き上げていた。


「何が起こっておる!」


「水面ギリギリの場所に足場らしき物が立てられており、何人か飛び乗ってみましたが、どうやら正しい道順にある足場以外に乗ると水中ですぐに崩れてしまうみたいなのです!」


「正しい足場以外に乗ると水面に落ちるわけか……オークの癖に小賢しい! だがこちらには人数がいる! 正しい道が分かるまで全て試せば良いだけだ!」


「待って頂戴! それじゃあ犠牲になる兵士も出てくるわよ!」


「構わん! 戦って死ぬことが兵士の務めだ! サッサと渡らせろ!」


 その言葉を聞いた兵士達は、ドワルドを睨みつけていた。

 当然である。ドワルドは命令するだけで危険な足場を渡るわけではない。重い鎧を着て水に落ち、溺れ死ぬのは兵士である。


 かと言って水の中に落ちても良いように、裸で挑むわけにもいかない。目の前にオークの砦がある以上、弓矢や投石で攻撃される危険性もあるのだ。戦場で裸になる馬鹿はいない。


 犠牲を想定した命令……だが、命令された者はたまったものではない。


「どうした! 早く行け! お前達に与えている高い給金の意味を知れ! 逃げるのは許されんぞ!」


 ドワルドが兵士たちを叱咤し、渋々兵士は命令に従う。


 次々と水の中に落ち、溺れて行く兵士たち……中には溺れたくないと裸になる兵士もいたが、砦から撃ち込まれる弓矢によってその命を散らしていく。


 20名の兵士が命を落とした時、ついにあと数メートルで石壁にたどり着きそうな兵士が現れた! 


「よし! あと何人か犠牲にすれば石壁に張り付けそうだ! わざわざ隠していた道だ。きっとその先に隠された入口があるに違いない! そこを足掛かりにすれば砦内に入れるはずだ! さあ、サッサと進め!」


 馬上から命令を下すドワルド……兵士の前には四本の足場が立ち並んでいた。

 おそらく4カ所中、一つだけが本物であり、残りが偽物である事を兵士たちも悟っていた。

 もしここで水に落ちれば味方のいる岸まで泳ぎの切るのは困難を極め、溺れ死ぬ可能性が高かった。


「母さん!」


 若い兵士は意を決して足場に飛び乗ったが、無常にも兵士は水の中へと、叩き込まれた。

 

「次だ! あと4分の3だ! サッサと行け!」


 だが次の二人目と三人目も水の中に落ち、溺れてゆく。


「良し! ついに正しい道が分かったぞ! その先を早く調べろ! きっと隠された入り口があるはずだ!」


 最後に残った兵士が助かった命に涙しながら、最後の丸太に飛び乗った!




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「僕が作った『飛び石の川』は絶対に突破は不可能ですよ」


「どう言う意味ですか?」


 リーシアが囚われ役として手持ち無沙汰にしていた時、ヒロが簡易MAPで討伐隊の攻撃が始まったことを告げ、仕掛けた罠について説明していた。


「実は水堀りの中に、丸太を何本も立てて置いたんです。水面より少し下が足場になっていて、パッと見では分かりません。目を凝らせば見えるくらいの足場ですよ。隠し通路の様に、人が一人ずつ渡れるようにしておきました。正しい道筋を選ばなければ、ダミーの足場は崩れる仕掛けです」


「それでは犠牲を払って正しい道筋を探せば、いつか渡れてしまうのでは?」


「いえ、確かに足場に乗っても丸太の足場なら倒れませんが……その先に隠された入り口があるなんて、僕は一言も言ってないですよ!」


「え? つ、つまり?」


「多大な犠牲を払って、最後の足場にたどり着いたとしても無意味なんですよ……だって最後の足場は全て崩れるダミーですから!」


「最悪です!」


「正しい道順なんて最初からありません。渡れると錯覚した時、僕の罠に掛かっていたんです。フッフッフッフッ」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「何で⁈」


 最後に残った足場に飛び乗った兵士が、狐に化かされた顔をしながら水の中に落ちてゆく!


「なぜだ! 正解を選んだはずだぞ!」


「どうやら、罠だったみたいね……最初から隠し扉なんてなかったのよ」


「クソ! オークの分際で我らを嵌めたと言うのか!」


「この砦を作ったオーク達は狡猾ね。他にどんな罠があるか分かったもんじゃないわ。ドワルド指揮官、オークたちが用意したものは無視するのを進言するわ」


「言われんでも分かっておるわ! 伝令! オークの作ったと思しき場所に無闇に踏み入るなと伝えろ! 正攻法で攻めるぞ!」

 

 ドワルドが命令を下すが、兵士達の動きは鈍い。先程の人の命を何ともか思わない無茶な命令に、兵士たちが不満を募らせ始めていたからであった。


「虎の子の魔導士をだせ! あの跳ね橋を上げているロープなり鎖を破壊させろ!」


 魔導士……ガイヤの世界には魔法が存在するが、それを使える者は多くはない。

 魔法には才能が必要となり、才覚がない者がいくら学んでも魔法を使うことはできないからだった。

 ガイヤにおいて魔法が使える者は10人に一人の割合で生まれ、魔法が使えるだけで優秀なエリートなのだ。

 その魔法の才を見いだされ、軍に籍を置くものを魔導士と人々は呼んだ。


 オーク討伐隊に与えられた魔導士は10名……しかも下級魔法しか使えない者たちばかりであった。


 ドワルドは三つに分けた部隊にそれぞれ3名ずつ同伴させ、自分のいる隊に4名を配置し門の攻略に当たった。


 下級魔法ファイヤーボールの呪文を唱え、跳ね橋を上げるロープらしき物に撃ち続ける魔導士達。

 砦の石壁の上からオーク達が容赦なく弓矢の雨を降らせ、岸に集まる討伐隊に攻撃を加えてくる。

 魔導士を守るため、彼らの周りには盾を持った兵士達が頭上に盾を構え、弓矢による攻撃に耐え続けていた。


 なかなかうまく当たらない魔法に皆が苛立ちながら固唾を呑んで耐えている中、ついに十数発目にして放ったファイヤーボールがロープに当たり、炎を上げてロープを焼き切った!


 すると橋が倒れ込み、討伐隊のいる岸とオーク砦の門を一直線につなぐ!


「よーし! 破城槌で門を破壊しろ! 丸太だけの門などすぐに突破出来る! オーク達の攻撃に怯むな! 進めー!」


 ドワルドの名に兵士達が頭上に盾を構え、破城槌を持って門に攻撃を加える!

 

 一撃、二撃と兵士たち数人が持つ即席の破城槌が門にぶつけられるがびくともしない。

 諦めずに攻撃を続ける討伐隊……たがその間にも、移動のタイミングで盾から体がはみ出した兵士に弓が突き刺さる。

 門の近くにいた兵士の頭上からは岩が落とされ、討伐隊は次々と怪我人を増やし続けていった。

 

「伝令! 他の二つの門も跳ね橋を下げる事に成功したそうです!」


「いいぞ! どれか一つの門さえ突破出来ればいい! 犠牲を出しても構わん! 絶対に門をこじ開けろ!」


 その言葉に兵士たちの不満が益々上がる。命令故に渋々従う兵が、命懸けの突撃を繰り返す。


 次々と怪我人を増やす討伐隊……1時間を超えた頃には、死傷者の数も100人を超え始めていた。


「なぜだ! なぜあんな丸太の門一つが突破できん! なぜだああぁぁぁぁ!」


「ドワルド指揮官、被害が大きくなってきたわ。一旦撤退して策を練り直すべきよ。あの門……何かおかしいわ」


「クソッ! 一旦引け!」


 ドワルドが一向に突破出来ない状況に苛立ちながら、一時退却を命令する。

 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「クックックックッ、あれが門だなんて思っている人がいたら笑ってしまいますね」


「ヒ、ヒロ……どう言う意味ですか?」


「あれは門に見えるだけで、あの後ろは……石壁なんです! 破れるはずのない門へ、永遠に無駄な攻撃くり返す討伐隊の姿を思うと笑いが止まりません! フッハッハッハッハッハッ!」


「……」


 嫌らしい策を弄するヒロにリーシアが言葉を失っていた。罠に掛かる討伐軍の様子をオートマッピングスキルの簡易MAPで確認するヒロの顔は……とてもゲスい顔だった!

 

 リーシアが思わず『誰ですかあなた?』と問いたくなる程、ゲスい!


「おっと、ここで討伐軍が撤退に入りますか? 予定通りですね。跳ね橋にある程度の人が集まりましたし、そろそろカイザーさんの出番です。さあ、さらなる恐怖に震え上がるがいい! 討伐隊よ!」


「本当にあなたはどっちの味方なんですか!」


 リーシアに突っ込まれるヒロの顔は、今日1番のゲスい顔であった!



…………



「一時撤退! 一時撤退だ! 引けー!」


 伝令の声に跳ね橋にいた兵士達が一斉に撤退を開始するが、馬上にいたドワルドに凄まじい音と衝撃が届いた!


 左手を攻めていた水堀り付近から石壁を越える大きな水柱が上がり、遠く離れたドワルド達の鎧を濡らしていく。


「伝令! 何が起こった! 報告させろ!」


 ドワルドが声を上げて状況報告を促すと、伝令が悲鳴に近い声を上げる。


「砦の石壁からハルバードらしき武器を持ったオークが飛び降り、跳ね橋を一撃で破壊したと! 跳ね橋にいた兵士の生死は不明!」


「あの跳ね橋を一撃だと? まさか出てきたのか! ナータ!」


「ええ、私の出番みたいね。勇者の末裔と伝説のオークヒーロー夢の対決ね……やるわよ!」


〈悠久の時の果てに、勇者の末裔vsオークヒーローのドリームマッチが始まろうとしていた〉

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