第129話 勇者と◯◯縛り!
オーク討伐隊の前に現れた城壁と水掘りに、指揮官ドワルドとナターシャは驚愕してしまう。
10mを超える水堀には、なみなみと水が引き込まれ、討伐隊の侵入を阻んでいた。
水堀の先には強固な石壁がそびえ立ち、
「本当にコレをオーク達が作ったというのか? もはや砦ではないか!」
「だけど目の前にある以上、認めるしかないわ。こんな砦を建てられるオークが数を増やしたとしたら……必ず殲滅しなければ、取り返しがつかなくなるわ」
ドワルドとナターシャが驚くのも無理はなかった。目の前にある砦は、もはや人が作ったものと遜色ない高度な技術が使われ、こんな森の中にあること自体がおかしい、場違いなものだったからだ。
「ドワルド指揮官、どうするの? この砦は想定外よ」
「分かっておる! こちらの数は約900名。オーク共が共食いで数を減らしたとしてその数250匹……単純に城攻めの理論でいったら3倍の兵力を必要とするから、数の上ではギリギリ何とかなる」
「攻城兵器もなしに、やるつもりなの?」
「当たり前だ! ワシには後がないのだ! 獣王国進軍の折に攻城戦は経験しておる。伝令! 森で木を切らせ攻城武器を作らせろ! どこかに砦に入る抜け道がないか探させろ! 何としてもあの砦を落とすぞ!」
ドワルドが討伐隊に指示を与え、皆がそれぞれの役割に就く中、ナターシャは冒険者たちに指示を出しながら、この戦いにおける疑問点を考えていた。
夜襲を受けた際、討伐隊はオークの仕掛けた罠により多大な損害を被った。オーク達はなぜそこを討伐隊が通ると知っていたのか……あの討伐隊を苦しめた落とし穴は、あらかじめ進軍ルートを想定して設置されていた節があった。
夕刻前の絶妙なタイミングで遭遇した不可思議で巨大な開けた空間。あの空間自体に罠はひとつも設置されていなかったが……それが罠だった。
恐らく夜襲しやすい場所に夜営するよう、ワザとあの空間を作ったのだ。
そして夜襲を掛けたオーク達の手際の良さ。まるで戦術論を学んだ者が指揮するみたいに、オーク達の戦術は的確過ぎた。
砦にしてもそうだ。確かに強固な石壁と水堀りの規模に皆が驚かされていた。
だがナターシャは、あまりにも対人間を意識した作りに疑問を持ってしまった。
なみなみと水が満たされた水掘り……深さもかなりあり、あの水掘りの中を泳いで渡る者はいないだろう。
鉄製の防具はもちろん、着衣したままで水の中を泳ぐのは危険過ぎる。どんなに泳ぎが達者な人でも、水を吸って重くなった服を着て泳ぐのは困難を極める。
服を着ていても困難な所に、鎧や武器を持って水の中を泳ぐなんて自殺行為に等しい。
仮に泳げたとしても、オーク達との戦いの最中、安易に石壁まで泳げるとは思えない。
そしてそびえ立つ石壁……高度な建築技術がなければ積み上げる事すら困難であり、到底オークに作れるものではなかった。
ナターシャも遠くからしか見ていないので確信はないが、壁の上部は少しずつ外側に歪曲し迫り出している感じがする。
これは壁をよじ登る者が、上部にたどり着いた時に絶望を与える嫌らしい罠だった。
気が付いた時には、戻ることもできずに落ちるしかない。
幸い下は水を張った掘りのため、死にはしないだろうが、壁を登るのに体力を削り取られた体では、溺れ死ぬ可能性もある。
果たして知能の低いオークが、そんな心理的な罠を想定して石壁を作るだろうか?
わざわざ川から水路を引き、水を掘りに満たしたりするのか?
もしそれを考えて作られたとしたら……このオーク達は間違いなく対人戦を想定して、この砦を築いた事になる。
「まさかオーク達は人と戦うと分かっていて、この砦を築いたの? 一体いつから? この規模の砦を作るのに最低でもニ年以上は掛かるわ」
ナターシャの中で、さまざまな疑問が浮かんでは消え、新たなる謎が生まれていく。
「何かがおかしいわ。昨日の夜襲や、この砦といい……一番不自然に思ったのは、あの狂ったオーク達の武器を舐める仕草……あの仕草に何の意味が? 私たちに恐怖を与える? 狂ったオークが? 何のために?」
さまざまな可能性を模索するナターシャの脳裏に、ある男の影がよぎる。
「まさかね。いくら何でもそれは……でもそう考えると辻褄が合ってくるわ。狂ったオークの情報を流し、私たちの進軍を知る唯一の存在。予測不能の男……お願いだから、その可能性だけはない事を祈るわ。もしアナタが本当にオークに加担していたとしたら……」
ナターシャが妖艶な微笑を浮かべ、唇を舌で舐めながら呟いた。
「キツイお仕置きが必要になるわよ。その時は覚悟しなさいヒロ……フッフッフッフッ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひいぃぃ!」
背に走った悪寒に震えながら、ヒロが意識を取り戻した。
「あっ? ヒロ気がつきましたか?」
ヒロの瞳には、手足を縛られコテンと横たわるリーシアの姿が映っていた。
「あれ? リーシア、僕は一体……」
「ヒロが錯乱した振りをしてオークヒーローに斬りかかった時、私が首を絞めて失神させました」
「そうでした……イツツ、しかしリーシア、あの脇腹への肘は聞いていないですよ」
「敵を騙すには、まず味方からです! 本気でやらなければオークヒーローに感づかれてしまいますからね」
「それはそうですが……ところで何で僕はこんな縛られ方しているんですか?」
「オークヒーローに、私が身ぶり手ぶりで縛ってと伝えたら、アリアさんを連れて来て……手際の良く縛ってくれました! これで私たちを救出する人たちに、囚われの身であったと説得力が増しますからって、ヒロが言っていたので……」
「いや、縛られているのは計画通りなんですが、僕が言いたいのは……なんで僕だけ亀甲縛りなんですか? あと、これアリアさんが縛ったんですか?」
亀甲縛り……縄や紐を使った身体の自由を束縛する拘束方法の一つである。
体の自由を奪いつつ、体の真ん中に一つだけ亀の甲羅を模した、美しい紋様の縛り方である。
他の縛り方より比較的に拘束感が少なく、見た目も良いため、その筋の人には受けが良い。
七mの長さだと上半身しか縛れず、十m程の縄やロープを用意すると手足まで縛れて便利である。
美しい束縛を目指すならまずは7mから始めて徐々に長さを伸ばし、拘束カ所を増やしていくと良いだろう。
初心者がいきなり長いロープで亀甲縛りは無謀である。まずは短い長さからオススメする。
「アリアさんが手際良くヒロを縛ってました。かなり手慣れてましたよ。その縛り方に何かあるのですか?」
「え〜と、この縛り方はかなり特殊で普通に縛るより難易度が高いのです。それ故に、美しく拘束する亀甲縛りはもはや芸術品で、僕の国では縛り職人と言われる専門職もいるぐらいです。アリアさんが縛ってくれたと聞いて驚いてしまいました」
珍しい亀甲縛りを見て興味を持ってしまったリーシア……当然、正直に答えるわけにはいかないヒロは、うまく誤魔化すしかなかった。
言えるわけがない……亀甲縛りがアブノーマルな世界の縛り方だなんて!
そしてその縛り方を熟知しているアリアさんが、一体誰を縛っていたのか……ヒロはその先を考えるのが恐ろしくなり、考えるのを止めてしまった。
「生まれて初めて亀甲縛りをされました……人生、何が起こるか分かりませんね。とりあえず計画通りなので良しとしましょう。リーシア、外の様子は?」
「少し騒がしいですね。私の気配察知では人数までは分かりませんが、討伐隊は確実にオーク村に到着しています」
リーシアの言葉に、ヒロはオートマッピングの簡易画面を表示して確かめる。
青い光点のオーク達……すでにその数を160にまで減らしていた。
そしてオーク達を囲むように、数えるのが馬鹿らしくなる程、灰色の光点が蠢めく。
オーク討伐隊が、オーク城を完全に包囲していた。
「ん? 牢屋の前に青い光点……この気配はオクタさんですか? 狂オークとして一番槍だと張り切っていたオクタさんがどうしてここに……それとこっちに向かって来ている青と緑色の光点は救出パーティーでしょうか?」
刻一刻と変わる状況を、ヒロは瞬時に分析し情報を蓄積していく。
「救出パーティーですか? 青いと言うことはヒロの知っている人ですか?」
「恐らくですが、青い光点は一度僕と会った事がある味方を表す色だと思われます。ですが緑は初めての色ですね。ゲームなどでは、中立を表す友好的な色ですが……」
まだ距離が離れており、ヒロとリーシアが囚われている牢屋に辿り着くまで、まだ時間が掛かりそうだった。
「とりあえず、救出待ちですね。まずは僕たちが身動きができない牢屋に閉じ籠られていた事実が必要ですから……おっ! 討伐隊に動きがありました。攻略を開始するみたいです……果たしてあなた達に、僕たちが築いた風雲オーク城が攻略できますかね」
ヒロは真っ黒な笑顔で、嬉々として語り出す。
「第一の関門『飛び石の川』……果たして何人が引っ掛かるか見ものですよ? フッフッフッハッハッハッハッ!」
「ヒ、ヒロ、あなた本当にどっちの味方なんですか! 私には人とオーク、両方を滅ぼそうとする魔王に思えてきましたよ!」
亀甲縛りで牢屋に転がされたヒロは、不敵な笑いを上げ続けるのだった!
〈亀甲縛りされた希望の罠が、嫌らしく討伐隊の行く手を阻んだ!〉
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