第118話 行軍×南の森=それぞれの思惑
「クソッ! とんだ貧乏クジを引かされたではないか!」
馬上の上でそう憤慨する中年の男……深い森の中だと言うのにフルプレートの鎧を身に付け、文句を言いながらも行軍していた。
彼の名はドワルド・リスカー。城塞都市ラングリッドに駐留するマルセーヌ王国軍に籍を置く、貴族の三男坊だった。
マルセーヌ王国は貴族制であるが、その全ての貴族に領地を分け与える事はできない。
家督は長男が全てを受け継ぎ、次男がその補佐として領地を治めるのが普通であり、三男から下は長男、次男に何かあった時の保険に過ぎない。
頭の良い者は比較的安全な文官の道を、勇猛な者は王国軍に士官する道を選ぶのが普通だった。
ドワルドもそんな数多くいる、端にもかからない貴族の一人であり、特に頭が良いわけでも、武勇に優れているわけでもなく……親のコネで城塞都市ラングリットの1000人隊長の地位につき、のらりくらりと生きてきた。
「なんでワシがオークの討伐を……しかもオークヒーローだと? ふざけるな! こんなちっぽけな軍勢でどうしろというのだ!」
森の中を行軍する兵の指揮は低い。
現在の戦力はアルムの町で集まった冒険者と合わせて約1300名……アルム領主からもたらされた情報では、オークの総数は600匹を超えると聞かされた。
ドワルドとて貴族であり王国軍に籍を置く以上、歴史や戦術論の勉強を嫌々ながら学んでいる。
それだけにオーク600匹とオークヒーローに対して、たった1300名の戦力で勝てるかと言われれば、ハイとは言えなかった。
王国軍1000名と言えどその強さは冒険者で言えばFランク程度であり、連携を用いて辛うじてDランクなる位である。
たったこれだけでオークヒーローに勝てるとは、ドワルドも思ってはおらず……むしろ捨て石に選ばれたと考えるのが妥当だった。
「これだけの戦力で勝てる訳がない。クソッ! このワシがなぜこんな目に……」
派閥争いで主流派に乗り損ねたドワルドは、今回のオーク討伐を無理やり押し付けられていた。
大抜擢と言う同僚の目が笑っていた事を、彼は忘れていない。捨て石となる者への嘲笑と哀れみのまなざしを忘れられるはずがなかった。
何とか命令を撤回してもらおうと、手を尽くしたが無駄な努力に終わり、もはやオークヒーローを討伐する道しか、ドワルドには残されていなかった。
唯一の救いは、勇者の末裔である元Aランク冒険者のナータ・アルム・ストレイムがいる事だけだった。
少々……いや、かなり変わり者だが、千鞭のナータといえば、近隣のギルドでは伝説となっている。
オークヒーローを倒した勇者の末裔として、その活躍は広く王国に知れ渡る実力者なのだ。
「アイツをうまく使って何としても生き延びねば……最悪、討伐失敗の罪を奴に被せれば……そうだ、それがいい! ワシは奴らのせいで撤退を余儀なくされるのだ。全ては冒険者たちが勝手に暴走した事にしてしまおう!」
ドワルドはそう考えるや否や、早速伝令に命令を下し行軍を休憩の名目で止めると、冒険者代表のナータを呼びつけた。
「ドワルド指揮官、何かご用かしら?」
「来たか……しかしお前と初めて出会ったのが獣王国、進軍の時だから5年ぶりか? 昔と相変わらぬようだな?」
ナターシャの格好を見て呆れ返るドワルド。
今日のナターシャは激しい戦力を想定して、いつものボンテージファッションではなく、愛用の赤い革のレザーアーマーを着こなしバッチリ決めていた!
素肌に直接レザーアーマーを付けているため、少しばかり怪しい格好になってはいたが……これは戦場において目立つ格好をする事で、敵の注意を引きる効果があり、決して趣味でやっているわけではなかった。
だが、それに気づかないドワルドは眉をひそめた。
「生き方は、なかなか変わらないものよ。それで? 休憩を入れて私を呼んだ理由を教えてくださらない?」
「端的に言おう。我らではオークヒーローに勝てん」
「あら? 勇ましい王国の騎士が弱気なのね?」
「オークだけなら何とでもなる。だが伝説のオークヒーローがいるのなら話は別だ……万の軍勢を率いたとしても、あれには恐らく勝てん」
「量より質……オークヒーローを倒すには、一騎当千の猛者が必要でしょうね」
ドワルドの言葉に同意するナターシャ。
「そうだ……今、この軍勢でオークヒーローに勝てる見込みがあるのは……お前しかおるまい」
「何人か高ランクの冒険者がいるけど、単独でのAランクはいないわ。パーティー単位でなら、かろうじてAランクが3組って所ね。そちらは?」
「Aはおろか、せいぜいCランク数名が関の山だ」
予想はしていたが、まさにナターシャの予感は的中していた。
王国はアルムの町を捨て、オークの脅威度を測るために討伐隊を捨て石にしていたのだ。
「恥を忍んで頼みたい。戦闘に立ち雑兵のオークをお前の千鞭で蹴散らしてほしい。質が期待できない今、量で押し切るためには、できるだけ王国軍と冒険者の数を減らしたくない」
「私につゆ払いをしろと?」
「そうだ。オークヒーローが出て来た時、我らが数で攻めて疲弊させる。その間、冒険者には雑兵オークを相手にしてもらう」
「私は?」
「オークヒーローが疲弊するまで、力を蓄えろ。お前の仕事は奴を引っ張り出し、最後の止めを刺す事だ」
言っている事は至極真っ当である。でもそれは王国軍が犠牲になるのが前提の話だった。
「いいでしょう。引き受けたわ。でも条件があるの」
「条件?」
「ドワルド指揮官、私と一緒に最前列で指揮をして頂戴」
「な? なぜだ!」
ドワルドは、焦りだした。それは自分の立てた本当の策が瓦解するのを恐れたからだった。
「オークヒーローが出て来た時、王国軍が尻込みして逃げ出さないようによ」
「我ら王国軍にそんな腰抜けはおらん!」
「それなら、最前列にドワルド指揮官がいても問題ないわよね?」
「しかし、ワシは全軍の指揮をだな……」
「大丈夫よ。私があなたの横で力を蓄えろさせてもらうわ。いざとなったら私が守ってあげるわよ」
「ううむ、しかしだな」
諦めが悪いドワルドがなおも食い下がる。
「まさか私たちを置いて逃げようとだなんて、考えてないでしょうね?」
「いや! 決してそんな事は考えておらん!」
「なら問題ないわよね」
「クッ、分かった。最前列でお前の活躍を見てやろう」
「そうして頂戴、じゃあ皆に話をするから、また後ほど」
白々しいドワルドにナターシャがカマを掛けると、引っ込みが付かなくなり、渋々承諾する羽目になる。
自分の前からナターシャが居なくなると、ドワルドは手に持っていた兜を地面に叩きつけるのだった。
…………
「ギルドマスターどうでしたか?」
「予想通り、私たちに罪をなすり付けて逃げだすつもりね」
ナターシャの周りに解体大好きギルド職員のライムと、冒険者パーティーのリーダー達が集まる。
その中には、『殲滅の刃』ポテト三兄弟のマッシュポテトや、『水の調べ』ケイト、斧使いゼノンの姿もあった。
ポテト三兄弟とゼノンはギルドを騒がした罪で、今回のオーク討伐クエストに強制参加させられていた。
「やはり私たちを囮に逃げる気ですか……」
「ええ、王国軍はここで死ね意味がないからね。私たちに撤退する罪をなすり付けて逃げようとしてるわ」
「王国軍はそれで良くてもアルムの町は……逃げられない」
冒険者パーティーのリーダー達が落胆する。
「ちっ! なら俺らも逃げるべきだろうが!」
「逃げた所で脅威が去るわけじゃねえ! 叩ける内に叩いておくべきだ!」
ゼノンが撤退を提案するが、マッシュポテトが否定する。
「取り敢えずオークの村までは、王国軍につゆ払いをしてもらう。私たちの出番は村に着いてからよ。私が先頭で雑兵オークを始末して、量で勝る王国軍でオークヒーローに消耗戦を仕掛けるわ。みんなは王国軍がオークヒーローと戦う間、雑兵オークの相手をお願い。そして最後のトドメは私がやるわ!」
するとナターシャは、背中に背負った愛剣を指差して皆に伝える。
「千鞭のナータ……その剣技が見られるとは思わなかった」
「コボルトの大群をたった独りで倒した英雄の剣技か…
…」
「勇者の末裔……オークヒーローと勇者の話が本当なら、俺たちは歴史に残る場面に遭遇するかもしれんぞ」
皆がナターシャの強さを認めており、勇者の誕生を信じていた。
だが、ナターシャには分かっていた。自分には勇者の器はなく、オークヒーローを倒す力がない事を……そして確信していた。それを成す人物が今もなお、オークに囚われている事を!
「ライムと水の調べの二人には、別働隊としてヒロとリーシアの救出をお願いするわ」
「「はい」」
「いい? あの二人が今回の戦いの行方の鍵を握っているわ……早急な救出と戦線の復帰が急務よ。あの二人に渡す装備とアイテムを預けるから、必ず助け出して届けて頂戴」
「分かりました」
「分かったよ」
事情を知らない冒険者たちは、この一大事にオークに捕まっている間抜けなど、構っている時間はないだろうと口にする。
しかし、ヒロとリーシアに関わった全ての者たちは薄々勘づいていた。あの二人なら何かやらかし、この状況を打破してくれる可能性がある事を……。
かくして王国軍と冒険者達は、この先に待ち受けるオークヒーローと言う絶望に向かって再び歩き出す。
誰もが生きる希望を胸に抱き、絶望の戦場へと足を運ぶのだった。
…………
「あなたは何をしているのですか! 恥ずかしい!」
「ヒロ……見損ないました! 最低です!」
オーク村に、アリアとリーシアの怒声が響き渡った!
〈
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