第117話 大いに語ろう、肉体言語!
「さあヒロ、お仕置きの時間です! 歯を食いしばってください! 目を覚まさせてあげますから!」
マウントポジションを取り、ヒロに馬乗りになるリーシア。
一瞬の隙を突かれたヒロは剣を取り落とし、両手を足で押さえ込まれていた。
「クッ! 外れない? この体格差で⁈」
「グランドは体格ではありません。修練の差ですよ。覇神六王流は立技だけではありません。寝技もバッチリ叩き込まれますからね♪」
相手に乗る位置、動きを予想した体重移動、両足の使い方、上半身のバランスと動かし方、すべてが合わさったとき、身長差30センチ以上、体重差1.5倍で勝るヒロは、一見華奢なリーシアに押さえ込まれてしまいガムシャラに動くが抜け出せない。
「無駄です。寝技の素人がいくら足掻こうと、絶対に外せませんよ。さあ、お仕置きです。ボコボコです!」
「確かに、これは抜け出せる自信がありません……いいでしょう。僕の負けです。ひと思いに
「じゃあ取りあえず、殴りますね♪」
満遍の笑みで答えるリーシア……
マウントポジションから拳を振り被るリーシア。隙を突いて抜け出そうとしたヒロだったが、リーシアの完璧な体重移動がそれを許さない。
焦るヒロ……どうやっても力では抜け出せない状況に、打開策を高速に思考する。
「リーシア待ってください。話し合いましょう! そう、話し合い、手を取り合う事が大事です。話し合えばきっと分かってくれます。ポーク族の未来について話しましょう」
「話し合いですか?」
「そうです。話し合いです。僕の願いはポーク族の存続と繁栄、世界を滅ぼしたいわけではありません。人族を滅ぼすまでは止めます。世界をポーク族で支配した暁には、その力で民を支配し、恒久な平和を誰もが享受できる世界を作ると約束しましょう。どうですか? それと今、僕と手を組んでくれるのなら、世界の半分をあなたに差し上げます」
「世界の半分?」
「はい、半分です。リーシアにとって悪い話ではありません。復讐するにも世界の半分があれば、いろいろと楽しい復讐ができますよ? どうですか?」
ヒロの必死の懇願にリーシアは……握り込んだ拳の親指を立て、下に向けてヒロに見せる。
「おととい来やがれです!」
行き遅れ先輩シスターズ直伝の、丁寧なお断りが炸裂した。
「今さら、話し合う余地はありませんよ。大人しく殴られて正気に戻ってください」
「いや、無理だから! どう考えても、殴られてマインドコントロールは解けませんから! 止めてください。暴力反対!」
「どの口がいいますか? 悪いことをしたら諭します。ですが話し合いが効かないなら、こうするのが一番と母様もいってました!」
ヒロの顔色が青く変わってゆく。なぜならばヒロは……あの教訓を知っているからだった!
「教訓その1! ダボッが何を言っても聞きやしねえ! 話すだけ無駄だ! そんな奴はワンパン入れて黙らせろ!」
振り下ろされる右手の拳がヒロの頬に炸裂する。
容赦ない愛の拳? が打ち込まれ、ヒロは後頭部を地面に打ち付けられ、二重のダメージを負う。
「待った! リーシアこれは死にます。止めてください」
「ヒロ……」
リーシアが笑顔で二発目の拳を振り下ろした。
「ゴフッ! 待ってリー」
「……」
無言の三発目の拳を、リーシアは笑顔で打ち出す。
周りで見ていたポーク達は、自分たちの神がなす術もなく殴られる光景を見せられ困惑していた。
指導者としてポーク族の先頭に立ち、自分たちを導く偉大なる同志ヒロ……輝かしい光に包まれたポーク族の神とまで呼べる存在が……黙々と人族の少女に殴られ続けていた。
「リーシア、話し合いましょう。お願いです。話をグハッ!」
「……」
情け無用とばかりに、無言で殴るリーシア……ポーク達は笑顔で殴り続ける鬼の姿を見た。
「……」
もはやヒロは言葉すら発せられず、黙々と殴られ……変わらぬ無言の笑顔で、ニッコリ殴り続けるリーシア。
殴られた側からダメージが入るが、すぐに痛みは消えまたダメージが入る…… 聖女の慈愛スキルにより、ダメージを受けてもすぐに回復されてしまい地獄を味わう。
終わらないエンドレスワルツをヒロは踊り続けていた。
肉体言語で話し合う二人を見て、ドン引きするポーク族……そして絶対の神に思えたヒロの情けない姿に、ポーク達は幻滅しはじめていた。
「……」
「ふ〜、どうですかヒロ? 目は覚めましたか?」
笑顔のリーシアの質問にヒロが死んだ目で答える。
「た、例え僕が倒されても……必ず第二、第三のポーク神が……」
「まだのようですね? 次は少しキツめですよ!」
もはや言葉は無用と、拳の回転率が上がり、リーシアはヒロと肉体言語で話し合う。
強さが絶対のポーク族にとって族長カイザーに勝利したヒロは英雄であり、自分たちを救うその行為は、もはや神と言っても過言はなかった。
そんな神が小柄な少女に、無言で殴られ続ける姿を見せつけられるポーク族……もはやそこに神などいなかった。ポーク族の神は死んだ!
「ヒロ……生きろ」
「リーシアさん……そうです。そこで許してはつけ上がります! やるからには徹底的にです!」
「は、母上……ヒロ、生きてるのアレ? もう死んでるんじゃ?」
族長カイザーと妻アリア、息子シーザーがヒロとリーシアの姿を見て、さっきまでと違い意思を持った目で話しだしていた。
「あれは……やばいな……容赦なさすぎる」
「しかし同志ヒロもされるがままで、情けないな……」
「んだな〜、娘っ子に殴られるがままなんてな〜」
「実は弱いのか?」
「強いか弱いか以前に、潔く負けを認めないのは良くないな」
「だべ〜、戦士は潔くないとな〜、幻滅だ〜」
理想の指導者ヒロと現実のヒロとのギャップをまざまざと見せられ、次々とポーク族達の心がヒロから離れていく。
無言の肉体言語を交わす二人を見たポーク族の皆が、連鎖的にマインドコントロールから解放された!
マインドコントロールを解く方法、それは矛盾点である。
ポーク族は強さこそが絶対。『最強の指導者ヒロ=神』、この図式が『か弱い少女にタコ殴り=神は弱い?=神が負ける?=ヒロは神ではない?』の図式に上書きされ、理想と現実のギャップが疑問点を連鎖的する事で、マインドコントロールの枷が破壊されていく。
それは落ちものパズルゲー『ぶよぶよ』の巨大連鎖のように、マインドコントロールされた心を消し飛ばした。
『ぶよぶよ』……空前の落ちものパズルゲーム全盛時代に発売され、二匹目のドジョウを狙ったら、売れに売れた伝説のパズルゲームである。
可愛い登場キャラクター達が織りなすストーリーと、可愛いモンスターぶよぶよを消しながら相手にお邪魔ぶよを送り込み、画面の一番上にまでぶよを積み上げた方が負けと言う、シンプルでありながら奥が深い戦略性で人気を博したパズルゲームだ。
ぶよを連続で消すと、連鎖と呼ばれる魔法攻撃が発動し、連鎖が増えれば増える程、相手に大量のお邪魔ぶよを送り込める。
この時発動する魔法の掛け声である『ぱよえ〜ん』はあまりにも有名である。
以下に素早く、相手より多くの連鎖を作るかが鍵を握る戦略性落ちものパズルゲームの決定版! それが『ぶよぶよ』だ!
いつ終わるともしれない肉体言語の会話……無言の殴り合いを脳裏に植え付けられたポーク族……のちに『無言の拳』と呼ばれる、ポーク族の伝承が生まれた瞬間だった。
「ふ〜、どうですかヒロ? 目は覚めましたか?」
「目が覚める前に、別の何かが目覚めそうです」
「まだでしたか……」
無言で拳を上げるリーシアにヒロが慌ててストップを掛ける!
「待ってください! これ以上は本当に死んでしまいます! 僕自身にも解き方が分からないんです! だから!」
「だから?」
「も、もう許してください……リーシア……な、何でもします! い、命だけは! お、お願いしまず……どうか、いのぢだけは……」
リーシアの肉体言語に、ヒロの心がついに折れた。
情けない声で泣きながらリーシアに許しを乞うヒロ……それがトドメとなり、夢から覚めたポークの民が、情けないヒロに罵声を浴びせる。
「な、なんて奴だ。泣いて命乞いをするなんて……」
「戦士として情けない!」
「あんなのをなぜ我らは崇めていたのだ?」
「人族の言葉に踊らされていたのか?」
「悔しいがあのヒロの術中にハマッていたようだな」
リーシアにはポーク達が何を言っているのか……『ブヒブヒ』鳴くだけで言葉の意味は分からない。
だが、ヒロに対して怒りの感情がぶつけられている事だけは分かっていた。
リーシアの瞳が一瞬悲しみに染まるが、すぐに元に戻る。
「ヒロ……まだまだ反省が足りませんね!」
「はんぜいじてまずがらクブッ」
再び始まる容赦ない肉体言語……先程よりさらに拳の回転率が上がり威力が増していた。
止まらない拳の応酬にヒロの顔は膨れ上がり、血が当たりの地面に飛び散りまくる。
聖女スキルによる回復スピードを上回る拳の連打に、痛みは癒やされなくなり、ダメージが体に蓄積してゆく。
リーシアは拳がヒロの血で真っ赤に染め上がっても、殴る拳を止めなかった。
もはやヒロは意識を失いピクリとも動かない……だがリーシアの拳は止まらない!
「な、なあ……もうそのくらいで」
「んだ、もう反省してるべさ?」
「ねえ……もう許してあげたら?」
「死んじまうぞ?」
「誰か止めてやれよ」
「鬼かあの雌は!」
あまりにも過激なリーシアの鉄拳制裁に、ドン引きのポーク達……。
「もう良いだろう……それくらいで」
「もともと、私たちのためにいろいろやってくれた結果だしね」
「特に何か被害があったわけでないしな……」
「やりすぎだろ……」
なおも拳を振おうとしたリーシアの腕に、誰かが優しく手を置き静止する。
「
「アリアさん……」
「
「アリアさん、離してください。まだヒロを!」
アリアの手を振り解き、ヒロをさらに殴ろうとするリーシアに、アリアの両手が、血に染まる手を包み込んだ。
「
言葉は分からない……でも、リーシアはアリアが何を言っているのか何となく分かってしまった。
優しく包む温かな手、優しい眼差し、言葉が話せなくても心で分かり合えた。
アリアの心に触れた時、リーシアの瞳から涙が流れていた。
「アリアさん……私……」
「
アリアの心触れたリーシアが、拳を下ろす。そして固く握り締めていた拳を開くと、ヒロの顔を撫でながら小さな声で呟く。
「ヒロのばか」
人の言葉が分からないアリアだが、何となくその言葉に込められた感情に、優しさを感じるのだった。
「皆! 戦士ヒロは我らのためにエクソダス計画を実行し、良くない事を我らに行っていたようだ。だがこの様に罰は受けた。どうだろう? 許してやらないか? 誰でも間違えは起こす。間違えない者などいないのだから……だから我は許そうと思う。皆はどうだ?」
カイザーが、妻アリアとリーシアのやり取りを見て、ヒロを許してやろうと声を上げる。
「まあ、あれだけ殴られたならな……逆に可哀想すぎる」
「たべ〜、おら達のために、いろいろやった結果なら仕方ないだべ〜、あれだけ殴られればな〜」
「ゆ、許すから、介抱してやれよ。ドバドバ鼻血が流れてるぞ!」
「頼まれてもあんな目に遭いたくないわ……もう水に流してあげるから……とりあえず上から降りてあげたら?」
凄惨な肉体言語を見せられたポーク達は、カイザーの言葉を聞き入れ、皆がヒロを許してくれた。
むしろ悲惨すぎるヒロに、同情の色が集まった。
「よし! ではこれでお終いだ。この二人には我らを騒がした罰として、一晩牢屋に入ってもらう。今夜の宴に参加する事は許されん。皆、それでよいな?」
「「「オオオウ!」」」
「ムラク、ヒロとリーシアを牢に連れて行ってやれ」
「はい!」
若手NO1と呼び声が高いムラクが、カイザーの
「さあ皆の者、飲んで食べて語らうのだ。我らオーク族は、いまこの時をもって、古き名を捨て新たなる種族、ポーク族に生まれ変わる。死に行く者よ、そして生き行く者よ、今宵は存分に楽しもうぞ!」
広場に集まるオーク達が一斉に声を上げ、目の前に置かれた酒や料理に手をつけながら、自分たちの未来について思いおもいに語り合うのだった。
…………
「よいしょっと! ふ〜、しかしつくづく牢屋に縁があるな二人共……そういう拙者もだけどな、ハッハッハッ」
言葉が通じないリーシアに声を掛けるムラクに、リーシアが頭を下げて礼を示す。
「ふむ、言葉は分からずとも心は分かるか……アリア殿が言っていた言葉の意味が分かったような気がするよ。気にするな、あとで差し入れを持ってくる。今晩は大人しく牢で過ごしてくれ」
手を上げてリーシアに答えたムラクは、手をヒラヒラさせて牢屋から出て行く。ヒロとリーシアの二人が、何もない静寂が支配する牢屋の中に残された。
地面に横たわるヒロは、リーシアにボコボコに殴れたダメージで、グッタリとしたまま目を覚まさず、苦しそうな寝息を立てていた。
そんなヒロを見たリーシアがヒロの傍に座わる。
ヒロの頭を自分の膝の上に乗せると、苦しそうにする男の顔を少女の手が優しく撫でる。
「ヒロ……計画通りです。オーク族のマインドコントロールは解けましたよ。でも……本当にこれでよかったのですか?」
リーシアは意識がないヒロに語りながら、計画を思い出していた。
カイザーの憤怒の紋章による侵食が持ってあと五日……それを聞いたヒロは、エクソダス計画を早める策を実行した。
短期間でエクソダス計画のタイムスケジュールを繰り上げる方法……単純な人手不足ならぬ、オーク手不足を解消するため、族長カイザーに反対するオーク達を取り込む策を実行した。
反対するオーク達を無理やり協力させ、且つ、作業効率を上げる……思考の果てに辿り着いた答えが、マインドコントロールだった。
元の世界で聞き知った知識を組み合わせて、『ジークポーク』の声の元、オークの心を一つに統一することにヒロは成功した。マインドコントロールされ、何の疑問も持たせずに作業に従事するポーク族のおかげで、見事に計画を繰り上げることに成功したのだ。
だが問題は残った……マインドコントロールの解除方法である。
一度マインドコントロールされた者を元に戻すには、長い根気か、衝撃的な矛盾点の定義で自らがおかしいと気づかせる必要があった。
ヒロは短い期間で一斉にマインドコントロールを解く方法として、宴を開き皆を元に戻す計画を立てた。
皆の前で神であるヒロが喚き散らし泣きながら、命乞いし情けない姿を晒す……それにより、ヒロは神などではない事を証明し、矛盾点に気付かせてマインドコントロールを解くと言う、かなり強引な方法だった。
そして、リーシアに自らを本気でボコボコにしてもらい、マインドコントロールの罪を償う道を選んだ。
結果的にはこれが功を奏し、ヒロに対する怒りは同情へと変わっていた。計画に反対していたオーク達も宴に参加していた……エクソダス計画を反対する者は、ほぼいなくなった。
犠牲はヒロ一人……たった一人の犠牲で計画は想定通り事か運んだのだ。
そんなヒロの顔をリーシアの手は優しくなでる。それは誰からも認められなくても、少女だけは知っているからこそだった。
「すぐに気絶したフリをすれば、ここまで殴る必要もなかったのに、あの『どうか、いのぢだけは……』は、見物でした。あんな声と顔のヒロ初めて見ました……頑張り過ぎですよ」
ヒロが成そうとしている、真のエクソダス計画の全容を知る唯一の共犯者リーシアは、膝上で眠るヒロを撫でながら、ただ一人褒めていた。
「自分一人で傷付いて、誰にも理解してもらえない道を、自らを選んで歩むなんて、本当にバカです。でも、私はそんな道を歩こうとする……頑張るヒロが好きですよ」
優しい目でヒロを見ていたリーシアの顔が、無意識にヒロの顔に近づき、二人の唇が重なるのだった。
〈希望が
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