第116話 バカ勇者vsバグ聖女

「リーシアよ、我ら拳士が武器を持たない理由を考えた事はあるか?」


 焚き木を挟んで座るリーシアと拳聖ゼス。

 夕食を終え、交代で就寝するため、先にリーシアが床に着こうとした時、そんな事をゼスがリーシアに聞いてきた。


「武器を持たない理由ですか? 接近戦では何よりも変幻自在な動きが必要だからでは?」


「それも一つの答えだ。だがそれは武器を持つ者にも言える。拳士は武器を持つ者に比べ、リーチで負ける。だから我らはそれを克服するために、様々な技を練り研鑽してきた」


「ん〜、厳しい修行の割に、ようやくリーチが互角だとすると、素手ではなく武器を最初から持って戦った方が強いって事ですか? だとすると復讐のために学んだ拳も無駄な時間を費やした事に? だ、騙しましたね、師父!」


「はっはっはっはっ、確かにつらい修行の果てに、やっと互角のリーチでは割に合わないかもしれんな」


 リーシアが膨れっ面になり、ゼスが笑いながら答える。


「だがな、だからと言って決して徒手空拳が弱いわけではない。むしろ武器に比べてリーチが短い我らが、技の研鑽でリーチを補った時、対人戦に置いては最強なのだよ」


「対人戦最強? じゃあ、魔物は?」


「魔物ならばおそらく武器使いが最強だろう……」


「何で拳士は魔物には弱いのに、対人は最強なんですか? 意味が分かりません」


 頭にハテナマークが浮かぶリーシア。ウンウン唸って考えるが答えは出ない。


「人体には急所が多いからじゃよ。どんなに鍛えても鍛えられない急所がな……拳士が徒手空拳で戦いに挑む理由はそこじゃ」


「鍛えられない場所ですか?」


「ああ、男性の性器ですか? アソコを蹴り上げると大抵悶絶しますよね」


 突然の金的攻撃発言にゼスが冷や汗を流す。


「まあ、それもあるが……リーシア、お前蹴り上げた事があるのか?」


「この前立ち寄った町で鍛錬している時に、チョッカイを掛けられて、しつこかったので蹴り上げて始末しました」


「程々にしておけ……金的は下手したら男として終わってしまう可能性があるからな」


「蹴り上げた時に、気づいたら手加減しておきます!」


「それは手加減していないであろう……コホン、話を戻そう。徒手空拳が対人で最強な理由……それは人体の急所が集まった顔を破壊するのに適しているからだ」


「顔ですか?」


 リーシアがペタペタと、自分の顔を手で触りだす。


「そうだ、およそ鍛えようがない顔。この部分を破壊するのに最も適した武器……それが素手なのじゃよ。目、鼻、口から始まり、鼻と口の間の人中へのダメージが、頚椎まで伝われば致命傷になる。頭蓋骨で比較的脆い側面のこめかみと、アゴは脳を揺さぶり意識を奪う。耳の後ろにある乳様突起を打てば、平衡感覚が奪える」


「急所のオンパレードですね」


 マントに包まり、横になったリーシアの目がウツラウツラとしてきていた。


「そうだ。他の急所、喉仏や鳩尾、金的と大きく違うのは急所が集中しているがため、相手はどこを攻撃されるか判断しずらいのだよ」


「確かに徒手空拳なら攻撃の最中に、細かく攻撃を変化させられますから、素手の方が対人でなら有利そうですね。アフゥ〜」


「そうだ。ゆえに対人に特化した剣闘士は、視覚が遮られるデメリットを課しても、フルフェイス防具を着用するのだ」


「あれって、シャイで恥ずかしいがり屋さんが着ける防具じゃないのですね」


 少しずれているリーシアに、ゼスがため息をつく。


 もっと人と接しさせて常識を植え付けないと、とんでもない化け物になる可能性を拳聖は心配していた。

 次の町辺りで、修行と称して知り合いにしばらく預けるのも良いかも知れんと考える。


「いいかリーシア……お前は自分が思った以上に成長している。今より強敵に対峙した時以外、人の顔へ攻撃を加える事は禁じ手とする。せいぜい腹を攻撃するぐらいに留めておけ。我らが徒手空拳で顔を狙えば人は死ぬ。お前の拳はもはや凶器だ! 無闇に振るえば余計な厄介ごとを背負う。努努ゆめゆめ忘れるな……」


「禁じ手ですか……分かりました師父……」


 リーシアはその言葉を聞きながら、ゆっくり眠りに着くのだった。




…………




「リーシア、君は間違っている。さあ、構えを解いて一緒に話し合おう! 君の幸せのために! ジークポーク!」


「冗談じゃありません! こんなのが、私の幸せであってたまるもんですか! こんな幸せ願い下げです! ヒロ、私の幸せを探す為に、今バカなアナタをぶっ飛ばしてあげます! 覚悟して下さい!」


 バカ勇者とバグ聖女、二人の戦いが始まろうとしていた。


「ヒロ……覚悟です!」


 リーシアが上半身を揺らし滑る様に地面を歩く独特な歩法から、離れた位置にいたヒロに歩み寄る。

 

 繰り出すは覇神六王流、柔の拳……最速最短の剛の拳と違い、遠距離から腕と足をしなる鞭のように打ち出し、上下左右から変幻自在の連続技を叩き込む!

 

「リーシア、君の拳は考察済みです!」


 次々と繰り出される攻撃を、全て剣の腹でヒロがいなして逸らしてしまう。


「攻撃が、なら……当たるまでつなぐまでです!」


 リーシアは止まらない! 逸らされた攻撃の勢いをそのままに、次の攻撃の動作へと移る。攻撃の溜めと技を出した後の隙を、流れる動作でつないぐ。

 ゆったりとした大河を思わせる動きでありながら、激しい水流の如き技のつなぎで、ヒロに連続技を叩き込む!


「リーシア無駄です。君の拳は、もう僕には通用しない! 思考の果てで、君の全てを見切りました」


 出会った時は、戦闘経験と取得スキルの少なさで、リーシアに圧倒されていたヒロだったが、今ではリーシアに迫る勢いにまで成長し、逆に圧倒し始めていた。



「なら、こんなのはどうですか!」



 虚実を混ぜたリーシアの拳がヒロの顔に迫る!

 鋭く速い攻撃だが、今のヒロなら避ける事は雑作も無い。


 強敵との死闘が、ヒロのレベルを信じられない高みへと押し上げ、短期間で伝説のオークヒーローに迫る強さにまで鍛え上げられた。今やリーシアの攻撃は、ヒロにとって脅威となり得なかった。


 最小の動きで避けるヒロ……だがその握られた拳を避けようとした時、変化が起こった!

 

「なに!」


 リーシアが握った拳を開き、抜き手に変化させたのだ!

 攻撃のリーチが伸び、ギリギリで避けるはずだったヒロは、避けるタイミングをズラされる。


 だが、コレすらもヒロは回避してみせる!


「甘々です!」


 だがリーシアの叫びで、攻撃がまた変化した。

 ヒロの顔を通り抜けようとした、抜き手の親指が直前で鎌首をもたげ、ヒロの目を潰しにきた。


 集中のスイッチを入れスローモーションの世界に入る

ヒロ。無傷で避けるのは不可能と判断したヒロは、最小のダメージで乗り切るため、顔を捻り避けようとする……目蓋にカスリながらも、ギリギリの所で回避に成功する。


 

「ふう、危なかったグゥ!」


 最悪な事態を免れ安堵するヒロ……だがそんなヒロの足に激痛が走った!

 顔面の攻撃を無理な姿勢で避けた事と足に走る激痛にバランスを崩し倒れ込むヒロ。


 激痛の原因を見ると、右足が潰されていた。骨は折れていないがヒビは入っているだろう。ヒロは激痛を我慢しながら、さっきまで立っていた場所を一瞥いちべつすると、そこには足を十字にクロスさせた様な足跡が地面に付いていた。


「顔への攻撃は囮、注意を引いておいて本命は震脚による足封じでしたか……」


「やはり甘々ですね。本命はコッチですよ?」


 するとリーシアは、自分の右目蓋まぶたを人差し指でトントンと叩くと、ようやくヒロは気がついた。


 右目蓋がリーシアの掠った親指で切られ、血を流し始めている事に……流れ出した血がヒロの目に流れ込み視界を塞ぐ。


「いくらステータスやスキルを手にしたとしても、戦いの駆け引きは一長一短では身に付きませんからね? ヒロ……あなたの弱点は剣や槍などの、直線的な攻撃には強いですが、それ以外の対応には弱い事です」


 サイプロプスとの修行で、剣により攻撃を受け続け何千回と死んだヒロ……リーシアの指摘通り、直線的な動きは応用で何とかなっても、今の様に細かく変化する攻撃を対処するには、経験が圧倒的に足りなかった。

 

 リーシアがまだヒロに勝てるとしたら、一足飛びでは決して追い付けない長年の鍛錬と、脈々と受け継がれ、研鑽の果てに昇華された技であった。

 

「なるほど、僕の視覚と足を封じに来たわけですか?」


「はい。徒手空拳は対人最強ですからね。禁じ手を解かしてもらいました。今のヒロ相手なら師父も許してくれるでしょう」


 目蓋から流れ出る血を指で拭うヒロ、だが深く裂かれた目蓋からは血が流れ続けていた。

 すぐに血が目に入り、右目の視界が塞がれる。


「さあ、ヒロ、今ボコボコにして目を覚まさせてあげますよ!」


「フッフッフッ、リーシア? まだ片目と片足を封じただけですよ? 勝ったと思うのは早計なのでは?」


「ヒロ、あたな「Bダッシュ!」」


 話の途中からの急な攻撃! 近距離Bダッシュからのヒロのショートソードがリーシアを襲う!


 しかしリーシアは、その攻撃を後ろに軽く飛んで避けてしまう。

 空を切るヒロの剣撃……目測を誤り剣閃が浅くなっていた。

 片目を潰され距離感が狂わされてしまうヒロ! その隙を縫ってリーシアの蹴りがヒロを襲う! 


 狙われたのは頭! リーシアのハイキックがヒロの頭に迫った時、ヒロはすでにショートソードをハイキックの軌道に置いていた。歯を立てた刃を……そのまま蹴り込めば足を両断されるのを知っていながら、ヒロは剣の歯を立てたのだ。

 

「リーシア! 少し痛いですよ!」


「お断りです!」


 自分自身をマインドコントロールしているとは言え、ヒロもリーシアの足を切断するつもりはなかった。


 リーシアの技量なら、攻撃を変化させて避けながらも他の箇所を攻撃してくると踏んだヒロ。次の攻撃に目星は付けていた。

 

 先読みして剣で受けようと、集中してスローモーションの世界に入るヒロ。


 スローモーションで迫るハイキック! だが、蹴りは変化しない……ヒロのショートソードの刃にドンドン迫る! 


 止まる気配のないリーシアの蹴りにヒロが焦りだす。まさかリーシアが避けない? いやもしかしたら避けられないのでは? ヒロの中で疑問が生まれ膨れ上がる。

 

「クッ! まさか止められない? マズイ!」


 刃がリーシアの足に当たるギリギリの瞬間に、ヒロが刃を寝かし剣の腹でリーシアの蹴りを受ける!

 その時、スローモーションの世界で、ヒロは口元を釣り上げ笑うリーシアの顔を見てしまった。


「予想通りです!」


「しまった!」


 リーシアの蹴りがショートソードの腹に当たり、剣に衝撃が走る。少女の編み上げのブーツから伝わる、見た目以上に硬く重い一撃!


 両手で持っていたショートソードが横に流された。


 ガラ空きの体、だがリーシアの蹴りは終わらない……振り抜いた足を降ろさず、そのまま腰と体の捻りを加えた回し蹴りが、ヒロの剣を持つ手に向かって放たれた。


「クッ!」


 痛みと想像以上の蹴りの威力に、ヒロは剣を取り落とし蹴り飛ばされてしまった。


 とっさに剣の飛ばされた方へ視線を向けたヒロ、ほんの一瞬リーシアから視線を外した次の瞬間、少女の姿がヒロの目の前から消えていた!

 

「どこに!」

 

 ヒロが叫ぶと同時に足元から衝撃が走り、視界が強制的に空を向いていた。


 目を離した瞬間に、リーシアが回し蹴りの勢いをそのままに、下段回し蹴りに移行してヒロの足を払っていたのだ。


 先程の震脚による足へのダメージで、踏ん張りが効かないヒロは簡単に転ばされてしまう。


 背中から倒れ込むヒロ。ダメージを無視してすぐに横に転がり立ち上がろうとするが……リーシアが『ピョン』と、ヒロに馬乗りに飛び乗り動きを封じた!


 唖然とするヒロ……リーシアは、したり顔でヒロにマウントを取り、見下ろしていた。


「さあヒロ? お仕置きの時間です! 歯を食いしばって下さい! 目を覚まさせてあげますから!」


〈圧倒的な対人戦闘力のバグ聖女に、バカ勇者は手も足も出なかった!〉

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