第85話 リーシア、目覚めた怒り 後編

 リーシアの腹パンチが決まると、立っているのも困難なほどの痛みがヒロの腹部を襲った。

 

 足から力が抜け崩れ落ちゆく体……だがそんな彼の目に、怒りにその身を任せながらも哀しみに陰る少女の瞳を見たとき、ヒロは体に力を入れ耐え抜いた。

 そして、腹に打ち込まれたままのリーシアの手をやさしく握ると、真剣な眼差しで少女を見つめた。



「リーシア、もういいんだ……無理をしなくても」


「何がもういいんですか⁈ 私は無理なんてしていません!」



 リーシアが口調を強めてヒロを拒絶するが……。



「僕は知ってます。オーガベアーやオークヒーローと戦った時、リーシアは一生懸命になって僕を助けてくれたのを……孤児院で小さな子供たちと話すとき、いつも屈んで子供たちの目線で話しているのを……困っている人を見たら放って置けないリーシアを……見返りを求めない優しい君を、僕は知っています」



「そんなの……そんなの打算があってに決まっているじゃないですか!」


 

 リーシアの拒絶する手の力が弱まり、逆にヒロの握る手の力が強くなっていく。



「良いんじゃないかですか? 打算で人と接したって」


「な、何を言っているんですか……」


「どんな思惑があったとしても、リーシアはリーシアです。清廉潔白だろうが、腹黒だろうがリーシアに変わりはありません。何故ならその根底にあるリーシアの心は変わらないから」


「馬鹿なんですかアナタは、私は優しくなんて……」


「リーシアーーもうウソをかなくていいんです。少なくとも僕の前では、本音で話してください」


「ウソ? ウソなんて……」


「リーシア!」


 

 ヒロが小さな子供を叱るように声を上げ、リーシアを強く抱き締める。



「なら……何でそんな辛そうな顔しているんですか?」


「辛そうな顔なんて……してないです」


「僕の前でくらい、本当の言葉で喋ってください。リーシア自身の本当の声を聞かせてください」



 手に込めれた拒絶の力が完全になくなり、ヒロが抱く手にリーシアはその身を委ねる。



「今さら……どんな顔してヒロと話せって言うんですか……」


「どんな顔でも構いませんよ。何でも話してください」


「なんで、なんでヒロは私なんかに、構おうとするのですか……意味が分かりません」


「なんかではありません。リーシアだからですよ」


「私だから?」


「いつも一生懸命なリーシアだから僕は構うんです。リーシア、あなたは自分の感情が異常だと思って、隠して生きてきたのでしょう? いつも笑顔でいたのは、自分の中にある心を他人に見せないために……」


「そうですよ! 私は自分の中にある醜い怒りが表に出ないよう、いつも心の奥底に封印しているんです! ヒロも見ているでしょう。鬼化した私の醜い顔を……」


「なぜ隠す必要があるのですか? 復讐に生きるだけなら、感情を隠して生きる必要はないじゃないですか? それにリーシアがいつも明るく笑顔を絶やさないのはなぜです? 偽りを演じるなら、別に笑顔でなくても暮らしていけますよね?」


「笑顔でいた方が、都合が良いからですよ!」


「都合ってなんですか? 子供達のため? 復讐のため? 違いますよね? 多分それはリーシア……君自身のためだったのでは?」


「だ、だったらどうだって言うんです!」


「リーシア……君は復讐を望むと同時に、誰かに復讐を止めて欲しかったんじゃないですか?」


「……」



 リーシアはヒロの質問に無言で答える。



「でも、その心に封じた怒りと憎しみが、アナタを突き動かし、もう自分では止まらなくなってしまっている……笑顔でいたのは、ひょっとしたら復讐を止めて普通に暮らして生きたいという願望があるからでは?」


「復讐を止めたい? 馬鹿なこと言わないでください! 今、復讐を諦めたら……私の十年は何だったんですか! 母様を殺した奴らに復讐しないのなら、私はなんのために!」


「お母さんを殺した奴らが憎い、復讐したい、殺してやりたい、普通に考えたら当たり前です。僕も家族が殺されたら、怒るなんてものじゃありません。相手を殺してやるって、きっと思います。でも……」


「でも? ヒロも言うのでしょう? 復讐はいけないことだって……人を殺してはいけないって!」


「いいえ、僕は復讐に賛成しますよ」


「ほら、やはりヒロも反対……え? さ、賛成?」



 意外な答えにリーシアは虚を突かれ、戸惑ってしまう。



「はい。賛成します。でも殺すだけではいけません。殺したら痛みは一瞬で終わりですから。リーシアが生きて苦しんだ時間と、同じくらいの苦しみを味合わせてやらないと……つまり生きたまま地獄を見せねばなりません!」


「い、生きたまま地獄⁈」


「そうです。自らが殺してくれと懇願するような地獄に叩き落として、さらにリーシアの幸せな姿を見せつけて後悔させてやると、なお良いですね」


「し、幸せな姿を見せつける? 何をいっているんですかヒロ? 私に幸せなんか望めません」


「復讐を望む者が幸せなってはいけないと、誰が決めましたか? むしろ幸せな姿を見せつけて、悔しがる様を見せられるなら爽快ですよ!」


「爽快って言われても……私の人生には、復讐しかないんですよ……幸せなんて考えたことありません」


「ん〜、ないなら幸せを探せば良いだけですよ。復讐の旅に出るなら、僕も一緒でしょうし……リーシアの幸せを探す手伝いくらいはしますよ?」


「ヒロは怖くないのですか? 嫌じゃないのですか? 関わりたくないと思わないのですか? 復讐のためにヒロを利用して騙していた私が……」


「だって今、リーシアは僕を復讐に巻き込みたくないと思ったから、嘘を吐いたんでしょう? 孤児院の子供たちにも分かるそんなバレバレなウソ、信じる方が難しいですよ。リーシア……まさかバレていないと? 醜いとか卑怯な女とか言う割には、純粋ですね……いや、単純なのかな?」



 リーシアの顔が「キッ」と怒りに変わりヒロの顔を見返すと、一瞬の隙をついてヒロの腕の中からスルリと抜け出し、その身をヒロから離した。



「ば、馬鹿にして!  変態ヒーローにだけは言われたくありませんよ! ヒロなんてムッツリスケベじゃないですか! いつも、いつも女性の胸ばっか見て! 女性は視線に敏感ですから、すぐに気づくんです! 一番ムカつくのは他の女性の胸と、私の胸を比べられた時ですよ! ぶっ殺したくなります!」


「え〜、そんな事ないですよ。リーシアこそ自意識過剰なのでは?」


「ふざけないでください! 冒険者ギルドでライムさんと私の胸を見比べてたクセに! あ〜! 思い出したらイライラしてきました。一発殴らせてください!」



 リーシアが中腰になったと思った瞬間、ヒロの腹にえぐり込むような本気マジパンチを叩き込まれ、ヒロの顔に苦悶の表情が浮かんだ。



「グッ! リーシア、いつも思うのですが、そうやってすぐに暴力に訴えるクセは直してください。こちらの身が持ちませんから!」


「はあ? 何を言ってます? 女性に失礼なことをしておいてタダで済むと? むしろ顔を殴らないだけ、優しいと思ってください!」


「思い出しただけでリーシアに殴られていたら、死んじゃいますから!」


「そしたら、お墓に土下座でもして、懺悔してあげますよ! 変態ヒーローが居なくなって清々しましたって!」


「それ懺悔じゃないから! 死者に鞭を打っているだけだからな!」

 

 ヒロの叫びを聞いたリーシアは腹黒い笑顔を浮かべ、それを見たヒロもまた、笑みを浮かべていた。



「それで良いんですよ。無理に怒りを溜め込む必要はありません。怒りを適度に表に出しましょう。僕の前だけでも素のリーシアでいてください。復讐を望むなら手伝います。復讐を止めたいなら止めてあげます。ですがどちらの道を進むにしても、リーシアの幸せを一緒に探しましょう」


「一緒に幸せを……」



 ヒロとリーシアはお互いの顔を見つめ合いながら言葉を止めると……。



「ふむ。イチャついているところ悪いが、そろそろ時間だ。本題に入らせてくれないか?」



 いい雰囲気の二人の間に、空気を読めない仮面の男が話に割り込んできた。



「お前空気を読めよ! って、まだいたのか? ちょっと待っててくれ。リーシアとの話が終わってない」


「そう言えばなんですか? この仮面にパンツ一枚の変態ヒーローは? ヒロの知り合いで間違いないでしょうが……」



 もはやお邪魔虫状態の仮面の男。



「俺の名前は、サ」


「あっ! 名乗らないでください。関わりたくないので」



 これ以上、変態に関わりたくないリーシアは、怪しすぎる仮面の男の自己紹介をお断りしてしまう。何となく少女の雰囲気が変わったのをヒロは感じていた。



「……多感な年頃とはいえ……こんなだったか?」


「ん? 何を言っている? スッポンポン」



 スッポンポンが小さな声で思わず呟いた言葉を。ヒロが聞き逃さない。だが……リーシアが上げた声にヒロの言葉が遮られてしまう。



「関わりたくないって言ったのに、なんで名前を言っちゃうんですか⁈ ヒロの馬鹿!」


「いや……せめて名前くらい名乗らせてあげましょうよ。スッポンポンが困ってますし……」


「スッポンポン……やっぱり変態ヒーローでしたか……予想でおりでしたね」


「ちげえよ! 俺の名前はサイプロプスだから! スッポンポンじゃないから! てか、話をさせろよ! ちきしょう!」



 サイプロプスは完全にオチョクられ、ペースを乱されていた。



「とにかくだ! 俺がいま見せた光景は真実であり、リーシアが今このタイミングで知らなければならない事だったんだ! 別にお前たちのイチャイチャ痴話喧嘩を見たいわけじゃないんだよ! 時間がないんだから、喧嘩するなら現実世界でやってくれ!」


「むう! イチャイチャなんてしてません! なんで私がこんな変態ヒーローと……」


「スッポンポン……前にも言ったが、頼むから服を着てくれ!」


「仕方ないだろ! 時間がないんだよ! 服にまで力を使っていたら、お前たちに干渉できなかったんだよ! これでも女性の前に出るから、力をやり繰りしてパンツだけは装着したんだからな? お陰で今回はもう干渉できる時間が僅かしかないのだから、黙って聞いてくれ!」


「仕方ないな……今回は聞いてやるよ」


「サッサと話をしてください。この後、ヒロとまだ話がありますので!」



 スッポンポンは、ふに落ちないものを感じながらも、話を進める。



「なんでこんな上から目線で俺は言われているんだ……まあ良い。さて、お前達はこの後、オークヒーロー・カイザーと戦うことになるのだが、助言しておく」


「助言?」


「よく覚えておけ。いいか? 初めて同士だと躊躇しがちで失敗する。本番は二回目からだと思って気楽にやれ。やるからにはガバッとだ! 中途半端が一番ダメだ。先っちょだけなんて弱気でやるなよ。奥までグイッと差し込んでやれ。あと最初はお互いに慣れていないからな、ヒロ……ガッツキ過ぎるな。リーシアも初めてなんだから、お前は加減してやれ。特にヒロ、お前はやり始めたら止まらなくなる。やり過ぎるとリーシアが壊れてしまうから程々にしとけ。最初はあまり持たないが、慣れてくれば長く持つようになるから頑張れ。おっ、時間切れだ。それではまた会おう。サラバだ!」


 それだけを言うと、無数のモザイクがスッポンポンの身体を覆うと、その姿は消えていた。



「ちょっと待てやスッポンポン! なんの助言だよ! 意味不明だぞ! ごらあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」


「え、えと、ほ、本番? ヒ、ヒロとですか? 奥までグイッと? な、何をです⁈ 私の、は、は、は、初めて⁈  こ、こ、こ、こ、壊れるって何がですか⁈」



 オークヒーローと戦う助言のはずが、完全に男と女のアレなアドバイスに、ヒロと憤慨しリーシアは顔を真っ赤にして言葉を反芻はんすうしていた。



「クソ! 毎回、煙に巻いて逃げやがって……リーシア? 大丈夫ですか?」



 消え去ったスッポンポンの事は諦め、リーシアに話かけるヒロ……。



「ひゃ! ひょい? だ、だ、大丈夫です! リ、リーシアさんは大丈夫で、で、でしゅ!」



 カミカミでキョドリ過ぎ、動作不良を起こしたリーシアは完全にバグッていた。


 顔を軽くパシパシ叩き頭をリセットするリーシア……するとヒロとリーシアの身体にモザイクが掛かる。二人もまた現実世界に戻る時が来たようだ。


 二人は互いに向かい合うと、自然に手をつなぎ見つめ合う。



「現実世界に戻るみたいですから、最後に言っておきます。リーシア、僕は君と一緒に幸せを探す手伝いをします。嫌だと言っても無理やり探しますから、覚悟してください」


「分かりました。私もヒロをコキ使いますよ。復讐してもしなくても、私の幸せが見つかるまでずっとですからね。ヒロこそ覚悟してください」

 

 そしてヒロは、偽りのないリーシアの笑顔を見ながら、現実世界へと戻るのだった。




【リーシアとの信頼度が一定値を超えました。デバックスキルが使用可能です。使用しますか? YES/ NO】




〈夢と現実の狭間で二人の信頼度が上がった!〉

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