第84話 リーシア、目覚めた怒り 中編
世界がまた暗転し、ヒロは四度目の明滅から目を開けると、見知らぬ広場に設置されたステージの上に立っていた。
「ここは……」
再び場面が替わると、そこには後ろ手に腕を拘束され、囚われたカトレアの姿があった
「先に述べた通り、この者は女神教の信徒を隠れ蓑に、悪魔崇拝者として人々を惑わしていたのだ」
広いステージの上には、他にも教会の神父の格好に似た者が数名立ち並び、ヒロはそんなステージ上の一番後ろに立っていた。
「これは女神教も創生教も関係ない。悪魔は人に仇なす共通の敵である。そして悪魔の紋章を持つこの者もまた、人を堕落させる存在なのだ!」
ステージにいる者の中で、ひときわ豪華な装飾かされた白い神父服を着た者が声を張り上げると、ヒロは背後から感じる不気味な熱気に振り返ると……そこには広場を埋め尽くさんとする人々の姿があり、集まった群衆の先頭で、『母様を助けて!』と泣き叫ぶリーシアの姿があった。
ステージを囲うように設置され高い柵と、槍を持った兵士が、母に駆け寄ろうとするリーシアと群衆をその場に止める。
集まった群衆は、誰もが怒りで我を失いかけ、憎しみが渦巻く広場の中で、囚われた聖女カトレアが静かに罪状を聞いていた。
憎悪が溢れ出し、行き場のない怒りが渦巻く異様な光景がヒロの目に映り、狂った熱気が民衆に波及していく。
そして何かに誘導されるが如く、人々の怒りと憎しみがカトレアぶつけられていた。
「よくも俺たちを騙しやがったな!」
「聖女の皮を被った魔女を許すな!」
「俺たちの生活が苦しいのもお前のせいだ!」
「そうだ、畑の実りが悪いのも全部お前がいたからだ!」
「最近、町の周りに出現する魔物の数増えたのも、お前が裏で何かしていたからか!」
集まった人々が、口を揃えてカトレアを非難して怒りをぶつけていた。それはカトレアには関係のない話ばかりであった。
「待ってくれ! なんで聖女様が魔女なんだ! 止めろ!」
「お願い! 何かの間違いだ!」
「畜生!
「待て! 話が違うぞ! 表向きの処刑だっただろう! 止めろ! 止めてくれ!」
だが、そんな罵詈雑言の中にあって、少なからずだが『止めてくれ』と嘆願する声も聞こえてくる。
「……以上の罪により、創世教の異端審問官である私が、神に代わって判決を下す。魔女カトレアが人々にヒールを無償で施し、その裏で人々を堕落させ、魂を腐敗させていたのは明白である。その罪は死を持って償わなければならない。よって斬首の刑に処するものとする。即刻、首を跳ねろ!」
創世教の異端審問官を名乗るものが、ありもしない罪状を読み上げて判決を申し渡すと、広場に漂う熱狂が人々に伝播し、次々に魔女を殺せと声が上がる。
人の持つドス黒い様々な感情が、ゴチャ混ぜになった広場の中は異様な熱気に包まれ……その光景を見たヒロは吐き気を覚えていた。
そしてカトレアが最後の時を迎える。
三人の男に拘束されたカトレアは、
「お願い。止めて!」
リーシアは殺される母の姿を見て、声を荒げ走り寄ろうとするが、ステージ前に立ち並ぶ警備の兵士たちがそれを許さない。
朝まで幸せに包まれていたリーシア……優しい母と優しい町の人々、優しさに包まれた世界で少女は幸せで一杯だった。いつもと同じように、今朝も大好きな母と女神に祈りを捧げ、母は優しく微笑んでくれた。
他愛のない親子の会話……親が子に見せる笑顔……母の微笑みを見られるだけで、リーシアは他に何もいらなかった。
なのに、そんなちっぽけな幸せすら、世界は少女から奪い去ろうとしていた。
『誰か助けて!』と、泣き叫ぶ事しかできないリーシア……兵士に押さえつけられたカトレアは、そんな我が子の姿を見て……微笑んでいた。
この世に残して行く我が子に、一秒でも幸せでいてほしいと願う母の優しさと、憎しみに囚われた人々を許してあげてほしいと願う聖女の想いが、彼女を微笑ませていた。
「止めて! 止めて! 止めて! 止めて! 母様を殺さないで!」
泣き叫ぶリーシアの声は届かず、カトレアの首に剣が無常にも振り下ろされる。
「リーシア、幸せにね」
カトレアは最後まで、我が子の幸せを願った。
跳ね飛ばされる母の頭……優しかった母の頭が、微笑みながらステージに転がる。
コロコロと転がるその顔を、大好きな母の微笑みを見た少女の心から、途方もない憎しみが溢れ出した。
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!
絶対にコイツらを! 大好きな母様を殺した奴らを! 裏切った奴らを! 絶対に一人残らず殺してやる!
少女の憎しみが広場を覆う……それは広場にいた群衆全てが集まって発する憎しみより、さらに強大な負の感情……殺意がたった一人の少女から噴き出していた!
「魔女の子も殺せ!」
怒りと憎しみに
リーシアから、さらなる殺意が湧き上がる。まるでこの世の全てを憎むような、凄まじい負の感情が爆発する。
連鎖する憎しみ……止まらない悪意……リーシアの悲痛に、ヒロの顔が怒りで歪んでいた。
「こんな……こんなモノを僕に見せて、何をさせるつもりだ! サイプロプス!」
声を荒げヒロが叫ぶと、TVのレコーダーで再生していた録画番組を、リモコンの一時停止ボタンで止めたみたいに、世界が静止し静寂が辺りを支配する。
ヒロ以外は微動だにしない世界……空を飛ぶ鳥も空中で静止していた。
するとヒロの目の空間に、無数のモザイクが出現し人のシルエットを形作ると、その中からひとつ目の仮面を着けた男が現れた。
「よく気が付いたな?」
「僕の過去を見せていたお前なら、他人の過去も見せられるんじゃないかと思ったんだ。そんな事はどうでもいい! 質問に答えろ!」
「ふむ。なぜ、リーシアの過去を見せたかのだったか? ……お前は偶然だよ」
「偶然?」
「そう……偶然だ。元々これはリーシアに見せていたものを、近くにいたお前が偶然一緒に観ているだけなのさ」
サイプロプスが右腕を上げ、『パチン』と指を鳴らすと、一時停止していた周りの景色や人が粉々に砕け散り、その後には地平線まで真っ黒な世界が現れた。
突然、世界が変わりヒロが警戒すると、自分のすぐ隣に見知った気配が現れたことに気がつき、顔を向けると……そこにはリーシアの姿があった。
「ヒロ……」
リーシアは泣いていた。それは母を殺された憎しみの涙なのか……懐かしい母の顔を見られた嬉しさの涙なのか……母を助けられない悔しさの涙なのか……ヒロには分からない。
「な、なんでヒロが私の夢の中に? み、見ないでください。私……今ひどい顔してますから……」
リーシアが手で涙を拭い、いつもの様に明るく振る舞おうとするが……リーシアの涙は止まらない。
「どうして……復讐するまで泣かないって決めたのに……どうして」
「リーシア!」
なぜか分からなかった……泣きじゃくる子供をあやすかのように、ヒロがリーシアに近づき抱きしめていた。
リーシアもヒロに抱かれるがまま、涙を流し二人は黙ってお互いに身を任せる。
「リーシア? どうだった母親が死んだ真相を見られて?」
「貴様!」
サイプロプスの言葉がリーシアの心をえぐり、ヒロの心が怒り湧き上がる。
「母様は……母様は私を助けるため、身代わりとなって死んだのですね」
「そうだ! お前の母は聖女としてやり過ぎた。それが女神教と創世教のいがみ合いに発展したのさ」
「母様がやり過ぎた?」
「ああ、そうだ。やり過ぎたんだ。あの町は元々、創世教信者の方が多いんだ。あのまま女神教の力が強まれば、遠からずあの町で争いが起こり多数の死者が出ていただろう。現に二つの宗派の間でイザコザが絶えなかったからな。つまりお前の母は、町に住む人々を助けるために、ワザと逃げずにその身を捧げることで、争いを回避したのさ」
「なぜだ、なぜお前はそんなことを知っている!」
ヒロの過去だけでなく、リーシアの知らない過去の話まで知る謎の男サイプロプス……。
「言っただろう? 俺は誰よりもお前を……いや、お前らを知っている」
「どうだかな、あんな記憶、お前なら好き勝手にストーリーを変えられるんじゃないのか⁈」
「嘘か? 信じる信じないはお前の勝手だ。俺に必要なのは、この真実をリーシアが知ることなのだからな」
サイプロプスが
「ヒロも……見たのですね。母様と私の過去を……」
「はい。見ました。リーシアに何があったのかも……」
リーシアは、いつもの元気で明るい顔ではなく、暗く泣きはらした顔が悲しみに沈んでいた。
「愚かですね。ただ怒りに任せて人を憎んで生きて、最後に教えてくれた母様との約束を忘れるくらい、人を恨んで……」
「リーシア……」
「ヒロ……私は母様を殺した奴らに、復讐するためだけに生きているんです」
リーシアの瞳に大きな涙が溜まり流れ落ちた。
「憎んで……恨んで……必ず母様を殺した奴らに……同じ報いを受けさせてやるって」
すると、抱きしめられていたリーシアがヒロの手から離れて行く。
「ヒロ……私はアナタに慰められる資格なんてないんです。私は……復讐を誓ったあの日から幸せになる資格を失ったのですから……」
「リーシア、復讐を誓ったから、幸せを望んじゃいけないんですか?」
「ヒロ……私はアナタが思っているような、良い子ではないんです。本当の私は、醜くて……汚くて……人を呪っていなければ生きられない卑怯な女なんですよ」
「そんな事ありません! リーシアと出会って間もないですが、リーシアの優しさを僕は知っています」
「私が優しい? 違いますよ。アナタに優しくしていたのは利用できると思ったからです」
「僕を利用?」
「私はもうすぐ16才になります。そろそろシスターになるか孤児院を出て行くか、決めなくてはいけない時期でした。私の生きる理由は復讐ですからね。当然、町を出て行くつもりでした。でも……いくら私が強くても、女が一人、アルムの町を出て旅するのは危険です」
「つまり復讐の旅へ出るために、僕をパーティーメンバー誘ったって事ですか?」
「そうです。初めは適当なパーティーメンバーに加わって町を出ようとしましたが、どいつもこいつも町から出る気がない奴らばかりで……私の体目当ての奴までいましたよ! まあ、私の体なんかで良ければ、いくらでも抱かれて良かったですが……約束を守る気がない奴ら相手に、そんな気にはなれませんでしたけどね」
「だから、誰ともパーティーを組まなかった?」
「ご名答です。パーティーの誘いは多かったですが、体か私の力を利用しようとする連中ばかりで鬱陶しかったから、ソロでお金を貯めてパーティーを雇い、町を出て行く予定でした」
「それじゃあ、今まで僕を助けてくれたのは?」
「もちろん、利用するために決まってます。お人好しでチョロそうでしたからね。それに童貞男なら体を使って誘惑すれば、コロッと騙されてくれると思いました……予想通り引っかかってくれて安心しましたよ」
「南の森で出会った時から?」
「ようやく理解しましたか? アイテム袋まで持っていたのには驚きましたよ。他のパーティーに加入される前に何としても、私とパーティーを組ませ、アイテム袋の存在を内緒にさせるのには骨が折れました」
「リーシア、君は……」
「分かったでしょう? アナタを利用しようと、優しくしていただけなんですよ!」
リーシアが自暴自棄になり、心に溜まっていたものを吐き出し続ける
「毎朝、教会で欠かさず行う神への祈り……母様が死んだあの日から、私は一度足りとも神に祈ったことなんてありません。毎日どうやったら母様を殺した奴らに、母の苦しみを味合わせて殺してやれるか……そんな事を神に祈る振りをして、考えていました」
少女の顔はまるで罪を犯し、親に叱ってもらうのを待つ子供のような顔をしていた。
「本当、笑っちゃいますよ。神なんて何も助けてくれないのに、毎日毎日、祭壇で孤児院の子供達が祈る姿を見ていつも思ってました……馬鹿ばっかりだって!」
少女の顔が今にも泣きそうになっていた。
「私の後をいつもハエの様に付いて回るリゲルが、本気で神に祈っている姿を見た時、滑稽で笑いが止まりませんでした! 神なんて何の役にも立たない者に
感情を爆発させるリーシアにヒロは……。
「もう……もうウソを吐かなくていいんだリーシア」
「ウソ? 真実ですよ! ヒロも清廉潔白な女を御所望ですか? だったら残念でしたね。私は元々そんな女じゃないんですよ! ちょっ、離してください!」
ヒロはリーシアに有無を言わさず、リーシアを両手で抱きしめていた。リーシアがヒロから離れようと力を込めて拒絶するが、ヒロは離さない。
「は、離してください! この
密着した状態からリーシアが震脚を踏み、ゼロ距離からの痛烈な拳が打ち込まれた。
〈リーシアの
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