第8章 勇者とバグ聖女誕生編

第83話 リーシア、目覚めた怒り 前編

「ん? ここは……」



 オークヒーローとの戦いに傷つき、牢屋に入れられていたはずのヒロは、いつの間にか見知らぬ祭壇の前に立っていた。



 祭壇には三人の女性の像が立ち並び、その周りの装飾から、像を祀り信仰していることがうかがえた。

 

 簡素な祭壇の前にはヒロ以外にも人影があり、二人の男女が深刻な顔で話し合いをしていた。



「神父様! なぜあの子が、あの子に何の罪があるというのですか」



 神父様と呼ばれた中年の男は、黒い質素なキャソックと呼ばれる、前開きにした学生服の裾を足のくるぶしまで長くしたような服を身にまとっていた。


 ゲームで良く見かける、教会の神父の服装と酷似しており、神父の格好と言えば十人中十人が同じ服装を思い浮かべるくらい、ポピュラーな服装だった。



「目立ち過ぎたのかもしれません」


「それにしても、無茶くちゃ過ぎます。悪魔の刻印を持つ可能性があるから、いきなり処刑するなんて……」



 白いシスター服を着た女性が、神父に声を上げて反論していた。


 金色の長い髪をポニーテイルのように一つにまとめ、後ろに垂らし女性……二十代だろうか? 優しそうだが芯の強そうな女性である。


 ヒロは女性の顔を見て、ある人の面影を感じた。



「なんの根拠もなしに異端審問をするなんて……正気じゃありません」


「おそらく創世教が盛んなこの町において、聖女であるアナタの名声が無視できなくなったのでしょう」


「だったら私を告発すればいい! リーシアは関係ないわ!」


「リ、リーシア? するとこの人は……リーシアのお母さん? 聖女ヤンキーカトレアさん?」



 女性の口にした子供の名に、ヒロが思わず声を上げてしまうが、カトレアと神父はヒロの存在を無視して、そのまま話しを続けていた。



「アナタを魔女として告発しても、この町の人は認めません。アナタは良くも悪くも聖女として認められてしまった。告発して拷問で自白させても、町の人々は納得しないでしょう。だから……」


「そう、そういうことね。私の大事なリーシアを殺されたくなければ、私自らが拷問を受ける前に魔女であることを……自白して死ねというのね?」


「この町に住む創世教は、女神教の勢力拡大を恐れています。現にこの町では、国教である創世教より女神教に入信する人が後を断ちません。おそらく聖女として敬られるアナタが邪魔になったのでしょう」


「そんな……神に仕える者が保身のために、ありもしない罪をでっち上げて排除しようだなんて……元は一つの教えだったのに」


「カトレアさん、魔女として告発するにも時間が掛かります。明日にでもこの町を出た方がいい」


「分かりました。急ぎ荷物をまとめ、すぐにでも町をちます。急げば、町の門が閉まる夕刻までに間に合うはずです」



 カトレアが、すぐにでも町を出て行くと神父に告げると……慌てて神父が助言する。



「い、いや、今から出たとしたら夜道を歩く事になる。小さな子供を連れて夜の道を歩くのは危険だ。せめて明日の朝、町を出た方が良いだろう……」


「ん? なんだ? 安全を取るなら、1秒でも早く町から逃げた方がいいはずなのに?」 



 ヒロが神父の助言に疑問を覚えていると……。



「……分かりました。では明日の朝、町をとうと思います。神父様、ご心配いただきありがとうございます」


 少し間を置いてから、カトレアは神父に深々と頭を下げた。それを見た神父が安堵して胸をなで下ろす姿に、ヒロは不信感を抱いていた。



「あの神父? なんですぐに町をつカトレアさんを止めた? それと明日の朝、町を出るのに安堵した理由はなんだ?」


「それでは、私は荷物をまとめますので、これで失礼します」


「アナタの行く道に、幸あらんことを」



 カトレアが祭壇から離れ、部屋を出て行くと神父はひとり祭壇に祈りを捧げ始める。



「女神よ、どうか哀れな私をお許しください……」



 そのつぶやきを聞いたヒロが神父に触ろうとした瞬間、世界が暗転し激しい光がヒロの目を襲った!



 ヒロは眩しさから、とっさに目をつぶる。そして次に目を開けると……今度は祭壇ではなく、暗い小さな部屋で二人の男が話し合う場所にいつの間にかヒロは立っていた。



 一人は先ほど、祭壇でカトレアと話をしていた神父……もう一人は右頬に奇妙なあざを付けた男だった。



「本当に助けてくれるのか?」


「ええ、私たちは何も人殺しを望むわけではありません。あくまでも平和的解決を望んでいます。この町で聖女の信用が失墜し、町を出て行くなら聖女と子供の命までは取りません」


「分かった……お前たちの要求を飲もう。聖女カトレアは魔女として表面上は処刑する。その後、死んだことにした聖女と子供を他国に逃す……その結果、この町で創世教と女神教は、お互いの布教に口を出さず不可侵とする。これでいいな?」


「いいでしょう。物分かりが早くて助かります。お互い、元は同じ神を信奉する者同士、歪み合うのではなく、手を取り合わなければいけませんね」


「明日の朝まで、聖女が町に留めておけば良いのだな?」


「ええ、異端審問官が、明日の朝にも町へ到着します。彼らにしか魔女に極刑を与える権限がありませんからね……」


「分かった。必ず明日の朝まで、町に引き留めておこう」


「これで誰も傷つかず、皆が幸せになれます」



 二人の男が握手を交わす姿を見て、ヒロは唖然としていた。



「いまの会話が真実なら、聖女は同じ女神教の神父に裏切られたのか? 無実のリーシアを魔女にでっち上げ、その罪を聖女自らが被らされた上で、異端審問が裁こうとしている? 表向きは処刑して、他国へ逃すと言っているが真実は……」




 再び世界は暗転する……次にヒロが目を開けた時、目の前にはベットで眠る子供と、聖女カトレアの姿があった。



 カトレアはベッドに腰掛け、眠る我が子の頭を微笑みながらなでていた。

 


「リーシア……大きくなったわ。子供の成長は早いって言うけど、本当ね。ついこの前まで、私のあとをついて歩くしかできなかった子が、猫を助けるために一生懸命に庇う姿を見て、お母さんビックリしちゃった」


「あのベットに眠る子供が……リーシア?」



 ヒロは次々と変わる光景に戸惑いながらも、見知った顔が現れたことで、コレが何かの記憶なのだと認識した。



「つまりこれは、聖女カトレアさんの記憶? いや……神父と右頬に奇妙なアザがある男との会話をカトレアさんが知るわけがない。だとすると……」



 一つの仮説を出せば、また新たなる疑問が生まれてくる。


 ヒロは思考する。この夢とも現実とも違う世界が、自分に何を伝えようとしているのかを……。



「リーシア、ごめんね。アナタを独りぼっちにしてしまう、お母さんを許して…… リーシアと二人で逃げられれば良かったけど、お母さんが魔女として名乗らなければ、この街に住む多くの女神教の人が傷付いてしまう。お母さんは逃げる訳には行かないの……だからごめんね」



 カトレアの瞳から、涙が溢れ落ちる。



「でも大丈夫。リーシアだけは絶対に助けてみせる。あなたのお爺ちゃんに助けを求めてメールをしたわ……リーシアを助けてってね。たまたま町の近くにいるみたいで、朝までには町に着くって返事があったわ。だからあなたは大丈夫。リーシアなら一人でも生きていける。お母さんがいなくても元気でね」



 リーシアの手を握るカトレアは、掴んだ手を額に当て何かに祈るようにつぶやく。



「願わくは、リーシアの行末に幸あらんことを……」



 リーシアの額にキスしたカトレアの顔は、悲しみの顔から決意した表情へと変わり、立ち上がった。



「私は逃げも隠れもしません。コレが運命だと言うなら受け入れましょう」




 そして世界は暗転する。そこには教会の祭壇で祈りを捧げるカトレアとリーシア、二人の姿があった。


 一心に祭壇で祈りを捧げる親子……不意にカトレアが祈りを止めリーシアの顔を見ていると、リーシアがそれに気づき母に笑顔で応える。



「どうしたの母様?」


「リーシア……よく聞いて。いまからお母さんに何が起こっても、恨まないであげて……憎しみに決して囚われてはダメよ」



 真剣な顔でリーシアにカトレアは語り掛けた。その瞳はリーシアを真っ直ぐに見つめる。



「母様、何でそんなこというの?」


「リーシア、善の反対は何だと思う?」


「善の反対? ……悪じゃないの?」


「違うわ。善の反対もまた、善なのよ」


「善の反対も善?」


「そう。生きる者は皆、全てが等しく善なのよ……自分が信じる善のために人は生きるの。リーシアが悪いことだと思っていても、その人にとっては良いことをしているのかも知れないわ」


「悪い事なのに良いことなの?」



 母の言葉に子供のリーシアは理解できず、首を傾げてハテナマークを浮かべていた。



「ふふ、リーシアにはまだ難しかったわね。でも、これだけは覚えておいて……お母さんに何があっても憎まないで、憎しみの果てには憎しみしかないの。だから許してあげなさい」


「許す?」


「そう。許してあげるの。許すと言うのは、罰するより気高く勇気がいるわ」


「勇気……母様、よく分からない……ごめんなさい」


「いまは分からなくていいのよ。リーシアならきっと分かる時がくるから。約束してリーシア……何があっても許してあげる勇気を忘れないと」


「はい! 母様!」



 話の意味は理解できなくても、母が悲しむ顔を見たくないリーシアは元気に返事を返していた。


 すると、カトレアが首に掛けたロザリオを手に取ると、リーシアの首に掛け始めた。



「母様? これ母様の大事なロザリオ……」


「お母さんがいなくても、このロザリオがアナタをきっと守ってくれる」


「母様……」


「何か嫌なことがあったら、このロザリオに祈りなさい。そしてお母さんとの約束を思い出してね。お母さんはいつだってリーシアを見守っているから……さあ、お祈りを続けましょう」


「うん! 大事にするね♪  母様ありがとう」



 そして二人の親子は祭壇に向かって再び祈りを捧げ始めた。教会の扉が乱暴に開け放たれるその時まで……。




〈復讐に燃える鬼の物語が幕を上げる!〉

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