第82話 冒険者ギルド……持たらされた絶望

「道を開けて! スタンピードが起こります。急ぎ報告させて」


「スタンピードだと⁈」



 アルムの町にある冒険者ギルドに持たらされた情報は、ギルドにいる職員を始め、周りにいた冒険者たちを驚かせた。


 ヒロと分かれて二日目の朝、無事オークから逃げ延びたケイトとシンシアは、街に着くなり冒険者ギルドへと駆け込んでいた。



 入り口からカウンターへ、二人が声を上げながら急ぐ。朝早くからクエストボードに張り出された依頼を求め、冒険者でごった返すエントランスをかき分けて行く……ただ事ならぬ二人の雰囲気に何かを感じた冒険者たちは、スタンピードの声を聞くとケイトとシンシアの進む道を自然に開けていた。



「至急、ギルドマスターに報告があります。このままではスタンピードが起こります。急いで報告を!」


 ケイトの言葉を聞いた受付嬢の一人が、急ぎギルドマスターへ知らせに走る。



「スタンピードだって? 何かの間違いだろ!」


「ああ、あんなものがそうそう起こるわけがない」



 周りで聞いていた冒険者たちも、スタンピードの言葉に驚きを隠せない……ほどなくして、ナターシャが受付カウンターへと走って来た。



 今日のナターシャは、ピッチピチのノースリーブレザーシャツにホットパンツと、いつもと変わらない格好と思いきや、スタッズトゲの首輪をアクセントに首元をオシャレに着飾っていた。



「スタンピードですって⁈ 何があったの? 詳しく話しなさい!」


 ギルドマスターとして、冷静に報告を受けようと努めるが、スタンピードと聞けばナターシャといえど、隠しきれない焦りが言葉に混ざり出てしまう。

 

「南の森でミミックに襲われて……私とシンシア以外のメンバーは……」



 顔を伏せて悲しい顔で悔しがるケイト。



「私もミミックに殺される寸前でしたが、ヒロとリーシアと名乗る冒険者に助けられました」


「まあ! ヒロとリーシアちゃんの二人に?」



 自分が気に掛けている二人の名前が出て来て、ナターシャは驚く。



「はい。その後、メールでミミックに拐われたシンシアから、途中でオークとミミックが遭遇し、そのままオークに捕まってしまった事を知りました。私はヒロとリーシアの三人でシンシアを助けるために夜の森を歩き、彼女を見つけたのですが……そこは多数のオークが集まる、大規模な集落でした」


 深刻な顔でケイトがナターシャに告げる。



「大規模ってどれくらいかしら?」


「ヒロが言うには、四百匹以上いると……」


「四百匹以上! まさかオークキングが誕生しているの⁈」



 ナターシャは勿論、それを聞いていたギルド職員や、周りで聞き耳を立てていた冒険者が騒ぎ始める。



「オークが四百匹! 稼ぎ時じゃん」


「オークなんかいくらいても大したことないのに、驚き過ぎだろ?」



 若い低ランクの冒険者が、楽観的に話すのに対して、ベテラン冒険者たちはにわかに騒ぎだしていた。



「オークが四百匹……マズイ、急いで討伐しないと、下手したら町が滅ぶぞ」


「オークキングがいるとなると、全てのオークのランクがDかEランクになっているかもな」



 高ランクのベテラン冒険者は知っていた。オークの特殊能力と集団戦の強さを……。



「ヒロが言うなら間違いなさそうね。あの子が意味もなくそんなこと言うとは思えないわ……それでヒロとリーシアは?」


「私たちを先に逃がそうと、スキルを使うオークを引き付けてくれて……」


「ス、スキルを使うオーク⁈ 本当にスキルを使ったの? オークが?」


「私は見ていないですが、ヒロが何らかの能力かスキルで、攻撃を全て弾かれたと言ってました」


「オークに攻撃を防ぐ能力があるなんて聞いたことないわ。確かにスキルを使ったと考えるのが普通ね。でもそうなると……」



 話を聞いていたベテランの冒険者と、ギルド職員が騒ぎ出す。若手の冒険者は何が起こっているか分からず、呑気に話を聞いている。



「オークがスキルを使ったからって、別にどってことないだろ?」


「ユニークモンスター? まさか……そんな英雄譚に出てくるような化け物が……」



 若手冒険者は楽観的に、そしてベテラン勢は恐れおののいていた。



「ギルドマスター……オークキングの可能性は?」



 ギルド職員の一人が、認めたくない事実を否定するため、ナターシャに質問する。



「ないわね。オークキングはあくまでも、眷属強加の能力しか持っていないはずよ」


「それではやはり……」


「誕生してしまったのよ! スキルを使うオーク……史上三匹目のオークヒーローが!」



 それを聞いた一部の冒険者が、急ぎ冒険者ギルドを後にする。


 クエストの依頼でこの町に立ち寄った冒険者たちは、我先にとアルムの町を逃げ出したのだ。


 人々は知っていた。オークヒーローの恐ろしさを……。


 娯楽の少ないガイアでは、町に時折り訪れる吟遊詩人の歌が、娯楽の一つとして庶民に慣れ親しまれていた。

 その中でも、人気の英雄譚にオークヒーローが倒される物語がある。


 今日こんにちまで、人の歴史の中で現れたオークヒーローは二匹……そのいずれも、ガイヤに現れた初代勇者ユウゴと、二代目勇者カオル、二人の勇者によって討たれる物語だった。


 そのため、オークヒーローの英雄譚は、ガイヤではヒロの世界で言う『桃太郎』や、『かぐや姫』と同じぐらい有名な話として、広くガイヤに語り継がれていた。


 華々しくオークヒーローを倒す英雄譚の中で、オークヒーローになす術もなく殺される人々の様子を歌うシーンがあり、オークヒーローの名は、恐怖の代名詞として伝わっていた。



「私たちはなんとか逃げのびましたが、二人がどうなったか……昨日から何度もヒロにメールしているけど。返事がなくて、二人はギルドに報告に来ていないですか?」


「ヒロとリーシアちゃんは報告に来てないわね……誰か教会にリーシアちゃんが帰って来ていないか使いを出しなさい!」



 それを聞いたギルド職員の一人が、教会へ確認に走る。



「私は急いで領主に報告に向かうわ。王国から軍を派遣してもらう可能性もあるから……オークヒーローが本当に誕生したのなら緊急事態よ。すぐに近隣の冒険者ギルドへ応援を要請しなさい。強制クエストを発動して、ベテランパーティーを偵察に出して頂戴。報酬は最高金額に設定して構わないわ」


 ナターシャの言葉に、ギルド内は騒然となる。



「さ、最高金額? よろしいのですか?」


「構わないわ。お金なんてものは命あっての話なのよ。国が滅ぶかもしれない瀬戸際に、お金を出し渋ってどうするの!」


「ヒュ〜、最高報酬か……いいぜ! ウチが行こう」


「いいね、偵察だけなら何とかなるだろ。俺らも参加するぜ!」



 何組かのベテランパーティーが、声を上げてくれた。



「偵察の最中、ヒロとリーシアの二人の冒険者を確保したパーティーには、私から追加報酬を支払うわ。頼んだわよ」


「いよっしゃ!」



 ナターシャの追加クエストの報酬に、偵察を請け負ったパーティーは喜び、ギルドの受付でクエストを受注すると早足で偵察へと向かった。


 ナターシャはギルド職員に細々とした指示を与えると、領主に会うための礼装に着替えるべく、自分の執務室へと歩き出す。



「もし本当にオークヒーローが現れたとしたら……事によってはアルムの町だけで収まらないわ。マルセーヌ王国、下手したら大陸全土に、オークの脅威は広がるかも知れない。そうなればアルムの町なんか簡単に見捨てられてしまう……何としてもオークヒーローを倒さないと」



 執務室に備え付けられたクローゼの中から、領主に会うための礼装を引っ張り出し、袖を通すナターシャの顔は暗い。



「だけど……果たして私たちに、英雄譚に出てくるオークヒーローを倒すことができるのかしら」


 ナターシャ自身も、かつては冒険者としてその名を轟かせたAランク冒険者だった。『千鞭のナターシャ』と言えば、ひと昔前の冒険者で知らぬ者はないほどの強者だった。


 

「全盛期の私ですら討伐できるか分からないオークヒーローを相手に、戦える冒険者がアルムの町に果たして何人いるかしら? よくて数名、状況は絶望的ね……でも、希望はある!」



 オークヒーローの脅威が世界に迫った時、世界には勇者という希望が現れる。『勇者なくば、オークヒーローに勝利はありえなかった』、のちの歴史学者が語った文献をナターシャは見た事がある。


 そこにはこうも書かれていた……『長い歴史の中で、二度オークヒーローが誕生し、そのどちらも勇者によって倒されている。これが偶然か必然なのか……もし必然なのだとすれば、次にオークヒーローが現れた時、必ずそれを倒す勇者が現れるはずである』と……その一文を思い出したナターシャの脳裏に、アイテム袋を持ったある青年の姿が思い浮かんだ。


 かつて勇者が所持していたとされる、時間停止能力を持つアイテム袋と同じ物を持つ冒険者……。



「オークヒーローが生まれるから勇者が出現するのか? 勇者がいるからオークヒーローが誕生するのか? 神のみぞ知るって事かしらね。どちらにせよ、まずはヒロの捜索とオークヒーローへの対策を最優先にしないと」



 今はヒロとリーシアの行方を探しつつ、自分にできる最善を尽くすしかないと、ナターシャは最悪を想定して動き始める。



「よし! バッチリね。さあ、領主へ報告に行きましょう」



 次に動くべき事を考えながら着替えを終えたナターシャは、部屋に備え付けられた姿見の鏡で身嗜みをチェックする。


 そこには、上半身裸……装飾された黒革のアームバンドとレザーのフンドシを締めたナターシャの姿があった。


 武器を隠し持っておらず、戦い意志がないことを表す正装姿に……姿見の鏡で粗相がない事を確認すると、ナターシャは早馬に跨り、急ぎ領主の屋敷へと向かうのであった。



〈領主の館の門番に、ナターシャは通報された!〉

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