第86話 リーシアとデバッグスキル……運命をぶっ壊せ!

「ん……朝か……何か長い夢を見てたような?」


 ヒロの意識が微睡の中から覚醒する。

 

 まだ寝ぼけた頭を起こすため、頭を振ろうとするが全く動かない。何かに頭をガッチリとホールドされたヒロは、何事かとゆっくりと目を開ける。

 

 するとヒロは、何か柔らかなものが顔に当たっていることに気づく。何とも言えない柔らかな弾力にヒロは幸せを感じている……暇はなかった!



「ちょ! リーシア、痛いですから、やめてください」



 ミシミシとヒロの頭が悲鳴を上げ、痛みに堪えきれずヒロが思わず声を上げていた。


 いつの間にかヒロを膝枕したまま、眠りについてしまったリーシア……ヒロの頭を胸に抱いたまま、寝入ってしまったようだ。そしていつしかリーシアの抱く腕は万力で挟みこんだかのように、ヒロの頭を締め上げていた。


 つまりリーシアの胸に顔をうずめた状態で、ヒロは頭にヘッドロックを掛けられていたのだ。

 頭を締め上げられたヒロは、ヘッドロックから抜け出そうともがくが外れない。



「ヒロ……締め殺してあげます…… z z Z」


「ちょっ! リーシア。起きて! 完全に決まっているからコレ! 頭が割れてしまいますから起きてぇぇぇぇ!」



 リーシアの柔らかな胸を堪能しつつも、ヘッドロックで締めつけられる地獄の痛み……朝一番から天国と地獄、その両方をいっぺんに味わうヒロだった!




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ヒロの叫びで、ようやく目を覚ましたリーシア……頭蓋骨粉砕の危機から逃れたヒロは、とりあえずリーシアと向かい合って正座していた。



「あの……ヒロ……」


「な、なんですかリーシア?」


「いえ……何も……」


 下をうつむいてしまうリーシア……それを見たヒロは、リーシアになんと声を掛けたら良いのかが分からず、同じく俯いてしまう。


 互いに相手を意識し過ぎて、顔を真面まともに見るのも恥ずかしくなってしまっていた。何とも言えない甘酸っぱい空気が、ヒロとリーシアの間に流れ続けること早15分……朝の挨拶すらまともにできていない。


 いつまでも敵地で時間を無駄にするわけには行かない……ヒロは決心すると勇気を出して話を切り出した。



「え〜と……リーシア、おはようございます」


「ヒロ、おはようごさいます。その……実はですね……私、少しと言うか、かなり変な夢を見まして……」


「リーシア……奇遇ですね。僕も変な夢を見ました」


「それって、スッポンポンが出てきましたか?」


「スッポンポン……出てきますね。ひとつ目の仮面を着けたパンツ一枚の男が!」 


「やはり夢ではなさそうですね。ヒロ……最後の言葉は覚えていますか?」



 不安そうな顔でリーシアがヒロに尋ねると、再び俯いてしまった。



「もちろんです。リーシアの幸せを一緒に探す手伝いをしますよ。リーシアが嫌だと言っても、必ず探します。覚悟してください」


「分かりました……私の幸せが見つかるその時まで、私はヒロとずっと一緒です」



 二人は顔を上げ、互いに見つめ合うと笑顔で約束を改めて誓い合う。それはまるで、これから結婚する新郎と新婦の誓いの言葉の様に、二人の心を近づける。



「とりあえず、この囚われの状況から脱出することからかな?」


「ですね……まずは怪我の回復と情報収集です。ヒロ、怪我は大丈夫ですか? 昨日よりは顔色が良いみたいですが……」



 昨日は肌が真っ白で、蝋人形並みに白かったヒロ……いまは顔の血色も良く、体調も良さそうである。



「まだ痛みはありますが、リーシアのおかげで昨日より、だいぶ楽になりました。ありがとうございます」


「良かったです。頑張った甲斐がありました」



 するとリーシアは何かを思い出し、再び顔を赤い果物のリンドみたいに真っ赤にしてしまう。


 ポーションを飲ませるためにキスをして……冷えた身体を暖めるのに裸で抱き合って……ヒロに膝枕して……さらに自分の胸にヒロの頭を抱いたまま一晩を明かす……一連の行動を思い出したリーシアは、また変に意識してしまい恥ずかしくなってしまう。



「ヒ、ヒロ、HPとか大丈夫ですか?」


「HPですか? 見てみます。『ステータスオープン』」




 名前 本上もとがみ英雄ヒーロー

 性別 男

 年齢 6才(27才)

 職業 プログラマー


 レベル :11


 HP: 90/200(+100)

 MP:130/150(+100)


 筋力:140(+100)

 体力:160(+100)

 敏捷:140(+100)

 知力:160(+100)

 器用:150(+100)

 幸運:135(+100)


 固有スキル デバッグ LV 1

       言語習得 LV 2

       Bダッシュ LV 3

       2段ジャンプ LV 2

       溜め攻撃 LV2

       オートマッピング LV 1

       ブレイブ LV 1 (ロック)


 所持スキル 女神の絆 LV 2

       女神の祝福 【呪い】LV10

       身体操作 LV4

       剣術 LV3

       投擲術 LV2

       気配察知 LV2

       空間把握 LV2

       見切り LV 1

       回避 LV 1




「お! 大分回復しています。今のHP90ですので、一晩でHP80回復しました!」


「良かったです。昨日は確実に死んでいてHP0でしたので、どうなる事かと心配しました」


「このペースだと、早ければ明日には完全回復できそうです。ん? これはメールかな?」



 ヒロがステータスメニューを閉じようと操作していると、いつの間にかメールが届いている事に気がついた。


 すぐにメールを開き、送られて来た内容をヒロは確認する。


 それはケイトから送られて来たものだった。ヒロ達が無事か確認するメールで何通も送られてきていた。どれもヒロとリーシアを心配するメールで、最後のメールにはケイトとシンシアがアルムの町に無事に戻れたと書かれている。



「リーシア! 朗報です。ケイトさんとシンシアさんが無事に逃げ延び、冒険者ギルドにオーク村の存在を知らせてくれました」


「二人とも無事でしたか。良かったです」


「どうやら南の森の中で、オークのスタンピードが発生しつつあると、二人が報告してくれたようです。おかげで大規模な討伐クエストが組まれました」


「やりました。これで討伐クエストが発動してくれれば、その隙に逃げ出せるかもしれませんね」


「はい。クエストが発動するまでには、まだ準備に時間が掛かるようです。それまでは体力回復に努めるしかなさそうですね。とりあえずケイトさんには、僕たち二人が生きていて、オークに捕まっている事を伝えておきます」



 ヒロは手早くメニュー画面を操作すると、目の前にキーボードが現れる。それはヒロ自身が元の世界で使っていた愛用のキーボードと瓜二つのキーボード配列だった。


 キーを打つ感触に懐かしい物を感じながらも、ケイトへ自分たちの安否とオーク村の情報を書き加えたメールをヒロは作成する。


 異世界ガイヤの文字は書けないが、キーボードを用いたメールはローマ字を用いて日本語入力をしているにもかかわらず、なぜか意味が通じる。


 おそらくギルドのパーティーシステムを作りだした初代勇者が、何らかの方法で日本語をガイヤの文字に変換するシステムを、取り入れた結果なのでないかとヒロは推測していた。


 書き終えたメールを早速ケイトへとヒロが送る。


 メールの返信が終わりヒロは手持ち無沙汰になると、リーシアは昨日オークヒーローの息子シーザーから貰った果物を差し出してくれた。


「ヒロ、体力回復のためです。腐らせるのも勿体ないですし、食べましょう」


「これはリンドですか?」


「ですね。今の時期ですと少し酸っぱくて、美味しいですよ」



 手渡されたリンゴに似た果物、リンドをヒロはかじる。甘酸っぱい酸味が口の中に広がり、寝起きで乾いた口の中に潤いを与えてくれた。



「ん〜♪ 美味しいです」



 どうやらリーシアもご満悦の様子だった。リーシアよりも食べるスピードが早いヒロは、少女が半分食べ終える頃にはリンドを全て完食していた。


 リーシアが食べ終わりのを待つ間、ヒロはある事を思い出していた。


 リーシアと二人で、仮面の男サイプロプスの作りだした空間から抜け出した時、ヒロの頭の中に聞こえたシステムメッセージ……。

 


【リーシアとの信頼度が一定値を超えました。デバッグスキルが使用可能です。使用しますか? YES/ NO】



 ガイヤへ降り立った際に獲得した謎のスキル……デバッグスキルは名前からして、バグや欠陥を発見し修復する機能を持つことは推測できていたが、スキルを使う相手との信頼度が高くないと使用ができない。


 一度リーシアに試しに使った事はあるが、信頼度が足りず、その時は発動しなかった。


 あの後、女神セレスに相談したが、リーシアの持つ文字化けしたスキルは、ギフトと呼ばれる強力過ぎるスキル同士が干渉し合った結果、文字化けを起こしていると教えてくれた。


 そして強力過ぎるスキルは、時に所有者の体を蝕む可能性があるとも忠告してくれた。


 ヒロはパーティーメニューから、リーシアのステータスを表示してみる。




 名前 リーシア

 性別 女

 年齢 15

 職業 バトルシスター


 レベル :20


 HP:150/210

 MP:15/75


 筋力:220

 体力:200

 敏捷:260

 知力:75

 器用:120

 幸運:45


 固有スキル 谿コの繝ゥ繧、繧サ繝ウ繧ケ

       天賦の才


 所持スキル 近接格闘術 LV 8

       発勁 LV 8

       震脚 LV 8

       回避 LV 6

       蝗槫セゥ魔法(貊)LV 10




 固有スキルと所持スキル、2カ所の文字化けしたスキルを確認するヒロ。


 固有スキルはまったく分からないが、所持スキルの欄にある文字化けしたスキルは、辛うじて魔法とLV10の文字だけは判別できた。


 オークヒーローとの戦いで、何らかの魔法が使えるのなら、戦いを有利に進められるかもしれない。だが同時にそれがリーシアの体を蝕み、不幸を呼び込む可能性もある。


 デバッグスキルを使うか使わないか……ヒロは自分が考えても意味がないと、最終的な判断は本人に委ねるべく、ちょうどリンドを食べ終えたリーシアに、デバッグスキルが使用できるようになったと伝えることにする。



「リーシア、どうやら以前お話していた、リーシアの文字化けしたスキル表記を直せる、デバッグスキルが使用可能になったみたいです」


「本当ですか⁈ オークヒーローとの戦いで役に立つスキルになるかもしれません。ヒロ、ぜひお願いします」



 リーシアの顔は期待に満ち溢れていた。



「ですが、いい事ばかりではありません。文字化けを直すと、強力過ぎるスキルがリーシアを蝕み、危険なスキルに変わる可能性もあります……」


「ん〜、でも現状オークヒーローに勝てる可能性が少しでも上がるなら……構いません。ヒロ、文字化けを直してください」



 そう話すリーシアの目を見たヒロは、揺るぎない深い決意を瞳の奥に感じ取り、デバッグスキルを使う覚悟を決める。



「分かりました……リーシア、デバッグスキルを使います」


「お願いします。できれば憧れの回復魔法を覚えられたら嬉しいですが……贅沢は言ってられません。オークヒーローに勝てる可能性があるスキルなら何でも来いです」



 ヒロも覚悟を決める。たとえスキルがいかなるモノに変化しようが、リーシアを見捨てない。この命を投げ打ってでも、リーシアと共に歩んで見せると……男は誓う。


 パーティーメニューから、リーシアのステータスを表示したヒロは、文字化けしたスキル名に触れる。



〈エラー……デバッグスキルを使用してステータスを修復しますか? YES/NO〉



 以前と同じシステムメッセージが表示される。



「リーシア、心の準備はいいですか?」


「はい、ヒロ! ドーンとやっちゃってください」 


 ヒロがデバッグスキルを実行するため、YESの文字に触れた……次の瞬間!


 開いていたパーティーメニューが強制的に閉じられシステムメッセージが表示される。




【デバッグスキルにて、対象のスキルを全て修復しました。デバッグスキルのレベルが2に上がりました。新スキル『コントローラー』を獲得しました】




「どうやら、成功した見たいですね。リーシアどうですか? 僕もデバッグスキルを使ったら、スキルレベルが上がって新たなるスキルを獲得しました」


「ヒロ……やりました! 回復魔法です。憧れていた回復魔法がスキル欄に出ました」


「おお、リーシア良かったですね。お母さんと同じ回復魔法が覚えられて」


「はい! とっても嬉しいです。ヒロに出会えなかったら、一生文字化けしたままで回復魔法は使えなかったです。ヒロ……本当にありがとうございます。そうだ! ヒロに早速回復魔法を掛けて回復しますね♪」


 嬉しそうなリーシアの笑顔を見て、ヒロは回復を断るわけがなかった。



「リーシアが使う、記念すべき初めての回復魔法ですね。名誉ある称号を頂きありがとうございます。じゃあ、早速お願いします」


「はい! それでは行きますよ……ヒール!」



 リーシアの手からキラキラとした光がヒロの体を包み込み、傷を癒していく。



「ああ、なんか回復魔法って初めて体験しましたが、気持ち良いですね……なんかポカポカして、体の痛みがドンドン抜けていきます……なんか眠く……」


「ふ〜、成功しました。憧れの回復魔法。ついに母様と同じ回復魔法が……あれヒロ? 寝ちゃったんですか? 起きてください?」


 寝てしまったヒロを揺すって起こそうとするリーシア……だが、いくら揺すっても起きる気配はなかった。 


 するとリーシアがある事に気がつき、おもむろに耳をヒロの胸に当て、心臓の音を聴こうと耳をすますと……あるべき心音が聴こえてこない。


 タラリと汗をかいたリーシアが慌てて顔を上げ、安らかに眠るヒロの顔を見ると……



「え、ええ! ヒロ! な……なんで死んでるんですか? コレはダ、ダメです! ヒロ起きて! ヒロ! ヒロォォォォォォ!」


 

 胸ぐらを掴み、死したヒロの体をガクガクする少女の叫びが、洞窟内に響くのであった。




〈回復魔法で勇者は死に……少女の人生はぶっ壊れた!〉

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