第79話 ヒロと聖女の教訓

 リーシアに狂剣が振り下ろされた瞬間、母カトレアは動いていた。


 狂剣をくぐり、腰を落とした低い重心から打ち出されたアッパーカットが、モヒカン頭のアゴを的確に打ち抜いた。その動きは一夕一朝で身につく動きではなく、見事なフィニッシュフォームが熟練された技だということを証明していた。



 天に向かって、垂直にぶっ飛ぶモヒカン頭!



「ぐはあぁぁぁぁぁ!」


「はぁ? テメェ、なにうちの娘に手を出そうしてんだ! 覚悟できてんだろうな? オラァ!」


「か、母様……?」


「……」


「にゃふ〜」



 ぶっ飛ぶモヒカン頭! 変貌する聖女! 困惑のリーシア! ドン引きの野次馬! 欠伸アクビする猫……。



 真下から正確にアゴを撃ち抜かれたモヒカン頭が、垂直に数メートルも空に打ち上げられるも、重力の法則に逆らえず、そのまま地面へと落下する。

 背中から受け身も取れず、モロに地面に落下したモヒカン頭は、激痛にのたうち回る。



「イデェエ いてえおぉぉォォ」



 アゴが見事に破壊され、モヒカン頭が口からダラダラ血を吐き出し続けていた。



「あ、あの見事なアッパーカット……」


「おお、あれは……まさか?」


「俺がヤンチャしてた時に見たことがあるぞ! 敵対する奴を完膚なきまでにぶっ飛ばし、その傘下に収めまくった伝説の聖女ヤンキーだ!」


「し、知ってるぞ! 十年前、たったひとりで魔人をシバキ倒したっていう、最強の聖女ヤンキー……伝説のレディース『癒し隊』初代総長、鉄拳のカトレアに間違いない!」


「まさか、悪魔すら善人に更生させたというあの鉄拳か!」


「暴れ馬でダンジョンを暴走して制覇したって噂の?」



 野次馬から聞こえてくる母の昔話に、リーシアの理解力が追いつかず、オーバーフローを始めた。



「や、聖女ヤンキーって、なんですか? 母様? ぼ、暴力はいけないって……」


「リーシア、いい機会だから教えておく! 世の中は綺麗事だけじゃ解決出来ないことがあるんだ! いまからお前に、人生を生きる上で大事な教訓を教えてやる! よ〜く聞いておけ?」



 いつもの優しい口調の母の姿は、もうそこには……なかった!



「え? か、母様……?」


「ビッとしろや! リーシア!」


「は、はい! 母様!」



 母カトレアのドスの効いたかつに、リーシアは背筋を伸ばし大きな声で返事をする。逆らってはいけない……イケイケのオーラがカトレアの体から立ち昇っているのを幼いリーシアは感じた。


 モヒカン頭は剣を杖代わりに、血をボタボタ垂らしながら立ち上がる。



おばえお前なにじやがる何しやがる! ごれざれだいのか殺されたいのか!」


「あ゛? テメエがうちの娘に手を出そうとしたからだろうが? このダボッが!」



 カトレアの右ストレートがモヒカン頭にヒットし、今度は後ろにぶっ飛ぶ!


「教訓その一、ダボッが何を言っても聞きやしねえ。話すだけ無駄だ。そんな奴はワンパン入れて黙らせろ!」


「母様、ダボッてなんですか⁈」


「ああ、このアホがって意味だ」


 アゴを砕かれ、さらに顔に右ストレートがクリティカルヒットしたモヒカン頭が、地面に倒れピクピクしている。



だれがだずげろだれかたすけろ



 辛うじて生きているらしく、何かうめいている。



「あ゛? 何言ってんだ? 聞こえねえんだよ。男が女々しく喋んじゃねえ、このシャバ僧が!」



 カトレアの足がモヒカン頭の鳩尾に正確に突き刺さり、地面に胃の中身をぶち撒ける。



「教訓その二、シャバ僧相手にする時は、甘やかすな。やるなら徹底的に心を折れ!」


「はい! 母様、シャバ僧とはなんですか⁈」


「弱い者イジメしかできねえ、ダセェ奴って意味だ」

 

「……」



 もうモヒカンは何を言っているのか、声すらも微か過ぎて分からない。



「あ゛? 反省したか? 何言ってるか分からねえ。ちょっと待ってろ……ヒール!」


 カトレアが回復魔法を使うと、モヒカン頭の砕かれたアゴと蹴り上げられた腹へのダメージが、体力を削りながら急速に回復される。数秒で怪我を治されるモヒカン頭は、フラフラと立ち上がると……。



「お、おい! こ、こんな事しておいてタダで済むと思うなよ。絶対に許さねえからな。顔は覚えたぞ。もう一生、お前ら親子に平穏なんてねえ。覚悟しとけ!」



 全く反省の色が見えないモヒカン頭……カトレアに顔を近づけ、悪態を吐く……あれだけ痛い目にあったにもかかわらず、カトレアにメンチを切り出した。



「反省するどころかアタイにガン飛ばすだぁ? 上等だゴラッ!」


「ブピャアッ」



 開口一番、モヒカン頭の鼻に向かってカトレアが頭突きをちかます!


 顔を不用心に近づけていたモヒカン頭が鼻血を出しながら怯んだ隙に、カトレアの腰の入った肝臓打ちリバーブローが右脇腹に炸裂していた。


 どんなに腹筋を鍛えようと、急所へ的確な角度で拳を打ち込まれれば、地獄の苦しみを味わう事になる。

 冒険者なら急所を守るため、最低限防具を装備するものだが……モヒカン頭は当然、防具など身に付けていなかった。


 文字通り体を『く』の字に折り曲げて脇腹を抑えたモヒカン頭が、鈍い痛みに声も出せずにいた。



「教訓その三、イキッてる奴ほど諦めが悪い。そんな奴はボコッて黙らせろ!」


「はい! 母様、イキッてる奴ってなんですか⁈」


「調子に乗ってる雑魚って意味だ」



 地獄の痛みを味合うモヒカン頭が、怒りの目でカトレアを睨みつけ吠えた。



「ふ、ふざけんな! 元はと言えば、ガキが俺にぶつかったのが原因だぞ⁈ 俺は悪くねえ……何も悪くねえ! 俺様にこんな事しやがって、必ずガキをぶっ殺してやる! お前の家族や知り合いも全員ぶっ殺す!」

 


 それを聞いたカトレアの目つきがさらに鋭くなる。



「あ゛? こんだけヤキ入れられて、まだ分からねえのかテメェ?」



 カトレアが頭を左右に振り、両拳でアゴをガードしながらモヒカン頭に近づく。

 モヒカン頭が剣を牽制とばかりに振るったが、カトレアは、頭でUの字をしっかり描いたウィーピングで難なく避けてしまう。


 そして剣を振り切り、無防備なモヒカン頭のアゴに向かって、カトレアが拳を打ち出していた。それは体重をしっかりと掛けた、ダッキングからのアッパーカット! 


 モヒカン頭に密着した状態から、肘を九十度に固定し、膝のバネを最大限利用した拳を、頭の真上へ打ち出す垂直のアッパーカットだった!



「オラッ!」


「くべぼっ!」



 再びアゴを砕かれ、頭上にかっ飛ぶモヒカン頭……そして地面に、またもや体が強く叩きつけられる!



「教訓その四、いくら言っても反省せず、あまつさえ家族や友達ダチに手を出そうとするクズは、容赦なくシバけ!」


「はい! 母様、シバくってなんですか?」


「拳で殴れって意味だ」



 一日に二度もアゴを破壊され、地獄の苦しみを味わうモヒカン頭……ついに剣を放り出し、立ち上がって逃げだそうとする。



「イモ引いて逃げる気か? させねえよ!」



 カトレアが片足を上げ勢いよく地面を踏みしめると、突然カトレアの姿が掻き消えてしまう。



「え? か、母様⁈」



 一瞬で姿を消したカトレアの姿を探してキョロキョロするリーシア……するとモヒカン頭が逃げようとしている先に人がいつの間にか立っている事に気がつきその人物を見ると……。



「母様⁈ え? いつの間にそこに?」



 リーシアの目に、拳を握りモヒカン頭の逃げ道を塞いでいる母カトレアの姿が映っていた。



まっでぐれ待ってくれ! だぬみがだ頼むから!」


「教訓その五、それでもまだ分からない奴は、あとで何してくるか分からねえ。だからられる前にれ!」


「や、られる前にる……? か、母様!こ、こ、殺すのはダメです!」


「リーシア、ちげえぞ! 命まではらねえ! あたいは、その腐った性根を叩き直してるんだ! さあ、歯を食いしばれや!」



 涙を流し、怯えの表情を浮かべたモヒカン頭……だがカトレアの辞書に容赦の文字はなかった。


 カトレアの頭が、8の字を横にした軌道を描きだす。 


 高速の体重移動から繰り出される左右の連打。攻撃と防御、両方を兼ね揃えた攻防一体の強烈な連打がモヒカン頭に襲い掛かる。


 左の頬が殴られれば、次に右の頬が殴られる。どちらかが殴れれば、反対の頬がまた殴られる……終わらない拳の聖裁せいさいに、モヒカン頭は気絶する事もできない……そして命を落とすギリギリの所でカトレアの拳が止まる。



まばまやざでもう許してあでばばるがだかまら俺が悪かったから……」

 


 顔を血だらけにして、顔がパンパンに腫れた男……モヒカンがなかったら誰だか分からないほどである。

 もはや出会った時の、イキッていた面影はどこにもなかった。明らかに戦意喪失したモヒカン頭を見たカトレアは……。



「そろそろヤバイか? それじゃ……ヒール!」



 回復魔法を掛けてモヒカン頭の傷を癒してやる。


「やっぱり母様は優しいです!」


 リーシアは母のあまりの変貌っぷりに驚いていたが、どんな相手でも最後は許して癒す姿に、いつもの優しい母を感じて安心した。


 回復魔法が掛けられ、体力を削りながらも元通りに回復したモヒカン頭は、カトレアを見て口を開く。



「あ、あ、あのよ。分かったからさ……もうあんたぶぎゃあ!」



 だが、回復してくれたカトレアに、何か言おうとした瞬間、再び拳の連打が始まった! 容赦ない攻撃がモヒカン頭の顔を襲う。



「か、母様……もう、その人は許しを」


「はあぁ? 騙されるなよリーシア、こういう奴は目を見ろ。腐った魚の目をした奴の言葉なんて信じるな。こいつは反省なんてまったくしてねえ!」


 カトレアの拳が再び振るわれる。



待っでぐれ待ってくれ! もぶなまうぎなだどもう生意気な事はいびばぜんがや言いませんから! ゆるじでくらはあい許してください!」

 

 殴られながらも許しを請うモヒカン頭。そしてまた死ねギリギリのラインで攻撃が止むと……。



「まだまだ反省が足りねぇ! もう一回だ! ヒール!」



 回復魔法で怪我から回復したモヒカン頭をカトレアが再び殴り始めた。


 終わらないヤキ入れ……モヒカン頭には、もはや逆らう意志はないが、ボロ雑巾のように殴られては強制回復され、また殴られる!


 あまりにも衝撃的な光景に、リーシアの頭の中に、勇ましい母の姿と教訓が刷り込まれていく!



「まさか、聖女ヤンキー様の説法ヤキ入れを聞けるなんて……」


「ありがたや、ありがたや」


聖女ヤンキー様、私にも愛の拳とヒールを!」


「ぜひ、私にも!」



 押し黙っていた野次馬が騒ぎ出し始める……死ぬ寸前まで殴られて回復するドMな光景に、人々はにわかに熱狂し始めていた。

 

 そして地獄のローテーションが十回を超えた時、遂にカトレアの拳が止まる。



「まあ、こんなもんか? オラァ、回復してやる。ヒール!」



 ヒールによる回復で、体力が削られすぎ、もはや立ち上がる力もないモヒカン頭……最後の方など、カトレアにマウントをとられ、馬乗りで殴られ続けていた。


 容赦ないカトレアのヤキ入れにモヒカンの心は折れ、粉砕を通り越し粉微塵になってしまった。


 地面を這いずりながら蠢くモヒカン頭は、そのままカトレアに土下座をいれた。



あねさん! 生意気な口をきいてすみませんでした。もう二度とこんなバカな事はしません。お嬢様も申し訳ありませんでした! 井戸の底より深く反省しています。だから……だから俺をあねさんの舎弟にしてください! お願いします!」



 さっきまで天に唾するような生き方をしていた男が、従順な犬の様に這いつくばってカトレアに許しを請い始める。


 カトレアを見上げるモヒカン頭の目は、腐った魚の目ではなく……キラキラ輝いていた!



「舎弟にしてくれるなら何だってします。タマ取ってこいと言われれば取ってきます。靴を舐めろと言われれば舐めます。むしろ舐めさせてください。お願いします!」



 モヒカン頭のあまりの変わり様に、リーシアはもちろん、遠巻きに見ていた野次馬もドン引きだった。


 すると、カトレアの険しい目つきは、リーシアが知る優しい目に変わり、身にまとう雰囲気もホンワカしたものへと変わる。



「分かっていただけたなら、もう許しますよ。残念ですが舎弟にはできませんから、諦めてください。靴を舐めるのもです」



 その言葉を聞き、モヒカン頭は残念そうな顔をしていた。



「わかりました。ですが姉さん、何かあればアッシに言ってください。何があろうと姉さんのためなら、この命散らせてみせますから、ご迷惑をお掛けしてサーセンした!」



 深々と頭を下げて謝罪するモヒカン頭をその場に残し、カトレアが、リーシアに向かってゆっくりと歩き出していた。



「母様!」


「にゃ〜」


 

 リーシアの元に戻ったカトレが屈みながら、リーシアの腕にいる猫の様子を見る。

 


「さあ、リーシア、ネコちゃんを治してあげましょう」


「はい! 母様!」



 ビシッと背筋を伸ばしてリーシアが返事をする。そんなリーシアを見てクスリと笑うカトレアは、いつもの優しい口調で話し掛ける。



「まあ、もういいのよ。怖がらせちゃってごめんね。リーシアに危害が及ぶと思ったら、お母さん昔に戻っちゃったわ。いけないわね」


「ううん! そんな事ない。母様カッコ良かった!」


「そう、ありがとう。でもリーシア、私の言った教訓は忘れないでね。世の中には話し合いだけで済まないこともあるの。大事な人のために、戦わなくちゃいけない時があることを覚えておいてね」


「はい! 母様に何かあった時は、私が戦います!」


「まあ♪ リーシアありがとう♪」


 カトレアは、腕に抱くネコごとリーシアを優しく抱きしめていた。

 


「さすがは聖女様だ! あの荒くれ者が改心するなんて……」


「カトレア様こそ、女神様が遣わした本物の聖女様に違いない!」


「よし! この話を町の伝説として語り継ぐのだ」


「伝説……そうだ。聖女伝説の誕生だ!」


 聖女ヤンキーカトレア……町の伝説に、ぶっ飛び聖女ヤンキー伝説が記されるのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「で、デンジャーなお母さんですね……」


「でんじゃー? ヒロそれはどんな意味ですか?」



 思わず出てしまった言葉にリーシアが反応してしまった。ヒロはマズイと思い誤魔化そうと思案する。


 まさか危険デンジャーな人なんて、正直に答えられない。



「僕の生まれた国では、『すごい人』って意味ですね」


「すごい人? そうですね。私から見ても、母様はすごい人でした♪」



 母親を褒められ、ニコニコとリーシアは上機嫌になる。



「その後、ネコはどうなったんですか?」


「すぐに整骨して母様のヒールで怪我は治りました。飼いたかったのですが、飼い主がおりまして、そこでお別れです……」



 少し寂しそうなリーシアだが、すぐに笑顔になる。



「ネコちゃんとはお別れしてしまいましたが、おかげで母様の知らなかった一面も見られ、教訓も教えてもらえました!」


「本当にお母さんが大好きなんですねリーシアは」


「はい! 今でも私の憧れであり、目標とする人が母様です。残念ながら私には、回復魔法の才能がないので、人の役に立つことができませんが……そんな私が聖女に憧れているなんてオカシイですよね?」

 


 ションとするリーシアの顔に、ヒロの手が触れる。



「そんな事ありません……リーシアがいなければ僕は南の森で、のたれ死んでいたかも知れません。いまもリーシアが助けてくれなければ、ここで死んだままでした。回復魔法が使えなくたってリーシアは、僕にとっての聖女様なんです」


「ヒ、ヒロにとっての聖女様?」


「だから、悲しい顔しないでください。いつも笑顔でいるリーシアが、僕は好きなんです」


「え……え? え! す、す、好きってヒ、ヒロ!」



 ヒロの突然の告白に顔を赤くするリーシア! ヒロは急に慌て出したリーシアを見て、どうしたのかと考えてると……間違いに気がついた!



「あ! ちょっ、リーシア言い方を間違えました! 僕が言いたかったのは愛しているの方でなく、好ましいの方でして……」


「え? ……そ、そうですよね。ヒロが突然変なことを言うもんだから、焦ってしまいました」


「誤解させてしまって申し訳ありません」


「ふ〜、別にいいですよ」



 少し拗ねた口調のリーシア……なんか可愛い顔をしていた。



「なんだあの雄? 玉なしか? アソコでいかないでどうするんだよ!」


「坊ちゃん、やめましょう。長に怒られちゃいますよ」


「いいから、いいから、お前も見張りなんか止めて一緒に覗こう。異種族の交尾が見られるかも知れないぞ。今後の参考のために見ておこうぜ!」



 ヒロがヒソヒソ話し声が聞こえる方へ視線を向けると……囚われた洞窟の入り口から、こちらの様子を背の低いオークの子供がコッソリと覗いていた!




〈オークの牢獄に、デバガメが現れた!〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る