第67話 絶望の終曲

「ブヒブヒィィィィ!」



オークヒーローが地面からハルバードを抜き出し、肩に担いだ瞬間だった……リーシアの頭の中に声が響いた。



『リーシア、オークヒーローに悟られます。そのまま聞いてください。アイツの謎の防御スキルの発動条件はおそらく呼吸です。呼吸を止めている間だけ、スキルが発動していると思われます』

 


 チャット機能でリーシアの頭の中にヒロの声が聞こえてきた。鬼は悟られない様、オークヒーローから視線を外さずに話を聞く。


 ヒロはワザと足を滑らせ尻餅をつくと後退あとずさり始めた。



『チャンスはオークヒーローが呼吸をした瞬間ですが……そのタイミングが分かりません。だから今から呼吸せざるをえない状況を作り、アイツに声を上げさせます。これから情けない姿を見せますが、幻滅しないでください』



「く、来るな……リーシア早く逃げて!」


「ブヒィ?……ブヒィィ!」



 ヒロの迫真の演技に、鬼は一瞬だが本気でヒロの心がくじけてしまったのかと心配してしまった。


 オークヒーローはそんな情けない姿を見て、ヒロに注意を向けてしまい、鬼への警戒が疎かになる。

 


『オークヒーローは、魔物ですがその瞳に知性を感じます。闘いの最中でも声を上げてましたが、まるで会話している様でした。闘い方もまるで強者の振る舞い……戦士の矜持きょうじのような物まで感じました』



「ごめんリーシア……僕にはこいつを倒す術すべが思い付かなかった……ごめん」



『だから、いつでもオークヒーローに攻撃できる準備をして、ギリギリまで見ていてください。最高に情けない姿を見せれば、きっと呆れて果てて先に僕を殺しに掛かります。そして真の強者ならば、最後に言葉を語り掛けてくるはずです』



「来るな! 来るなああああ! 死にたくない! 僕はまだ死にたくない! まだ死にたくない! 助けて! 誰か助けて!」



 鬼はオークヒーローに悟られぬよう、密かに重心をコントロールしながら気を練り始めた。ヒロに気を取らたオークヒーローに一瞬で近づき……必殺の一撃を加えるために。



『絶対に情けない姿に落胆して話し掛けてきます。その瞬間こそが最大のチャンスです。喋っている間は呼吸を止めることはできません。喋り掛けている数秒に全てを掛けます』



 ヒロの演技にオークヒーローは完全に騙され、あまりの情けなさに瞳は落胆に沈んでいた。


 完全に鬼の存在を忘れ、目の前にいるヒロしか目に入っていないオークヒーローが、ハルバードを上段に構えヒロに最後の一撃を加えようと振りかぶる。



『情けない姿ですが、回避ぐらいはできます。僕に構わずその一撃をぶちかましてください!』



「ブヒィィィ!ブヒブヒィィ!ブヒィィ!ガッガリダ!ブヒィィ」



 ついにチャンスが来た! オークヒーローが喋り出した瞬間、リーシアは練り上げた気を一気に爆発させて左足で震脚を踏む! 足から生まれた勁の波を維持したまま、気によって強化された爆発的な力を移動する力に変換する。


 地面スレスレを直線的な動きで鬼が跳ぶ!


 オークヒーローの前に躍り出ると、踏み出した足とは逆の右足で震脚を踏みブレーキを掛ける。そしてその震脚で作られたもう一つの力の波が体の中を駆け巡る!


 時間差で発生した力の波が腰の捻りで合わさり、共鳴することで、さらに巨大な波へと変化した。

 体の捻りでさらに増幅された力が腕に収束された時、鬼の手がそっと、オークヒーローの脇腹に添えられた。


「音叉波動衝!」


 必殺の一撃が炸裂した!


 ヒロはその瞬間、情けない姿を演じきり、見事に決めったリーシアの一撃を見て、口元を釣り上げた。


 鬼はその手に、完全にダメージが入った手応えを感じた。弾かれた感触はなく、確実に勁がオークヒーローの中に通ったのだ。体内で爆発する勁の力……だが!


「ブヒィィ」


 オークヒーローは脇腹で爆発した痛みを無視し、ヒロに向かってハルバードを渾身の力で振り下ろした!


 横目で回避しているはずのヒロを見る鬼……しかしその目に映るのは、ギリギリまで演技を続け回避すらしていないヒロの姿だった。


 迫るオークヒーローの攻撃に、もうヒロの回避は間に合わない! 横に転がって攻撃を避けようとヒロは足掻く……確実に真っ二つになるタイミングにもう打つ手がない……だが鬼は諦めずに動き出していた。


 鬼はオークヒーローのハルバードを持つ手に向かって、一歩足を引き震脚を踏んでいた。爆発する力を推進力に変え、体当たりする勢いで肘からオークヒーローにぶつかる!


 ほんの少しだけ軌道がズレた斬撃がヒロを襲った。


 横に転がり回避を試みたヒロは、体を真っ二つになる事だけは避けられたが、左腕を切り裂かれ鮮血を流していた。


 肘より上を切られたヒロ……骨まで切られていないが、ザックリと肉を裂かれ、痛みの信号が脳へと駆け上がる。


 ヒロは激痛を感じながら横に転がり続け距離を取る。転がるたびに血が飛び散り、大地にき散らされていく。

 焼けるような痛みに顔をしかめるヒロ……だが生き延びた。確実に死んでいた攻撃のタイミングに、鬼の一撃がオークヒーローの攻撃を逸らし九死に一生を得た。



「くっ、リーシア⁈」



 ヒロは腕の怪我を無視して片膝で立ち上がり、リーシアとオークヒーローの二人がいる方向を向くと……そこにはオークヒーローに喉を掴まれ、片手で宙吊りにされ捕まるリーシアの姿が見えていた。


 ヒロに迫るハルバードの一撃を逸らすため、回避を捨てた一撃を打ち出した鬼は、攻撃直後に無防備な姿を晒し捕まってしまった。


 鬼は苦悶に顔を歪ませる……締め上げる手から逃れようと掴んだ腕を攻撃するが、再び息を止めたオークヒーローに攻撃が弾かれてしまう。



 オークヒーローも脇腹から血が流れ出していた……鬼の一撃が体内で爆発し大ダメージを与えていたが、オークヒーローはそんな怪我など無視し、鬼を捕らえるために動いていたのだ。


 オークヒーローは血を流しながらも、鬼を掴んで離さない……そして空いた手を後ろに引いて溜めを作る……それは回避不可能な非情な一撃。



「ぶひぃらば」


「やめろぉぉぉぉぉぉっ! Bダッシュ!」



 ショートソードを手に、ヒロがBダッシュで走り出すが間に合わない。オークヒーローの拳が鬼の体に直撃し、殴り飛ばされる。


 大地にクレーターを作る力を持つオークヒーローの攻撃を、まともに受けた鬼は凄まじい勢いで何度も地面をバウンドして転がり続ける。


 衝撃を地面に逃すため、転がり続ける鬼がその動きを止めた時、全身に走った痛みに体が耐えきれなくなっていた。鬼が痛み苦しみの表情を見せた。

 


「クソッぉぉぉぉぉぉっ!」



 助けられなかった憤りを、手に持ったショートソードに込め、オークヒーローにそのままBダッシュで斬り掛かるヒロ……だが、ただの攻撃などオークヒーローの謎の防御スキルの前では意味がなかった。


 当然のように弾かれる……ヒロはオークヒーローの方を向いたまま、剣を構え距離を取る。

 そして後方で微かな気配を感じたヒロは、その方向へ向かって再びBダッシュを行い、オークヒーローとの距離を空ける


 オークヒーローから15mも離れた位置にリーシアは倒れていた。Bダッシュで後退した先でヒロはリーシアと合流する。



「リーシア、無事ですか⁈」



 ヒロの問い掛けに返事がない……リーシアはピクリとも動かず、仰向けに倒れていた……全身傷だらけで素肌の部分は至るところで血を滲ませている。


 浅い息を繰り返すだけで、返事もない状態のリーシア…… 目が虚で焦点が定まっていない。

 


「今ポーションを! 『リスト』」



 ヒロは地面に剣を突き刺し、素早くアイテム袋のメニュー画面を表示すると、急ぎポーションを中から取り出しリーシアの体に振りかけた。


 そして頭を抱きポーションを飲ませようとするが……。



「リーシア、ポーションを飲んでください! お願いです。早くしないと死んでしまいます」


 だが、リーシアに反応がない。

 体の外傷もあるが、内部の損傷の方が危険だと判断したヒロは、ポーションを飲ませようとするがリーシアが反応しない……リーシアの意識は途切れ、ヒロの声は届いていなかった。


 

「時間がない……リーシア、生き残れたら謝ります」



 ヒロはそうつぶやき、ポーションの中身を口に含むと……リーシアの唇に、自分の口を重ね合わせ、口に含んだポーションをリーシアに口移しで飲ませた。


 コクンとポーションが喉を通る音を聞いたヒロは、リーシアから口をそっと離し……その顔を見る。


 すると、焦点が定まっていなかった瞳に光が差し込み、意識が戻ってくる。



「ヒ、ロ……よ、かった、いき、てる……」



 まだ意識が混濁する中でリーシアが発した言葉は、ヒロを助けられて良かったと喜ぶ言葉だった。

 


「リーシア喋らないで!まだ回復が間に合っていない!」


「お、願いで、す……ヒロ、だけでも、にげ、て……」



 リーシアが自分よりも、ヒロだけでも逃げてと口を開く。


 もう逃げる事はできない。リーシアを置いて逃げるなんてヒロにはできなかった。自分を助けるために、命懸けで助けてくれた少女を見捨てて逃げ出す……そんな情けない男になりたくはなかった。


 だからと言って、ヒロがオークヒーローに勝てる見込みはほぼない……確率的には0%だろう。


 オークヒーローは今もなお、ヒロ達を見据えて佇んでいた……それは死に行く者との今生の別れの時間を与えているかのように静かに待っていた。


 

「リーシア……僕一人では、もう逃げることはできない。アイツを倒すことも……ごめんリーシア」

 

 ヒロの目から涙が溢れ出していた。それは演技ではない。少女を助ける事も逃がす事もできず、オークヒーローを退ける事もできない無力な自分に対する涙だった。


 そんなヒロを見たリーシアが、震える手でヒロの顔に手を置くと……。



「泣か、ないで……私は、大丈夫……で、すから……気に、しない、で……」



 自分の方が危ない状態なのに、ヒロを気遣うリーシアはそのまま意識を失ってしまった。


 絶望しかない状況の中で、ヒロは優しくリーシアの頭を地面に下ろし横たえると、地面に刺したショートソードを手にしながら立ち上がる。


 間違いなく死ぬだろう。立ち上がった所で勝算なんてあるわけがない……奇跡なんて起こらない。


 死への恐怖が体を震わせる……だが英雄ヒーローは歩み出す。


 それは勝利するためのあゆみではない……なぜかは分からない。無駄だと分かっているのに……でもヒロの心の中で、何かが叫んでいる! 立ち止まるな! 前へ踏み出せと!



「ブヒ」



 オークヒーローが自分にあゆみ寄る英雄ヒーローを見てニヤついた。


 もはや自分に打ち勝つなど不可能な状況で、死ぬと分かっていても立ち上がり、雌を守るために震える体に鞭打って、なおも自分に挑もうとする雄の姿に、オークヒーローは笑っていた……だがそれは、決して侮蔑の笑いではなかった。


 すると、オークヒーローは笑うのを止めてしまう。それは自分に挑む勇気ある者に、最高の礼を持ってほふるためにだった…… ハルバードを中腰に引いて構える。


 オークヒーローの構えを見ても、英雄ヒーローあゆみは止まらない。


 ただ何かが心の中で叫び続けていた……絶望にあらがえ! 勇気を奮い立たせろと!


 死の恐怖に体をすくませながらも、ヒロは歩み続ける。


 足を一歩前に踏み出す毎に、小さな何かが心の中で生まれ溜まり続けていく。


 そして……。



【対象者のブレイブポイントが一定値に達しました。対象者の危機的状況を確認。シークレットスキルの使用を限定解除。ユニークスキル『ブレイブ』を強制発動】



 ヒロの頭の中に突如、謎のシステム音声が鳴り響く。



【スキル及びステータスの書き換えを開始……ステータスの書き換え終了。一部スキルの書き換えに失敗……戦闘に問題なしと判断。ブレイブチェンジ完了】



 絶望にあらがう小さな勇気が、恐怖を討ち払う希望へと変わる。



〈絶望の終曲に終止符を打て!〉

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