第65話 絶望を見極めろ!
鬼化……それは
人の身でありながら人を捨てる事で得られる、強大な力の習得は困難を極める。
その理由は、鬼化する事で得られる力の源にあった。
心の中から噴き上がる怒りの感情……その身を焼き焦がさんばかりの狂おしい怒りが、使用者に強大な力をもたらすのだ。
だが、生半可な怒りでは、決して鬼化することは叶わない。
この世の全てを憎む怒り、悲しみに嘆く怒り、弱い自分への怒り、限界を超えた怒りが魂のリミッターを破壊することで、初めて強大な力を振るえる鬼と化す。
鬼化する事で、魂のリミッターが一時的に解除され、100%以上の力を発揮する事が可能となるのだ。
だが人は忘れる生き物であり、いくら怒りや悲しみに嘆き憤っても、時間がそれを忘れさせてしまう……感情とはいつか忘れてしまうものだからである。
闘いの最中、常に鬼化が可能になる怒りを、いつでも引き出せるほど、人の心は便利ではないのだ。
故に覇神六王流開祖は、いかなる時でも鬼化できる方法を考え出した。
心の奥底に刻み込まれた自身の怒りの源……親しき者の死、理不尽に対する嘆き、これら身を焦がす怒りを心の奥底に封印し、日常生活を送る方法を編み出した。
日常で感じる怒りも、全て奥底に溜め込み生活するため、鬼化の使用者は普段、怒りの感情を表に出す事はない。
時間が経つごとに心の奥底に溜まる怒りをドンドン圧縮し溜め続けていく。
そして心の奥底に溜まり続けた怒りは、使用者の怒りの源をイメージする事で一気に解放され、使用者に強大な力を与える。
その顔は鬼化の由来通り、苦しみと悲しみに染まり、全てを殺す殺意に塗れた、怒れる鬼の顔に変貌する。
強大な力を振るうには、使用者は鬼化する度に
鬼化を習得した段階で、およそ人が送る平凡な人生など訪れるはずがない……鬼化した者に待っているのは、戦いの果てに全てを憎み死んで逝く、修羅の道しかない事を
著 覇神六王流開祖 覇神六王流目録より抜粋
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リーシア⁈」
「ブヒィィィ!」
ヒロとオークヒーローが同時に声を上げていた。
目の前に突如現れた殺気に塗れた鬼にオークヒーローが驚きの声を上げたのだ!
殺気を飛ばし、明確な殺意を自分へ向ける鬼を見て、オークヒーローは歓喜する。
そしてヒロと鬼が視界に入る位置取りで、ハルバードを構えるオークヒーロー……それは二体一で勝負をしてやるから、掛かって来いと言わんばかりに悠然とした構えだった。
対して、鬼もオークヒーローの構えを見ると、静かにゆっくりとしたスピードで足を進め始めた。
攻撃の間合いを図るかの如く、ゆっくりとした動きに、ヒロが攻撃を合わせるべく、タイミングを測り始めた。
ヒロの中で最大の攻撃力を誇る、Bダッシュ溜め攻撃が効かない以上、今のヒロには打つ手がない。
この危機的状況を打開するため、リーシアがオーガベアー戦と同様に、また激オコ状態でオークヒーローと対峙していた。
涙を流し、憎しみに顔を歪ませるリーシアを見たヒロは、女の子にあんな顔させちゃダメだと思い、闘いに参加しようとするが、鬼が手を差し出し無言で静止させる。
鬼はその場で『見ていてください』と言いたげな表情でヒロを見つめ、オークヒーローに一人で立ち向かっていく。
ヒロも鬼のあとを追おうとするが、その足を止めていた。
今のヒロ達に足りないもの……それは謎の防御スキルに関する情報であり、オークヒーローを倒すためには、あの防御スキルを何とかしなければ勝機はない。
鬼はヒロに少しでも攻略の糸口を見つけさせるため、あえてオークヒーローに一人で立ち向かう決意したのだ。
鬼の思いを無駄にしないため、その場に踏みとどまったヒロは、オークヒーローの動きを1モーションも見逃ぬ思いで見定める。
5m……4m……3m……、オークヒーローは鬼がハルバードの間合いに入っても動かない……『先手はお前にくれやる』と、その目は語っていた。
「受け切れるものなら、やって見なさい!」
オークヒーローの余裕に苛立つリーシアは、その感情すらも力に変えて走り出す。
しかし、その走りはいつもの動きとは違っていた。普段のリーシアの動きは無駄を極限までに省き、一撃の威力に重きを置くためか、直線的な動きが多い。
だが、オークヒーローに迫る鬼はいつもと違い、腰を中心に上半身を左右に振り、フェイントを入れつつ走り寄る。
オークヒーローは、近づく鬼の上半身の動きに惑わされ、攻撃のタイミングを一瞬だけズラされた。後ろに引いて構えていたハルバードを袈裟斬りにリーシアへと放つ!
リーシアは両手を、背中から風車のように腕を回転させ頭上でハルバードの斧刃の腹を両手で打ち据えると、横に流して回避する。タイミングを間違えば良くて両腕切断、悪ければ体が真っ二つになる危険な回避……だが鬼は躊躇なく実行した。
ハルバードの攻撃を流されたオークヒーローの一撃が、地面に大きくめり込む。
オークヒーローは鬼がハルバードの攻撃を避けた時、槍術スキル【ダブルスイング】を打ち込むつもりだった。
だがハルバードの一撃は、避ける際に加えられた打撃の勢いがプラスされ、【ダブルスイング】を使うことはおろか止める事もできず、地面にハルバードを突き刺す状態に陥ってしまった。
ハルバードを地面から引き抜くため、力を入れていたオークヒーローへ鬼が迫る。
曲線を描く歩法で、素早くオークヒーローの背後に回り込む鬼は、両の手を鞭のように使い、開いた掌でオークヒーローを打ち据える。
弾かれる感触を無視し、鬼が矢継ぎ早に打撃を叩き込む。
左右の腕を、上から振り下ろす打撃と下から打ち上げる打撃、二つの打撃が円の動きを描き出し、止まることなく拳を打ち込み続け、反撃の隙を与えない。
鞭のような鋭さの打撃は、掌で打ち込む事で打撃面積を上げ、広範囲にダメージが与えられる。
そして曲線的な円の動きが、相手の攻撃の力を
常に相手の先を取り、闘いをコントロールする覇神六王流、『静の闘法』を鬼は繰り出していた。
止まらぬ鬼の連続攻撃にオークヒーローは地面に突き刺さって抜けないハルバードを手放すと……鬼に向かって右ストレートを放つ!
だが、鬼は円を描く歩法で体の位置を入れ替えて避けると、オークヒーローの背後へと回り込み再び打撃を叩き込む!
反撃を許さない苛烈な打撃が、上下左右からオークヒーローを打ち据える。
オークヒーローはダメージはないが、常に自分の先を行く鬼に苛立ちを覚え始めていた。
決まれば一撃で殺せる力がありながら、捉えきれない鬼に、さらに力が入り、知らず知らずの内に攻撃が大振りになっていく。
鬼は体の中に流れる気を、体の中で円を描くように循環させながら攻撃を続け、内気を高める……必殺の一撃を打ち込むため、その瞬間をギリギリの攻防の中で鬼は待ち続けていた。
一撃でも喰らえば、間違いなく致命傷になりかねないオークヒーローの一撃…… 鬼は攻撃をいなすと同時に虚実を織り交ぜた攻撃を放ち続ける。
数え切れないほどの連撃を放つ鬼と、それに耐えるオークヒーロー……ヒロはジッと二人を観察していた。
極限まで高められた集中力は、ヒロの頭を割らんばかりに痛みを発していた。何度頭のスイッチをオンに変えてもすぐに体がスイッチを強制的にオフにする。だが……その度にヒロはスイッチをオン入れ続ける。
スイッチを入れるたびに、脳の芯にまで響く鋭い痛みに耐えながら、ヒロはあらゆる可能性を考察し仮説を立てていく。
「考えろ、考えろ、リーシアとオークヒーローの動きを見逃すな……どんな些細な出来事も脳に刻み込め! 自分に出来ることはコレだけなのだから! 考えろ! 見極めろ!」
目の瞬きを我慢し、呼吸すら忘れて集中するヒロ……ついには鼻から血が流れ出すが、無視して集中を続ける。
もう鬼とオークヒーローの攻防は五分を超え、いまだ双方に決定打が出ないまま、時間だけが過ぎ去っていく。
鬼は焦っていた。このままでは遠からず、自分の体が先に耐え切れなくなると……一か八かの勝負に出るならどこか……そう考えていた時、ついに変化が訪れた。
「ブヒィィ」
押し黙り攻防を続けていたオークヒーローが、声を上げた瞬間、一発だけ攻撃が弾かれず、ダメージを通した感触が伝わってきた。
鬼はこのチャンスを見逃さない!
循環させた気を一気に腕へと流し込むと、その腕をオークヒーローの腹へと突き出した。
「
ヒロはもちろん、目の前にいるオークヒーローですら視認出来ないスピードの突きが繰り出されていた!
突いたと思った時には、すでに突き終わっている……見えない必殺の突き。
だが、その必殺の一撃も再び弾かれてしまう。
鬼はすぐに後ろに下がり、オークヒーローと距離を取るとヒロに向かって叫ぶ。
「ヒロ! いま一瞬ですが、打撃の感触が変わりました。一発だけ弾かれず、確かに打撃が通りました」
「いつですか⁈」
「オークヒーローが声を上げた時です」
数百を超える打撃を打ち込み続けた鬼が、ついに謎の防御を突破するヒントに辿り着いた。
思考する速度がさらに上がり、ハンマーで殴られたような頭痛を無視して思考をする。
集中しろ!
オークヒーローの防御は何なのかを。
集中しろ!
思い出せ、一瞬だけ攻撃が通った際のアイツの変化を。
集中しろ!
今までの情報を整理して検証しろ。
集中しろ!
仮説を立てろ! トライ&エラーを何度でも繰り返せ。
鬼はオークヒーローの攻撃を避けながら、深い思考海に潜ったヒロの指示を待ち続ける。
今まで何度もピンチになる場面はあったが、その度にヒロの考えた作戦で切り抜けてきた。
きっと今回も突破口を探し出し、切り抜けてくれると……だが、ヒロは押し黙ったまま動かない。
鬼が後退するとオークヒーローは追撃せず、そのまま地面にめり込んだハルバードを引き抜きに掛かる。
ほんの少しだけ時間を稼ぐヒロ達……そんな最中、気を練り次の攻防に備えて拳を構えようとした鬼は、オークヒーローを警戒しつつ、横目でヒロの様子をチラリと見ると……勇者の顔が絶望の色に染まっているのを目の当たりにするのだった。
〈南の森に……絶望の嵐が吹き荒れる!〉
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