第64話 絶望への挑戦

「ブヒブヒィィ!」



 雄たけびが、夜のオーク村に高らかに響き渡り、それを合図にハルバードを上段に構えたオークヒーローがヒロに向かって走り出した!

 


「牽制します」



 ヒロの手から放たれた投げナイフが銀色の流星となって、一直線にオークヒーローへ撃ち出された。


 だが、強力な威力を秘めたヒロの攻撃を、オークヒーローは避ける素振そぶりすら見せず、無視して突進する。


 流星がオークヒーローと激突した時、投げナイフはあらぬ方向へ弾かれた。


 オークヒーローは突進の勢いを殺さず、上段からの一撃をヒロに放つ!


 頭の中で集中のスイッチをONに入れ、スローモーションの世界に入るヒロ……しかし攻撃の回避に入った瞬間、突如スイッチがOFFになり、元の時間スピードに戻されたヒロに、オークヒーローのハルバードが襲い掛かる。



「ヒロ!」


「Bダッシュ!」



 ヒロは避ける動作を中断せず、Bダッシュの加速をプラスすることでオークヒーローの攻撃をギリギリで回避する。


「集中が強制的にOFFにされた⁈ 集中力が切れ始めたからか? それとも回数制限があった? こんな時に!」


 すでに朝から森の魔物を始め、ジャイアントバットやミミックといった数多くの魔物と戦い、磨耗しているヒロの脳が過度の集中についていけなくなっていた。体を守るため、集中のスイッチが強制的にOFFになり、スローモーション世界から弾き出されてしまう。


 Bダッシュ回避でオークヒーローの攻撃を掻い潜ったヒロを、ハルバードを振り抜いた姿勢のまま、肩越しにオークヒーローが睨みつける。



「私がいるのに、よそ見は厳禁です!」



 ヒロに攻撃を避けられたオークヒーローへ、リーシアが地面を滑るような歩法で一足飛びに近づき、体当たりする勢いで肘の一撃を打ち込む!


 スピードに乗り震脚による力を乗せた一撃が、人体の急所である喉元に炸裂する! 

 だが、またしてもオークヒーローに攻撃を弾かれ、その反動でリーシアが後ろに飛び退る。



「硬い? いえ、弾かれた? 皮膚にぶつかった瞬間、変な感触がして攻撃が通りません……」



 何食わぬ顔でハルバードを構え直すオークヒーローは、リーシアを無視してヒロを見据える。


 ヒロに向かってハルバードを手に、悠然と歩き出すオークヒーロー……ヒロは後ろに足を引き、後ろに後退あとずさってしまう。


 オークヒーローは、ヒロが自分に恐怖し、な様に逃げ出そうとする姿を見て『こいつもか』と、落胆の顔をしながら歩きだす。


 オークヒーローに、屈したヒロは後ろに下がり続ける。


 だがリーシアは気づいていた。ヒロの行動が恐怖に屈した行動でないことに……オークヒーローがケイトとシンシアのいる場所から少しずつ引き離されていく。


 すでにケイトがシンシアに寄り添い、逃げ出してる事をリーシアは背中越しに確認していた。


 少しでも二人の逃げる時間を作るため、ヒロはオークヒーローを引き付け、距離を空けていたのだ。


 だが、いつまで経ってもな様に逃げ出さず、ただ後ろに後退するヒロにオークヒーローは何かを思い、『ハッ』として後ろを振り向いた。


 先程までいたはずのケイトとシンシア、二人の姿が消え、その場にはヒロとリーシアしか残っていなかった。



「ブヒブヒブヒブヒ」



 ヒロの後退の意味を理解したオークヒーローが笑っていた。それは自分に恐怖して逃げ出したケイトとシンシアに対するさげすさむ笑いでも、囮にされて捨てられた愚かな者に対する嘲笑いでもなかった。


 オークヒーローは、その目に幼き日の自分とヒロを重ねて笑ってしまった。


 そして笑い終わったオークヒーローが、ヒロを見据えて再びハルバードを横に構える。今までの力任せな攻撃ではない。確実に相手を殺すために、攻撃のタイミングを取り始める。


 本気になったオークヒーローに、ヒロはショートソードを構え、腰に差した最後の投げナイフに溜めを始めながら、声を上げる。



「リーシア、僕が隙を作ります。オーガベアーを倒したあの技を決められますか?!」


「動きを止めて、一瞬でも隙が出来れば行けます!」


「分かりました。僕の攻撃に合わせてください!」



 オークヒーローは二人をジッと見ながら待つ……それは自分を倒せるものならやって見ろと言わんばかりの行動だった。


 ヒロとオークヒーロー……二人の視線が交差し、互いに攻撃のタイミングを図り合う。


 長い様で短い時が過ぎた時、どちらともなく同時に近いタイミングで、ヒロとオークヒーローが動き始めた!


「ブヒィ!」


 オークヒーローは、ハルバードの攻撃距離の長さと横なぎに振るう攻撃範囲の広さを最大限に利用して、ヒロの足を狙って来る。


 だがヒロもオークヒーローの構えから、その攻撃は当然予想していた。


 ハルバードの上を飛び超え、オークの頭に上段斬りを繰り出すヒロ! だが、横なぎでヒロの下を通過したハルバードが角度を変えて空中にいるヒロに迫る。剣術スキルにある二段斬りに相当する槍術、ダブルスイングがヒロを襲う! 



「そう来ると思ってました!」



 ヒロは迫り来るハルバードを、二段ジャンプで回避する。


 そしてオークヒーローを飛び越えたヒロは、溜めが終了していた投げナイフを片手で素早く腰から抜き、オークヒーローの足に目掛けて投げると同時に、剣の刃を首筋に走らせる。


 銀光の流星が吸い込まれる様にオークヒーローの足に当たり、首筋に剣が入った瞬間、二つの攻撃が同時に弾かれた!



「全身をガードしている⁉︎」


「ブヒィィ」



 口元に笑みを浮かべるオークヒーローが、攻撃を弾かれ空中で無防備な姿を晒すヒロに、振り向きながらフック気味の拳を繰り出しヒロを直撃する!


 だがその瞬間、今度はヒロが口元に笑みを浮かべていた。


 オークヒーローの尋常ならざる拳を目の当たりにしたヒロは、一瞬だけ集中のスイッチをONにしてスローモーションの世界へと飛び込んでいた!


 空間把握スキルを使い、迫り来る拳に足を掛けた瞬間、スイッチが強制的にOFFになるが、そのまま力の流れに逆らわずに後方へと飛び衝撃を逃す。


 ヒロは足に痛みを感じながら、迫る地面に対して横に転がり着地の衝撃を逃す。すると……



「ヒロの作った隙を逃しません!」



 ヒロを仕留めるため、渾身の拳を振り抜いてしまい、完全に無防備な隙を見せるオークヒーローに、リーシアいつの間にか近づき、手のひらを無防備な脇腹に置くと震脚を打ち出していた!

 


「音叉波動衝!」


 打ち出したのは、オーガベアーを仕留めた必殺の内部破壊技!


 両足のかかとを上げた状態から、勢い良く踵を地面に打ちつけ波の力が発生する。脚を伝い、腰で合わさり、体の捻りでさらに増幅された波が、手のひらからオークヒーローの体内へと流し込まれる!



「ブヒィ!」


「なっ⁈ まさか!」



 だがオークヒーローの体内へ波の力が流れ込まず、リーシアは何かに弾かれて横に吹き飛ばされてしまう。


 空中でバランスを取り、足から着地して構え直すリーシア……オークヒーローは、お前の攻撃など、無駄だと言いたげな表情でリーシアを笑う。



「ヒロ、ダメです。勁の力が内部に流れ込みません。皮膚が硬質化して耐えている様ではないです。硬質化するだけなら勁の力が流れ込みますから……アレは見えない何かで完全に攻撃を弾いています」


「どう言う事だ? まさか永久スキルなのか!?……だとすると……物理攻撃は全く効かない?」



 全く攻撃が通らないオークヒーローに、ヒロは苛立ち始めていた。もし物理攻撃を遮断するスキルを常時展開出来るとすれば、魔法の使えない物理攻撃オンリーのヒロ達には、オークヒーローを倒すことが絶対に出来ない。


 絶望的な状況の中、ヒロは打開策を模索するため、考察する時間を少しでも稼ごうとスイッチを入れるが……うまく集中が出来ない。


 スイッチを入れようとすると頭に激痛が走り、集中を乱されてしまう。

 集中の乱用によるペナルティーが、ここに来て判明し、ヒロは痛みで顔をしかめる。



「徹夜開け五日目の頭痛と同じくらいか……」


 ヒロは頭を振ることで、痛みを無理やりに散らす。


「ヒロ⁈ このままでは……」



 リーシアは顔色が悪いヒロの顔を見て、一瞬思い悩むがすぐに決断した。


 このままではジリ貧でコチラが先に倒れるのは明白。ならばられる前にるしかない……構えを解いたリーシアが目をつぶり集中する。


 心の奥底に封印された怒りを解き放つため、リーシアは思い出す。母が殺された時の事を……その首を落とされた瞬間を思い描いたとき、耐え切れなくなった怒りが封印の鍵を吹き飛ばし、怒りと殺意が心の中で爆発する!



「リーシア⁉︎」


「ブヒィィィ!」

 


 ヒロとオークヒーローの声が重なり森に響き渡った!

 



〈南の森に、怒りと殺意に塗れた鬼が現れた!〉

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