第60話 勇者と救出ミッション
移動速度は遅くなるが物陰に隠れてやすく、隠密性や遮蔽性の効果が高まる。
また、前方投影面積が減るため、飛び道具による被弾率も減少し、敵に気付かれることなく近づくのに適している。
匍匐前進にはいくつかの種類があり、体の姿勢が低くなるにつれ移動速度は落ちるが隠密性は上がる。逆に姿勢が高くなると移動速度が高まるため、状況に応じて匍匐前進を使い分ける必要がある。
ある軍隊では匍匐前進を第1から第5にまで分け、兵士に匍匐前進の何たるかを叩き込むことが重要と位置づける者までいる。
第1匍匐前進
左手と左膝を地面につけ、右足を伸ばした状態から左腕で上体を支えつつ、伸ばした右足を使って前進する……速度爆速、街中でやると人々に奇異の目で見られる可能性有り。
第2匍匐前進
第1匍匐の状態から、左のお尻を地面に付けて前進する。頭の位置が低くなり、被弾率は下がる。……お尻の左ポケットに何も入れないのがベスト。
第3匍匐前進
第2匍匐前進の状態から左肘を地面に付け、より低姿勢な状態での前進……目線が低くなるため、戦場以外の街中でやると間違いなく捕まる。
第4匍匐前進
四つん這いになり、両ヒジと両ヒザを交互に動かして移動する低姿勢の前進……腰を浮かせないのがコツで、頭や踵が上がらないように注意すると良い。男性の場合はアレの位置調整が必要。
第5匍匐前進
顔のどちらかの頬を地面に付け、前に出した両手のひらを支点に、片足のヒザを曲げ地面を蹴る様にして前進する……極めた者が、地面を滑るように前進する姿は圧巻である。別名は尺取り虫。
匍匐前進ひとつとってみても、状況に応じて使い分ける事こそ、戦場で生き残るためには重要な要素なのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
掘建て小屋の陰に身を潜めるヒロは、伏せた状態からシンシアの様子をそっと見ていた。
見張りはオークは一匹のみで周りに仲間はいない。
いまヒロが潜んでいる小屋が、身を隠せる最後の場所になる。
ここからシンシアまでの距離は二十メートル、他に身を隠せる遮蔽物はなく、Bダッシュを用いたとしても騒がれれば逃げ出すのが難しくなる。
ヒロはオークに見つからず、やり過ごす方法を考えながら様子を見ていた。
直立不動で立つオークに隙はなく、常に周囲を警戒している。闇雲に近づいても発見されるだけだろう。上手く隙を突いてオークを無力化しなければ、仲間を呼ばれ救出どころではなくなる。
途中、オークがシンシアに近づき何かをしようとしたため、いざとなれば飛び出して助けようとするが、杞憂に終わり最悪の事態だけは避けられた。
どうやらシンシアのはだけた服を正している様子だった。口を塞ぐ猿ぐつ輪に手を掛けて緩めている姿が見えた。
何事もなくオークは再び直立不動の見張りに戻る……職務に忠実で真面目な性格のオークみたいだ。
普通の方法ではシンシアを助けられないと判断したヒロは、シンシアを助けるため、周囲を警戒しながらも深い思考の海へとダイブする。
深く、より深くへと沈み込むヒロの意識。
ヒロの意識は、暗い海の底へと背中から沈み込むイメージでダイブする。
集中しろ!
シンシアを救出するには、見張りのオークをどうにかするしかない。
集中しろ!
シンシアまでの道のりには、もう身を隠せる障害物がなく、一番近い障害物は自分が潜むこの掘建て小屋しか存在しない。
集中しろ!
見張りのオークに隙はなく、真面目な性格が油断を許さず付け入る隙を与えない。
集中しろ!
現状の状況では助けられる可能性は低い……順当の方法では……じゃあ、全てを逆手に取って考えてみるんだ。
集中しろ!
スタートから考えるな。ゴールからスタートへの道筋を辿れ。無駄を省け。必要な情報をフルに使え。ゴールからスタート逆算して道筋を整えろ。
諦めるな、何度失敗してもやり直せ、答えは必ずあるのだから!
その時、ヒロの脳裏に一条の光が差し込みある答えを導き出した。
意識が覚醒し現実の世界に戻ったヒロ……周りに変化はなく、相変わらず見張りのオークは隙なくシンシアを見張っている。
ヒロは素早くアイテム袋から、乾いた薪を数本取り出して傍らに置く。
「僕のステルスアクションか成功するか……それとも失敗するのか……さあ、勝負です」
ヒロは自分に気合を入れると、傍らに置いた薪を一本手に取り、掘建て小屋の陰からオークに向かって投げる。
下手で投げられた薪は、放物線を描いてオークの手前に音を立てながら落ちた。
何かが落ちて転がる音に、見張りのオークは気がつき、音のした方へ武器を構えながら顔を向ける。
気のせいかと顔を背け構えを解くオークの耳に、再び同じ方向から音が聞こえてきた。
二度目の事に真面目な性格が災いし、音の正体を突き止めようとオークは持ち場を離れてしまう。
数メートル歩くと、オークは暗闇の中で加工された薪が二本落ちているのを発見する。
『何でこんな所に薪が?』と、薪を拾い手にするオークの耳に、また何かが転がる音が聞こえてきた。
建物の方から発せられた音に、オークは再び足を動かし、掘立て小屋の手前に落ちていた薪を拾うと、今度は住居を通り過ぎた先で音が鳴る。
流石にオークとは言え、明らかにおかしい状況に、今度は手に持った槍を構えて音のした方向へ歩き出していた。
住居の裏手に身構えながら歩いていると、やはり地面に薪が落ちているだけで他に変わりはない。
オークは手に持った槍を地面に突き刺すと、先ほど拾った薪を抱えたまま片膝を付き、空いた手で薪を拾おうとしたその無防備な瞬間をヒロは見逃さなかった。
ヒロが屈んだオークの背後から忍び寄り、太い首に腕を回して絞め上げていた。
リーシア直伝のチョークスリーパーが見事に決まり、何者かに背後から襲われてパニックになるオーク。暴れて振り解こうとするが、一瞬で首の頸動脈を絞められたオークの脳は酸欠になり、ものの十秒で意識が落ちてしまった。
ヒロは気絶したオークを、掘建て小屋の陰に引きずり、物陰に目立たぬ様に隠す。
見張りと言う最大の障害がなくなり、安堵するヒロ。だが、油断は出来ない。見張りがこの気絶したオークだけとは限らず、たまたま通り掛かったオークに発見される可能性も否定できないからだった。
成功する寸前こそ最大の油断を生む。ヒロはさらに気を引き締めると、シンシア救出を期するため、最大の隠密性を誇る第5匍匐前進で近づく事にした。
地面に顔と体をベッタリと付け、大地と一体になるヒロ……アノ位置の調整も完璧である。
前に伸ばした両手のヒラを支点に、曲げた片足を地面に引っ掛け、ヒザを伸ばした反動と両の手を曲げて引き寄せる力を使って滑るように前進する。
少しでも敵に発見されず、できるだけ素早く救出しようとした結果……驚異のスピードで第5匍匐前進するヒロは気づいていなかった。
その動きの気持ち悪さと不気味さが、どれだけの恐怖を撒き散らしているのかを……。
想像してみてほしい。巨大なGが地面を滑るように前進して来たらどうなるかを。
顔は真横を向き、百メートルを十四秒で移動する匍匐前進で近づいて来られたら……。
想像しただけで気持ち悪い生き物が、急に足元を這って現れたら……。
それを見た女性なら大抵……。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ヒロの渾身の第5匍匐前進で、悲鳴を上げられるのは当然の事だった!
縛られた足で、ヒロは頭を蹴られ続ける。
「シー! シンシアさん、助けに来ました。落ち着いてください。ケイトさんからメッセージしてもらったヒロです。まずは落ち着いて静かにしてください!」
「きゃああああああ……って、あ、あなたがヒロなの?」
「はい。ケイトさんに依頼されて、シンシアさんを助けに来ました」
「ご、ごめんなさい。暗かったから、よく見えなくて……」
「謝るのは後にしてください。今の悲鳴で寝ていたオークが目を覚ましたかもしれません。まずは拘束を解きます。じっとしていてください」
ヒロは中腰になると腰から投げナイフを手にすると、腕と足を拘束していた蔓のロープを素早く切る。拘束から解き放たれたシンシアにヒロが手を貸し立ち上がらせる。
「助けてくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして、では急いで逃げ……ましょう……メロンが」
立ち上がり礼を言うシンシアの胸の膨らみに、釘付けになるヒロ……麻のシャツとスリットの入った長めのスカート姿のシンシアの胸には、見事な形のメロンが二つ並んでいた。
それもミミックの偽物ではなく……本物である。
「メ、メロン? それは何かの挨拶?」
「いえ、何でもありません。ちょっと待ってください」
ヒロはシンシアの質問を誤魔化し、逃走ルートを確認するため、オートマッピングスキルの簡易MAPでオーク達の動きをチェックする。
「周りのオーク達が一斉に起きたみたいです」
「うそ……私が悲鳴を上げたから……せっかく助けに来てくれたのに私のせいで、あなたまで巻き込んでしまってごめんなさい」
「大丈夫ですよ。これも想定内です」
シンシアが自分を責めてヒロに謝る……だが、ヒロは呆気らかんと答えた。
「それじゃあ、次の作戦に移ります。シンシアさん、僕を信じてついて来てください」
ヒロはあるアイテムをアイテム袋から取り出しシンシアへと渡す。
「え?
「
半信半疑のシンシアは、渡されたアイテムを言われるがまま使用するのだった。
その頃、オーク村に響き渡った悲鳴を聞いて、夢の中にいたオーク達が一斉に目を覚まし騒ぎ始めた。
雄のオークが武器を手に住居からゾロゾロと出てくる。
周囲に異変がないかを確認すると、集まったオークと状況を確認しながら、自分たち以外の敵がいないかを警戒していた。
すると、先ほどシンシアを捕まえたオークの一匹が、もしやと思い彼女をつないだ場所へ向かうと……見張りのオークの姿が見えず、捉えていた虜囚が逃げ出したことに気がつき、慌てて仲間に話し出す。
村の異変に、オーク達がようやく気付き始めたのだった。
〈オーク村の警戒レベルが上がった!〉
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