第59話 勇者と助けを待つ者

 真っ暗な夜の闇の中、空にボンヤリと浮かぶ月明かりだけがシンシアにとって唯一の光源だった。


 寝ている隙を突かれ、体をゼリー状に変化したミミックにシンシアは拘束され、とっさに声を上げて仲間に助けを求めようとしたが、口を真っ先に塞がれ、助けを呼ぶこともできないまま連れ去られてしまった。


  寝ている仲間の場所からドンドン遠ざかり……もはや自分がどこににいるのか分からぬ程、距離を離されてしまった。


 必死に拘束から抜け出そうと手足を動かすが、体を覆ったゼリー状のミミックが体を硬化させ、その動きを封じていた。非力な僧侶の力では、ミミックの拘束からは抜け出せなかった。


 僧侶のスキルにある、ステータスを一時的に上げる魔法『ブレス』を使えば抜け出せたかもしれないが、口を塞がれて詠唱ができないシンシアには無理な話だった。

 ガイアの世界には魔法と言う便利なものが存在するが、発動するにはキーワードとして、魔力を込めた言葉を唱える必要があった。



 魔法の力が使えず、さりとて非力な自身の力ではミミックの拘束からは抜け出せず、仲間の助けを求めようにも手足も動かせない状態ではメッセージで助けを求める事もできない。


 移動している最中にも装備が少しずつ溶かされ、皮の鎧はもう原型を留めていなかった。このままだと、次に服が溶かされ、そして最後には自分自身が溶かされて……いまのシンシアには、少しずつ溶かされていく恐怖に怯える事しかできなかった。

 


「こんな所で溶かされて死ぬなんてイヤ!」



 そう心の中で叫んだ時、神は彼女に味方した。体にまとわりついていたミミックが、急にシンシアの拘束を解き放ったのだ。


 突如、暗闇の中へ放り出されたシンシアは、混乱しながらも辺りで何者かとミミックが戦い争う気配を感じ、その場で身を縮めて様子をうかがっていた。

 

 やがて戦いの気配がなくなり森に静寂が戻った時、きっと仲間のケイト達が自分を助けに来てくれたのだろうと思い、震える足で立ち上がると複数の気配がする方へと、シンシアは歩き出した。


 命が助かった事を神に感謝しながら、シンシアは『ライト』の魔法を唱えて周囲を明るくした。するとそこには……豚の頭と人に近い体を持つオークが数匹、武器を持って立っていたのだ。



「きゃああぁぁぁ!」



 目の前に現れたオークを見たシンシア……甲高い悲鳴が夜の森に響き渡る!



 オークは、その美味な肉から食材クエストでは人気の高い魔物であるが、女性冒険者には恐怖の対象になりうる魔物でもあった……繁殖力旺盛で早熟のオークは、自分たちに近い種族とも子を成すことが出来るからだった。


 オークは同族の数が極端に少なくなると、他種族の者を拐って、その数を増やそうとする習性があるのだ。

 当然、他種族の中には人も含まれており、オークに捕まった者の末路は悲惨なものとなる。食料となるか……子を成すか……。


 当然、シンシアはオークのことは知ってはいたが、自分たちにとっては美味しい魔物としての認識しかなかった。


 だが、装備を溶かされ仲間もいないシンシアは、目の前に突如現れたオークを見て、思わず悲鳴を上げてしまう。

 それはこれから自分の身に起こるであろうことに対する、恐怖と拒絶からの悲鳴だった。

 

 悲鳴を上げたシンシアに、オーク達は一斉にに襲い掛かる。



「やめてぇぇっ! 嫌ぁぁっ!」



 地面に押し倒されたシンシア……身動きすらできず、半狂乱になりながらも必死に声を上げ抵抗したが、まったく意味をなさなかった。


 力強い手で抑えつけられたシンシアは、ついには泣き出してしまうが、オークは止まらない。


 オークら武骨な手は、シンシアのはだけた服に……向かわず、手足を植物の蔓をより合わせたロープ状の物で縛りあげる。シンシアはさらに蔓を編んだロープで口を塞がれると、そのまま二匹のオークに担がれ連れ去られてしまった。


 移動中、手は縛られていたが、パーティーメニューの操作はできる。シンシアはオーク達の目を盗みパーティーメンバー全員に助けを求めるメッセージを送ると、ケイトから返事があった。


 どうやらケイトは無事で、助けに来てくれるみたいだ。


 現在位置を聞かれたが、闇夜の森の中では目印になる物が見えず、途方に暮れてしまう。

 すると、月の方向に対してどちらに向かっているか? 自分の目線の高さや移動スピードなど、いろいろなことを聞かれ、できるだけ細かくシンシアは質問に答えていく。


 状況が変わったら、教えてほしい……そのメッセージを最後に、気がつけば一時間以上オークに担がれていた。


 夜の森を黙々と歩き続けるオークの一団……シンシアはこれから起こる死よりもおぞましい行為を思い描き、もう助からないと諦め始めた時だった。

 大勢の生き物の気配を急に感じたシンシアは、縛られているにもかかわらず身構える。


 シンシアの周りは、相変わらず暗過ぎて見通せないが、場の空気が明らかに変わっていた……言い知れぬ不安にシンシアはさいなまれる。


 途中、自分を連れ去ったオークとは違う別のオークとすれ違い、シンシアは恐怖から再び泣き出しそうになっていた。それはいま自分がいる場所が……オークの巣なのだと悟ってしまったからだった。


 しばらく歩くと目的の場所に着いたのか、手足を縛られたシンシアは地面に打ち付けられた木の杭に蔓で編んだロープで縛られてしまった。


 見張りを付けられ、下手に逃げることもできない。


 幸いなことに、前の手で拘束されていたため、メッセージは送れる……今の状況をケイトに伝えようとした時、ケイトからメッセージが届いた。


 今の状況をケイトにメッセージで伝えると……今から自分を救出するために、ヒロと言う冒険者が巣の中に単身で助けに向かうと返事がきた。


 シンシアは一縷いちるの希望にすがり、ただ助かる時を待ち続けた。


 どれ位時間が過ぎただろうか……ケイトから再びメッセージが届く。


 今、ヒロがすぐ近くに身を隠している。オークを引き付けて助けるから、音を立てずに静かにしていてほしいと言う内容だった。


 たった一人でオークの巣に忍び込み、気づかれることなく自分を助けに来てくれた冒険者に、シンシアの期待は膨らんだ。


 絶望的な状況から助かるかもしれないと言う希望が、シンシアの心に光を差し照らした。

 

 だが、シンシアの目が期待に満ちた時、目の前にいたオークと視線が合ってしまった。


 絡み合う視線……シンシアはまずいと思い、視線を下に落とすが遅かった。


 見張りのオークは何を思ったのか、顔をニヤつけながらシンシアに近づいて来る。まさかと思い、強張るシンシア……

伸びるオークの手から逃れようとするが、木の杭に縛られたシンシアには逃げ場などない。


 口を塞がれたシンシアは、『お願い早く助けて!』と、心の中で助けを求めていた。


 するとオークの無骨な手が、無情にもシンシアの……ずり落ちたシャツを引き上げる。オークがシンシアの乱れた服装を手早く直すと、口を塞ぎ息苦しかったツルのロープも、なぜか緩め、呼吸を楽にしてくれる。


 声が出せるようになったシンシアは、意外なオークの優しさに驚いていた。伝え聞いていたオークのイメージと違い、優しい態度にシンシアは戸惑う……すると見張りのオークは、そのまま何もせず再び直立不動の見張りに戻ってしまった。


 微動だにせず、ただ周りを警戒するオークに隙はなかった……何かあればすぐに仲間が駆け付けてくれる巣の中で、そのオークは油断なく見張りを続ける。


 そんな中、『コンッ』という、何かが地面に落ちる音がオークの背後から聞こえてくる。


 オークは音のした方向に顔を向けるが、月明かりだけが頼りの真っ暗な闇の中では、何が起きているのか分からない……真面目な性格が音の正体を確かめようと、その足を動かした。


 シンシアは、闇の中に消えて行くオークの方向を見据え、何かが起こっていると感じていた。


 おそらく、ヒロと言う冒険者が自分を助けるために、オークの注意を引いてくれているのだと、シンシアは期待する。

 絶望的な状態から少しずつ好転する状況に、シンシアの期待はドンドン膨らみ、今やパンパンに膨らみきっていた。

 もうすぐ助かる。その思いが高まった時……それは現れた!


 真っ暗な闇の中から、巨大な何かが恐るべきスピードでシンシアの足元まで地面をいずって近づいて来た!

 あまりにも気持ち悪く不気味な動きの生き物を見たシンシアは、巨大なGが襲ってきたのだと、パニックになっていた。



「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 パンパンに膨らんだ期待が破裂して、シンシアの絶叫が辺りに響き渡った!




〈夢の中にいたオーク達が、一斉に叩き起こされた!〉

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