第58話 勇者よ……深く静かに潜入せよ!
メンタルギア……ゲーム史に名を残すステルスゲームとしてギネスブックにも載った伝説のゲームである。
ゲームの主人公スニークとスモールボス、二人の人生を描いたシリーズは累計5500万本も販売した大人気シリーズだ。
重厚なストーリーとテーマ、魅力的なキャラクターとチョッピリの遊び心……プレイヤーを飽きさせないゲームシステムが、コアなファンの心をガッチリ掴んだ神ゲーである。
ギネスにも認められた世界初のステルスアクションとしてゲームの歴史に名を刻んでいる。
シリーズ一作目の発売当時、アクションゲームと言えば画面に出てくる敵キャラをより多く倒す事が当たり前の時代……一画面にどれだけのキャラを表示して動かせるかが、プログラマーの腕の見せ所だった。
初期のゲーム機本体は、技術的な点からも性能が低く、一画面に大量のキャラを表示するのは困難を極めた。プラグラマー泣かせの低スペックな性能に、開発者たちは悪戦苦闘していた。
だがそんな時代のある日の事……若き日の某ゲームプロデューサーが、ふと思った。
「別に敵キャラを倒さなくてもよくねえ?」
その一言が伝説の始まりだった。
ハードの性能の低さを逆手にとって、逆に敵に見つからない様、隠れて進むステルスアクションと言う新たなるジャンルを確立したのだ。
いかにして敵に発見されずに先に進むかが鍵となり、敵を倒さずに隠れてやり過ごすスリルにゲーマーはハマッた。
続編が出る度にゲームシステムは進化を遂げていき、隠れるだけではなく、音で敵を誘導しながら、その隙に気づかれないように通り抜けるなど、斬新なアクションをドンドン導入していった。
結果……シリーズを追うごとに進化するステルスアクションは、ついにギネスにまで認定されたのだ。
今もなお、コアなファンが多いステルスアクションゲームの金字塔、それが『メンタルギア』だ!
…………
「ヒロ……何を言っているのか、さっぱり分かりません」
「ごめん、私も……」
ヒロにとって忘れえぬ神ゲーについて熱く語るが、ガイヤに生まれた人に理解してもらえるはずもなく……ヒロは孤独感を味わっていた。
「とりあえずスニーキングミッションとは、オーク達に見つからずに、村の中に囚われたシンシアさんを救出することだと思ってください」
「ヒロ、話は分かりましたが、実際にどうするんですか?」
「大人数で行動しては、オークに発見されてしまいますから、僕がひとりで村に潜入し、シンシアさんを救出してきます」
ヒロは動き易さを重視するため、腰に刺したショートソードをアイテム袋に入れながら、リーシア達に説明する。
「ヒロ、ひとりで大丈夫ですか? 私も一緒に……」
心配するリーシアをヒロは自信に満ちた顔で答える。
「任せてください。メンタルギアは初代から最新作まで全てパーフェクトにやり込んでいます。オートマッピングスキルと組み合わせれば問題ありません。それにいざと言う時は、
ヒロがアイテム袋のメニュー画面を開き、あるアイテムを取り出す。
「
「
「正気?
ヒロが取り出したアイテムを見て、胡散臭い話に半信半疑のリーシアとケイトが不安そうにヒロを見ていた。
「まあ、見ててください。二人はメッセージの中継役と脱出時の陽動、それと外からの状況を逐一報告してください」
「他に道はなさそうですし……分かりました」
「そうね……分かったわ」
ヒロの言葉を信じて、シンシアの救出をヒロに任せた二人はヒロのバックアップに回る事になった。
…………
『こちらヒロ、リーシア、聞こえますか?』
ヒロは一人、オーク村の警備が手薄な場所に移動し、伏せながらリーシアにメッセージを送る。
『ヒロ、メッセージだから聞こえはしませんよ。読む事はできますが……』
『気にしないでください。雰囲気です!』
『……真面目なんですよね?』
『当然です! とりあえず侵入を試みます。しばらくメッセージ送れなくなくなるかもしれません。合図があったら、手はず通りにお願いします』
『分かりました。ヒロ、無理はダメですよ。生き残ることだけを考えてください』
『リーシア、ありがとう。行って来ます!』
リーシアとのメッセージのやり取りを終えたヒロは、スニーキングミッションを開始する。
手始めに、ヒロは昔の勘を取り戻すために脳内でメンタルギアをプレイし始めた。
五分、十分と時間が過ぎ、その場に伏せたまま、微動だにしないヒロ……遠目からヒロの様子を見ていたリーシアは、何かあったのかと思い、心配してメッセージを送る。
すると『ビクッ』と体を震わせたヒロが、辺りをキョロキョロしたと思うと物凄いスピードで
リーシアのメッセージを受け取るまで、メンタルギアを脳内で妄想プレイしていたヒロは、昔の勘を取り戻し、研ぎ澄まされた感覚が匍匐前進にキレを与えてくれた。
顔以外、体の前面部を地面にベッタリと付け、腕と足裏の内側にだけに力を込めて前進するその姿は……とても気持ち悪かった!
「な、なんなのアレ? 動きが……き、気持ち悪い」
その体勢と体の大きさから、想像も出来ない移動スピードでカサカサ動く姿に、ケイトは恐怖すら感じた。
「はあ〜……」
ふとケイトが横を向くと、リーシアも気持ち悪いヒロの動きに嫌悪感をあらわにし、ため息をついている姿が見えた。
匍匐前進は、隠密性や遮蔽性の効果が高く、敵に発見され難くなる効果があり、中腰で移動するよりも速度は遅いが、敵に見つからず近づくには最適な移動方法であった。
本来は、移動スピードを犠牲に隠密性を高める移動方法なのだが、LVアップによるステータスの上昇と身体操作スキルのおかげで、常人では到達出来ない驚異のスピードで、ヒロはオーク村へ潜入を試みる。
百mを十三秒フラットで匍匐前進するヒロ……その手足の動きが速すぎて、シャカシャカと音も立てずに忙しなく動く姿から、巨大なGを連想してしまい、リーシアとケイトは思わず目を逸らしてしまう程だった。
そんな二人の事はつゆ知らず、オーク村の第一関門、柵の前にまで匍匐前進を終えたヒロが辺りの気配を探っていた。
オーク村は、外敵からの侵入を防ぐため、村の周りを粗末な柵で覆ってはいたが、隙間だらけであまり意味を成していない。せいぜい『ここから先は俺たちの村だ!』と、主張するだけの物でしかなかった。
「あの柵に何か意味があるのかな? ガバガバ過ぎて役に立ってないけど……まあ、お陰で潜入が安易になるので助かるけど」
柵の向こうにオークがいないことを簡易MAPで調べたヒロは、隙間だらけの柵の間に体を滑り込ませ、難なくオーク村の中へ侵入を果たす。
ヒロは再び高速の匍匐前進で、村の中に作られた掘建て小屋の陰に隠れると、簡易MAPで周りの様子を素早く確認する。
掘建て小屋の中には、灰色の4つの光点が微動だにせず、掘建て小屋を挟んだ反対の場所で、同じく灰色の光点が動いて表示されていた。
「よし、予想通りだな。これならオーク達に見つからずに進めそうだ。フッフッフッ、これは腕がなりますよ!」
リーシア達と話をしている時、ヒロは簡易MAPに表示される光点が、ある一定のパターンで動いている事に気づいており、この場所にまで警戒に来ないことは確認済みだった。
ヒロはメンタルギアで培った技術と簡易MAPを組み合わせる事で、リアルでの疑似メンタルギアを満喫していた。
メンタルギアのステルスアクションの中には、レーダーに映る光点の動きで、敵の視線や動きを把握し、視覚に入らないことで、敵に気づかれないまま潜入を果たすテクニックが存在していた。
簡易MAPに表示された光点もゲームとほとんど変わらなかった。止まっている光点の視覚は分からないが、少なくとも動いている光点に関しては、視線は進行方向に向いているはずである。
つまり敵が前を歩いている間に、無防備な敵の背後を通れば、敵に気付かれる事なく前へ進める。
ヒロは光点が前に動き出すのを確認すると同時に、掘建て小屋の陰からその身を躍らせ、別の建物の陰に隠れて進む。
オークに気づかれる事なく、うまく前進に成功したヒロは、そのまま光点の動きに注意しながら、ドンドン村の中へと進んで行く。
何回もオークの目を掻い潜り、ついに緑の光点の手前にまで移動したヒロの前に、最後の難関が待ち受けていた。
緑の光点の前に、オークの灰色の光点が微動だにせず表示されている。ヒロが建物の物陰からソット覗くと、シンシアと思われる女性が捕われ、見張り役のオークが周囲を警戒している姿が見えた。
位置的に、物陰に隠れて背後からオークを倒すのは難しく、さりとてオークに接近して倒そうにも、近づく途中で気づかれる可能性が高かった。
下手に発見され、仲間を呼ばれたらお仕舞いである……ヒロは覚悟を決めるとリーシアにメッセージを送る。
『リーシア、シンシアさんのすぐ側にまで近づけました。これから見張りのオークを引き付けて助けます。ケイトさん経由でシンシアさんに、音を立てずに静かにしていて欲しいと伝えてください』
しばらくするとリーシアから返事が来た。
『メッセージを送ってもらいました。シンシアさんからは『分かった』と返事がきました。ヒロ……あの気持ち悪い動きでシンシアさんに近づかない様にしてください。下手したら悲鳴を上げてしまうかもしれませんから……絶対ダメですよ!』
『ん?』と、ヒロの頭の上にハテナマークが浮かぶ……リーシアから送られたメッセージに書かれた気持ち悪い動きの件に、身に覚えがないヒロは何の事か分からず頭を悩ませる。
いくら考えても分からない一文に、時間を掛けるわけにはいかず、モヤモヤとした気持ちのまま、シンシア救出クエストをヒロは開始する。
スニーキングミッションは、佳境を迎えようとしていた。
〈単身の勇者が、オーク村に深く静かに侵入を果たした!〉
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