第10話 Bダッシュ

 祝福 【しゅくふく】

 神が自らの恵みを授けること

 神への賛美や信仰を前提に神の恵みをとりなすこと



 呪い 【のろい】【まじない】

 【のろい】

 関わるものに災厄をもたらすよう強い怨念が込められた状態のこと

 関わるものが災厄を被る状態のこと

 【まじない】

 神仏に祈って災いから逃れ様とすること

 願い事を叶えようとすること

 恋愛において恋の成就を願って行う儀式のこと




 名前 本上もとがみ 英雄ヒーロー

 性別 男

 年齢 6才(27才)

 職業 プログラマー


 HP:50/50

 MP:10/10


 筋力:10

 体力:30

 敏捷:10

 知力:10

 器用:20

 幸運: 5


 固有スキル デバック LV1

       言語習得 LV1

       Bダッシュ LV1


 所持スキル 女神の絆 LV1  

       女神の祝福 【呪い】LV10




 ヒロはステータス画面に表示されている不吉な文字に不安になっていた。セレス様に願いを込めて祝福をされたはずだが、呪われているとは予想外だった。



「どう考えても『のろい』だよな、『まじない』とも読めるけど……」



 ヒロは確かめたくないが、震える手でスキル名をタッチする。



 女神の祝福【呪い】 LV10

 女神より直に祝福された者が取得可能なスキル

 重すぎる思いは呪いとなり、災厄を招く可能性がある

 レベルアップ時にステータスプラス補正



「重すぎる思い……スキル説明を見る限り『のろい』の方だな」



 しかし一生懸命、自分のために祝福を願ってくれた女神を思うと、非難なんか出来るはずがなかった。



「災厄を招く可能性だから、何も起こらないかもしれないと解釈もできる……通常は問題ないのかな? 何かあればセレス様に相談しよう」



 気を取り直して、残りの獲得したスキルを順に確認する。



 【デバッグ】LV1

 特殊な職業に就く者しか取得できないスキル

 一度だけ他者のステータスを書き換える事が出来る

 使用回数に制限があり

 残り使用回数 1回


 【言語習得】LV1

 特殊な職業に就く者しか取得出来ないスキル

 あらゆる言語を短期間で習得する事が出来る

 言語習得に大幅なプラス補正


 【Bダッシュ】LV1

 異世界のスキル

 MPを消費することで移動スピードに補正が掛かる

 補正スピードは通常の5倍



「職業がプログラマーだった時点で予想していたけど、異世界に来てまでデバッグか……はあ~」



 ヒロは深いため息を吐いていた。我ながらワーカーホリックだと自覚していたが、ここまで来ると彼は運命すら感じてしまった。



「他人のステータスという事だから、自分のは書き換えられないよな……使用回数も1回だけか」


 使う相手も居ないため、とりあえず保留にする。



「言語習得はプログラム言語を常に勉強していたからかな? セレス様とは普通に話せていたけど」



 ガイヤの世界で、現地の言葉を習得しなければならない可能性が出てきてしまった。まさか異世界でゲーム開発の為に、新たなる言語を習得するなんてことはありえない……幸い言語習得に大幅なプラスとあり覚えるのは早いみたいだ。


 元の世界でこのスキルがあればなあ〜と、ヒロは考えてしまう。



「あとBダッシュはゲームのアレだよな?」



 Bダッシュが定着したのは、ウルコンで発売された『スーパーマリナシスターズ』からである。Aボタンでジャンプ、Bボタンでダッシュするこのゲームは、ダッシュやジャンプの組み合わせがゲーム攻略に非常に重要だった。


 その後、数々のゲームが発売されたがBボタン=ダッシュが定着してしまった。いまでは、Bボタンが存在しないゲームコントローラーで、ボタンを押して素早く動ける動作を慣例的にBダッシュと言うプレイヤーも少なくない。



「試してみよう。えーと声に出せばいいのかな?……Bダッシュ!」



 何も変化がない。



「声を出しただけでは発動しないのかな?……今度は体を動かしながらやってみるか……Bダッシュ!」


 Bダッシュと口にするなり、ヒロの体は前方に駆け出していた。すると周りの景色が一気に替わり、二メートルほど前へ高速に移動していた。



「おお! かなり速いな。MPはどれくらい減ったかな? ステータスオープン」



MP:9/10



「消費MPは1か、燃費は良いかな。あとは声を出さなくても使えるかと連続で使用できるかだな」



 そのままヒロはスキルの検証を続け、いくつかのことが分かった……まず、声に出さず頭の中で考えるだけでは、スキルは発動せず、スキル名を言い切る前に動き出しても発動はしない。


 1回使うとクールタイムが2秒ほど発生するため、連続での使用は不可。それと後方にダッシュが可能だった。

 試せてはいないが、地を蹴ることでどの方向にもダッシュはできそうだった。


 ただ前方以外は見えていないので、ダッシュ前に確認しておかないと、何かとぶつかったり転んでしまう可能性が高い。



「微妙なスキルかな……特に声を出さないと発動しない点はダメだ……『これから何かしますよ』と宣言してるようなものだ」



 戦いの中で、初対面の相手ならまだ通用しそうだか、何度も見られたら通用しそうになかった。



「ステータスオープン」



 MP:2/10



 ヒロは検証でMPを8消費もしていていた。



「レベルが上がれば最大MPも増えるだろうけど、序盤では最大MPの低さもあるから使い所を考えないとな」



 ヒロはスキル効果を淡々と確認していく。



「さて、スキル確認も終わったし、そろそろ街に移動しようかな……その前に『リスト』」



 ヒロはアイテム袋のメニュー画面を操作して解体用ナイフと革の鞄を取り出した。

 

 何が起こるか分からないため、一応の護身用として、鞘に収まっている解体用ナイフを腰紐に吊るし、肩から掛けられるショルダーが付いた革の鞄を身に付ける。

 手ぶらで旅する旅人はいない。見知らぬ人に、あらぬ疑いをかけられないための対策である。

 

 準備が整うと、町の見える方へとヒロは歩き出す。

 町まで約5km、成人男性の歩く速度なら1時間ちょっとで着くはずだった。


 どこまでも続く青い空を見上げながらヒロは歩く。

 少し汗ばむ陽気の中、時折り吹く風が火照った体に心地いい。

 日本で生まれ育ったヒロからすると、地平線が見えるほど広い草原などテレビの中てしか見られない風景だった。

 じかに見たことがない広さと景色に、ヒロの心も晴れやかになっていく。


 20分ほど歩いた頃だろうか? 草原だった場所が、いつの間にか腰の高さほどある草むらへと変わっていた。

 草自体は柔らかい……そのまま草むらを踏み分けて一直線にヒロは町へと進む。



「セレス様が用意してくれた服のおかげで、草むらも問題なく踏み込めるな。セレス様、ありがとうございます。」



 踏み分けた際、草で肌が切れたりしないよう、厚手の長袖と長ズボンを用意してくれた女神にヒロは感謝する。


 しばらくしてヒロは前方の草むらが動き、そこに何かがいる気配に気が付いた……距離にすると30m先。

 


「何かいる?」



 声に出すと同時に、前方にいた何かが凄い勢いで動き出した。


 慌てて腰の解体用ナイフを抜き、両の手で握ると前方に構える。

 傍から見たらへっぴり腰で、さぞ情けない姿だろう。


 構え終わった瞬間、それは草むらから上に飛び出しヒロに襲いかかってきた。



「ワォォォォン」


「うぉ!」



 威嚇の声を上げながら跳躍して現れたのは体長1m弱の狼みたいな生き物だった。

 ヒロは急に飛び出した狼に驚き、避けようとしたが足を滑らせ、腰から転んでしまう。

 だがそれが幸いして、狼の先制攻撃を避けられた。


 すぐに立ち上がり狼の方へナイフを構える。

 襲いかかってきた狼も着地すると、少し離れた位置で止まる。



「グルルル」



 草むらに姿を隠す狼は、威嚇の唸り声を上げていた。



「友好的ではないよな……」

 

 ヒロはできるだけ戦闘を回避したかったが、狼はるきマンマンである。むしろヒロを食糧として、食べる気マンマンな感じだった。



「僕なんて食べても美味しくないよ!」



 その言葉を皮切りに、再び草むらから飛び出す狼!


 ヒロはしっかりと腰を入れナイフを突き出したが、狼は当たる直前にナイフを警戒して避けてしまった。



「ナイフを見てから避けたのか? まずいこのままじゃ攻撃を当てられない」



 狼は先ほどよりも、さらに距離を取りヒロを警戒する。



「諦めてくれそうにないかな……」



 ヒロは覚悟を決める。



「グルルル」



 狼はなおもヒロを狙い、距離を先ほどよりも詰める。



「タイミングを計って使うしかないか。」



 ヒロはいつでも踏み込めるよう、体勢を整える。


 それに呼応するように、ヒロに向かって狼が一直線に走り出した。


 草むらからヒロの顔に向かって跳躍しようとした狼に、タイミングを合わせてヒロは叫ぶ。



「Bダッシュ!」


「ウオォォォォン!」



 ナイフを両の手でしっかり固定した状態で加速した。

 狼も急激に上がったヒロのスピードについて来られない……狼の胸にナイフが突き刺さった。


 だが狼も胸にナイフを突き刺したまま、ヒロの右腕に噛み付いてきた!



「痛っ」



 狼が後ろ足で立ち上がると、前足をバタつかせながら、噛みついた腕を口から離さずにのし掛かる。


 ヒロは痛みに堪えながらもナイフは離さず、噛み付かれていない左手で狼の顔を掴むと、のしかかってくる狼の後ろ足を払い、噛み付かれたまま狼を横に押し倒す。腕から血が流れ出るが、構ってなどいられない。



「ギャン」

 


 押し倒した際、ナイフがさらに深く突き刺さる。

 その痛みに、狼は噛み付いたヒロの右腕から口を離していた。


 頭を押さえつけられ、仰向けでマウントを取られた狼が暴れる……ヒロ傷ついた右腕の痛みも忘れ、胸に深くに突き刺さるナイフに力を込めて引き抜いた。



「悪いけど……」



 一瞬だけ逡巡すると、ヒロは躊躇ちゅうちょなくナイフを狼の喉元へと突き立てた!


 腕の下で暴れる狼を押さえつけるヒロ……徐々に抵抗する力が弱まり、狼はやがて動かなくなる。



【レベルが上がりました】



 ヒロは完全に動かなくなった狼を確認すると、荒い息をついて呼吸を繰り返していた。


 しばらくして呼吸が元に戻ると、ヒロは狼から立ち上がり無意識に一歩離れる。

 服は狼の返り血と自分の血で汚れ、右袖はボロボロになっていた。


 今さっきまで、たしかに生きていた物を見下ろすヒロのほほに、涙が流れる。


 しばらくの間、涙を流したヒロ……いつまでもそうしているわけにもいかず、涙を拭い傷口の応急処置を始める。


 まずは消毒として飲み水で傷口を洗い流した。傷は深くないが何かで押さえていないと血が滲んでくる。

 汚れた服は穴が空き返り血で汚れたため、このままではもう着れそうにない。

 もらったばかりで勿体なかったが、ナイフでバラして包帯代わりにする。

 予備の服に着替え、バラした服の汚れていない布地部分を包帯として利用した。


 応急処置も終わり、さっきまで生きていた狼の死体にヒロが近づく。



「一応、アイテム袋に入るなら、持っていくか……」



 アイテム袋を手に持ち、狼の死体に触れると死体が消えた……どうやら無事にアイテム袋に収納されたようだ。



「そういえば狼を殺した時に、レベルが上がりましたって声が頭の中で聞こえたな……『ステータスオープン』」




 名前 本上もとがみ 英雄ヒーロー

 性別 男

 年齢 6才(27才)

 職業 プログラマー


 レベル :2


 HP:25/65(+10)

 MP:10/23(+10)


 筋力:23(+10)

 体力:43(+10)

 敏捷:23(+10)

 魔力:23(+10)

 器用:33(+10)

 幸運:18(+10)


 固有スキル デバック LV1

       言語習得 LV1

       Bダッシュ LV1


 所持スキル 女神の絆 LV1  

       女神の祝福 【呪い】LV10



 ステータス関連が上がっていた。(+10)は恐らく女神の祝福の効果だろう。レベルアップしても受けたダメージや消費したMPは回復していない。流石にゲームみたいには完全回復とはいかないようだ。


 ステータス確認を終えたヒロは、再び町に向かって歩き出す。



「初めての戦闘は苦戦したか……ゲームだと弱い敵からスタートして徐々に強くなっていくんだけど、現実は厳しいな」



 そう呟くと、まだ見ぬガイヤの町に想いを馳せ、足を前へと踏み出す。


 まだ過酷な異世界の真実など知らないヒロ……これから向かう異世界の町で、ゲームとは違うさらなる現実を突きつけられることになろうとは、このとき夢にも思わないのであった。




〈勇者は初めての戦闘に涙した〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る