第8話 壁ドン!

「お恥ずかしい姿をお見せしました……」

 


 ようやく泣き止んだ女神セレス……ヒロはハニカミながら、顔を赤くする女神にドキリとしていた。



「いえ、僕も少し言い過ぎてしまいました。すみませんでした」


「こちらこそ、すみませんでした」



 二人は互いに謝り頭を下げると……『ガンッ』と、音が鳴る勢いで、二人のオデコがぶつかっていた。互いにオデコをさすりながら、セレスはクスクスと笑っていた。

 


「それでは早速ですが、ヒロ様の条件をお教えください」


「その前に、いくつか質問させてください」

 


 二人は笑顔から真剣な顔付きに変わる。



「確認ですが、セレス様は絶対にガイヤの世界に干渉が出来ないのですか?」


「厳密には、絶対に何も出来ないわけではありません」


「どんな事なら出来ます?」


「そうですね……まず神気が満ちた空間になら、限定的ではありますが、神託を授けられます」


「その神託でガイヤの地に住む人に、調査をお願いするのはダメですか?」


「実はマナの流れについては、地上に住まう者に話すことが出来ないのです」


「なぜですか?」


「人がマナの流れを知ることで、記憶はなくなりますが生まれ変わって人生をやり直せると分かったら……どうなると思いますか?」



 ヒロは少し悩んでから答える。



「……簡単に死んで、転生に逃げてしまう人がいるからかな」


 セレスが悲しそうな顔で教えてくれた。


「その通りです。転生できると知れば、人は困難な道よりも安易な道を選んでしまいます。死んだ方が楽だと思う辛いことがあったとしても、私たちは死を選んで欲しくないのです」


「あとはどうせ転生するならって、悪事に手を染める人もいそうですね」


「悲しいですが、そういう人も少なからず居るでしょう」


 罪を犯しても転生できるとなれば、死という絶対の恐怖がなくなってしまう。


 生きる者は死に怯える。死の先に何もないから、今を必死に生きる。


 だか、死んでも転生できると分かったらどうするだろう……最後に行き着くのは、安易な死の増産である。



「だから魂消失の原因をガイヤに住む民に、神託を使って調べさせることが出来なかったのです」



 マナの流れについて話すことが出来ないから、詳しく調査したくても、『異変を探せ』みたいな大雑把なことしか言えなかったみたいだ。



「話を元に戻しますね。セレス様は他には何ができますか?」


「あとは神気で作成したアイテムを授けるくらいでしょうか?」


「それだ!」



 その言葉に、興奮気味にヒロは反応した。

 


「ですが、ガイヤの世界に影響を及ぼすほどの、強力な武具やアイテムはすぐには作れませんよ? ヒロ様を復活させるために、私も神気を使い過ぎてしまいましたから……」


「いえ、武具などはいりません。その力でゲーム機とゲームソフトを作ってください!」


「ゲーム機とゲームソフトですか?」



 聞いたことがない単語に、セレスが悩む。



「僕が出す条件は、ゲーム機とゲームソフトの作成です」



 ヒロは。期待に満ち溢れ目でセレスを見るが、次の彼女から出た言葉に落胆する羽目になる。



「大変申し上げ難いのですが……無理です」


「作れない理由を教えてください」



 だが諦め切れないヒロは、できない理由を深く聞いてみる。



「えっと……ゲーム機とゲームソフトが何なのか分からないのです。見たことも聞いたこともないものですから……」


「そんな……」



 セレスの言葉に心の中で涙するヒロ……だが廃ゲーマーの魂は足掻き続ける。



「つまりゲーム機とソフトが何か分かれば作れるってことですか?」


「確かにそれが何か分かれば作れるかも知れませんが……説明されただけでは難しいです。概念的に把握出来ないと再現が……あっ!」



 セレスの顔が曇り、困り顔になりながら答えていると、突然なにかを閃いた!



「一つ手があります!」



 セレスは胸の前で手を軽く合わせ、曇っていた顔に光が差し込む。



「ヒロ様の記憶から、ゲーム機とゲームソフトの情報を調べられれば、作れるかも知れません」


「すぐにお願いします!」



 考えるまでもなく即答するヒロの顔は明るくなる。



「ですが……記憶を見るには問題もあります。ゲーム機とゲームソフトの記憶だけを見ることは出来ません」


「……と言うと?」


「一部の記憶のみを見ることは出来ないのです。生まれた時からの記憶を辿るしかなく」


「つまり……」


「ヒロ様の人生を覗くことになります」


「いっこうに構いません。それでゲームが出来るのなら!」


「いいんですか? 私に恥ずかしいことや、秘密の記憶を見られてしまうのですよ⁈」



 何故かセレスが顔を赤くし、恥ずかしそうにしていた。

 ヒロは真顔でそれが何か? と平然な顔で答える。



「ゲーマーとして、恥かしい人生は送っていませんからね。ゲームチョイスには自信があります。やってください!」



 なにか人とズレた感性のヒロにとって、他人に秘密を見られることなど、なんの障害にもならなかった。



「分かりました。少しジッとしてくださいね」



 セレスがヒロの右手を、自分の両の手で包み込むように握る。


 いきなりセレスに手を握られドギマギするヒロは、速くなった鼓動がセレスに伝わっていないことを祈った。

 

 数分間の沈黙が続き……その間、ヒロは目をつぶるセレスを間近で見ることになる。


 さすがは女神……目をつぶりジッとしている姿を見ているだけで、その美貌に心が奪われてそうになる。

 

 この気持ちは、ギガドライブで移植されたリムコのシューティングゲーム、ブェリオズに出てきた女神様に初めて出会ったときの衝撃に匹敵した!




 ブェリオズ……アーケードゲームで人気を博した縦スクロールシューティングゲームである。


 ギリシャ神話を元にしたキャラクター、主人公ポポロンを操り、囚われの女神パルテミスを助けに行く王道ストーリーであるのだが……このゲーム、チョッピリエッチなシュチュエーションが用意されており、時の小学生、中学生はドキドキしたものである。


 囚われのパルテミスは、ステージボスを倒すとラスボスに執拗な拷問を受けると言う、過激なデモが流れることで有名だった。


 その姿はステージをクリアーするごとにドンドン過激になっていく。


 ゲームを全クリした時、女神が脱ぐと言う誤報が、ゲーマー達の心に火をつけた!


 そのあられもない姿を拝むため、彼らは死ぬ気でゲームクリアーに取り組んだのだ!


 ギャルゲーの先駆けとして生まれたちょっぴりエッチなシューティングゲーム……それが『ブェリオズ』だ!




「あれはリムコらしくシューティングゲームなのに、キャラのグラフィックが綺麗だったな~」



 ヒロはゲームのプレイ画面を思い出し、妄想でステージ1をクリアーしてしまった。


 そのままステージ2をプレイ開始した時、セレスの目が開いた。

 


「ヒロ様……申し訳ありませんが、すぐには記憶を見るのは難しそうです」


 首を振り、申し訳なさそうに告げるセレスはうつむいたまま沈黙してしまった。ヒロの期待に答えられず、意気消沈してしまった女神は、落胆の声を掛けられる覚悟で彼からの言葉を待つ。


 一分経過……セレスは何の言葉も発しないことに、ヒロの落胆の深さを痛感し叱責を覚悟する。


 二分経過……いまだ沈黙を続けるヒロにさすがに異変を感じたセレスは。うつむいたまま恐るおそる声を掛ける。



「あの……ヒロ様?」


「……」



 全く返事がないヒロに、いぶかしんだセレスが意を決して顔を上げると……目をつぶったまま微動だにしないヒロの姿がそこにあった。



「ヒロ様、どうなされましたか?」



 セレスは包み込んだヒロの手を、自分の方へ何度か引っ張って揺り動かすと……。



「うおぉぉっ! す、すみません。ステージ1で止めるつもりが、ついステージ3までプレイしてしまいました」


「す……すてーじ?」


「気にしないでください。それより、どうでしたか?」



 セレスは謎の単語を頭の片隅に置き、現状をヒロに説明した。



「ヒロ様の記録を見ることは出来ませんでした」


「それじゃあ……もうゲームは……」


「いえ、正確に言うと、ヒロ様の記憶を読み取るのに、すごく時間が掛かるのです」


「それってどれくらい、時間が掛かりますか?」


「見当がつきません。異世界の記憶をこちらの世界で認識できるように、変換しなければならないようで……」


「時間を掛ければ。いつかは出来るってことですか?」


「断言は出来ませんが、おそらくは……申し訳ありません」



 セレスは申しわけなさそうに答える……それは女神なのに力足りず、ヒロの願いをすぐに叶えてあげられないことへの謝罪だった。


 

「でも、いつかは出来るのなら良しとします」



 だが、ヒロは明るい表情で言う。



「よろしいのですか?」


「だってゲームが出来る可能性は、0%じゃないでしょう? 1%の可能性があるならば、不可能じゃないです」


「1%の可能性……?」


「0%はどんなに頑張っても0%です。でも1%でも可能性が有れば努力次第で100%にすることが出来ます」


「努力で100%に……」


「0と1の間の壁は絶対です。でもこの壁を壊せれば可能性は0ではなくなるんです」


「壁を壊す……可能性は……」



 ヒロの言葉に、セレスの心の中で何かが変わった。



「分かりました。時間がいくら掛かろうと、ヒロ様が望むゲーム機とゲームソフトを必ず作り出して見せますね」



 笑顔で答えるセレスの表情は、今日一番の笑顔だった。



「よろしくお願いします。ところで時間が掛かるという話ですが、ずっと手をつないでいないといけませんか?」



 ヒロが赤面しながらセレスに質問する。



「それなのですが……記憶を読み取るには、基本相手に触れていなければなりません」


「そうするとセレス様と一緒に手をつないだまま地上に?」



 このままでも構わないが流石に四六時中、美少女と手をつないで暮らすわけにはいかない。



「ヒロ様の魂と、私の魂をつなげれば解決できますが……」


「魂をつなげる?」


「はい。直接触れるより遅くはなりますが、どんなに離れていても記憶を読み取れるはずです」



 元の世界で言うなら、インターネットのLANケーブルを有線にするか無線にするかの違いであり、ヒロに断る理由はなかった。


 説明していたセレスが、顔を赤らめて話を続ける。



「ヒロ様が、嫌でなければの話ですが……」


「嫌? 嫌なわけないですよ。むしろこちらがお願いしたいくらいです。ぜひお願いします」



 その言葉にセレスは『アーウー』と唸りながら、顔をさらに赤面させうつむいてしまった。


 何かしてしまったのかとヒロが心配するが、セレスは何か覚悟を決めると、うつむいていた顔を上げた。



「分かりました。ヒ、ヒロ様とわ、わわ、私との、魂をつなげます!」



 どもりまくるセレスに、ヒロは気になりつつもお願いする。



「それじゃあ、お願いします」


「それでは……つなげますね」


 何か覚悟を決めたセレスが、1歩前へ踏み出す。

 鬼気迫るその動きに、ヒロは1歩下がる……。

 再び1歩前へと、踏み出すセレス……。

 すかさず1歩下がるヒロ……。



「あのヒロ様、何で下がるのですか?」


「セレス様、何で前へ出てくるんですか?」


「た、魂をつ、つ、つなげるためです……」



 セレスが再び1歩前に踏み出す。

 

 ヒロもさすがに何をしようとしているか分かってしまった。


 出会ってそれほどの時が経っていない女性と、ソレをするには恥ずかしさが先立ち、一歩引いてしまう。

 

 一進一退の攻防は数十回続いたが、終わりを告げるときが来た。


 ついに部屋の壁まで移動してしまい、ヒロはもう1歩も下がれなくなってしまった。



「あのセレス様……落ち着きましょう。こういうことは、お互いが納得した上で『ドンッ』」


 斜め下から背伸びして、突き上げるような壁ドンが炸裂した! セレスに無言の壁ドンをされてヒロは押し黙る。



「初めてなので、よろしくお願いします……」


 顔を真っ赤にして目を閉じるセレス。


 そんな彼女を見て、ヒロも覚悟を決めた。


「よろしくお願いします」


 ヒロは震えるセレスの肩に手を置き、そっと女神と唇を重ね合わせるのだった。


〈女神の壁ドンが勇者に炸裂した!〉

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